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2019.03.07 (Thu)

第230回 映画『よあけの焚き火』

よあけの焚き火
▲映画『よあけの焚き火』


 狂言の世界を題材にした、ユニークな映画が公開されている。題を『よあけの焚き火』という。監督は、小栗康平の監督助手などをつとめ、工芸技術の記録映画などを撮ってきた、土井康一。これが劇映画デビューらしい。
 主人公は、能楽師大藏流狂言方の大藏基誠(1979~)と、10歳の長男・大藏康誠(2008~)。650年以上の歴史をもつ狂言方の家で、基誠は、二十五世宗家大藏彌右衛門の次男である。
 映画は、この父子の稽古と日常を描く/演じるものだ。なぜ「描く/演じる」なんて妙な書き方をしたのかというと、この映画は、ドラマとドキュメンタリがない交ぜになった、不思議な構成なのである。

 父子は、春休みを、蓼科にある山小屋のような古い稽古場で過ごす。カメラは、その数日間を追う。父・基誠も、若いころ、この山小屋で先代の父から稽古を付けられた。炭をつかう囲炉裏などもあり、なかなか風情のある別荘である。到着するや、父は息子に、家内の清掃をさせる。
 なるほど、歴史ある狂言方の家ともなると、こういう、人里はなれた地の稽古場で修業するのかと感心させられる。
 ところが、この山小屋は、映画用に借りた他人の家で、事実上「ロケ・セット」なのだった。ゆえにここでの父子の生活は「フィクション」なのである。終映後、来場していた監督にそれを聞かされ、驚いてしまった。どう見たって「ドキュメンタリ」だと思っていたのに……(狂言の稽古場が、板張りでなく畳であることに疑問を持つべきだった!)。

 父子は、食事中や散歩中の日常会話が、いつの間にか『神鳴』『附子』『栗焼』などの狂言になっていく。アドリブなのか台本なのか、実に魅力的なシーンである(これも監督にうかがったのだが、大藏家では、これが日常的なことらしい)。

 やがて映画は、「フィクション」(ドラマ)の様相を深めていく。
 近所に住む老人(坂田明)が、野菜を届けてくれたり、ボイラーの修理をしてくれたりする。この老人が、中学生くらいの孫・咲子(鎌田らい樹)を連れてくる。震災で両親を失ない、祖父に引き取られてこの地で暮らしている。突然家族をなくしたショックで、なかなか心を開こうとしない。
 この咲子が、10歳の康誠と仲良くなり、二人で森の中を散策するようになる。次第に狂言に興味を持ち始め、一緒に稽古を付けてもらったりする。

 650年の歴史を守り、芸を伝えて残さなければならない父子。これに対し、両親を失ない、誰からも、何も伝えてもらえなくなった少女は、大藏父子に接することで、少しずつ、何かを取り戻してゆく。
 そんな彼らの姿が、美しい蓼科の冬の終わり~早春の光景のなかで、点描のように静かに展開する。品のある音楽(坂田学)が、要所を締めるように響いて心地よい。
 冒頭のセルリアンタワー能楽堂から、クライマックスの岡崎城二の丸能楽堂における父子共演『痿痺』(しびり)まで、新鮮な空気をたっぷり吸い込んだような、気持ちのいい72分間だった。

 狂言の知識は不要。不思議なタイトルも含めて、メタファー的場面も多いが、あまり深く考えず、気軽に観たほうがいいと思う。芸事の世界にいる方、または「伝える」ことにまつわる仕事や生き方をされている方には、特に観ていただきたい。
<敬称略>

■映画『よあけの焚き火』は、東京・中野の「ポレポレ東中野」で上映中。3月22日までは12:40/14:40/18:20の1日3回上映。以降は時間帯変更予定。

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2018.12.30 (Sun)

第220回 驚愕の映画『私は、マリア・カラス』

マリアカラス
▲映画『私は、マリア・カラス』(2017年、フランス、監督:トム・ヴォルフ)


