2023.09.13 (Wed)
第423回 「うた」になっていた、『福田村事件』

▲映画『福田村事件』
この残暑のなか、連日、中高年で満席となっている映画がある。『福田村事件』(森達也監督)だ。あまりの人気に、今月後半からの全国拡大公開が決定した。
ご存じの方も多いと思うが、素材となった実在事件の概要から。
1923(大正12)年9月の関東大震災後、「朝鮮人が暴動を起こしている」「朝鮮人が井戸に毒を入れている」などの流言蜚語が飛び交い、混乱に拍車がかかった。政府は一種の戒厳令を発令し、自警団の結成などを呼びかけた。関東全域に4,000余の“俄か自警団”が生まれ、過剰なまでの警備が展開する。その結果、多くの朝鮮人や中国人が暴行を受けたり、虐殺されたりした。
余談だが、あたしの祖母は「町内会の自警団が、一晩中、朝鮮人を探して怒鳴りながら走り回っていた。地震より、あの人たちのほうが怖かった」とよく言っていた。
千葉県の福田村(現在の野田市)でも自警団が結成されていた。ちょうど、香川県から来た薬の行商人一行15名が、村へ入るところだった。
自警団は、この一行を朝鮮人だと思い込み、取り囲んだ。行商人は鑑札(行商販売の許可証)を示し、日本人であると主張した。だが、聞きなれない香川弁でうまく意思疎通ができず、自警団は不信感を募らせ、次第に興奮状態に陥った。警官が鑑札を受け取って、警察署へ確認に行った、その間に虐殺行為がはじまってしまう。15名中、妊婦や3人の幼児をふくむ9名(胎児を含めれば10名)が惨殺され、遺体は利根川に捨てられた。
生き残った6人は地元へ帰って抗議しようとするが、実は彼らは被差別部落民だった。そのせいか、二次被害を恐れて沈黙する。かくして福田村事件は、半ば語られざる出来事となって封印されてしまった。
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この事件が劇映画になって、上述のように大ヒットしている。監督は、ドキュメンタリ映画『A』『FAKE』などの森達也。これが初の劇映画だという。
これは凄まじい映画である。前半、かなりじっくりしたテンポで物語が進むので、これで最後までもつのか、少々不安を覚える。だが、後半に至ると、このようなことが、100年前の日本で起きていたことに驚愕し、戦慄をおぼえる。ひとによってはトラウマになりかねない。前半の緩徐テンポは、このためだったのかと目が覚めるだろう。
よくぞこのような題材を商業映画にして公開したものだと感動した。もちろん「劇映画」なので、創作もあると思う。だとしても、参加したすべての役者とスタッフに敬意を表したい思いだ。
キャスティングもすごい。不倫騒動で非難を浴びた東出昌大が“不倫”する船頭役で、また、違法薬物で逮捕されたピエール瀧が体制側の新聞社幹部役で、さらには、うつ病で参議院議員を3カ月で辞職した水道橋博士が加害者役で出演するなど、強烈な配役である。
この事件は、上述のように、半ばタブーのように扱われ、強く語られてこなかった。しかし、ちゃんと伝えてきたひとたちもいた。
そのひとりが今回の森達也監督で、著書『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』(2003年、晶文社刊)のなかですでに触れていた。ある新聞記事でこの事件を知った森監督は、企画書をつくってTV局の報道番組担当者のもとをまわる。だが、どこも二の足を踏んで実現しない。
その後、地域誌編集者で千葉県流山市在住の作家、辻野弥生さん(1941~)が、『福田村事件―関東大震災知られざる悲劇』(2013年、崙書房刊)で、初めて事件の全貌を活字に定着させた。これは、映画『福田村事件』のほぼ原作といってもいい内容である(本年6月に五月書房新社から新版として復刻)。
そしてもうひとつ、この事件を「うた」で伝えてきたひとがいる。
