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2020.01.10 (Fri)

第263回 ピーター・ブレイナーの仕事

ビートルズゴーバロック
▲「ビートルズ・ゴー・バロック2」(ピーター・ブレイナー指揮)ナクソス

 ビートルズをクラシック風に演奏する企画は、いままでにいくつかあった。
 わたしが忘れられないのは、ベルギーのピアニスト、フランソワ・グロリュー(1932~)によるもので、1976年に出た『ビートルズ・アルバム』は、いまでもカタログ上は生きているようだ。

 もうひとつ、驚いたのは1993年にNaxosから出て大ヒットした『ビートルズ・ゴー・バロック』で、ピーター・ブレイナー(1957~)なる才人が編曲・指揮したものだった。ビートルズの有名曲を、ヘンデル風、バッハ風、ヴィヴァルディ風に編曲してあるのだが、実によくできていた。なるほど、バッハやヘンデルがいま生きていて、これらの曲を編曲したら、こういうふうになるのかと、微笑ましくて楽しいアルバムだった。

 あれからかなりの年月がたったが、昨秋、突如として、同じピーター・ブレイナーによる第2弾『ビートルズ・ゴー・バロック2』が出た。なぜいまごろ……と不思議な気がしたのだが、聴いてビックリ、これは「2019年最高のクラシック・アルバム」ではないのか。
 その理由は、収録トラック一覧を見ればわかる。
 たとえば前作では、《ビートルズ 合奏協奏曲第1番》(ヘンデル風)とあって、そのなかが、第1楽章《She Loves You》 A tempo giusto、第2楽章《Lady Madonna》Allegro……となっていた。
 つまり、まずビートルズの曲ありきで、それらを、バロック大家のスタイルで編曲・演奏したアルバムというわけだった。

 ところが今回はまったく逆で、まずバロック名曲があり、そのなかに、ビートルズが「埋め込まれ」ているのである。だから、「曲名」は以下のように表記されている。

バッハ/ピアノ協奏曲 ニ短調 BWV 1052
バッハ/ヴァイオリン協奏曲 イ短調 BWV 1041
バッハ/ブランデンブルク協奏曲第2番 ヘ長調 BWV 1047
ヴィヴァルディ/四季 Op. 8
バッハ/ミサ曲 ロ短調 BWV 232
(以下略)

 で、1曲目、BWV1052のピアノ(チェンバロ)協奏曲などは、第1楽章《Come Together》、第2楽章《Blackbird》、第3楽章《Drive My Car》と表記されており、楽章ごと、バッハ原曲に、上記のビートルズ曲が「埋め込まれて」いるのである。
 昨年は、名盤『アビイ・ロード』の発売50周年だった。冒頭が《Come Together》で始まっているのは、それを意識しての配置だと思う。

 なかには、さすがに「バロックにビートルズを埋め込む」ことは困難だったのか、最初から、むき出しでビートルズが流れ出すトラックもある。たとえばブランデンブルク協奏曲第2番の第3楽章だ。最初から、あまりにも堂々と《Ob-La-Di, Ob-La-Da》が始まるのだ。ところが、すぐに原曲の響きに戻って、あの冒頭がフェイントだったことを知らされる。後半、バッハとビートルズが「合体」する様子は、実に感動的だ(ポール・マッカートニーは、この第2番に想を得て、《Penny Lane》に、ピッコロ・トランペットを起用したのである)。
 なお、ラストのたった49秒のトラック(ブランデンブルク協奏曲第3番)は、『アビイ・ロード』のファンだったら、ニヤリとなること必定。

 かように本ディスクは、知的な音楽遊び精神に満ちているのだが、いったい、こんなことを平然とやっているピーター・ブレイナーとは、なにものなのか。
 このひとは、指揮者で作編曲家でピアニストなのだが、やはり「編曲」に抜群の才能を見せてくれる。
 なにぶん膨大なアルバムをリリースしているので、わたしも全部聴いているわけではないのだが、たとえば、ムソルグスキー《展覧会の絵》などは、エンタメとしてはラヴェルもストコフスキーも上回る面白さで、これを聴いてしまうと、ほかの編曲を生ぬるく感じてしまう。ぜひ、このタッチで、吹奏楽版を編曲してくれないだろうか。

