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2018.09.12 (Wed)

第208回 キューブリックとリゲティ

リゲティCD
リゲティの「入門」CD。主な創作期間が「2001年まで」だったので、このようなタイトルになったらしい。


(承前/第206回より)
 スタンリー・キューブリック(1928~99)は、ハンガリーの現代音楽作曲家、リゲティ・ジェルジュ(1923~2006)が大好きだった。
 『2001年宇宙の旅』(1968)では《アトモスフェール》《レクイエム》《ルクス・エテルナ》《アヴァンチュール》(テープ加工)の4曲を使用している。『シャイニング』(1980)では《ロンターノ》を、遺作『アイズ・ワイド・シャット』(1999)では《ムジカ・リセルカータⅡ》を使用した。

 数年前に、東フィルが定期でオール・リゲティのプログラムを組んだところ、あっという間に完売したことがある。これなど、明らかにキューブリックの影響だった(曲の大半が、映画『2001年』の使用曲。《ルクス・エテルナ》に至っては「無伴奏合唱曲」で、本来、オーケストラの定期公演の曲ではない)。BISレーベルが『1948-2001:A Ligeti Odyssey』なる、便乗入門CDをリリースしたのも、人気が衰えていない証拠だろう。

 リゲティはユダヤ人で、大戦中に、家族の多くを強制収容所で失っている。戦後、ハンガリー動乱をソ連が武力鎮圧すると、オーストリアへ亡命し、西側で活動するようになった(最近初演された野平一郎の室内オペラ《亡命》のイメージ・モデルの1人は、このリゲティだそうである)。 
 一方のキューブリックも、ニューヨーク生まれだが、同じハンガリー系ユダヤ人である。若くしてカメラマンとして活躍し、やがて興味は「映像」に移る。彼の創作姿勢にユダヤ人だったことが影響しているかどうか、わたしには知識がないのだが(最初からドキュメンタリ映画を多く作ることができたのは、ユダヤ人脈のスポンサーを得たからだと聞いたことはある)、それなりに意識はあったようである。

 たとえば、ボツ企画のひとつに『第三帝国の内部で』(1971年頃)があった。ヒトラーの側近だった建築家を描くもので、アシスタントによる第一稿もできていたが、最終的に「私はユダヤ人だ。これにかかわることはできない」と断ったという。

 正式に発表された企画もあった。1993年、キューブリックは、ルイス・ベグリィの小説『五十年間の嘘』(邦訳、早川書房)の映画化権を買った。これは、大戦中のポーランドで、自らをアーリア人と偽って生き延びるユダヤ人少年と叔母の物語だった。ワーナーから発表された映画化タイトルは『アーリアン・ペーパーズ』。主役はジュリア・ロバーツかユマ・サーマンといわれた。だが、これも中止になった。理由は、同年暮れに公開された、スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』と類似テーマだったからというのだが、ほんとうのところは不明である(だって、映画化権を買う際、すでにスピルバーグ作品のことは承知していたはずだから)。

 また、この7月には、キューブリックが1950年代に執筆した幻の脚本『Burning Secret』が発見されたとの報道があった。これは、ユダヤ系オーストリア人作家シュテファン・ツヴァイクの小説が原作である(邦題『燃える秘密』。ツヴァイクは、リヒャルト・シュトラウスの歌劇《無口な女》の台本作家でもあり、初演の観劇をヒトラーが拒否した騒動は有名だ)。

 かように、キューブリックの周囲には多くの“ユダヤ企画”があったが、なかなか実現しなかった。
 彼が、リゲティに同じハンガリー系ユダヤ人としての共感を得ていたのかどうか、わたしにはわからない。だが、なかなか映画が実現しない一方、その分、リゲティの音楽によって、何かを埋めようとしていた、そんな気もするのである。

[参考資料]『キューブリック全書』(デヴィッド・ヒューズ著、内山一樹ほか訳/フィルムアート社、2001年刊)