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それは、フォーク・シンガー/翻訳家の中川五郎氏(1949~)である。あたしの世代にとっては、ほとんど神様のような存在だ。
中川氏は高校3年生のときに《受験生ブルース》を作詞(作曲は高石友也)、デビューは六文銭とのコラボ・アルバムだったが、1970年に歌手廃業を宣言。以後は、編集者・翻訳者として活躍する(それでも音楽活動はつづけていた)。編集した雑誌がわいせつ文書で摘発されたこともあった。いまでは、ボブ・ディラン全作品の訳詞、チャールズ・ブコウスキー(主に河出書房新社版)の翻訳でも知られている。
その中川氏が2016年7月25日、下北沢のライヴハウスで67歳の誕生日に行なったライヴで披露されたうたが、《1923年福田村の虐殺》である。現在は、ライヴCD『どうぞ裸になって下さい』(コスモスレコーズ)に収録されている。

この曲、歌詞は全23連、演奏時間24分余におよぶ、長いうたである。長いといえば、なんといっても三波春夫の長編歌謡浪曲が有名だ。《俵星玄蕃》や《あゝ松の廊下》などがそうだが、それでもせいぜい1曲は10分程度である(2時間半におよぶ《平家物語》のような「連作歌謡組曲」は別)。
ポップスではBOROの《大阪で生まれた女18》が、歌詞が18連まである34分の曲だが、これに次ぐ長さかもしれない。
内容は、事件前の村や行商人の描写からはじまり、悲惨な虐殺の模様が如実にうたわれる。かつて日本の「うた」で、このような内容が堂々とうたわれたことがあっただろうか。これを聴いてから映画を観ると、まるで、このうたが、映画の原作のように思える(実際、森監督もこの曲からインスパイアされた部分があったと思われ、企画協力者に中川五郎氏の名前を入れている)。
ところが、このうたのすごいところは、映画でも描かれなかった「その後」をきちんと描いていることだ。香川に帰ってからの行商人たち、さらには、なぜ彼らが故郷をあとにして行商に出なければならなかったのか、その悲劇が封印されていく過程、さらには、80年後の2003年9月に、虐殺現場で慰霊碑の除幕式がひらかれるまでがうたわれるのだ。
そして最後に歌詞は、こう結ばれる。《信じることから始めよう 人はみんな同じ(略)/朝鮮人だとか部落だとか 小さな人間よ》
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中川氏自身のライナーノーツによると、事件のことは、上述、森監督の著書で知ったという。その後、これも上述、辻野さんの著書ほかを読んで、歌詞をまとめたそうだ。
旋律は、アメリカ民謡《ポンチャートレインの湖》である。ルイジアナ州にある湖の畔、ニューオリンズでの出来事をうたった民謡だ。ある男がクレオール女性(フランス領ルイジアナ時代の混血の子孫)に結婚を申し込むが、すでに彼がいて、その帰りを待っているのだと断られる、失恋のうたである。
この民謡は、多くの歌手がうたっているが、中川氏が敬愛するボブ・ディランも、かつてとりあげて同曲名アルバムをリリースしていた。
実はそのディランにも、長いうたがある。吉田拓郎のデビュー曲《イメージの詩》の元ネタ曲、《廃墟の街》(1965年)は11分半ある。タイタニック号沈没の悲劇を描く《テンペスト》(2012年)は14分。もしかしたら、中川氏が福田村事件をうたにするにあたっては、これらをイメージしていたような気もする。
その後、ディランは、ケネディ暗殺を題材にした《最も卑劣な殺人》をリリースするが、これも17分におよぶ大作である(2020年)。
そして、中川氏の《1923年福田村の虐殺》を聴いていると、長年わすれていた音楽ジャンルに「フォークソング」があったことに、あらためて気づかされる。この長いうたは、ボブ・ディランもうたいつづけてきた「フォークソング」にほかならない。