 ほかに、近年では、ヤナーチェクの歌劇を、管弦楽組曲にダイジェスト編曲しているシリーズ()があり、これは超おすすめである。ヤナーチェクの歌劇はどれも独特の味わいがあって素晴らしいのだが、なかなかとっつきにくいと感じているひとが多いと思う。まず、このブレイナー版で主要部分をじっくり味わっておくと、DVDなどですぐに本編に入ることができる。また、歌劇原曲を知っているひとなら、オリジナルの盛り上がり部分を、ブレイナーがいかにうまくオーケストレーションしているかがわかって、ここでもニヤリとしてしまうはずだ。
 (このなかのいくつかのトラックを、そのまま吹奏楽にトランスすれば、コンクール自由曲になりますよ)

 こういう、ブレイナーの編曲仕事を邪道だと感じるひとが、いるかもしれない。
 だが、そもそも「ダイジェスト」「変容/編曲」は、わたしたちの周囲にいくらでもある。たとえば、今月、新春浅草歌舞伎で上演されている「祇園一力茶屋」は、長編『仮名手本忠臣蔵』全十一段のなかの、途中の一話(七段目)である。この前後に、関連挿話が山ほどあるのに、一部だけ抜粋上演して、みんなちゃんと楽しんでいる。
 また、同じく今月、国立劇場で上演されている『菊一座令和仇討』に至っては、題名から想像できるように、こんな芝居、もともとなかったのを、音羽屋が、鶴屋南北の別の芝居を持ってきて、自由自在に再構成した「新作」である。
 あるいは、日本の古典文学を、うまくダイジェストして解説や現代語訳などを付している「角川ソフィア文庫」。樋口一葉のような、いまでは「読みにくい」古典に、改行やカギカッコ、漢字のひらきなどを大量に加えて読みやすくしている「集英社文庫」。
 ブレイナーの仕事は、これらと同じ、彼こそは21世紀の山本直純である。
<敬称略>

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2019.12.16 (Mon)

第261回 バリトン・サクソフォンによる《冬の旅》

冬の旅
CD シューベルト《冬の旅》全曲(バリトン・サクソフォン:栃尾克樹、ピアノ:高橋悠治

 2017年夏に聴いたユニークなコンサートが、いまでも忘れられない。シューベルトの歌曲集《冬の旅》全曲が「バリトン・サクソフォン」で演奏されたのである(バリトン・サクソフォン:栃尾克樹、ピアノ:高橋悠治/代々木上原ムジカーザにて)。
 通常、歌曲のコンサートであれば、聴衆には「ことば」(詩)、「旋律」(声)、「ピアノ」の3つの情報が届けられる。
 ところが、そのうちの「ことば」(詩)が、なかったのだ。

 《冬の旅》は、ヴィルヘルム・ミュラー(1794~1827)の詩集に曲をつけたもので、失恋した主人公の、さすらいの旅を描いている。失恋の経緯は詳細には説明されないが、2曲目〈風見の旗〉で、彼女は金持ちの男のもとへ走ったらしいことが示唆される。それだけに主人公の恨みや絶望感は格別で、ほとんどノイローゼ状態である。
 その後、第5曲〈ボダイジュ〉や、第11曲〈春の夢〉、第13曲〈郵便〉あたりで、若干、回復傾向も見られるものの、ショックは癒されることはない。〈カラス〉につきまとわれたり(第15曲)、イヌに吠えられたりして(第17曲〈村で〉)、最終的に、老いた辻音楽師の姿に共感し、「いっしょに行こうか」と自己を投影して終わる(第24曲〈ハーディ・ガーディ弾き〉。
 まるで彼岸をわたってあの世に旅立つかのようなラストである。

