2021.07.26 (Mon)
第322回 「おとな」不在の開会式

▲開会式当日の午後、渋谷を練り歩く「五輪、やめろ」デモ行進(筆者撮影)
東京五輪の開会式当日、23日(金)の東京新聞・朝刊に、看過できない記事が載った。
見出しは〈有力者から来る「〇〇案件」に翻弄/開会式関係者が証言/五輪の闇 想像以上/演出人事説明「全部ウソ」〉と、すごい迫力だ。一種の内部告発である。
こんな記事を開会式当日に載せられるのは、東京新聞だけだろう。同紙は、ほかの新聞社とちがって、五輪のスポンサーでもパートナーでもないのだ(よって、同紙を読んでいるかいないかで、五輪の内幕に関する認識は、おおきく変わる)。
その記事によれば――開会式の演目の流れと出演者を固めるたびに〈組織委や都の有力な関係者やJOCサイドから、唐突に有名人などの主演依頼が下りてくる。部内では有力者ごとに「〇〇案件」とささやかれた〉。
告発者は〈有力者が便宜を図った依頼は絶対。その度、無理やり演目のストーリーをいじって当てはめた〉と語る。
いままで、演出担当は最初の野村萬斎を筆頭に、何人も変わってきた。そのたびに組織委は交代理由を説明してきたが、これも全部ウソだという。実際には、かなり早い時点から、(女性タレントを豚に見立てて引責辞任する)大手代理店出身のSディレクターが入り込んで仕切っていた。その間、本来の演出家たちには(事実上、馘首されたことが)何も知らされず、あまりの不信感に振付師のM氏などは自ら辞任したという。
この告発者は〈罪悪感にかられ続け〉た挙句〈社会と矛盾することばかりしている。五輪がもう嫌いになった〉と嘆いている。
これでおわかりだろう、あの開会式が、関連性のない、ぶつ切り演目の寄せ集めになった理由が。
なぜ、突如、コント集団が登場するのか。
なぜ、前衛ジャズと歌舞伎が共演するのか(このために、歌舞伎座七月公演第三部は短縮となった)。
なぜ、元宝塚女優が鳶職人の棟梁を演じるのか。
なぜ、和装タップダンスが登場するのか(どう見ても、北野武監督の映画『座頭市』の借用としか思えない)。
なぜ、米インテル社製の「ドローン・ライト・ショー」が使用されるのか(同社サイトの料金表から類推するに、あの数分間に1億円強かかっている)。
全体に低通するテーマもメッセージもなにも感じられず、やたらとブツ切りの余興が次々と登場した。
これらすべて、有力者名がつく「〇〇案件」だったのだ。〇〇センセイ方の意向をすべて取り入れた結果、ああなったのだ。
さらにいえば、IOC会長が、まるで天皇陛下と同格であるかのように、中央に2人で並んでいるのも、不愉快だった。
わたしは、いまでも、1992年バルセロナ大会の開会式が忘れられない(もちろん前回の東京大会がいちばんなのだが、当時はいまのような余興が皆無の、素朴な式典だったので、あえて外す)。
バルセロナの開会式は、自国の文化を、キチンと、まじめに伝える式典だった(ときには最新アートの手法も使って)。
音楽監督は、スペイン出身のオペラ歌手、ホセ・カレーラス。それゆえ、ほとんど「音楽の祭典」となった。しかも、妙に凝らない落ち着いた選曲だったため、自然と付随するパフォーマンスも素晴らしいものとなり、結果として、五輪史上最高レベルの式典になったように思う。
カレーラスが召集した歌手陣もすごかった。開催国スペインの歌手だけでも、プラチド・ドミンゴ、アルフレード・クラウス、モンセラ・カバリエ、アグネス・バルツァ、ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス、テレサ・ベルガンサ、クリスティーナ・オヨス舞踏団……。これだけの顔ぶれを一堂に集めることは、スカラ座やメトでも容易ではあるまい。
閉会式では、サラ・ブライトマンがカレーラスとデュエットし、興奮と感動に極まった聴衆がいっせいに立ち上がり、ほとんど雄叫びのような歓声をあげた。
余興では、地中海文明の興亡が、大人数のダンサーと、巨大でモダンなセットで再現された。デジタル技術がいまほど発達していなかったせいもあるが、巨大セットを人間の手で動かす様子は、感動的だった。
この音楽と指揮は坂本龍一。パフォーマンスも音楽も筆舌に尽くしがたい素晴らしさで、歴史と芸術をエンタテインメントに昇華させた手腕に、ため息が出た。
聖火は、パラリンピックのアーチェリー選手の「火矢」による点火だった。冷戦が終結したことを象徴する演出で、涙が出た。