2016年にボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したとき、中川五郎氏は「WIRED」のインタビューで、彼がフォークソングをうたう理由を、こう述べていた。
《フォークソングには、人々が世の中の出来事を伝える役割もありましたし、綿を積んだり石炭を掘ったりしながら歌われた労働歌、あるいは船乗りが歌ったもの、奴隷たちが生み出したものもありました。そうした物語性、世の中の出来事や人の気持ちを伝える「言霊」みたいなものが、フォークソングにはあるとディランは思ったのでしょう》
そして、
《ディランを50年聴き続けてきてぼくが思うのは、「自分の生き方をすること」の尊さです。彼は自分の歌いたいことしか歌わないし、やりたいことしかやらない人だと思うんです。(略)「そんなことをやっていたってどうしようもない」と周りに言われても、同じようなことをしている人が誰もいなくても、自分のしたいことをする。人に流されるな、と。自分のことをやれ、と。それが、いちばんディランに教えられたことかもしれないですね。》
森達也監督の映画『福田村事件』も、中川五郎氏のフォークソング《1923年福田村の虐殺》も、その精神から生まれたように思えた。
◆映画『福田村事件』予告編は、こちら。
2023.09.07 (Thu)
第422回 現国立劇場、最後の文楽の「伏線」

▲現国立劇場、最後の文楽公演
現在の国立劇場における最後の文楽公演『菅原伝授手習鑑』、その「完全」通し上演を観た。
いままで、「寺子屋」のような有名な段や、抜粋による半通し上演は何度も観た。だが、さすがに初段から五段目まで、すべての段を通しで観たのは初めてであった。
もちろん、今の時代に、これほどの長尺狂言をいっぺんに上演することは不可能で、まず5月公演の第1部で〈初段〉が、第2部で〈二段目〉が上演された。
そしてこの8~9月公演の第1部で〈三段目〉~〈四段目〉前半を、第2部で〈四段目〉後半~〈五段目〉を上演。つまり4回通って、ようやく全編観劇となる、なんとも大がかりな公演であった。江戸時代は、これを明け方から1日で上演していたらしい。
前回の完全通しは1972(昭和47)年だったそうで、実に51年ぶりだという。さすがにあたしは当時、中学生だったので観ていない。まだ国立文楽劇場(大阪)の開場前であり、話題の興行だったようだ。すでに開演前から新聞記事になっている(当時の全国紙で、このような文楽に関する記事は珍しい)。
《原作全五段の完全通し上演。これは百六十年ぶりのことになる》《すでに前売りを始めているが、ふだんの倍近くも売れており、文楽公演の前売り新記録が出そうだという》(毎日新聞1972年5月8日付夕刊)
当時の国立劇場は、江戸時代同様、なんと1日で上演していた。
《昼の部と夜の部を合計したえんえん十一時間で(略)見せる》《これだけ上演時間をぜいたくに使ったので従来カットされていた端場(はば)が復活し、おかげで中堅級ないしそれ以下の人たちの持ち場が増えたのはいいことだった》(同5月24日付夕刊)
と書いたのは、大阪毎日新聞出身の劇評家で、国立劇場や文楽協会の運営委員などもつとめた、山口廣一氏(1902~1979)である。さすがに専門分野だけあり、当の中堅以下に対する評は、《語尾の音量に力が抜けるのがよくない》《声の使い方が一本調子》《もっと発声を内攻的にかすめるべき》と容赦ない。昨今の、紹介と大差ない劇評とは一線を画している。
しかしともかく、生きているうちにこんな機会はもう二度とないだろうと思い、あたしも鼻息荒く4回通った。そして、芝居(戯曲)の面白さを心底から味わうことができた。
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道楽者に講釈する資格などないが、簡単に説明を。
『菅原伝授手習鑑』は、朝廷の権力争いが背景。菅原道真(菅丞相)の大宰府左遷を縦糸にし、横糸に三つ子兄弟の物語をからめて構成されている。