 この主人公の姿は、どこか、組織や社会に入り込めない現代人を思わせるところがある。そのせいか、《冬の旅》は、近代以降も常に演奏され、聴かれてきた。これほど隠喩に満ちた文学的興趣を誘う音楽作品は、めったにない。
 それだけに、「詩」を捨てて「旋律」のみで演奏することに、どれほどの意味があるのか、少々、不安を覚えながら会場へ向かった記憶がある。

 ところが、そんな心配は杞憂だった。高橋悠治による対訳が配布され、これがコンパクトながら、正鵠を射た訳だったのだ。

 たとえば、第8曲〈Rückblick〉は、よく〈回想〉〈かえりみ〉などと訳されるが、高橋は〈振り返る〉としている。第1連の4行は、次のように訳される。
「足裏がやける/雪と氷を踏んで/息もつけない/塔が見えるうちは」

 第14曲〈Der greise Kopf〉(霜雪の頭、霜おく頭)は〈白髪頭〉。
「霜が白い光を/髪に散らした/老人になったかと/よろこんだのに」「たちまち消えると/また黒い髪/この若さがこわい―/棺桶まで まだ道は遠い」

 通常、この数倍もの文字数を使って訳されるミュラーの詩が、これほどコンパクトに提示されることに、驚いた。高橋悠治のHPに、ドイツ語原詩との対訳で全編が掲載されているので、ご覧いただきたい。

 この演奏が、あらためてセッション録音され、先日、CD化された。もちろん、訳詞もライナノーツに収録されている。わたしたちは、その「ことば」(訳詩)を目で追いながら、「ピアノ」と「旋律」を聴くことになる。
 これは、なかなか知的な音楽体験になる。耳と目から、まったく別の情報を得て、脳内で一体化して「世界」が完成される、不思議な感動をおぼえるはずだ。

 もちろん、「ことば」を捨てた以上、演奏者たちは、あくまで「音」のみで勝負しているのであって、「詩」を理解する必要はないと提案しているのかもしれない。
 仮にそうだとすると、面白い発見もある。
 たとえば、ある一節を、おなじ音の連続で「うたう」箇所が、ときどきある。
 典型的なのは、第20曲〈道しるべ〉で、最後の第4連の一部は、ほとんど、同じ音の連続である。(原調版で)GとB♭が、8分音符を中心に、いつまでも繰り返される。これに「詩」が付いていればおかしくないのだが、「音」のみだと、どうしても変化に乏しくなる。しかし奏者の栃尾は、微妙なタンギングと息の変化で、ちゃんと「語りかける」のである。「詩」がなくとも、なにかを聴き手に伝えようとする演奏者たちの思いが、伝わってくる。《冬の旅》を「ことば」なしで演奏した理由が、なんとなくわかってくる。

 高橋悠治のピアノは硬質で無機質な美しさがあり、スコアを一歩下がって透視しているようなクールな感じがある。
 東京佼成ウインドオーケストラの団員でもある栃尾克樹のバリトン・サクソフォンは、一瞬、バスーンかと思わされる美しさである(タンギングや、キイ、タンポなどのノイズもほとんどない)。
 バリトン・サクソフォンは、ふだん、吹奏楽やジャズ・ビッグ・バンドで低音部を支えることが多い楽器である(ジェリー・マリガンのようなソロ奏者もいたが)。それが、これほどの表現力があることに、驚く。まさに現代人の疎外感をあらわすのにふさわしい楽器だったのだ。
 サクソフォンに携わっている方々はもちろん、原曲のファンにも、ぜひ聴いていただきたいディスクである。
<敬称略>

※12月22日(日)に、渋谷タワー・レコードで、発売記念のイベントがあるようです。詳細は、こちら。

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2019.07.14 (Sun)

第247回 エレニ・カラインドルーを聴く

エレニ新作CD
▲エレニの最新作『TOUS DES OISEAUX』(ECM)


