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2020.05.06 (Wed)

第283回 コロナが変えた金曜夕刊

新文芸坐
▲経営母体のマルハンとともに休館中の、老舗名画座「新文芸坐」(東京・池袋)


 映画ファンにとって、毎週金曜日の新聞夕刊は欠かせない。
 どの新聞も映画情報で埋まっており、新作映画の話題、映画評、スタッフ・キャストのインタビューなどが山ほど載っているからだ。往年の「ぴあ」と「キネマ旬報」を合わせたような感じである。
 よって、毎週金曜日夜、駅の売店で、朝日・毎日・読売・東京の4紙を買うことが、私の楽しみでもある(4紙あわせてたった200円。なお日経は、映画記事の分量が少ないので、あまり買わない。ちなみに、コンビニでは朝刊しか売っていないので、夕刊は駅構内で買うしかない)。

 ところが、首都圏の映画館は、近々、徐々に解除されるようではあるが、いまのところ、封切館もシネコンも名画座もミニシアターも、すべて休館中である。多くの新作も公開延期となった。おそらく、これほど長い期間、映画館の休館がつづくのは、史上、初めてだろう。
 「日本映画データベース」によれば、日米開戦の年、1941(昭和16)年でさえ、275本の邦画が製作公開されている。それどころか、すべてが灰塵と帰したはずの敗戦の年、1945(昭和20)年に至ってもなお、50本近い映画が封切されているのだ。黒澤明監督の『続姿三四郎』は昭和20年の5月に、阪東妻三郎主演の名作『狐の呉れた赤ん坊』(丸根賛太郎監督)は11月に、それぞれ公開されている(後者はGHQの検閲指導を受けた、ほぼ最初期の作品)。

 ちなみに、昭和20年8月15日も、映画は上映されていた(といわれている)。
 8月5日(9日説もあり)封切、『北の三人』(佐伯清監督、東宝)である。当時最高の顔合わせ、原節子・高峰秀子・山根寿子主演、音楽は早坂文雄! 3大女優が、青森や千島の航空基地に勤務する女性通信士を演じた“戦前最後の日本映画”だ(残念ながら、71分中、半分ほどのフィルムしか残っていない。通信士制服姿の3大女優が眼福だが、特に高峰秀子の可憐さは筆舌に尽くしがたい)。
 むかしの日本映画界は、かようにしぶとかったのである。
 それがコロナ一発で、この有様だ。

 しかし、そうなったら、いったい、金曜日の夕刊は、どうなるのか。記者たちは、どうやって紙面を埋めるのか。
 わたしは、物書き・編集者の端くれとして。その一点に異常なまでの興味をもって、ここ数週間の金曜日夕刊を眺めてきた。
 そして、ほぼ、その回答が出そろったようだ。
 いま、金曜日夕刊の紙面は、「過去の名作映画紹介」(DVDや配信)と、「配信新作映画評」の2本立てに、時折、「映画興行界の現状/将来レポート」を混ぜる形で出来上がっている(最初のうちは、かなり前に試写がまわっていた作品の評を載せて、末尾に「公開延期」などと記していた。いまでもその種の“新作評”を載せている新聞もある)。

 このコロナ禍で、配信作品への注目が一挙に高まった。アメリカでは、この数か月で、Netflixの新規会員が1600万人に達したそうで、日本でも、「アマゾン・プライム」や「Disney+」「hulu」とともに、会員が増えているらしい。米ユニバーサルが、劇場公開予定だった作品を、配信公開にシフトし始めたため。大手映画館チェーンが「今後、ユニバーサル作品はかけない」と対抗する“戦争”までもが勃発している。