三つ子の長男・梅王丸は右大臣・菅丞相の部下。次男・松王丸は左大臣・藤原時平の部下。菅丞相と時平は対立関係にあるので、この兄弟も当然、不仲になる。一方、三男・桜丸は、天皇の弟君の部下なので、そのどちらにも与することができず、ある悲劇に巻き込まれていく。
全体の物語は、四段目の切〈寺子屋の段〉における空前の悲劇に向けて突き進むのだが、そこに至るまでのエピソードが、すべてクライマックスの「伏線」となっている。竹田出雲ら江戸時代の作者たちの見事な作劇術に舌を巻く。市井の一般家庭を襲う悲劇が、実は朝廷内の争いに起因していたとは! こんな芝居は、シェイクスピアもチェーホフも書いていない。
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近年、SNSや新聞雑誌の映画評で、「伏線が見事に回収される」といった文言が目につく。つまり、前半の詳細不明なエピソード(伏線)が、実はクライマックスに関与していることが最後に明かされる(回収される)、それが見事だというのだ。
だが、最近の「伏線」は、いささか、ずるいよ。
たとえば、本年のカンヌ映画祭で脚本賞を受賞した映画『怪物』(是枝裕和監督)が典型で、この映画は、なかなか全部を見せてくれない。前半をある特定の視点で描き、後半を別視点で描くものだから、「ええ? そういうことだったの?」と、何やら衝撃の「伏線回収」を見せられたような錯覚に陥る。
または韓国映画『告白、あるいは完璧な弁護』(ユン・ジョンソク監督)。いわゆる密室殺人ミステリだが、これまたちがった視点が伏線になるどころか、“妄想”までもが、いかにも伏線回収のように描かれる。よってたしかにハラハラするが、最後はカタルシス以前に疲労感に襲われる(本作はスペイン映画のリメイク)。
もっとすごいのが、例の宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』だ。勘弁してほしい。全編が伏線だらけで、回収されたのかどうかもよくわからないまま、それでも、どうやら大団円らしいラストになっている。そのため、いつまでも「あれは何の伏線だったのか」との論議がやまないことになる。
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これらに比べると『菅原伝授手習鑑』の伏線は、潔くて美しい。劇中、菅原道真が詠んだ実在の和歌がいくつか登場する。たとえば《梅は飛び桜は枯るゝ世の中に何とて松のつれなかるらん》は、そのまま三兄弟の行く末の伏線となっている。
そのほか、〈北嵯峨の段〉で菅丞相の御台所を拉致する山伏。〈寺入りの段〉では、息子・小太郎を寺入りさせた母親が「あとで迎えに来る」といいつつ、なぜか名残り惜しそうに去る。どれも平然と描かれながら、あとですべてラストへの伏線だったことがわかる。視点を変えるなんて、一切ない。ひたすら正攻法だ。
今回は「完全」通し上演なので、最終五段目〈大内天変の段〉も上演された。先述のように51年ぶりなので、おそらく多くの見物が初観劇だったと思う。
ほとんどの狂言は四段目で物語は収束する。五段目は付け足しで、あってもなくてもいいような場面が多い(なぜ、そんな不要な場面がわざわざ付くのかは、今公演のプログラムで、大阪公立大学大学院の久堀裕朗教授が解説している)。
本作の五段目も、タイトル通り、天変地異のオカルト・ホラーで、いささか余分の感は否めない。だがそれでもなお、実は以前の段の、あの場面が伏線だったのかと気づかされる。最後の最後まで正統派の伏線回収がつづき、とことん見物を楽しませてくれる。作者たちのエンタメ精神が、270年余の時を超えて迫ってくるようであった。

▲舞台稽古を取材した公演レポート(ステージ・ナタリー)