◆9月の「BPラジオ」で、『2001年宇宙の旅』の音楽を特集しています。
【第106回】70mm上映決定! 『2001年宇宙の旅』音楽の秘密
<FMカオン>9/22(土)23時
<調布FM>9/23(日祝)正午
※パソコンやスマホで聴けます。聴き方は、こちら


◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

◆毎週(土)23時・FMカオン、毎週(日)正午・調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティをやってます。
 パソコンやスマホで聴けます。 内容の詳細や聴き方は、上記「BandPower」で。

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2018.09.04 (Tue)

第206回 『2001年宇宙の旅』70㎜上映

2001年チラシ
国立映画アーカイブにて、10月に12回のみ上映される。

 公開50年を記念して、映画『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督/1968年、アメリカ)の、70㎜ニュープリントが作成され、世界巡回上映がはじまった。10月には、東京・京橋の国立映画アーカイブ(旧フィルムセンター)で上映される。
 宣伝文句によれば、「公開時の映像と音の再現を追求して、オリジナル・カメラネガからデジタル処理を介さずにフォトケミカル工程だけで作成」され、「公開当時と同じ6チャンネルで、上映前の前奏曲、休憩時の音楽、終映時の音楽まで再現されている」とのことだ(ちなみに、序曲・休憩音楽はリゲティ《アトモスフェール》、エンドタイトルと退場音楽はヨハン・シュトラウスⅡ《美しく青きドナウ》である)。

 かつて、超大作映画といえば『ベン・ハー』『アラビアのロレンス』など、多くが横長スクリーンの「70㎜」だった。近年、『ヘイトフル・エイト』や『ダンケルク』のように70㎜フィルム作品が復権しつつあるが、日本には、もう上映できる劇場がない(『2001年』は全10巻、おそらく200㎏近いのではないか)。
 ところが昨年10月、ユネスコ「世界視聴覚遺産の日」イベントとして、フィルムセンター(当時)で『デルス・ウザーラ』(黒澤明監督/1975年、日ソ合作)が上映された。同館は映写機材などを再整備し、オリジナルの70㎜フィルムで上映した(素晴らしかった!)。これが成功し、同館は「日本で唯一、70㎜フィルムを上映できる劇場」として注目を浴びた。そこで今年の同イベントは、話題の『2001年』上映になったようだ。

 わたしは学生時代に、いまはなきテアトル東京で、70㎜フィルムで観たのが最初だった。その後、「2001年」に、同館の後身・ルテアトル銀座で、やはり70㎜フィルムで観たが(これが日本における同作の最後の70㎜上映だったのでは)、あとはすべて35㎜かデジタルでしか観ていない。よって17年ぶりの70㎜鑑賞となる(35㎜やデジタルと、70㎜では、味わいがちがうどころか、別作品だといっても過言ではない)。

 2015年に、渋谷のオーチャードホールで、最近流行のシネマ・コンサート形式で上映された。音楽トラックをカットしたデジタル上映にあわせて、日本フィルハーモニー交響楽団と東京混声合唱団が、ナマ演奏した。さぞやスゴイだろうと期待して行ってみたが、あまりのショボさに、休憩で退出してしまった。いくらオケや合唱がナマ演奏しても、映画館で地響きを立てて流れる音楽には、とてもかなわない。PAを入れて、少しくらいスピーカーで流してほしかった。デジタル変換された映像も薄っぺらだった。やはり映画音楽は、フィルムのサウンドトラックから、スピーカーを通じて派手に増幅された音で流してくれないとダメなのだ。