 わたしが好きな現代作曲家のひとりに、エレニ・カラインドルー(1939~、ギリシャ)がいる。
 彼女は、長年、テオ・アンゲロプロス監督の映画に音楽を寄せていた。ギリシャや中東の響きをベースに、人生の酸いも甘いもすべて呑み込んで慰撫するような、独特な曲想は、あの長回しの画面にピッタリだった。
 だが、2012年1月、アンゲロプロスは交通事故で不慮の死を遂げる。以来、このコンビの新たな「映像+音楽」を観られなくなったのが、残念でならない。

 エレニは、劇音楽も多く書いている。もちろん、ギリシャやヨーロッパの舞台なので、わたしは、観たことがない。しかし、そのいくつかがCD化されている(舞台カンタータ《ダヴィデ王》などもある)。それらを聴きながら、どんな舞台だったのだろうと、想像するのは楽しい。
 たとえばギリシャ悲劇『メデア』『トロイアの女たち』(これは傑作! ぜひ交響詩にまとめてほしい)、『セールスマンの死』、『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』……そして、テネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園』。

 エレニが『ガラスの動物園』のために書いた曲のうち、〈トムのテーマ〉と〈ローラのワルツ〉の2曲がCD化(コンサート・ライヴ)されている。演奏には、ノルウェー出身の著名なサクソフォン奏者、ヤン・ガルバレクと、ヴィオラ奏者のキム・カシュカシヤンが参加している。
 曲想は、作者がいう「追憶の劇」を思わせるもので、南部へのノスタルジアが感じられる(この物語の舞台はセントルイスだが、母アマンダは南部出身の設定)。エレニにしてはポップス・テイストが強く、そのまま『欲望という名の電車』でも通用しそうである。

 最近、文学座が29年ぶりに『ガラスの動物園』を上演した(6/28~7/7、東京芸術劇場 シアターウエストにて)。小田島恒志の新訳、高橋正徳の演出である。これは見事な舞台で、訳、演出、役者の演技など、どれも素晴らしかった。ひさびさに、いい芝居を観た。
 また、やはりテネシー・ウィリアムズはすごい劇作家だと、再認識もした。

 そして、この舞台の音楽は、(特にクライマックス部で)ドイツの人気作曲家マックス・リヒターの《オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト》が使用されており、効果を上げていた。映画『メッセージ』にも使用されていたミニマル風の曲である。これは、劇中の家族や出来事を、少し離れたところから冷静に見ているタイプの音楽。

 『ガラスの動物園』をめぐる音楽といえば、もうひとつ、ヘンリー・マンシーニによる映画音楽がある。ポール・ニューマン監督、1987年の映画である。こちらは、さすがにアメリカン・ポピュラーの大御所だけあり、良質なホームドラマを思わせる名曲だ。劇中の家族に寄り添い、同情をもって見つめるタイプ。
 
 ところで――エレニの最新作は、『TOUS DES OISEAUX』〈すべての鳥〉の劇音楽(本年初頭にCD発売)。ワジディ・ムアワッド作・演出で、2017年11月、パリのコリーヌ国立劇場で初演された(その後、再演も)。ムアワッドはレバノン→カナダの亡命家族の一員で、同劇場の芸術監督。静岡芸術劇場などの演劇祭にも来日したことがあるらしい。
 芝居の内容は、ネット上の記述やトレーラー映像から想像するしかないのだが、若きイスラエル出身のドイツ人科学者と、パレスチナ出身のアメリカ人女子学生が恋に落ちる“ロミオとジュリエット”風の物語らしい。ここに様々な文化、宗教、民族などの対立要素がからまり、ドイツ語、ヘブライ語、英語、アラビア語の4言語が飛び交う4時間の超大作だという。音楽は、女性ヴォカリーズを中心とした、まさに“エレニ節”といいたくなる、おなじみの渋さで、古代ギリシャを源泉とするヨーロッパ文明の、さまざまな要素をごった煮にしたような味わい。