【余談】長年、国立劇場小劇場で文楽を楽しませてもらいました。しかし報道によれば、再開発事業の入札は6月の2回目も不落札だったとか。この調子では、2029年予定の再開場も心もとなく、いつになるか不明ですが、生きていればまた行きますので。
※国立劇場は、9〜10月の大劇場、歌舞伎《妹背山婦女庭訓》通し上演が最終公演です。また、閉場中、文楽は別会場で公演されます。
2023.08.27 (Sun)
第421回 文楽とバレエが同居した、前代未聞の合同公演

▲国立劇場6館研修終了者合同公演
独立行政法人日本芸術文化振興会は、6館の国立劇場を運営し、それぞれが研修事業を実施している。歌舞伎、大衆芸能(太神楽、寄席囃子)、組踊(琉球音楽劇)、能楽、文楽、オペラ、バレエ、演劇……と多岐にわたっている。
あたしが国立劇場の研修制度を強く認識したのは、1986年、スーパー歌舞伎の第1弾、『ヤマトタケル』初演だった。かなり重要な脇役「みやず姫」を、名題下の市川笑也が見事に演じたのだ。三代目猿之助の門下で、それまで澤瀉屋一座では腰元などを演じていただけに、異例の大抜擢だった。
このとき笑也が一般家庭の出身で、国立劇場研修所の修了生(第5期)であることが話題となった。このあと、笑也は同演目の再演で兄橘姫役などに“昇進”、澤瀉屋の人気女形に成長する。同時に門閥を重視しない三代目猿之助の方針も明白になった。市川春猿(現・河合雪之丞)、市川段治郎(現・喜多村緑郎)といった研修所修了生が続々起用された。
そんな国立劇場研修所の修了生による合同公演『舞台芸術のあしたへ』に行ってみた(8月20日、国立劇場大劇場にて/昼夜2回公演のうち、夜の部を鑑賞)。初代国立劇場が10月で閉場されるにあたっての「さよなら特別公演」だという。
チラシを見ると(上写真)、歌舞伎からはじまって演劇、能楽、大衆芸能、組踊、バレエ、文楽、オペラ……など計9演目が上演されるようだ。いままで、こんな催しがあったのか寡聞にして知らなかったが、あたしは初めての見物である。
しかし、これだけのものをやるのだから、3~4時間を要すると思いきや、上演時間は休憩なしで1時間45分となっている。ということは、おそらく1演目10~15分程度。吹奏楽コンクールの規定演奏時間とおなじだ。いったい、こんな短時間で、歌舞伎から文楽、バレエ、オペラまでを、どうやって見せるというのか……。たぶん、演目ごとに幕を上げ下げし、なにもない舞台上でシンプルに、それこそ学校の体育館における合唱コンクールのように展開するものだと思っていた。
ところが、そうではなかった。最初、たしかに緞帳は下りていた。しかし開演して上がったら、最後まで緞帳は下りず、幕も引かれなかった。シンプルながら、ちゃんと舞台美術もある。あたしたちは9つの演目を観たのではなく、105分間の一幕出し物を見せられたのである。
ではどうやって舞台転換をしたのか。ほとんどの演目は、廻り舞台を使っていた。たとえば冒頭は中村又之助(第8期)、市川新十郎(第10期)による歌舞伎舞踊『二人三番叟』だった。正面に、人間国宝・竹本葵太夫(第3期)を中心に、三味線・鳴物。後方に松羽目板。終わると暗転して羽目板が上がり、舞台が廻り始める。
すると後方から廻ってきたのは、沖縄「ひめゆり学園」の女生徒たちである。新国立劇場の演劇ファンにはおなじみ、朗読劇『ひめゆり』だ(脚本:瀬戸口郁、演出:西川信廣)。全部で10数名、半分はつい1週間ほど前に本公演を演じた第17期の現役生たちである。もちろんダイジェストだが、さっきまで歌舞伎舞踊が展開していたおなじ板の上で、真っ赤な照明を浴びながら沖縄戦を題材にした現代劇が展開することに、まったく不自然さを感じなかった。
このようにして、次々と舞台を廻しながら、狂言『盆山』(昼の部は居囃子『高砂』)、太神楽(いわゆる曲芸)、そして国立劇場おきなわの組踊『手水の縁』と間断なくつづく。あたしは組踊を見たのは初めてで、それまで琉球芸能といえば民謡くらいしか知らなかったのだが、歌三味線による地謡がこんなに美しいとは思わなかった。