 わたしが昨年観た海外の新作映画では、『ROMA ローマ』(アルフォンソ・キュアロン監督、米メキシコ合作)と、『アイリッシュマン』(マーティン・スコセッシ監督、米)の2本が圧倒的に面白かった。どちらも、Netflixの独占配信作品だが、あまりに前評判がいいので、一部の劇場で特別限定公開されたのだ。
 当初は、ネット配信映画と聞いていたので、パソコンの画面向きにつくられているのかと思ったのだが、そんなことはなかった。特に『ROMA ローマ』のクライマックスなどは、大スクリーンならではの迫力だった。深みのあるモノクロ映像とあわせて、これをパソコンやスマホで観たのでは、監督の目指したところが伝わらないのではないか、とさえ思った(ただし、スクリーン・サイズの比率は、スマホにピッタリなんだそうだ)。
 『アイリッシュマン』も、ロバート・デ・ニーロや、アル・パチーノ、ジョー・ペシといった老名優たちのアクの強い顔や演技が魅力で、ほとんど歌舞伎を観るかのようであった。これまた、映画館のスクリーンで観ると、圧倒的な面白さであった。

 『ROMA ローマ』は2018年のヴェネツィア映画祭で金獅子賞(最高賞)を受賞。昨年の米アカデミー賞でも10部門にノミネートされ、監督賞、外国語映画賞、撮影賞の3部門で受賞した。ただし、カンヌ映画祭では「劇場公開されていない作品は出品不可」との規定があり、ほかの配信作品とともに、閉め出された。

 『アイリッシュマン』は、本年の米アカデミー賞で9部門にノミネートされていたが、ひとつも受賞できなかった。本年は、ほかにも配信作品があったのだが、前年に“旋風”を巻き起こしすぎた反発か、全般に低調だった。スピルバーグが「配信作品はオスカーに値しない」と発言したことも影響しているかもしれない。

 しかし、いったいなぜ、名監督たちは、劇場を捨てて配信に走るのか。
 これに関しては、すでに多くの解説が出ており、この紙幅で述べられるものではないが、ひとことでいえば、Netflixなど配信会社の豊富な「資金力」に尽きるようだ。
 また、映画館が大量動員向けのシネコンばかりになったため、ファミリー向けやヒーローものであふれかえり、作家性のある作品は敬遠されるようになった。だったら、配信でもいいから、ひとりでも多くの観客に観てもらいたい、と考える監督が増えたせいもあるだろう。

 たまたまこの2作は、劇場公開されたので、わたしも観られたが、今後、配信作品はますます増え、会員がネットでしか観られない新作ばかりになるだろう。最近の金曜日夕刊は、すでに、その兆候を示している(ただ、過去の名作案内は、できれば、相応の年齢のベテラン記者か、プロの映画評論家に書いてもらいたい。明らかに周辺知識の乏しい記者が、DVDで大急ぎで観た“感想”にとどまっている記事が散見される)。

 映画ばかりではない。
 この4月は、国立劇場や歌舞伎座などの中止になった公演の、“無観客映像”が、次々と無料公開された。そして新聞夕刊は、それらの「評」を、本来の劇評欄に、堂々と載せた。読売のように、演劇評論家・渡辺保さんによる、昭和の名優回顧の連載をはじめた新聞もある(垂涎!)。
 今後、コロナ禍がどうなるのか、それによって映画や舞台公演の行方も変わるはずだが、配信の増加は、減りそうにない。それにあわせて、新聞紙面もさらに変わると思われる。金曜日の夕刊は、コロナによって変えられたのだ。
 ちなみに私は、未見のDVDが山ほどあるので、とても配信まで観ている時間はない。そうでなくとも、映画館や劇場が再開されれば、そっちに入り浸りになるはずだから。
<敬称略>

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2020.04.27 (Mon)

第282回 テレワークなので『テレマークの要塞』を観た

テレマークの要塞
▲映画『テレマークの要塞』DVDは、
  ㈱ディスクロードの「復刻シネマライブラリー」より発売中。


 こんなに長いこと、映画も芝居も演奏会も美術展も行かない日々は、初めてだ。音楽ライターの仕事もほとんどキャンセルになり、本業も半ばテレワークなので、この際、自宅DVDで、映画『テレマークの要塞』を観た。小学校低学年のころ、両親と「中野オデヲン座」で観た映画だ。