 『2001年』でわたしが好きなシーンは、モノリス出現でもスターゲイト通過でもなく、月面ロケットバスの中で、フロイド博士たちが、サンドウィッチのような宇宙食を食べるところである。「腹減ってるやつ、いるか?」「チキンあるかな」「ハムは?」。すると、乗組員が容器のなかを「ハム、ハム、ハム……」と言いながら探す。あのシーンを観るたびに、腹が鳴る。宇宙へ行くと、やはり食べ物が楽しみなのだな、見かけはともかく、きっと味だけは素晴らしいのだろうな……などと思わされる場面だ。
 ここで流れる音楽は、リゲティの《ルクス・エテルナ》(アカペラ混声16部合唱)である。今度こそ、スピーカーで増幅されたリゲティを聴きながら、「ハム、ハム、ハム……」を70㎜フィルムで観られると思うと、いまから腹が鳴るぞ。
<この項、つづく>

【注】『2001年宇宙の旅』70㎜上映(国立フィルムアーカイブ)の前売券は、12回すべて完売しています(当日券は出るようです)。


◆9月の「BPラジオ」で、この映画の音楽を特集しています。
【第106回】70mm上映決定! 『2001年宇宙の旅』音楽の秘密
<FMカオン>9/8(土)23時、9/22(土)23時
<調布FM>9/9(日)正午、9/23(日祝)正午
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2018.08.27 (Mon)

第205回 ポール・ホワイトマンの指揮棒

amerika交響楽
▲映画『アメリカ交響楽』は、日本ではパブリック・ドメインなので、数種の廉価版で入手可能。

 音楽家の伝記映画はさまざまあるが、ジョージ・ガーシュウィン(1898~1937)を描いた『アメリカ交響楽』(1945年/原題“Rhapsody in Blue”)は、特筆すべき映画である。なぜなら、ガーシュウィンの死後わずか8年目に製作されただけに、製作者も出演者も、ほとんどが、ガーシュウインを直接知っていたひとたちなのだ(ガーシュウインは38歳で夭折した)。主人公のガーシュウインをプロ俳優(ロバート・アルダ)が演じているほかは、多くが本人の出演である。

 中でももっとも有名なのが、オスカー・レヴァント(1906~72)だろう。彼は、ホロヴィッツやルービンシュタインとならぶ、大人気ピアニストだった。ガーシュウィンの《ラプソディ・イン・ブルー》や《ピアノ協奏曲》は自分のテーマ曲のようにレパートリーとしていた。その彼が、この映画への出演をきっかけに(もちろん、自分自身の役を演じた)、本格的なミュージカル俳優になってしまうのである。たとえば、映画『バンド・ワゴン』(1953年)の名場面、《ザッツ・エンタテインメント》を、フレッド・アステアなどと一緒に歌って踊っている、唇の分厚い、小柄なオジサン――彼が、オスカー・レヴァントである。

 そのほか、この映画には、アル・ジョルスン(歌手)、ジョージ・ホワイト(プロデューサー)、ヘイゼル・スコット(歌手)、エルザ・マックスウェル(コラムニスト)、アン・ブラウン(歌劇『ポーギーとベス』のベス創唱歌手)など、ガーシュウインと一緒に仕事をしたひとたちが、自分自身の役で、ゾロゾロ出演しているのだ。劇映画というよりは、ほとんど「再現ドキュメント」である。

 だが、やはりいちばん強烈な出演者は、指揮者のポール・ホワイトマン(1890~1967)ではないか。ジャズとクラシックが融合した《ラプソディ・イン・ブルー》をガーシュウィンに提案し、書かせ、自らの楽団で初演を指揮したひとだ(編曲はグローフェに協力させた)。初演の際、冒頭で、クラリネット奏者がふざけて、楽譜にないグリッサンドでソロを演奏したところ、これを面白がって正式採用したといわれている。これを機に、アメリカ音楽界に“シンフォニック・ジャズ”時代が到来するのだ。その後、グローフェの《グランドキャニオン組曲》なども初演している。

 彼が演じている“自分自身”役で驚くのは、その「指揮棒」である。長さが50センチはあろうかという巨大さで、前方の奏者の頭に刺さるんじゃないかと思えるほどデカい。彼はほかにも多くの音楽映画に出演しているが、毎回、この巨大指揮棒を振りまわしている(当時、これが流行だったようだ)。