唯一、セットも道具もない舞台上で、むき身の肉体のみで展開した演目が、バレエ『ロマンス』である。新国立劇場バレエ団の貝川鐵夫が振り付け、ショパンのP協第1番の第2楽章で、5人の女性ダンサー(第15、17期)が踊った。2016年初演の人気演目だそうで、静謐で美しい舞台だった。
つづく文楽は、吉田勘彌(第2期)、吉田蓑二郎(第3期)の人形を中心にした『万才』。文楽特有の舞台機構「船底」「手摺」なども即席で設けられていた。さすがに「床」は設置できないので、太夫・三味線は舞台正面、長唄風の山台上で演奏された。
ちなみに文楽の研修所は、今年度、入所者がゼロだったことが話題となった。あたしは、その件で吉田勘彌さんに取材して「デイリー新潮」に寄稿したばかりだったので、他人事とは思えずに見入ってしまった(準備の都合上困難だったろうが、文楽を知らないひとにアピールするいい機会だったので、できれば八百屋お七の「火の見櫓」か「金閣寺」の木登りシーンなどを演ってほしかった)。
オペラは《椿姫》~〈乾杯の歌〉の場。ピアノ伴奏と簡素なセットだが、ちゃんとヴィオレッタ邸の大宴会を、衣裳・小道具付きで見せてくれる。しかも第1幕冒頭部から〈乾杯の歌〉終了までを字幕付きで全部聴かせてくれた。
最後に歌舞伎の景事《元禄花見踊》がにぎやかに演じられ、出演者全員が舞台上に並ぶフィナーレで終了。当日は両花道が付いており、歌舞伎陣は下手花道から、バレエやオペラ陣は上手花道から登場した。来月が『妹背山女庭訓』の通しなので、すでに両花道が設置されていたのだろう。おなじ舞台上に文楽の人形遣いとバレリーナが一緒にならぶ、前代未聞のヴィジュアルが展開したのであった。
これは、中学高校の芸術鑑賞会にぴったりの公演だと思った。一演目がせいぜい十数分。次から次へと瞬きする間もなく、まったくちがうタイプの演目が飛び出してくる。おそらく生徒たちは、終演後「どれが一番よかったか」で盛り上がるだろう。
仕込みや演者の確保で、そう簡単にはできないことは十二分にわかる。だが、これほど広範な舞台芸術があり、それを国が維持している姿を若いひとに見せることはとても重要だと思う。そして、これらの演目すべてに(ほぼ無償、もしくは奨励金まで出る)「研修制度」があり、安定企業への就職ばかりが未来ではないことを知ってもらう、いい機会だとも思うのだが。
(敬称略)

▲8月11日に、タクシーが突っ込んだ跡(国立劇場)
2023.08.27 (Sun)
第420回 再上映のご案内
◆再発見! フドイナザーロフ ゆかいで切ない夢の旅
下高井戸シネマにて、9/9(土)~9/15(金) 1週間日替り上映
この劇場は、昔ながらの受付チケット購入で番号順入場です。事前のネット席予約はありません。
(本ブログのバックナンバー)
第408回 【映画紹介】タジキスタンの内田百閒? よみがえるフドイナザーロフ
近年、もっとも反応のあった回でした。
◆METライブビューイング《魔笛》
東銀座・東劇にて 9/1(金)14:15、9/7(木)18:30、9/23(土)14:50
アンコール上映全体のスケジュール
《魔笛》作品情報(リハーサル映像などあり)
もしオペラがお好きでしたら、ケルビーニ《メデア》もご覧になっておいた方がいいと思います。
(本ブログのバックナンバー)
第418回 【映画紹介】「限界突破」した、METの新演出《魔笛》
2023.08.13 (Sun)
第419回【吹奏楽/新刊紹介】 コンクールで気になった本『部活動顧問の断り方』とは

▲東京都中学校/高等学校吹奏楽コンクール会場「府中の森芸術劇場」。左は主催者・朝日新聞社の号外サービス。
8月10~15日の6日間、「第63回 東京都高等学校 吹奏楽コンクール」が開催されている(府中の森芸術劇場)。