なお、バルセロナ大会のテーマ音楽は、クィーンのフレディ・マーキュリーとモンセラ・カバリエのデュエットによる名曲《バルセロナ》(1987年リリース)が再使用された。ところが、残念ながら開催前にフレディがエイズで死去したため、開会式での共演は実現しなかった。
しかし、この事実は、自然とエイズに対する理解を深めることになり、誰も何もいわないのに、大会の真のテーマのように感じられた。すでに1992年に「多様性」の受容が訴えられていたのだ。これが「おとな」の演出だと思う。
今回、世間では「人間ピクトグラム」が大好評だったという(わたしは、あれのどこが面白いのか、まったくわからなかった)。
しかし、ああいうことをせずとも、たとえば、狂言『棒縛』で世界中を笑わせ、間髪入れず、中村勘九郎・勘太郎父子による史上最年少『連獅子』が演じられるなどしたら、世界中が驚き、感動しただろう。
演出統括が、当初のまま、「おとな」の野村萬斎で進んでいたらと思うと、残念でならない。
〈敬称略〉
【参考】
◆1992年バルセロナ大会の開会式は、Olympic Channelで、いまでも全編を観ることができます(約3時間)。
・冒頭で流れる曲が、フレディ・マーキュリー&モンセラ・カバリエの《バルセロナ》です。
・カレーラスとカバリエは12分頃~、ドミンゴは19分頃~登場。
・《地中海》は35分頃~(53分頃、坂本龍一の指揮姿が映ります)。
・56分頃~選手団入場。
・五輪旗掲揚は2時間25分頃~(アグネス・バルツァ、アルフレード・クラウス歌唱、ミキス・テオドラキス指揮)。
・聖火の点火は2時間39分頃~。
◆『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』(定価:本体2,800円+税)発売中。
全国大型書店、ネット書店などのほか、TKWOのウェブサイトや、バンドパワー・ショップなどでも購入できます。
限定出版につき、部数が限られているので、早めの購入をお薦めします。
◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「Band Power」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。
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パソコンやスマホで聴けます。 内容の詳細や聴き方は、上記「BandPower」で。
◆ミステリを中心とする面白本書評なら、西野智紀さんのブログを。
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2020.08.07 (Fri)
第290回 「非常勤」はつらいよ

▲リモート体制のパソコン
こんなわたしでも、もう20年近く、大学で非常勤講師なんてことをやっている。もちろん、今年度の前期は、他の多くの大学同様、登校禁止なので、リモート(遠隔)授業である。
リモート授業には、ほぼ3種類ある。
【A】オンライン授業……Zoomなどで教員と学生をつなぐ、リアルタイム授業。
【B】オンデマンド授業……動画授業を、YOUTUBEなどで配信。学生は好きな時間に受講(視聴)する。
【C】課題送付授業……授業内容を、レジュメもしくはパワーポイント画像などで送信し、学生はそれを見る(読む)。
どのシステムでも、毎回「課題」を提出し、双方向的な授業にするよう、大学側から強くいわれている。しかも、たとえば「事前学習30分」「オンライン/オンデマンド授業30分」「課題作成30分」などにして、90分の対面授業と同格にしろという(学生からの「学費減免」要求を退ける理由のひとつにするためもありそうだ)。
課題などのやりとりは、Googleがクラウド上に公開している教育システム「Classroom」を使う。ここに、わたしの教室を開設し、出欠確認や資料配布、課題提出・返却・単純採点などをおこなう。アンケートや、リアクション(感想や質問)なども、自動的に整理してグラフ化してくれる。さすがは、機能優先のアメリカ産システムだと感心するが、肝心の“動画作成”は、一筋縄ではいかない。
わたしの場合、上記【B】のオンデマンド授業なので、ワンテーマ15~20分の動画をZoomで3本作成し、YOUTUBEで限定配信している(パソコンで長時間動画を集中して観るのは苦行なうえ、収録後の編集がたいへんなので、3本に分けている)。
わたしは、昼間は本業があるので、作業は、帰宅後、深夜におこなう。