 20数年前、オペラCDブック全集の編集に携っていたことがある。付属CDのかなりが、マリア・カラス全盛期のライヴ音源だった。音質は悪かったが、どれも劇的な歌唱で、まさに「うたう大女優」といったイメージだった。
 その際、監修者のオペラ研究家・永竹由幸さん(1938~2012)がよく口にしていた話が、忘れられない。
「カラスのライヴ音源や映像は、ほぼ出尽くしてるんだけど、☓☓歌劇場や、△△座あたりには、記録用のテープや映像フィルムが、まだあるはずなんだよね」
 永竹さんは、奥様がイタリア人で、ミラノやサルデニア島にも自宅や事務所を持っておられた。
 イタリア各地の歌劇場関係者や、カラス全盛期のコンビ、ジュゼッペ・ディ・ステーファノ(1921~2008)とも親しく、アングラ・レベルまで含めて、かなりの情報を持っていた。
 それだけに、相応の信憑性を感じさせる話だった。

 現在公開中のドキュメント映画『私は、マリア・カラス』は、そんな“永竹情報”を裏打ちする、驚愕の映像集である。
 何に驚くといって、冒頭、いきなり、「蝶々さん」を演じているカラスの映像が登場するのである(1955年、シカゴでのゲネプロ? おそらく舞台袖から撮影した8ミリ映像)。
 わたしは、心臓が止まりそうになった。
 いうまでもないが、カラスの《蝶々夫人》は、カラヤン指揮、ミラノ・スカラ座の音源はあるが、「舞台映像」など、観たことない。
 あの大柄な身体を折るようにして、似合いもしない振袖姿、日本髪のカツラで、懸命に少女を演じている。

 そのほか、1958年、有名なリスボンでの《椿姫》の映像(おそらく客席から8ミリ隠し撮り)。
 愛人・オナシスとギリシャの小島を訪れ、村祭りに飛び入りで舞台に上がり、《カヴァレリア・ルスティカーナ》のアリアをうたう映像。
 とにかく「動いているカラス」が観られる、驚天動地の初出映像オン・パレードである。

 実はこの映画は、全編が、カラス本人の映像、および、彼女のメモや手紙の朗読だけで構成されており、第三者の証言や解説は(彼女の師ヒダルゴの生前インタビューを除いて)、一切、登場しない。
 人物説明や背景説明も、ほとんどない。
 よって、スカラ座で彼女に演技指導をしているのが名監督ルキノ・ヴィスコンティであるとか、前半で彼女の横にいつもいる中年男性が、最初の亭主でレンガ工場社長のメネギーニであるとか、世界ツアーで彼女をエスコートしているのがジュゼッペ・ディ・ステーファノであるとか、パゾリーニの映画『王女メディア』に出演して濃密な関係になったが映画は大コケしたとか、そういった解説や字幕は、一切、出ない。
 かなりカラスのことを知っていないと、隅々までは楽しめない、ある意味、たいへん不親切な映画である。
 知識の少ない方は、できれば、上映前にプログラムを買って、年譜ぐらいはざっと目を通しておいた方が、いいと思う。

 では、この映画の監督は、なぜ、そんな不親切なドキュメンタリをつくったのか。
 何年もかけて世界中で収集した彼女の「映像」が、あまりにすごいからに、ほかならない。
 これは、彼女の生涯をたどったり、検証したりする映画ではないのだ。
 言葉は悪いが、噂ばかりが先行して現物の姿が知られていなかった絶滅種の、生前の映像が大量に発見されたので、みんなで観ようじゃないかと盛り上がる、そんなフィルム集なのである。
 そこには、天才が、興味本位な視線と戦いながら、次第に疲弊し、ついに破れて絶滅する過程が刻まれていた。
 つまりカラスは、死後もなお、スクリーンの中で、わたしたちの「視線」を浴び、晒されつづけているのである。
 だから、哀れなのである。
 しかし、その責任は、わたしたちにもある、そんな鏡あわせのような、残酷な映画でもある。

 永竹さんが生きていたら、果たして、どんな感想を述べただろうか。
 あまりの迫力とリアルさに、「できれば見たくなかったよ」と言ったような気がする。
<一部敬称略>
 
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2018.09.12 (Wed)