 このCDには、最新の映画音楽も収録されている(LP時代だったら、A面/B面だったろう)。『BOMB, A LOVE STORY』〈爆弾~ある愛の物語〉(ペイマン・モアディ監督、イラン、2018)だ。2011年に第84回米アカデミー外国語映画賞を受賞した『別離』の主演俳優による監督作品である(主演男女も『別離』と同じ)。1988年、イラン・イラク戦争が舞台らしい。
 こちらの音楽は、“アンゲロプロス節”の再来。コンスタンチノープル・リラ(別名“ヴィザンチン・リラ”)や、カノナキ(琴のようなギリシャの古楽器)と思われる響きが、胸を締めつける。もし予備知識なしで、「新発見、アンゲロプロスの幻のフィルム」の音楽だといわれたら、信じてしまいそうだ。はやく映画を観たい。
<敬称略>

※エレニのCDは、すべてECMレーベルから発売されています。
 そのうちのいくつかは、ナクソス・ミュージック・ライブラリーで聴くことができます。

【お知らせ】
6月24日(月)にラジオ福島で放送された特別番組「こころひとつに…普門館からありがとう」が、7月24日まで、同局サイトのアーカイブで聴取可能です。今年度課題曲のほか、5月に白河で開催された演奏会でのスミス《華麗なる舞曲》ライヴも聴けます(指揮:飯森範親)。ほかに、田中靖人さん、わたし(富樫鉄火)のインタビューもあります。

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2019.06.06 (Thu)

第241回 ちあきなおみ『微吟』

微吟
▲毎年のように出る、ちあきなおみのベストCD。今年はテイチクから。

 また、出た。
 ちあきなおみのベストCDである。
 昨年も、一昨年も、その前も……とにかく、ちあきなおみのベストCDは、毎年のように出つづけている。
 彼女は、日本コロムビア、ビクターエンタテインメント、テイチクエンタテインメントと、3社のレコード会社を渡り歩いた。そして、どの社でも、多くの名曲・名アルバムを生んだので、組み合わせ次第で、さまざまな編集盤をつくれるのである。

 で、今回は、最後に所属したテイチク発で、『微吟』と題されている。
 テイチク時代、ちあきは、驚くべき幅の広さを見せた。船村徹演歌に挑み(名曲《紅とんぼ》)、石原裕次郎の名曲もカバーした。水原弘の名曲《黄昏のビギン》を発掘し、話題となった。日本コロムビア時代に《酒場川》のB面に収録し、まったくヒットしなかった《矢切の渡し》が再ブレイクし、セルフ・カバーした。一人芝居「LADY DAY」でビリー・ホリディを演じて絶賛されたのも、この時期だ。

 こういった新しい挑戦を実質プロデュースしてきたのが、俳優だった、夫の郷鍈治である。ちあきの実家に婿入りし、彼女の個人事務所を設立して支えつづけた。
 たとえば、紅白歌合戦で、司会の山川静夫が思わず「気持ち悪い曲ですねえ」と言った《夜へ急ぐ人》の場合――ある夜、TV「11PM」で友川かずき(現カズキ)が《生きてるって言ってみろ》を歌っているのを観て、すぐに郷・ちあき夫妻に呼び出され、新曲を依頼。その結果、生まれたのが、あの凄まじい怪作だった。
 上述のひとり芝居でも、逡巡する彼女を郷が後押しし、実現させたという。

 その郷が、1992年9月、55歳の若さで肺がんで亡くなった。以来、ちあきは、一切の仕事をせず、おおやけに姿を見せていない。
 正式な引退宣言がないまま隠遁状態に入った点で、どこか原節子を思わせる。以後、彼女の声は、ベストCDでしか、聴けない。

 いったい、なぜ、これほど頑なに表に出ないのか。わたしごときに、わかることではないが、ただ、今回のベスト集『微吟』を聴いていて、思わず「そうだよねえ……つらかったろうねえ」と、「演歌の花道」の来宮良子みたいな口調でつぶやきたくなってしまった。
 彼女は、「のちの自分」を予見しているような楽曲を、歌いすぎていた。

 むかしの男の急死を知り、田舎町の教会に駆けつける歌手……《喝采》。
 新宿駅裏の小さな呑み屋の、閉店最後の一夜……《紅とんぼ》。
 心の深い闇の奥から「おいでおいで」と声がする……《夜へ急ぐ人》。
 いまは亡き彼の遺影を前に、苦手な焼酎を無理して呑む夜……《冬隣》。