コロナ禍以来の通常開催だったが、ひさびさに以前のように3日間、都大会~全国大会につながるA組の全56校を聴いた。よく「お好きですねえ」といわれるが、56校と聞いて「そんなにたくさん出場するんですか」と驚くひとも多い。
だが、全体の出場校数は、こんなものではない。東京の高校の部は、編成(人数)などに応じて4部門あり、今年度は「272校」が出場した(ただし複数部門出場校や、東日本大会選考会への進出校も含む「のべ」数)。東京都高等学校吹奏楽連盟は、この7月で「310校」が加盟しているそうなので、数字上は88%の学校が出場していることになる。
ちなみに中学はもっと多くて、東京都中学校吹奏楽連盟の加盟校は640校(2021年度)となっている。それだけにコンクールは、8月4~9、16・17日の「8日間」を要している。
つまり東京には、中高だけで「950校」の吹奏楽部があるのだ。特に今夏は異常な酷暑だけに「顧問の先生や、連盟の役員(ほとんどが学校吹奏楽部の顧問)も大変だなあ」と、ため息をつきながら熱演を聴いていた。「950校」あるということは、東京だけで(多くが複数顧問だろうから)2,000人前後の顧問の先生が、夏休みを返上してコンクール指導や引率に奔走しているのだ。
舞台上の熱演を聴いていると、どこも熱心な先生が指導している様子が伝わってくる。だが、さすがに950校、2,000人もいると、なかには、そうでもないひともいるだろう。
*****
もう20年以上前だが、都内のある公立中学校の吹奏楽部顧問の先生から、こんな話を聞いたことがある。その先生は、当時20歳代後半、地方出身で社会科の独身男性だった。
※個人情報的な内容も含まれているので、主旨を変えない範囲で細部を変更してあります。
「ぼくは、音楽はよくわからないんで指揮といっても、演奏開始の合図をおくるだけみたいなもんですよ。吹奏楽部は希望したわけではありません。鉄道や地図が好きだったので、着任したときの校務分掌アンケートの部活欄に、“地理部の顧問希望”と書きました。しかし地理部は長く顧問をやっている先生がいるそうで、吹奏楽部にされたんです。いままで吹奏楽部の顧問だった先生が異動になったところで、ちょうど空いたんですね。音楽の先生もいましたが、声楽が専門で合唱部をもっており合唱コンクールで多忙だそうで、吹奏楽部までは無理だという。でもまあ、きつそうな運動部よりはいいかなと思って、引き受けました。普段の練習は生徒たちにまかせています。時々、見よう見まねでそれらしい指導をしますが……」
そこは、部員数20人前後の小さな吹奏楽部だった。よってコンクールは小編成部門に出場している。結果は、毎年、銅賞。ところが、近隣地区に都大会に進出する学校が誕生したせいもあって、保護者から「もっと本格的に指導してほしい」「せめて銀賞くらいはとれないか」との声が、ジワジワと伝わってくるのだという。
※東京のコンクールでは、すべての出場校に金賞・銀賞・銅賞のいずれかが授与される。
「部活動顧問は時間外業務で、校務ではありません。そのせいか、校長もさすがに“もっと本格的に指導しろ”とまではいってきません。でも子どもたちは部活が好きで来ているので、なんとかしてあげたいんですよね。かといってこれ以上、ぼくの指導でレベルアップできるとは思えないし、プロの指導者を招くことに校長は消極的だし……。毎年、コンクールが終わるお盆時期までは、夏休みもほとんどナシです。新学期の準備は、8月末の10日間に集中してやるしかなく、これもけっこうシンドイ。夏休みの旅行とか、帰省もむずかしい。ぼく、結婚できますかねえ(笑)」
吹奏楽というと、メディアが取り上げる有名曲や、部員が200人以上いるコンクール強豪校、熱血先生を思い浮かべる。あるいは《ワインダーク・シー》や《ブリュッセル・レクイエム》のような、プロでもヒイコラいう曲を平然と見紛うばかりに演奏する中高吹奏楽部が注目される。だが実は、こういう先生もけっこういるのではないか。「部活動顧問は時間外業務」との言葉も、妙に印象に残っていた。