 「中野オデヲン座」は、青梅街道、鍋屋横丁の交差点にあった映画館で、昭和25年創設。父や祖父からは、このあたりは、戦前には3~4館の映画館があったとよく聞いていた。実はここは、江戸時代、堀之内・妙法寺へ参詣に行く際の参道入口にあたる場所だった。みんな、ここにあった茶屋「鍋屋」で一息入れてからふたたび歩き始めたのである。
 それだけに、終戦までは、中野でいちばんにぎわった一角だったというが、わたしが物心ついたころは、映画館は「中野オデヲン座」だけだった。
 ちなみに、「オデヲン座」とは、東亜興業が中央線沿線を中心に展開した映画館チェーンで、たしか、「阿佐ヶ谷オデヲン座」が第1号だったと思う(現在、ラピュタ阿佐ヶ谷の手前にある「トーアフィットネスクラブ」がそうだ)。
 いま「オデヲン座」は、吉祥寺にしかない。

 当時のオデヲン座は、娯楽洋画二番館、3本立てだった。2~3時間が当たり前の外国映画を3本立てで組むとは、いったい、どのようなタイムテーブルだったのだろうか(毎週土曜日はオールナイトだった)。しかしとにかく、わたしは、ここで、子どものころから、映画好きの両親とともに、『大脱走』や『ナバロンの要塞』『レマゲン鉄橋』『007は殺しの番号』『007危機一発』といった娯楽映画を観て育ったのである。

 で、件の『テレマークの要塞』(1965年、アンソニー・マン監督)も家族で行ったのだが、なにしろこっちは子供だから、当然ながらよくわからずに観ていたわけで、2つのシーンしか覚えていない(後述)。半世紀以上たったいま、どんなふうに感じるだろうかと、すこしばかりワクワクしながら観た。

 これは、第2次世界大戦下、ナチスドイツに占領されたノルウェーの、雪山の町、テレマーク県リューケンが舞台である。ここにナチスの重水工場がある。重水は原爆製造に欠かせない。現地レジスタンスは、連合国の支援を受けながら、オスロ大学の反体制派科学者とともに、この重水工場の爆破に挑む。
 通常の戦争映画とちがうのは、舞台が雪に閉ざされた町であり、レジスタンスもナチスも、スキーで雪上を移動しながら逃げたり追ったりする。そのヴィジュアルが新鮮だった。内容は実話だそうで、原作は2冊のノンフィクション『Skis Against the Atom/原爆に立ち向かったスキー野郎たち』と『But for These Men/こいつらがいなかったら』である。
 アンソニー・マン監督はもともと西部劇を多く手がけたひとだが、特に『ウィンチェスター銃'73』(1950)や、『グレン・ミラー物語』(1953)、『ローマ帝国の滅亡』(1964)などで知られる職人である。
 それだけに派手さはないものの、手堅い演出で、ひさびさに、落ち着いた戦争映画を観たような気がした。

 ところで、子どものときに観て忘れられないシーンとは。
 ひとつは、主演の科学者(カーク・ダグラス)と、レジスタンスの女性が、ナチスに追われ、山小屋に隠れるシーンだ。すぐに追手が山小屋にやってくるのだが、ダグラスは、とっさに女性を抱きしめてブチュ~と強烈な接吻をするのである。女性が嫌がるかと思えばそうではなく、満足そうにすぐに応じる(この2人、以前は夫婦で、いまは離婚している)。つまり、新婚旅行でスキーに来たように装ったのだ。敵の目をごまかすためとはいえ、突然ブチュ~とは、子ども心にも、こんなものを観ていいのかと、ヒヤヒヤした記憶がある。

 もうひとつは、クライマックスの列車爆破シーンである。記憶では、山中でナチスの列車を爆破したように観ていたのだが、そうではなかった。重水を積んだ機関車そのものを乗せて海上を行く輸送船があり、そこに爆弾を仕掛けたのだった。よって、列車爆破シーンは地上ではなく、湾内の海上なのだった。ここでも、列車が船から脱線するように海に落ちて水没して行く、珍しいヴィジュアルが展開する。