第208回 キューブリックとリゲティ

リゲティCD
リゲティの「入門」CD。主な創作期間が「2001年まで」だったので、このようなタイトルになったらしい。


(承前/第206回より)
 スタンリー・キューブリック(1928~99)は、ハンガリーの現代音楽作曲家、リゲティ・ジェルジュ(1923~2006)が大好きだった。
 『2001年宇宙の旅』(1968)では《アトモスフェール》《レクイエム》《ルクス・エテルナ》《アヴァンチュール》(テープ加工)の4曲を使用している。『シャイニング』(1980)では《ロンターノ》を、遺作『アイズ・ワイド・シャット』(1999)では《ムジカ・リセルカータⅡ》を使用した。

 数年前に、東フィルが定期でオール・リゲティのプログラムを組んだところ、あっという間に完売したことがある。これなど、明らかにキューブリックの影響だった(曲の大半が、映画『2001年』の使用曲。《ルクス・エテルナ》に至っては「無伴奏合唱曲」で、本来、オーケストラの定期公演の曲ではない)。BISレーベルが『1948-2001:A Ligeti Odyssey』なる、便乗入門CDをリリースしたのも、人気が衰えていない証拠だろう。

 リゲティはユダヤ人で、大戦中に、家族の多くを強制収容所で失っている。戦後、ハンガリー動乱をソ連が武力鎮圧すると、オーストリアへ亡命し、西側で活動するようになった(最近初演された野平一郎の室内オペラ《亡命》のイメージ・モデルの1人は、このリゲティだそうである)。 
 一方のキューブリックも、ニューヨーク生まれだが、同じハンガリー系ユダヤ人である。若くしてカメラマンとして活躍し、やがて興味は「映像」に移る。彼の創作姿勢にユダヤ人だったことが影響しているかどうか、わたしには知識がないのだが(最初からドキュメンタリ映画を多く作ることができたのは、ユダヤ人脈のスポンサーを得たからだと聞いたことはある)、それなりに意識はあったようである。

 たとえば、ボツ企画のひとつに『第三帝国の内部で』(1971年頃)があった。ヒトラーの側近だった建築家を描くもので、アシスタントによる第一稿もできていたが、最終的に「私はユダヤ人だ。これにかかわることはできない」と断ったという。

 正式に発表された企画もあった。1993年、キューブリックは、ルイス・ベグリィの小説『五十年間の嘘』(邦訳、早川書房)の映画化権を買った。これは、大戦中のポーランドで、自らをアーリア人と偽って生き延びるユダヤ人少年と叔母の物語だった。ワーナーから発表された映画化タイトルは『アーリアン・ペーパーズ』。主役はジュリア・ロバーツかユマ・サーマンといわれた。だが、これも中止になった。理由は、同年暮れに公開された、スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』と類似テーマだったからというのだが、ほんとうのところは不明である(だって、映画化権を買う際、すでにスピルバーグ作品のことは承知していたはずだから)。

 また、この7月には、キューブリックが1950年代に執筆した幻の脚本『Burning Secret』が発見されたとの報道があった。これは、ユダヤ系オーストリア人作家シュテファン・ツヴァイクの小説が原作である(邦題『燃える秘密』。ツヴァイクは、リヒャルト・シュトラウスの歌劇《無口な女》の台本作家でもあり、初演の観劇をヒトラーが拒否した騒動は有名だ)。

 かように、キューブリックの周囲には多くの“ユダヤ企画”があったが、なかなか実現しなかった。
 彼が、リゲティに同じハンガリー系ユダヤ人としての共感を得ていたのかどうか、わたしにはわからない。だが、なかなか映画が実現しない一方、その分、リゲティの音楽によって、何かを埋めようとしていた、そんな気もするのである。

[参考資料]『キューブリック全書』(デヴィッド・ヒューズ著、内山一樹ほか訳/フィルムアート社、2001年刊)

◆9月の「BPラジオ」で、『2001年宇宙の旅』の音楽を特集しています。
【第106回】70mm上映決定! 『2001年宇宙の旅』音楽の秘密
<FMカオン>9/22(土)23時
<調布FM>9/23(日祝)正午
※パソコンやスマホで聴けます。聴き方は、こちら


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2018.09.04 (Tue)