動画は、本来の時間割りに合わせ、(土)午前中に配信している。そのためには、まず(水)夜までに資料を収集整理し、PDFやパワーポイントなどに加工する(約2時間)。
それらを事前学習用の資料にまとめ、(木)昼に学生に送付。夜に撮影収録と編集をおこなう。リハーサルというほど大げさなことはやらないが、それでも、ざっと一度通してから撮影し、出力して編集する(約2~3時間)。
よく「休日にやればいいのに」といわれるが、私の授業では、直近のニュース解説があるので、(土)(日)に撮影収録したのでは、配信まで1週間空いてしまい、最新情報を盛り込めない。だから(木)深夜の収録がギリギリのリミットなのである。
そして(金)昼にYOUTUBEへのアップ作業(約1時間)、リンクURLを学生に送付……要するに、3日がかりだ。
これとは別に、毎日、上記「Classroom」で、課題の出題・提出やリアクション収集、質問への回答などをおこなう。
最初のうちは、初めての体験で、それなりに新鮮だった(ひとりでブツブツ話しているので、家人が不審に思い、のぞきに来た)。だが、さすがにこの作業が10週を超えた頃には、目はショボショボ、腰はガクガク、悲鳴をあげはじめた。先述のように、わたしは専任教員ではないので、本業を終え、帰宅後に深夜作業でこなすしかない。もう、ヘトヘトだ。休日にウォーキングに出る気力もなくなった。
出費も想像以上だった。パソコン内蔵のカメラやマイクでは、鮮明な映像・音声にならないので、Webカメラやピンマイク、動画編集ソフト、最新型のプリンタも購入した。
さらに、部屋のエアコンが古くてガタついており、まさか汗だくハダカで動画に出演するわけにもいかないので、無理して買い替えた。
世知辛いことをいえば、連日の深夜作業における電気代や通信代も、バカにならない。
これで「1カ月の講師料」は、いままで同様、「東京~新大阪の新幹線指定席・往復代」とほぼ同額なのだから、泣けてくる。
学生も、朝から晩まで、室内で黙々とパソコンに向かって動画を観たり、課題を送ったりで、これでは神経をすり減らして当然だ。しかも、学食も図書館も使えないのだ。
わたしの授業は2年生以上の履修だからまだいいが、新入学の1年生は気の毒だ。彼らは、まだ一歩も大学構内へ入ったこともなく、同級生や教員の顔も、直接に見ていない。「学費を減免してほしい」といいたくなる気持ちもわかる。
ところが、新聞などでは、このリモート授業がコロナ禍で定着し、しかも、なかなかいいものであるかのような論調が、チラホラと目につく(特に小中高の先生の多くは、リモート授業を賞賛している)。これからの時代は、対面授業とリモート授業を組み合わせることが重要らしいのだ。
だが、喜ばしく思っているのは、「専任教員」である。彼らは、これが「本業」だ。しかし「非常勤」は、本業の合間にこなしているのである。たとえば、わたしの勤務校には、約400人の非常勤講師がいる。わたしは1校のみだからいいが、多くの講師は、複数の大学をかけもちしているはずだ。彼らの労苦は、想像するだにゾッとする。
小中高は、どこも学校ぐるみでリモート・システムに取り組んでいる。だが、(少なくともわたしの勤務する)大学では、そうではない。春に、簡単な説明レジュメが送られてきただけだ。しかも、その中身は、YOUTUBEで山ほど公開されている「動画の作り方」「Zoomを使った授業方法」といったガイド動画の存在を示唆し、あとはそれを見て自由にやれといわんばかりである。
そういえば、いま、この非常時に、事務局は夏休みで閉まるという。前期授業は、(GW明けから始まったので)8月末までつづいているというのに、なんとも浮世離れしたありさまだ。
昨年度までは、毎週、教員控え室で、語学カセットテープ&ラジカセの準備をしている外国人の老婦人講師と一緒だった。彼女は、果たして、このリモート授業をこなせているのだろうか。
そんなことを考えていたら、昨日、大学から「Classroom」経由で通知が来た。
後期も、このままリモート授業で通す旨が、サラリと、当然のことであるかのように書かれていた。
妙な表現だと思っていたコトバ「心が折れる」を、初めて実感した。
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2020.01.29 (Wed)
第268回 映画『キャッツ』は、そんなにひどいのか【後編】

▲「CG猫人間」で「人生が変わる」?