*****
そうしたところ、たまたまコンクールの帰り道、書店に寄ったら、昨年末にこういう本が出ていたことを知った。

▲西川純『部活動顧問の断り方』(東洋館出版社)
門外漢のあたしは、一読して驚いた。てっきり、上述の先生のように「地理部をもちたいのに、専門ジャンル外の部活をもたされる、それを断るにはどうすればいいか」みたいなことを解説した本だと思いこんでいた。ところが本書は、「部活動は時間外勤務であり、そもそも引き受ける必要はない」との前提で書かれているのだ。
だから校長からいわれたら、まずそのやり取りを(許諾を得て)録音し、そんなことをあなたが要請できる権限などないのだと、これこれの法律の条文を示して拒否せよ。地方公務員の勤務はほとんどが朝8時開始だったら16時半終了となる、授業が16時に終わるとして、平日30分のみの部活だったらやってもいいと返答せよ。もし職員会議で決められたら、そもそも職員会議は意思決定機関でない、学校の意思決定者は校長一人であると説明せよ……。
全編がこの種の解説で、要するに、部活動顧問を拒否するために「校長」といかにして合法的に「対決」すればいいかを、多くの法律条文や実例で示しているのである。もちろん、それだけではなくて、「同僚から嫌われないようにする」にはどうすればいいか、また「今後の部活動はどうあるべきか」などにも紙幅が割かれている。
「部活指導をやりたい先生は兼業とすべき」との項もある。地方公務員はアルバイトを禁止されているのだが、教育公務員特例法には、「教育に関する仕事」で「本務の遂行に支障がないかぎり」は、「給与を受け、または受けないで」他の職に「従事することができる」と書かれているそうだ。この法律をもとに教育委員会に交渉する方法も、ていねいに書かれている。
ほかに著者は、部活動を常勤教諭の三分の一に減らして、三人協働で顧問になってはどうかとも提案している。また、愛知県と岐阜県の一部地域の中学校では、土日の部活指導はないそうだ。月~金曜日の部活は学校が運営するが、土日は保護者が中心となった社会体育クラブが運営しているのだという。だが、著者はそれをさらに進めて、学校の枠組みを捨て、部活はすべて社会体育に移行してはどうかとも述べている。
ここまででおわかりのように、本書は基本的に「公立中学校の運動部顧問」を拒否することを前提に書かれている(私立校教師の場合はもう少し法律で守られているものの、実態は大差ないらしい)。よって、吹奏楽部をここにそのままあてはめることはできない。また、ここに書かれていることをそのまま実行したら、いったいどんな職場になってしまうのか不安もよぎる。だが、あたしは公立中学校に勤務したことなどないので、こればかりは、なんともいえない。
だがおそらく、いま、中高の吹奏楽部顧問の多くは、時間外勤務を承知のうえで、それでも上位入賞を目指してコンクールに参加しているのだと思う。そういう先生方にとっては、こんな本は無用だろう。だが本書の著者は教員養成系の大学教授で、この種の本を大量に上梓している。それだけ悩んでいる先生が多いことの証左だろう……ということは、いまでも、20年前に地理部を希望していた、あの先生とおなじような思いの顧問が950校のなかにいて、先日もコンクール会場にいたのではないか。
そんなことを考えながら、汗を拭き拭き、東府中駅に通った3日間でありました。

▲コンクール会場、東府中の駅前。
◇本年度の東京都吹奏楽コンクール(全国大会予選)が、無料でライブ配信されます(府中の森芸術劇場)。特に高校の部は、空前の名演が繰り広げられるであろうことを保証します。ぜひ、大音量のPCでお聴きになってください。
9月9日(土)9:40職場・一般の部(12団体)/14:15中学校の部(14団体)
9月10日(日)9:40小学校の部(6団体)/11:05大学の部(8団体)/14:15高等学校の部(12団体)