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2020.03.12 (Thu)

第274回 オペラ《疫病流行時代の祝宴》

キュイCD
▲キュイ作曲、オペラ《疫病流行時代の祝宴》 (Chandos)


 ロシア5人組のひとり、セザール・キュイ(1835~1918)は、軍人が本業で、作曲はあくまで余技だった。だが彼は、5人組のなかではもっとも長寿で(ロシア帝国時代に生まれ、ソ連成立直後に83歳で亡くなった)、膨大な数の作品を残している。
 一般クラシック・ファンに知られる作品は少ないが、そのなかに《疫病流行時代の祝宴》なる恐ろしい題名のオペラがある(《ペストの時代の祝宴》などの邦題もあり)。
 1901年初演、30分ほどの、1幕ミニ・オペラである。

 原作はプーシキンの戯曲だ(邦題『ペスト蔓延下の宴』もあり)。
 元ネタはスコットランドの作家、ジョン・ウィルソン(1785~1854)の戯曲『ペストの都市』全3幕で、このなかの1場を取り上げ、書き換えたという。
(余談だが、プーシキンの原作は、「小さな悲劇」と題された4部作シリーズのなかの第2部。第1部にあたるのが、『アマデウス』の元ネタとなった『モーツァルトとサリエーリ』で、これはリムスキー=コルサコフがオペラ化している。第4部『石の客』もダルゴムイシスキーがオペラ化した)

 物語は、1665年にロンドンを襲ったペスト大流行がモデルになっている。この年、ロンドンだけで約10万人の命が奪われる大災厄だった。『ロビンソン・クルーソー』を書いた作家・ジャーナリストのダニエル・デフォーは、後年、『ペストの年』と題して、その様子を、いまでいう「ノンフィクション・ノベル」スタイルで、レポートにしている(邦題『ペストの記憶』もあり=武田将明訳、研究社刊)

 で、肝心のキュイのオペラだが、上記プーシキンの同名戯曲を、ほぼそのまま台本にして音楽化している。
 筋は他愛ないもので、舞台はペストに襲われた、ある町。
 こんな状況下にもかかわらず、どこかの国のライブハウスのようにひとが集まって、路上宴会が開催されている。彼らは仲間の死を悼んでいるようで、1人の女性が、犠牲者を悼む歌《昔はこの地も栄えてた》を歌う。主宰者の男は、戯れ歌《ペストに捧げる賛歌》を歌う。
 そこへ司祭が通りかかり、「神をも恐れぬ宴会じゃ。自分の家に帰りなさい!」と、安倍総理みたいなお触れを発する。主宰者は、妻をペストで失ったことをあらためて思い出し、半狂乱になる。
 ほぼ、こんな筋である。死の恐怖に対する人間の、さまざまな反応ぶりを戯画化している……とでもいうか。
 ただ、キュイの音楽は立派で、女性の哀歌など、なかなか味わいがある。

 しかし、なんだってキュイは、こんな題材をオペラにしたのだろう。
 まず、1899年がプーシキン生誕100年とあって、ロシアではさかんに記念上演がつづき、ブームになっていたことがある。1883年には、プーシキン原作の歌劇《カフカースの虜囚》を発表して好評も得ていたせいもあるだろう。

 そしてもうひとつ、これはわたしの想像だが、作曲の数年前……具体的にいえば、1892~1896年にかけて、ロシアがコレラに襲われていたことが、キュイの脳裏にあったような気がする。この間、約23万人ものひとが亡くなった。
 実際に疫病が流行していた時代に、疫病を題材にしたオペラを発表するキュイも、なかなか強かな作曲家だと思う。

 ちなみに、コレラの犠牲者のなかには、あのチャイコフスキーもいた。彼は、1893年11月6日、コレラにより、サンクトペテルブルクで亡くなった(一時、同性愛発覚にまつわる自殺強要説も流れたが、近年では、やはりコレラ死因説に落ち着いているようだ)。
 キュイは、毒舌の音楽評論家としても有名だった。彼が、5歳年下のチャイコフスキーをどう思っていたか、詳しいことは知らないのだが、けっこう、厳しい評を述べたこともあったという。

【参考資料】
*歌劇《A Feast in Time of Plague》CDライナーノーツ(Russian State Symphony Orchestra/Valéry Polyansky)〈Chandos〉
*プーシキン『ペスト蔓延下の宴』(郡伸哉訳、群像社刊)……『青銅の騎士』所収


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