 そんなわけで、やはり子どものころの記憶なんて、曖昧なものだなあと、意外と新鮮な気分で観たのだが、驚いたのは、マルコム・アーノルド(1921~2006)の「音楽」だった。
 アーノルドといえば、名作『戦場にかける橋』(1957年、デヴィッド・リーン監督)で、ケネス・アルフォード作曲のマーチ《ボギー大佐》に、自作の《クワイ河マーチ》を重ねあわせ、映画のテーマでもある「西洋と東洋の対立や融和」を、音楽でもみごとに表現したことで知られている。

 そのアーノルドが、翌年に音楽を手がけた映画に『六番目の幸福』(1958年、マーク・ロブソン監督)がある。イングリッド・バーグマンが、第二次世界大戦中に中国奥地で活動する宣教師を演じ、日本軍の攻撃から村の子どもたちを守る戦争大作映画である(これも実話ノンフィクションが原作)。
 この音楽も名作として知られており、交響組曲にまとめられているほか、近年では、吹奏楽版に編曲され、日本でも、コンクールの大人気曲である(学校吹奏楽部員なら、だれでも知っている)。
 この時期、アーノルドは、映画音楽作曲家としての頂点を迎えていたのだ。

 で、その音楽の一部、組曲でいうと、第1楽章〈ロンドン・プレリュード〉の一部が、1965年の『テレマークの要塞』でも使用されているのだ。原曲は、バーグマンが決意を固めて中国へシベリア鉄道経由で旅立つ、そのロンドンでの旅立ちのシーンの曲である。
 それが、同じ戦時下の物語とはいえ、雪中のノルウェーで、ナチスと闘うレジスタンスの曲になるのだから、音楽とは、面白いものだ。
 半世紀ぶりに、自宅DVDで観た『テレマークの要塞』だったが、意外なことに気づかせてくれた。「テレワーク」もバカにならないものである。

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2020.04.06 (Mon)

第278回 余分なきマスクの余聞

マスク
▲昭和初期、マスクは「黒」が当たり前だった。


 1935(昭和10)年の映画『乙女ごころ三人娘』(PCL映画製作所)は、名匠・成瀬巳喜男監督による初トーキー作品。浅草を舞台にした、流し芸人三姉妹の物語である。原作は川端康成の『浅草の姉妹』。音楽監督は、のちに占領軍専用ホール「アーニーパイル劇場」の楽団長をつとめる紙 恭輔(1902~1981)である(この楽団から、岩井直溥や河辺公一が巣立ち、戦後の吹奏楽全盛時代を築くのだ)。
 この映画に、しばしば、芝居小屋や、音楽小屋(いまでいうライブハウス)の場面が登場するが、なかに「マスク」を着用している観客がチラホラといる。
 そういえば、ほぼ同時期の、おなじ浅草を舞台にした映画『浅草の灯』(島津保次郎監督、松竹、1937年)にも、マスク姿の観客が映っていたような記憶がある(浅草オペレッタのバックステージもので、映画デビューの杉村春子がカルメンを歌い踊っている)。

 日本で、マスクは、炭鉱や建築現場労働者の防塵具として、明治初期から使用され始めたという。それが風邪の予防具として注目を浴びたのは、1918~20(大正7~9)年のスペイン風邪だった。世界中で5000万人、日本でも約40万人の命を奪った(諸説ある)、インフルエンザのパンデミックだ。日本銀行や東京駅丸の内駅舎で知られる建築家・辰野金吾や、劇作家・島村抱月などが、この風邪で亡くなっている。その後、1923(大正12)年に発売された「壽マスク」が商標登録品第1号となって、さらに一般市民にも知られるようになった。

 そんなマスクが、日本人の生活に完全に定着したのが、1934(昭和9)年のインフルエンザ大流行だった(この年、ウイルスが分離=発見された)。
 ということは、上記の映画には、日本人が当たり前のようにマスクを着用し始めた、その最初期の姿が記録されていたのである。