【前回よりつづく】
要するに、この映画は、脳内補完を拒否する、「人類が初めて観るヴィジュアル」をつくりだしてしまったのだ。よって原作舞台を知らないひとにとっては、ますます拒否感が強くなり、受け入れにくかったにちがいない。
だが原作舞台に慣れたひとは、いままでずっと脳内補完しながら観てきたので、この映画も、なんとか「新たなキャストと演出による、最新プロダクションのひとつなのだ」と思って観る余裕が、残っている。
CG合成の猫人間が気持ち悪いというが、原作舞台で、目の前で観る猫役者のメイクも、そうとう無茶なもので、初演時、ずいぶん嘲笑されていたものだ。わたしも初演時、啞然となった覚えがある。しかし、いまでは誰もが脳内補完で乗り切るワザを身に着けているので、笑うものなどいない。
だから、映画肯定派は、原作舞台を知るひとに多いはずだ。
どこが楽しかったか
かくして、わたしは、この映画を、おおいに楽しんだ。
ジェニファー・ハドソン(娼婦猫グリザベラ)が、鼻水を垂らしながら〈メモリー〉をうたう。初演時の久野綾希子の、あのエラの張った顔が浮かんだ。
おばさん猫ジェニエニドッツ。日本初演から20年間、4251回、たったひとりでこの役を演じ続け(おそらく世界最高記録!)、55歳の若さでガンで逝った服部良子のタップを思い出し、泣けてきた。
原作舞台より格上げされた子猫ヴィクトリアのバレエ。ニューヨークで観た、強烈ダイナマイト・ボディ・ダンサーの、エロティックな容姿を思い出した。
この映画は、そんなふうにして楽しむものだと思う。
ほかにも、楽しんだ点は、たくさんある。
まず、イギリス演劇界を代表する2大名優が起用されたこと。
長老猫デュートロノミーが、雌猫に変更され、大女優ジュディ・デンチが貫禄たっぷりに、しかし楽しそうに演じているのがよかった(むかし、舞台初演に出る予定が、ケガで流れたという)。
さらに劇場猫ガスを、大御所イアン・マッケランが演じた(ミルクを舐めている!)。むかしを回想しながら、シェイクスピアなど古典の重要性を説き、いまの舞台がいかにダメかを嘆く歌は、まるでイアン・マッケラン本人の心情を代弁しているようで、涙を禁じ得なかった。
この2人が登場すると、たとえ猫人間でも、一瞬にして画面が締まるから不思議なものである。
原作舞台では脇役だった、雌の子猫ヴィクトリアが、主役級の狂言回しに格上げされ、飼い主に捨てられた彼女が、ゴミ捨て場の猫コミュニティに受け入れられるまでの物語に変更された。その役を、ロイヤル・バレエのプリンシパル・ダンサーに演じさせたのも、うまいアレンジだと感心した(しかも、たいへんかわいい)。
編曲もよかった。特に鉄道猫スキンブルシャンクスを、豪快なタップダンサーにしたのは慧眼だった。アカデミー編曲賞モノだと思った。
否定派も、ここだけは絶賛せざるを得ない、ジェニファー・ハドソンの〈メモリー〉も、聴きものである。
ただ、ヴィクトリアがチラリとうたう新曲〈ビューティフル・ゴースト〉は、評判がいいようだが、わたしには、ロイド=ウェバーにしては、そう驚くほどの名曲とは思えなかった(エンド・クレジットで、テイラー・スウィフトが絶唱する。作詞もスウィフトで、〈メモリー〉のアンサー・ソングになっているようだ)。
「人生が変わる」映画?