 日本で、終戦後、占領軍専用の「アーニー・パイル劇場」(現・東京宝塚劇場)の楽団指揮者、紙恭輔(1902~1981)も、同じような巨大指揮棒を使っていた。当時、同楽団でトランペットを吹いてた、作編曲家の故・岩井直溥さんは「あれは完全にポール・ホワイトマンの影響だね。紙さんは、日本にシンフォニック・ジャズを定着させたくて、アメリカに留学までしたひとだからね。本人の指揮姿をナマで見ているはずだよ」と語っていた。

 ポール・ホワイトマンにかぎらず、本人出演のひとたちが、みんな芸達者なのにも驚く。だが、ぜひ、この「巨大指揮棒」を見逃さないでいただきたい。今年は、ジョージ・ガーシュウィン生誕120年だ。彼の音楽は、あの「巨大指揮棒」によって生み出されたのである。

◆9月の「BPラジオ」で、ガーシュウインを特集しています。
【第105回】生誕120年! ガーシュウィン・アップ・ザ・ウインド!
<FMカオン>9/1(土)23時、9/15(土)23時
<調布FM>9/2(日)正午、9/16(日祝)正午
※パソコンやスマホで聴けます。聴き方は「バンドパワー」で。


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2018.03.15 (Thu)

第194回 東京アニメアワードフェスティバル2018

animeawa-do.png


 東京アニメアワードフェスティバル(3月9~12日)が、昨年から池袋の複数会場で開催されるようになった。共催には東京都が加わっている(最終日の授賞式には、小池百合子都知事も出席したらしい)。わたしは、若いころ、アニメ関係の仕事に少々携わっており、短編アニメや、ヨーロッパ作品が好きなので、海外作品のコンペ部門があるこういう映画祭はありがたい。

 まず、3スロットにわかれた短編コンペティションの35本を観た。
 ほとんどが3~10分前後の作品で、もっとも長いものでも20分だ。ただ、短編とはいえ1本の映画であることに変わりはなく、しかも音楽がべったり付いているので、目と耳がフル回転でクタクタになった(日本の「アニメ神」、90歳のクリヨウジさんは、かねてから「アニメは音楽で決まる」と断言している。だからクリ作品には、武満徹や一柳慧、オノ・ヨーコなど、錚々たるひとが音楽を付けていた)。

 そのなかでは、日本の映像作家・大谷たらふが、エレクトロニカのSerph(さーふ)の曲《Feather》に寄せたミュージック・ビデオ(5分10秒)が、美しくて楽しかった。音楽にあわせて「線」が縦横無尽に動く、アニメ本来の姿を思い出させてくれた。

 認知症を題材にした作品が2本あった。『頭が消えていく』(フランス+カナダ/9分28秒)と、『メモ』(フランス/4分40秒)である。ほかに広義の意味で「老い」を題材にした作品がいくつかあり、認知症が世界的な問題であることをうかがわせた。

 素晴らしかったのは、マックス・ポーター&桑畑かほる夫妻の『ネガティブ・スペース』(フランス/5分30秒)だった。これは、2016年の米アカデミー短編アニメ賞にもノミネートされた、人形ストップモーション作品。出張が多い父と息子の関係を、「荷づくり」(小さなカバンに多くの荷を要領よく詰める)の観点で描いたものだ。おそらく「荷づくり」で結ばれた親子関係なんて、そうはないはずなのに、観ていると、自分もそうだったと思うようになる、文学的で不思議な5分30秒であった。ラストでは目頭をおさえている観客もいた。
 案の定、この作品が、短編コンペ部門のグランプリを受賞した。