 ところが、ちょっと驚くのは、映画の中のマスクが、みんな「黒」であることだ。ただでさえ、もう古いフィルムで、鮮明とはいえないモノクロ画面のなかに、着物にベレー帽&黒マスク姿の男が登場すると、一瞬、異様な光景に見える。
 最近でこそ、黒マスクは珍しくないが、わたしが子供のころ、マスクは「白」以外、なかった。いや、つい数年前まで、マスクといえば「白」が当たり前だったのではないか。
 ところが、これらの映画を見ると、昭和初期の日本では、「黒マスク」が当たり前だったようなのだ。
 上述のように、日本におけるマスクは、当初は労働現場の防塵具だったので、汚れが目立たないように、黒が当たり前だった。やがて医療用に、漂白されたガーゼなどが使用されるようになり、白にかわっていったという。

 欧米では予防具としてマスクを着用する習慣はなかったが、さすがに今回のコロナ禍で、どこの国でもマスクは当たり前になったようだ。
 海外でMask/Masquesといえば、「仮面/仮面劇」の意味合いが強かった。
 ヴェルレーヌの詩集『艶(えん)なる宴』(1869年刊行)は、多くの作曲家に刺激を与えた。特にドビュッシーが熱狂的なファンで、歌曲集にしているほか、ピアノ曲にもしている。有名な〈月の光〉をふくむ《ベルガマスク組曲》は、この詩集をヒントに生まれている。
 このなかの「月の光」に、こんな一節がある。

「そなたの心はけざやかな景色のようだ、そこに
 見慣れぬ仮面(マスク)して仮装舞踏のかえるさを、歌いさざめいて人々行くが
 彼らの心とてさして陽気ではないらしい。」

                (堀口大學訳/新潮文庫『ヴェルレーヌ詩集』より)

 上記の「仮装舞踏」はかなりの略訳で、原詩では「bergamasques」(ベルガマスク)という。正確に訳せば、「ベルガモ風の仮面劇」となる。
 イタリア北部のベルガモは、むかしは「野暮で不器用な土地柄」として、からかいの対象になっていたらしい。よって、そこで演じられる劇や踊り(むかしの芝居は「仮面劇」が大半だった)=ベルガマスクは、「田舎踊り」の代名詞だった。おそらくいまでいうと、埼玉のことを「ダサイタマ」とからかうのに、似ているかもしれない。
 「ベルガマスク」はかなりむかしから有名だったようで、かのシェイクスピアの『夏の夜の夢』(1595年頃初演)に、すでに出てくる。クライマックス(第5幕第1場)での、職人たちによるドタバタ劇中劇の最期で、機屋のボトム(ライオン役)が、アテネ公シーシアスに向かって、こう言う。
「ところで、幕切れの口上をご覧になりますか、それとも一座の二人組のバーゴマスク踊りをお耳に入れましょうか?」(松岡和子訳/ちくま文庫)
 
 この松岡訳は、「バーゴマスク踊り」に注釈が付いていて、
 「Bergomask イタリア北部のベルガモの人々は野卑で田舎臭いと思われていたらしい。その名を冠した道化踊り」
 とある(新潮文庫版の福田恒存などは「バーゴマスクの馬鹿踊り」と訳している)。
 そして、アテネ公が「では、そのバーゴマスクをやってくれ」と所望し、2人の道化が珍妙な踊りを繰り広げる。

 この踊りが、曲になっている。メンデルスゾーンの劇付随音楽《夏の夜の夢》のなかの、有名な第11曲〈道化師の踊り〉である。この曲に、時折〈ベルガモ風道化踊り〉〈ベルガマスク舞曲〉などの邦題があるのは、上述のような背景があったのである。
(この項、つづく)
<敬称略>

【参考資料】一般社団法人 日本衛生材料工業連合会HPほか

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2020.03.23 (Mon)