ただ、映画としては、しんどい部分もあった。
特に前半部、あまりに細かいカット割りの連続で、目がチカチカして、頭が痛くなってきた。もう少しじっくり、歌や踊りを全体像として観たかった。
泥棒猫マンゴジェリーとランペルティーザの曲は、個人的には旧ヴァージョンでやってほしかった。
擬人化されたゴキブリを食べるシーンは、わたしもちょっとどうかと思った。
また、オリジナル・ナンバーをいくつか削除したために、流れがギクシャクしているような部分もある(たとえば、劇場猫ガスにつづく、海賊猫グロールタイガーのくだりはカットされた。彼は犯罪猫マキャヴィティの手下になっている)。
原作舞台は、全2幕で(休憩を除くと)正味140分の作品である。それを109分に圧縮したのだから、仕方ないのだが。
というわけで、この映画『キャッツ』は、原作舞台を知るひとが、新しいプロダクションなのだと思って観れば、楽しいひとときを過ごすことができる。つまり、舞台記録映像の延長線上である。だが、原作舞台を知らないひとが観ると、隔靴掻痒の109分間に終わるだろう。それを、「人生が変わる極上のエンターテイメント」なんて煽って宣伝するから、誰が観ても楽しめる映画のように誤解されてしまうのだ(もっとも、CG猫人間に衝撃をおぼえた方にとっては「人生が変わる」映画だったかもしれない)。
最後に、吹き替え版について。
英語で歌っている映像に日本語歌唱をあてるなど、かなり無理なことをやるわけで、そのうえ歌詞が劇団四季版とはちがうので、違和感は否めない(「♪メモリー、仰ぎ見て月を」は、ない)。それでも、おおむね、みんな歌唱がうまく、まあまあ好印象だった。
特に劇場猫ガスを演じた宝田明には、ちょっと泣かされた。長老猫デュートロノミーの大竹しのぶは、声が若すぎた。ここはぜひ、宝田明との名コンビ、草笛光子に演じてほしかった!
<敬称略>
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2020.01.25 (Sat)
第266回 年の暮れ 寅さんもフォースも完結す

▲期せずして昨年末に同時に完結した2つのシリーズ。
映画『男はつらいよ』シリーズ第1作が公開されたのは、1969年のことだった。当時、わたしは小学校5年生で、さすがに観ていない。
わたしが観るようになったのは、大学生になってからで、たしか、第17作『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』(1976)が最初だったと思う。新宿松竹(いまの新宿ピカデリー)で観た。
この作品は、浅丘ルリ子の「リリー三部作」に匹敵する屈指の名作で、マドンナは、いまは亡き名女優、太地喜和子(芸者ぼたん)。ほかに宇野重吉や、ソ連から帰国直後の岡田嘉子などが出演していた。寅さんが、ぼたんの窮地を救おうと奮闘する姿は、いま思い出しても涙がにじんでくる。すごい人情喜劇だと思った。
以後、寅さんは、ほぼ全作を封切で観て、浅草名画座や新文芸坐での特集上映にも、ずいぶん通ったものだ。
寅さんに出会った翌1977年、映画『スター・ウォーズ』第1作(その後、エピソードⅣ『新たなる希望』になった)が公開された。
第一印象は、「音楽が大げさすぎる」だった。チャイコフスキーや、ホルストの《惑星》そっくりな部分もあった。ジョン・ウィリアムズは、『11人のカウボーイ』や『タワーリング・インフェルノ』『ミッドウェイ』などで大好きな作曲家だっただけに、少々、違和感があった(いまでは聴きなれたので、そんなことは感じないが)。
それでも、とにかく面白かったので、以後、すべてを封切りで観てきた。だが、話が進むうちに「実は父子だった」「実は兄妹だった」などの、後づけとしか思えない設定が続出し、無理やり感を覚えた。しかし考えてみれば、文楽などは、船宿の親父が「実ハ」死んだはずの平知盛だったとか、平敦盛の首級が「実ハ」熊谷直実の息子だったとか、やたらと「実ハ」だらけであり、この種の作劇術は世界共通なのだろうと思って観てきた(近松門左衛門の『国姓爺合戦』などには、「スター・ウォーズ」の元ネタかと思うような場面がいくつかある)。
昨年末、その「寅さん」と、「スター・ウォーズ」が、同時に完結した。「寅さん」は初公開から51年目、全50作。「スター・ウォーズ」は43年目、(正伝だけで)全9作。どちらも、ほぼ半世紀かけて完結したわけだ。
さっそく、わたしも両方観たが、正直なところ、それほどの感慨もなく、「こんなものかなあ」だった。もう少し涙がにじんだり、背筋がゾクゾクしたりするかと思ったのだが。