 短編作品の多くは、アニメ学校の卒業制作や、同期生らによるグループ制作だが、それなりにスポンサーを確保しているらしき作品もあった。商売にならないアート短編アニメに投資する、海外の企業文化の懐の深さを知らされた。
 また、エンディング・クレジットで、スタッフが、自らの電話番号とメールアドレスをはっきり表記する作品があり、これには驚いた。個人情報がどうとかいっている場合ではない、「とにかく仕事をくれ」というわけだ。小林秀雄の名言「プライヴァシーなんぞ侵されたって、人間の個性は侵されはしない」を思い出す。この貪欲さが、静謐で叙情的なアニメの背後に潜んでいるかと思うと、やはり彼岸の差をおぼえる。

幸福路上

 長編コンペ部門は4本が出品され、そのうちの2本を観た。
 これはもう、なんといっても(ほかの2本を観ていないとはいえ)、『オン・ハピネス・ロード』(台湾/1時間51分)の圧巻、ひとり勝ちであった。もちろん、グランプリを受賞した。これをしのぐ映画に、今年出会えるかどうか。『シェイプ・オブ・ウォーター』も『スリー・ビルボード』も、わたしの中では吹っ飛んでしまった。
 これは、手描きを基本にCG処理を加えた、昔ながらの味わいをもつ2Dアニメである。監督のSung Hsin Yin女史が上映後に登壇したが、本来は実写映画の監督で、アニメは初めてだという(京都大学に留学経験があるそうで、少々たどたどしかったが、日本語であいさつしてくれた)。

 主人公のLin Shu Chiは、蒋介石が死んだ日(1975年4月5日)に生まれた。ノスタルジックな作風で話題となった台湾の小説『歩道橋の魔術師』の時代である。ちなみに、彼女の生まれる少し前に発生した事件をモデルにした映画が、最近レストア版の公開でロングヒットとなった映画『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』だ。

 彼女の人生は、台湾新時代の歩みと軌を一にする。小学生時代は、国民政府の時期で、次第に民主化運動がおこる。李登輝総統の就任を経て、高校大学時代になると、民進党・陳水扁総統の時代(台湾史上初の政権交代)に重なる。1999年の「921大地震」ではともに「ガッチャマンの歌」をうたった幼馴染みを失なう。
 そんな彼女の人生が、台湾現代史とのかかわりで描かれる……のかと思いきや、それほどでもないところが、この映画のうまいところである。Hsin Yin Sung監督は、今村昌平の『にっぽん昆虫記』をやろうとしたわけではないのだ。だから、同じ女性の半生記でも、『ワイルド・スワン』のような凄まじい人生になりもしないし、むずかしい論争が登場するわけでもない。せいぜい、民主化デモに、ファッションとして参加する場面があったり、彼女の勤務する新聞社にデモが押し寄せる程度で、基本的に彼女はノンポリなのである。
 そしてChiは、アメリカにわたり、白人男性と結婚し、平凡な主婦生活をおくっている。実はいま、妊娠中である。だが、どこか満たされない。大好きだったおばあちゃんの葬式で、ひさしぶりに幸福町にもどった。昔の面影の残る町を歩きながら、子供時代を回想する(この回想場面が日本の昭和30~40年代を思わせ、アニメならではの表現が次々登場して楽しい)。またアメリカに帰って、同じ生活がつづくのか……。

 誰もが、子供のころは、将来の夢を抱いている。親も、こどもに期待し、成功を信じている。だが、まず、かなわない。平凡な大人になり、平凡な人生をおくり、その間、結婚がうまくいって平和な家庭が築ければまだいいほうで、病気や離婚など、アクシデントに見舞われることのほうが多いのである。おそらくこの映画を観るすべてのひとが、おなじことを考え、異国の女性なのに、Chiの姿に自分を重ねあわせるはずだ。そんな「普遍」をアニメで見事に表現できたことが、この映画の最大の価値といえる。そして、自分の平凡な人生を振り返るとき、どこに、心の置き所を見出せばいいのかを、やさしく教えてくれる。 