第206回 『2001年宇宙の旅』70㎜上映

2001年チラシ
国立映画アーカイブにて、10月に12回のみ上映される。

 公開50年を記念して、映画『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督/1968年、アメリカ)の、70㎜ニュープリントが作成され、世界巡回上映がはじまった。10月には、東京・京橋の国立映画アーカイブ(旧フィルムセンター)で上映される。
 宣伝文句によれば、「公開時の映像と音の再現を追求して、オリジナル・カメラネガからデジタル処理を介さずにフォトケミカル工程だけで作成」され、「公開当時と同じ6チャンネルで、上映前の前奏曲、休憩時の音楽、終映時の音楽まで再現されている」とのことだ(ちなみに、序曲・休憩音楽はリゲティ《アトモスフェール》、エンドタイトルと退場音楽はヨハン・シュトラウスⅡ《美しく青きドナウ》である)。

 かつて、超大作映画といえば『ベン・ハー』『アラビアのロレンス』など、多くが横長スクリーンの「70㎜」だった。近年、『ヘイトフル・エイト』や『ダンケルク』のように70㎜フィルム作品が復権しつつあるが、日本には、もう上映できる劇場がない(『2001年』は全10巻、おそらく200㎏近いのではないか)。
 ところが昨年10月、ユネスコ「世界視聴覚遺産の日」イベントとして、フィルムセンター(当時)で『デルス・ウザーラ』(黒澤明監督/1975年、日ソ合作)が上映された。同館は映写機材などを再整備し、オリジナルの70㎜フィルムで上映した(素晴らしかった!)。これが成功し、同館は「日本で唯一、70㎜フィルムを上映できる劇場」として注目を浴びた。そこで今年の同イベントは、話題の『2001年』上映になったようだ。

 わたしは学生時代に、いまはなきテアトル東京で、70㎜フィルムで観たのが最初だった。その後、「2001年」に、同館の後身・ルテアトル銀座で、やはり70㎜フィルムで観たが(これが日本における同作の最後の70㎜上映だったのでは)、あとはすべて35㎜かデジタルでしか観ていない。よって17年ぶりの70㎜鑑賞となる(35㎜やデジタルと、70㎜では、味わいがちがうどころか、別作品だといっても過言ではない)。

 2015年に、渋谷のオーチャードホールで、最近流行のシネマ・コンサート形式で上映された。音楽トラックをカットしたデジタル上映にあわせて、日本フィルハーモニー交響楽団と東京混声合唱団が、ナマ演奏した。さぞやスゴイだろうと期待して行ってみたが、あまりのショボさに、休憩で退出してしまった。いくらオケや合唱がナマ演奏しても、映画館で地響きを立てて流れる音楽には、とてもかなわない。PAを入れて、少しくらいスピーカーで流してほしかった。デジタル変換された映像も薄っぺらだった。やはり映画音楽は、フィルムのサウンドトラックから、スピーカーを通じて派手に増幅された音で流してくれないとダメなのだ。

 『2001年』でわたしが好きなシーンは、モノリス出現でもスターゲイト通過でもなく、月面ロケットバスの中で、フロイド博士たちが、サンドウィッチのような宇宙食を食べるところである。「腹減ってるやつ、いるか?」「チキンあるかな」「ハムは?」。すると、乗組員が容器のなかを「ハム、ハム、ハム……」と言いながら探す。あのシーンを観るたびに、腹が鳴る。宇宙へ行くと、やはり食べ物が楽しみなのだな、見かけはともかく、きっと味だけは素晴らしいのだろうな……などと思わされる場面だ。
 ここで流れる音楽は、リゲティの《ルクス・エテルナ》(アカペラ混声16部合唱)である。今度こそ、スピーカーで増幅されたリゲティを聴きながら、「ハム、ハム、ハム……」を70㎜フィルムで観られると思うと、いまから腹が鳴るぞ。
<この項、つづく>

【注】『2001年宇宙の旅』70㎜上映(国立フィルムアーカイブ)の前売券は、12回すべて完売しています(当日券は出るようです)。


◆9月の「BPラジオ」で、この映画の音楽を特集しています。
【第106回】70mm上映決定! 『2001年宇宙の旅』音楽の秘密
<FMカオン>9/8(土)23時、9/22(土)23時
<調布FM>9/9(日)正午、9/23(日祝)正午
※パソコンやスマホで聴けます。聴き方は、こちら


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2018.08.27 (Mon)