今回の新作『男はつらいよ お帰り寅さん』は、主人公の寅さんが行方不明(のような設定)で、甥の満男の、相変わらずのモラトリアム人生が描かれる。いい歳をして、まだウジウジとしており、「もし伯父さんがいてくれたら……」なんてぼやくと、むかしの寅さんの映像が回想風に出てくる。
だが……『男はつらいよ ぼくの伯父さん』(1989)のなかで、寅さんが、予備校生の満男に酒の呑み方を教える名場面があった(料理屋の店員が戸川純だった)。
「いいか。片手に杯を持つ。酒の香りをかぐ。酒の匂いが鼻の芯にずーんと染み通ったころ、おもむろにひとくち呑む。さあ、お酒が入っていきますよと、五臓六腑に知らせてやる」
満男の物語である以上、ここは必ず出てくると思ったが、なかった。
なのに、もうひとつの名場面は出てきた。佐賀の、ゴクミの叔父さんのもとへ、寅さんが謝りに行き、最後にこう言う。
「私のようなできそこないが、こんなことを言うと笑われるかもしれませんが、私は、甥の満男は間違ったことをしていないと思います。慣れない土地へ来て、寂しい思いをしているお嬢さんをなぐさめようと、両親にも内緒で、はるばるオートバイでやってきた満男を、私はむしろ、よくやったと褒めてやりたいと思います」
ここは、さすがにジワリときた。伊丹十三の“おじさん思想”を思い出した。
だが考えてみれば、回想場面として泣かされたのではなく、映画史に残る名場面として泣いたのである。しかも、あの場に満男はいなかったわけで、満男自身は、寅さんのあのコトバを回想できないはずだ。満男が直接かかわったシーンではなく、不在のシーンが回想される。どこか、無理やり感が漂う。
結局、満男のモラトリアム人生など描かず、「寅さん名場面集」に徹したほうが、よかったのではないだろうか。ハリウッドには『ザッツ・エンターテインメント』シリーズがある。MGMのミュージカル映画のさわりを次々と見せる名場面集だ。あの要領で、現存する「とらや」のひとたちが、行方不明の寅さんの思い出を語りながら、名場面が展開する、そんなシンプルなつくりのほうが、心から泣けたと思う。
せっかく久しぶりに寅さんを観に行ったのに、相変わらずウジウジしている満男を見せられて、ちょっと期待外れだった(もっとも、今後、満男の人生を描く『甥っ子もつらいよ』が始まるというなら、話は別だが)。
そういえば、『スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け』のほうも、初期に胸躍らせたルーク・スカイウォーカーも、ハン・ソロもヨーダもオビワン・ケノービも、みんな亡くなっている。だが多くは“霊体”となって、関係者の周囲に平然と現れる(ほんとうに亡くなったレイア姫役の女優までもが、「生きて」登場する)。その無理やり感が、どうもなじめなかった。
「寅さん」も「スター・ウォーズ」も、本来いるべきひとが、いなくなっている。それでも完結編をつくらなければならず、どこかに無理が生じている、どちらもそんな映画だった。
<敬称略>
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2019.11.03 (Sun)
第256回 名古屋五輪をやめさせる会

▲ネットオークションに出品されている、名古屋五輪「開催決定」記念乗車券
東京五輪のマラソン・競歩の会場が「札幌」になった。これに対し、「真夏の東京の酷暑は、最初からわかっていたはずだ」とみんな言うが、そうだろうか。招致のプレゼンで海外委員に向かって「東京の夏は、熱中症でひとが死ぬ暑さです」と誰か正直に言っただろうか。「福島の放射能は完全に制御されています」とか「おもてなしの精神でお迎えします」とか、調子のいいことばかり言って、真実は伏せられたまますべては進行したのではないか。
そもそも、最初に立候補したときの文書には「夏の東京はスポーツに最適」といった主旨の記述があったはずだ。要するに海外委員たちは、「渋谷スクランブル交差点」や、「浅草雷門」のデジタル修正映像を見せられ、夏の東京がさわやかな未来都市だとだまされて一票を投じたのだ。
こうなると、オリンピックを日本でやってもらいたくないと、あらためて思うのは、わたしだけだろうか。駅という駅が工事中で階段も通路も狭くなり、お年寄りがオロオロしている。外国人旅行客は重いトランクを抱え、ヒイコラ言って階段を昇降している。これが「おもてなし」なのか。「アスリート・ファースト」(選手優先)だから、東京都民はいろいろガマンしろということなのか。