 いままでの説明で、『思ひ出ぽろぽろ』と『ちびまる子ちゃん』を思い浮かべたひとも多いと思う。だが、まったくちがう感動が待っているので、安心されたい。台湾の大人気歌手・蔡依林(安室奈美恵とも共演しているらしい)のうたうエンディング・テーマを聴いて涙がにじまないひとは、いないはずだ。
 このような作品を見出し、グランプリを授与した東京アニメアワードの主催者、一次選考委員、最終審査委員に最大級の敬意と賛辞をおくりたい(広報・宣伝が貧弱だったのは残念だったが)。そして、本作が日本で正式公開されることを願ってやまない。
<敬称略>

【余録】 
 このフェスティバルは、ほかにも部門賞が山ほどある。上記、長編・短編コンペ部門は、そのなかの一部にすぎない。もっとも注目されるのは、前年の作品に与えられる「アニメ・オブ・ザ・イヤー部門」で、今回は劇場映画部門が『この世界の片隅に』、TV部門が『けものフレンズ』であった。
 あと、台湾のアニメ作家に、ぜひ『歩道橋の魔術師』(上述)を、人形ストップモーションでアニメ化してほしいのだが。10分くらいでまとまると思う。あれほど「人形アニメ」向きの短編小説は、ないのではないか。

『feather』全編視聴可能
『頭が消えていく』予告編 
『メモ』全編視聴可能
『ネガティブ・スペース』予告編 
『ネガティブ・スペース』マックス・ポーター&桑畑かほる夫妻へのインタビュー&メイキング映像 ←必見!
『オン・ハピネス・ロード』予告編 
『オン・ハピネス・ロード』主題歌ミュージックビデオ


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2018.02.13 (Tue)

第191回 映画『貴族の階段』

貴族の階段
▲原作『貴族の階段』(武田泰淳)は、「中央公論」連載。
中公文庫、角川文庫、新潮文庫などを転々とし、
この岩波現代文庫版(2000年)が最後だが、
すでに品切重版未定。


 かねてから観たかった、映画『貴族の階段』(1959年、大映)をやっと観た(2月7日、池袋・新文芸坐にて)。
 原作・武田泰淳、脚本・新藤兼人、音楽・黛敏郎、監督・吉村公三郎。
 武田泰淳の魅力のひとつは、妙にとりとめのない展開にあるが(埴谷雄高は「悪文の名文」と呼んだ)、ここでは、その「とりとめのなさ」が、面白く物語化されていて、さすがは新藤兼人の脚本だと感心した。冒頭も、原作の有名な書き出し「今日は、陸軍大臣が、おとうさまのお部屋を出てから階段をころげおちた。あの階段はゆるやかで幅もひろいのに、よく人の落ちる階段である」そのままの場面から始まる。

 昭和初期。貴族院議長・西の丸英彦(森雅之)の娘・氷見子(金田一敦子)の視点で二・二六事件が描かれる。モデルは、近衛文麿家、西園寺公望家、牧野伸顕家あたりと思われる。
 氷見子は女子修学院(女子学習院がモデル。原作では女子学芸院)のお嬢様で、同級生の猛田節子(叶順子)とは、同性愛寸前の親友関係だ(原作では、かなりはっきりした同性愛関係)。この節子は、陸軍大臣(滝田修)の娘である。
 ちなみに叶順子は、このころ23歳くらいのはずだが、セーラー服にお下げ髪で登場し、たまらんヴィジュアルを披露する。
 彼女は、西の丸英彦に犯され、以後、関係をもってしまう。実は西の丸は稀代の色魔で、女中にも手を付けている。節子は、そんな関係に悩んでいるのだが、抜け出せない。
 氷見子には、兄・義人(本郷功次郎)がいる。近衛連隊の見習士官である。だが華族の身分とあって、連隊内では浮いている。節子に好意をもっている。
 母・多美子(細川ちか子)は、奇妙な新興宗教に入れ込んでいる。口を開けば「悪魔が憑りついている」と、わけのわかないことを言う。
 このとんでもない一家が、軍部のクーデターに巻き込まれていく様子が、華族の衰退と並行して描かれる。反乱軍に加わった兄・義人は、自分の家に突入して、父を暗殺する役目を負わされる。
 まるでヴィスコンティだ。三島由紀夫の戯曲『朱雀家の滅亡』に通じる面もある(現に、三島は、この映画を絶賛したらしい)。
 黛敏郎の音楽も、品格があってよかった。お嬢様方の茶話会シーンで、不思議なワルツがピアノで演奏されるのだが、おそらく黛のオリジナルだと思う。