第277回 第1回大島渚賞

大島渚賞
▲(左から)審査員の荒木啓子、坂本龍一、受賞者の小田香、審査員の黒沢清


 わたしが初めて観た大島渚の映画は『ユンボギの日記』(1965)だった。1970年、小学校6年生のときだった。中野公会堂で、山本薩夫監督の記録映画『ベトナム』(1969)と2本立てだった。反戦団体による自主上映会だったと思う。原作本が、学校の図書室にあったので、題名だけは、前から知っていた。親友のオカモトくんと2人で行った。もちろん、自主的に行ったのではなく、担任の先生に薦められたのだ(当時の中野区は革新区政で、日教組全盛時代だった)。先生から無料入場券のようなものをもらったような気がする。

 これは、朝鮮戦争後の韓国における、貧困少年の日常を描く、フォト・ドキュメントである。小松方正のナレーションが強烈で、何度となく「イ・ユンボギ、君は10歳、韓国の少年」と執拗に述べられる。それが脳内にこびりついてしまい、「オカモトヒロト、君は12歳、中野の少年」などとからかいながら帰ったものだ。
 しかし、なにぶん全編がモノクロ写真静止画なので、小学生にはつらく、観ていて「なんだ、動かない映画なのか」と、がっかりした記憶がある

 ところが、大人になって、関連資料を読んで驚いた。あの写真は、イ・ユンボギとは何の関係もない、たまたま大島が訪韓した際に撮影した大量の写真の中から、児童文学『ユンボギの日記』の雰囲気に近いものを抜き出してコラージュした、いまでいう“イメージ映像”だったのである。ドキュメンタリとは何なのかを考えさせられる。大島渚は、こんな実験映画を、1960年代から手がけていたのである(この“静止画映像”手法は、のちに1967年の『忍者武芸帳』で、さらに開花する)。

 以後、わたしは、大島渚のファンになり、全27監督作品中、26本を観た(ほとんどの作品を複数回観ている)。1本だけ観ていないのは、日本生命のPR映画『小さな冒険旅行』(1963)だが、いすず自動車のPR映画『私のベレット』(1964)は観た(脚本監修=小津安二郎!)。また、厳密な意味での監督・脚本デビュー作、松竹の新人紹介フィルム『明日の太陽』(1959)も観ている(先日の大島渚賞パンフには、これが載っていないので、全26監督作品となっている)。
 もちろん、警察本部長役(!)で出演した東映映画『やくざの墓場 くちなしの花』(深作欣二監督、1976)も観た。大島本人が登場して演説しまくる『絞死刑』(1968)予告編などは、映画予告編史上の、最高傑作だと思う(そんな「史」があるかどうか、知らないが)。
 それほど、大島渚は、わたしにとっては、好きというより、「何をやりだすかわからないので、常にウォッチングしておくべき」文化人だった。しかし、生涯をかけて「権力や歴史、国境に翻弄された人間を描いた」点で、これほどぶれない映画作家は、いないと思う。

 そんな「大島渚」の名前を冠した映画賞、「第1回大島渚賞」が開催され、記念上映会があったので、行ってみた(3月20日、丸ビルホールにて)。
 主催は、「ぴあフィルムフェスティバル」(PFF)。PFFは、「映画館情報誌」だった「ぴあ」が1977年から主催している、新人映画祭だ。創設初期から、いきなり、森田芳光、長崎俊一、石井聰亙、犬童一心、手塚眞といった才能を次々と発掘した。
 この映画祭には、「PFFアワード」「PFFスカラシップ」などの部門があるが、それらとは別に、今回、「劇場公開作品を持つ監督」を対象に新設されたのが、「大島渚賞」である。
 実は、PFF初期、新人選考の中心にいたひとりが、大島渚だった。大島は、新人発掘や育成にたいへん熱心だった。ゆえに、PFFのなかに、このような賞が設定されるのは、遅すぎたくらいなのだ。

 審査員は、坂本龍一(音楽家)、黒沢清(映画監督)、荒木啓子(PFFディレクター)の3人。今回発表された第1回の受賞者は、小田香(1987~)。ハンガリーのタル・ベーラ(1955~)が主宰する映像作家育成プログラムの第1期生だそうで、主にドキュメンタリを中心に活躍、近年ではボスニアの炭鉱をとらえた『鉱ARAGANE』(2015)が話題になった。