第205回 ポール・ホワイトマンの指揮棒

amerika交響楽
▲映画『アメリカ交響楽』は、日本ではパブリック・ドメインなので、数種の廉価版で入手可能。

 音楽家の伝記映画はさまざまあるが、ジョージ・ガーシュウィン(1898~1937)を描いた『アメリカ交響楽』(1945年/原題“Rhapsody in Blue”)は、特筆すべき映画である。なぜなら、ガーシュウィンの死後わずか8年目に製作されただけに、製作者も出演者も、ほとんどが、ガーシュウインを直接知っていたひとたちなのだ(ガーシュウインは38歳で夭折した)。主人公のガーシュウインをプロ俳優(ロバート・アルダ)が演じているほかは、多くが本人の出演である。

 中でももっとも有名なのが、オスカー・レヴァント(1906~72)だろう。彼は、ホロヴィッツやルービンシュタインとならぶ、大人気ピアニストだった。ガーシュウィンの《ラプソディ・イン・ブルー》や《ピアノ協奏曲》は自分のテーマ曲のようにレパートリーとしていた。その彼が、この映画への出演をきっかけに(もちろん、自分自身の役を演じた)、本格的なミュージカル俳優になってしまうのである。たとえば、映画『バンド・ワゴン』(1953年)の名場面、《ザッツ・エンタテインメント》を、フレッド・アステアなどと一緒に歌って踊っている、唇の分厚い、小柄なオジサン――彼が、オスカー・レヴァントである。

 そのほか、この映画には、アル・ジョルスン(歌手)、ジョージ・ホワイト(プロデューサー)、ヘイゼル・スコット(歌手)、エルザ・マックスウェル(コラムニスト)、アン・ブラウン(歌劇『ポーギーとベス』のベス創唱歌手)など、ガーシュウインと一緒に仕事をしたひとたちが、自分自身の役で、ゾロゾロ出演しているのだ。劇映画というよりは、ほとんど「再現ドキュメント」である。

 だが、やはりいちばん強烈な出演者は、指揮者のポール・ホワイトマン(1890~1967)ではないか。ジャズとクラシックが融合した《ラプソディ・イン・ブルー》をガーシュウィンに提案し、書かせ、自らの楽団で初演を指揮したひとだ(編曲はグローフェに協力させた)。初演の際、冒頭で、クラリネット奏者がふざけて、楽譜にないグリッサンドでソロを演奏したところ、これを面白がって正式採用したといわれている。これを機に、アメリカ音楽界に“シンフォニック・ジャズ”時代が到来するのだ。その後、グローフェの《グランドキャニオン組曲》なども初演している。

 彼が演じている“自分自身”役で驚くのは、その「指揮棒」である。長さが50センチはあろうかという巨大さで、前方の奏者の頭に刺さるんじゃないかと思えるほどデカい。彼はほかにも多くの音楽映画に出演しているが、毎回、この巨大指揮棒を振りまわしている(当時、これが流行だったようだ)。

 日本で、終戦後、占領軍専用の「アーニー・パイル劇場」(現・東京宝塚劇場)の楽団指揮者、紙恭輔(1902~1981)も、同じような巨大指揮棒を使っていた。当時、同楽団でトランペットを吹いてた、作編曲家の故・岩井直溥さんは「あれは完全にポール・ホワイトマンの影響だね。紙さんは、日本にシンフォニック・ジャズを定着させたくて、アメリカに留学までしたひとだからね。本人の指揮姿をナマで見ているはずだよ」と語っていた。

 ポール・ホワイトマンにかぎらず、本人出演のひとたちが、みんな芸達者なのにも驚く。だが、ぜひ、この「巨大指揮棒」を見逃さないでいただきたい。今年は、ジョージ・ガーシュウィン生誕120年だ。彼の音楽は、あの「巨大指揮棒」によって生み出されたのである。

◆9月の「BPラジオ」で、ガーシュウインを特集しています。
【第105回】生誕120年! ガーシュウィン・アップ・ザ・ウインド!
<FMカオン>9/1(土)23時、9/15(土)23時
<調布FM>9/2(日)正午、9/16(日祝)正午
※パソコンやスマホで聴けます。聴き方は「バンドパワー」で。


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