1964年の五輪が東京に決まった勝因はいくつかあるが、そのひとつに《オリンピック賛歌》の復活があるといわれている。
この曲は、近代五輪の開会式で演奏されていたが、ある時期から楽譜が散逸し、長く忘れられていた。それが、1958年、東京でのIOC総会の直前、ピアノ・スコアが発見された。楽譜は東京におくられ、急遽、古関裕而がオーケストラ+合唱用に編曲した。
曲は、総会の席上で、山田一雄指揮、NHK交響楽団+東京放送合唱団ほかの顔ぶれで演奏された(合唱団のなかに、芸大生だった、のちの初代“うたのおねえさん”真理ヨシコさんがいた)。これを聴いた当時のIOC委員たち、特にブランデージ会長は大感激。翌年の総会で、1964年開催地が東京に決定するにあたって有利に働いたという。のちに古関裕而が、開会式の入場行進曲を委嘱されたのも、これがきっかけだった。
つまり、当時の日本は、IOCを動かすだけのことをやっていたのである。今回と、まったく逆で、いったい、いつからJOCや開催地はここまでIOCに対して無力になったのか。
今回のドタバタを見るにつけ、名古屋五輪の大騒ぎを思い出す。
招致活動大詰めの1981年、新米の週刊誌記者だったわたしは、何回となく名古屋に足を運んで取材した。1988年の五輪は名古屋で決定のようなムードだった。なにしろ、メルボルンなどの対抗都市が次々と辞退し、最終的に立候補都市は名古屋だけだったのだから。
ところが、最後の最後で突如、ソウルが立候補し、あっという間に逆転されてしまったのだ。たしか、ソウルは立候補の受付締切を過ぎての表明で、それをIOCが認めたような記憶がある。一説には、当時、スポーツ・ビジネス界を支配していたアディダスとソウル市が組んだ出来レースだとも囁かれた。
だが、わたしはいまでも、「名古屋五輪をやめさせる会」の、ものすごいパワーが落選に追い込んだと思っている。
名古屋五輪の構想は、1970年代後半、当時の愛知県知事・仲谷義明氏が言いだした。開催都市・名古屋市にとっては寝耳に水で、このボタンのかけちがえが、名古屋市民の不信感を増幅させた。スポーツ界や名古屋市民は、置き去りのままだった。
これに対し、「やめさせる会」の動きもすごかった。名古屋市長選に反対派候補を擁立し(落選したが、野党とあわせると、かなりの反対票となった)、ついには、最終投票となるIOC総会の会場(バーデンバーデン)にまで乗り込んで反対活動を展開、ビラまきや演説会をおこなったのだ。何万人もの反対署名も、IOCのサマランチ会長自身のもとへ届けられたという。名古屋市庁前では、反対派市民がハンガー・ストライキを展開した。
今回も、反対活動はあった。その種の書籍もいくつか出版されたし、ツイッターには「#東京五輪反対」のハッシュタグもあった。異議を唱えた著名人もいた(代表格は久米宏)。だが、「名古屋五輪をやめさせる会」のパワーには、とうてい及ばなかった。つまり、反対運動は、事実上、なかったも同然なのだ。なぜなら、みんな、五輪そのものに、たいして関心がないのだと思う。
もう、忘れかけているようだが、今回の東京五輪は、トラブルだらけだった。新国立競技場のデザイン案は白紙撤回され、エンブレムマークは盗作疑惑で却下された。それどころか、招致に際して怪しげな業者に巨額の金銭がおくられ、JOCの竹田恆和会長は贈収賄疑惑で退任した。こんなメチャクチャな運営なのに、平然と進んできた。つまり、誰も関心など、ないのである。いまさら、マラソン・競歩がどこで開催されようと、どうでもいいのである。
1964年の東京五輪の際、変わりゆく町並みを嘆きながら、作家の小田実は〈わしが呼んだわけじゃない〉と書いた。当時、そんな皮肉を言うのは、さすがに小田くらいしかいなかったが、今回は、すべての都民が似たような思いだろう。「別におれが呼んだわけじゃないから、勝手にやれば。面白そうだったら見るよ」と。
名古屋五輪を言いだした仲谷義明・元愛知県知事は、1988年11月、ソウル五輪の閉会直後、自殺した。
2020年東京五輪は、史上まれに見る、しらけた催しになるだろう。
<一部敬称略>
◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。
◆毎週(土)23時・FMカオン、毎週(日)正午・調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティをやってます。
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