 当日は、主な受賞理由となった作品『セノーテ』(2019)が上映された。
 メキシコのさる洞窟内の泉「セノーテ」は、マヤ文明時代から、現世と黄泉の国をつなぐと信じられており、かつては雨乞い儀式のために、生贄が捧げられたこともあった。そんな泉に、監督自身がカメラを持って水中撮影で挑んだ映像だ。
 ただし、これは「ドキュメンタリ」というより、「アート・フィルム」であり、小田監督の心象風景を、撮影した素材をもとに再現するような、 ウルトラ級の独特な作品である。
 果たして、この作品が「大島渚」の名にふさわしいのかどうか、わたしごときには、なんとも言えない。しかし少なくとも、「ほかのひととはちがう、自分にしかできないものを生み出そう」とする姿勢は、明らかに大島渚そのものだと思った。

 また、3人の審査員が、どのような過程を経てこの作家・作品を選んだのか、ほかにどんな作品が候補となったのか、気にならないでもない。しかし、毎年、任期1年の1人の選考委員が、1作を選ぶBunkamuraドゥマゴ文学賞などもあるのだから、徹底して、この3人の好みで、好き勝手な作家・作品を選ぶほうが、いかにも大島渚らしくて、いいと思った。

 上映会では、『セノーテ』上映のほか、受賞者と3人の審査員によるトーク(たいへん面白かった)、さらに大島の初期傑作『青春残酷物語』(1960)が上映された。
 できれば、前日におこなわれたという授賞式も一緒にやってほしかったが、受賞作上映+トーク+大島作品上映だけで、13:30~18:00近くを要しており、時間的に、難しかったようだ。

 当日は、新型コロナ禍の真っ最中であった。それだけに、てっきり中止されると思っていたが、なんとか開催された。ただし、前売券はある時点で販売停止、当日券も販売せずに、入場者数を絞った。入口で検温、手を消毒。着席は1つ空けを推奨、休憩時の徹底換気。さすがは数々のイベントをこなしている「ぴあ」の運営だと、感心した(できれば、あのような講演会向けホールではなく、「映画館」でやってほしかったが)。
 配布されたパンフはA4判8面折りのシンプルなものだが、佐藤忠男、秦早穂子、高崎俊夫の3人による、驚くほど長い、濃密な文章が収録されており、薄手の新書を1冊読んだような気分にさせられた。

 終了後、日比谷へ速足で移動し、この日封切のドキュメント映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』を観た。仕事先の先輩たちが出演しているので、早く観たかったのだ。開映前にプログラムを買って、豊島圭介監督の経歴を見たら、こう書かれていた。
「1971年静岡県浜松市生まれ。東京大学在学中のぴあフィルムフェスティバル94入選を機に映画監督を志す」
 PFFと大島渚のまいた種は、まだこれからも咲きつづけるのだと思った。
<敬称略>

*『セノーテ』は、6月に新宿K’s cinemaで一般公開されます。

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2020.02.13 (Thu)

第270回 映画『パラサイト』について

パラサイト
▲米アカデミー賞史上、初めて、英語以外の映画が作品賞を受賞した。


 韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が、米アカデミー作品賞ほかを受賞し、話題になっている。
 昨年、カンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞していたとあって、わたしは、封切早々に観た。そして、後味の悪い、なんとも嫌な気分になり、「こういう映画がカンヌで最高賞を取る時代になったのか」と、妙な思いにとらわれた。
 その後、米アカデミー賞の主要部門にノミネートされ、「脚本賞や国際長編映画賞(旧・外国語映画賞)の可能性はあるかもしれないが、作品賞は無理だろう」と思っていた。ところが、それらすべてを受賞し、監督賞まで受賞した。
 どうやら、わたしの見方は誤っており、作品をちゃんと評価していなかったのだと反省した。
 しかし、どうも納得できなかったので、鑑賞済みの知人(韓国映画のファン)に、わたしの感想を話してみた。すると意外なことに、「実は、わたしもそう思っていた。あまりに評判がいいので、口にしにくかった」とのことだった。
 そこで、嘲笑されるのを覚悟で、書きとめておく。