 わたしはこの映画を、新文芸坐(池袋)の「大映女優祭」で観た。
 この日は叶順子をフィチャーしており、同時上映が、これも叶順子主演の『女の教室』(1959年、大映)だった。
 こちらは、女子医大のインターン生7人の青春群像を描くガールズ・ムービーなのだが、脚本も演出もゆるくて、せっかくの楽しい物語が、妙にどんよりしたものになってしまっていた。
 こういう題材は、東宝あたりで、脚本・井手俊郎、監督・佐伯幸三で観たかった。大映がやっても、あまりうまくいかないように思う。
 大映には、「影」のある映画が多い。「眠狂四郎」「座頭市」「大魔神」「陸軍中野学校」、そのほか増村保蔵作品の数々……大映の美術のレベルの高さは驚異的で、「ロケとセットの区別がつかない」とまでいわれた。そこへもってきて、フィルムがアグファ・カラーだったので、こってりした独特の画面となる。大映映画はどれも、暗さの中から美がジワジワ沁み出してくる、マーラーの交響曲みたいだ。
 だが『女の教室』はモーツァルトである。大映マーラーには、合わない。
 もちろん、大映にだってコメディはある。1961年の『婚期』などは、わたしが偏愛する傑作コメディだが、東宝や日活の明るさとは、やはりちがう。
 うまくいかなかったのは、女子学生をめぐるキー・マンを川崎敬三が演じていたせいもある。彼が出てきた時点で、役は「邪悪」か「ボンクラ」と決まっている。明朗青春映画には無茶なキャスティングだ(ちなみにこの映画、原作は吉屋信子で、すでに戦前に映画化されているほか、1968年に『花の恋人たち』と題して、日活でリメイクされている。こちらは吉永小百合・十朱幸代・和泉雅子主演で、日活お得意の明るい青春映画になっていた)。

 ところで叶順子だが、彼女はまさに大映を絵に描いたような、どこか影のある美人である。だから、『女の教室』のような明朗青春映画の中では、輝くことができない。
 だが『貴族の階段』では、まったくちがう。親友の父に抱かれながら、それを拒めず、時代の波にさらわれていく女子学生を、見事に演じていた。彼女は、もともと、そんな人生を歩んできたような顔をしているので、そのままでいけたのだ。
 問題なのは主役の氷見子を演じた金田一敦子で、確かにお嬢様役が得意な大映ニューフェイス美人なのだが(叶順子の同期)、物語を推進させるほどの演技力がない。大半は、彼女の行動とモノローグで展開する脚本なのに。
 実は、『女の教室』のほうでは、叶順子と野添ひとみがダブル主演で、同期生のライバルを演じていた。どんよりした映画だが、2人の場面は、光っていた。この組みあわせが、そのまま『貴族の階段』で実現していたら……つまり、氷見子を野添ひとみが演じていたら……映画史に残る傑作になっていたような気がする。
 あの日、新文芸坐でそう感じたのは、わたしだけではなかったと思う。
<敬称略>

※『貴族の階段』は、1984年に、栗原小巻主演で、俳優座が舞台化している。1991年には、斉藤由貴主演で、TBSがTVドラマ化した。


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