 この映画の場合、「半地下に住む貧困家族と、豪邸に住む大富豪家族」が《題材》で、「貧困家族が、大富豪家族に寄生する」「半地下家族が本地下に翻弄させられる」あたりが《仕掛け》だろう。
 映画の《主題》は「格差」である。監督は、韓国の格差社会を描きたかった。だが、普通に描いても面白くない、ここはひとつ、わかりやすい《題材》と、あっと驚く《仕掛け》でもって、格差社会をブラックに描いてやろう……。
 だがわたしは、観終わって、この映画は、観客を驚かせる《仕掛け》が先に思い浮かび、それを生かすために、あとから《題材》や《主題》を当てはめたような、そんな気がしてならなかった。製作サイドは、本心から、格差問題を描きたかったのだろうか。もしかしたら、あのビックリ仰天の《仕掛け》さえ生かせれば、《主題》はなんでもよかったのではないか……。

 ベートーヴェンは、交響曲第9番で、独唱や合唱などの「声」による「詩」を導入した。彼は、若い頃から、フリードリヒ・フォン・シラーの詩『歓喜に寄す』が大好きで、いつか曲にしようと願いつづけてきた。年齢を重ねるにつれて、その思いは膨らむ一方で、もはや通常の合唱曲ではおさまらなくなった。そして9番目の交響曲で、独唱・合唱が加わる前代未聞の編成になった(ただし、交響曲に「声」が入ったのは、これが初めてではない)。
 ベートーヴェンに「交響曲に独唱や合唱を入れたら、聴衆は驚いて大感動するにちがいない」との野望がなかったとはいえないが、少なくとも、そのような《仕掛け》優先では、なかったはずだ。まず、シラーへの思いが先にあり、結果としてあの編成になったはずだ。
 だが、この映画は、戯画的な要素が強すぎるせいか、どこか、《仕掛け》優先で出来上がったような気がしてならない。そして、そういう映画をカンヌや米アカデミーが評価したことに驚いたのだ。
 
 本作は、黒澤明監督の名作『天国と地獄』(1963年)を思わせる。
 丘の上に建つ大企業幹部の豪邸。それを真下のオンボロ・アパートから見上げる貧困研修医。彼(山崎努)は、豪邸の息子を誘拐し、身代金を要求する(しかし、誤って運転手の息子を誘拐してしまったために、事態は複雑化する)。
 ラスト、逮捕され収監された犯人は、被害者の父親(三船敏郎)に向かって、こんなセリフを吐く。

「私の住んでいたところは、冬は寒くて眠れない。夏は暑くて眠れない。そんな場所から見上げると、あなたの家は、天国みたいに見えましたよ。するとだんだんあなたが憎くなってきて、しまいには、あなたを憎むことが生きがいみたいになったんです」 

 このセリフには、理屈では説明できない、貧困格差社会の様相が、見事に詰まっている。
 なぜ人間は、このような罪を犯すのか。その根底に「貧困」「格差」があることの哀しさや、どうしようもなさを、『天国と地獄』は見事に描いている。だから何度観ても感動するし、面白いし、考えさせられる。まさか、黒澤明は、有名な「酒匂川鉄橋の現金受け渡しシーン」などの《仕掛け》さえ描ければ、内容はなんでもいいとは、考えなかったはずだ。

 もちろん、映画は娯楽だから、《主題》が先だろうと、《題材》《仕掛け》が先だろうと、面白ければ、どっちでもかまわない。わたしの見方が、ひねくれていることもわかっている。カンヌも米アカデミーも最高評価を与えたのだから、おそらく、映画史上に残る名作なのだろう。
 だが、『天国と地獄』のように、半世紀以上を経ても再鑑賞に耐えうるかどうかは、少々、心もとないような気もするのだ。
<敬称略>

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