 「別れ」が歌謡曲のモチーフに多いのは当然だが、彼女の場合、それに「死」が加わる楽曲が目立つ。
 若いときからこのような楽曲ばかり歌ってきて、そのとおりの目にあうと、誰が予想できただろう。
 特に、名曲《冬隣》の、サビ〈地球の夜更けは淋しいよ/そこからわたしが見えますか/この世にわたしを置いてった/あなたを怨んで呑んでます〉など、いったいなぜ、こんな詩が書かれていたのか、戦慄さえ覚える(吉田旺:詩/杉本真人:曲)。これは、ちあきなおみでなくたって、最愛のひとを失った身で冷静に歌える曲ではない。

 夫を失ったあとも、これらの楽曲を歌わなければならないと知ったとき、いったい、彼女は、どんな思いを抱いただろう。
 隠遁状態に入った後も、なぜか飽きずに出つづける、ちあきなおみのベストCD。
 もしかしたら、それらには、彼女のこんなメッセージがこめられているのではないか。
「こんな曲、歌えるわけないでしょう。そんなに聴きたいなら、CDでがまんしてよ」

<敬称略>
【参考資料】石田伸也『ちあきなおみに会いたい。』(徳間文庫、2012)


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2017.05.10 (Wed)

第184回 ナクソス30周年記念ボックス

ナクソス
▲ナクソス30周年記念ボックス(CD30枚組セット)

 約20年前、ある音楽雑誌を起ち上げた際、真っ先に飛んできてくれたレコード会社が2社あった。
 どちらも、雑誌の詳しい内容も聞かず、広告の年間出稿を申し出てくれた。
 うれしくて涙が出た。
 そのうちの1社が、ナクソス・ジャパンである(正確には、当時の日本総代理店「アイヴィ」)。

 あるとき、同社のN社長から、1枚のFaxを見せられたことがある。
 レコード業界団体から小売店に発信されたらしい文書で、「最近、香港で製作された安価なCDが大量に輸入されているので、扱いに注意してほしい」といった主旨だった。
 明らかにナクソスを指していると思われた。
 うろ覚えだが、「海賊盤」、もしくはそれに近いニュアンスの用語が使われていた記憶がある。
 N社長は、そのFaxを握りしめながら、「ナクソスは海賊盤ではありません。全部、自前の正規新録音です」「演奏者は無名かもしれませんが、内容には自信があります」「日本のレコード業界は輸入盤を頑なに拒否する。まるで鎖国ですよ」と、目を赤くさせながら述べたのを、いまでも覚えている。
 確かに1枚1,000円で、古今東西のクラシック音楽を音盤化しようとするナクソスは、当時、雑駁な廉価盤CDと同一視されていたことは否めない(現在は1,200円前後)。
 しかも、日本のレコード店は、まだまだ国内盤重視で、「レコード芸術」誌でも、輸入盤は本格的に取り上げられていなかった(そこで、「タワー・レコード」「HMV」「WAVE」などが隆盛を誇ることになる)。

 そのナクソスが創業30年を期して、30枚入りの記念ボックス・セットを発売した。
 価格は3,490円(税込)、なんと1枚あたり「116円」である(楽天市場内、ナクソス・ミュージック・ストアでの価格)。
 内容は新録音ではなく、既発の名盤集で、紙ケース入りの軽装仕様である。
 だが、そのラインナップを眺めると、相応の感慨を抱かざるをえない。

 ナクソスが世界的に認知されるきっかけとなったディスクはいくつかあるが、その一つが、コダーイ・クァルテットによる、ハイドンの弦楽四重奏曲全集だった(BOXセットには、第4~6番=1989年録音=を収録)。
 ゲオルク・ティントナーのブルックナーは、廉価盤のイメージをすっかり変えた(第5番=1996年録音を収録)。
 ドアティの《メトロポリス・シンフォニー》は、グラミー賞で3部門を受賞した名盤である(ジャンカルロ・ゲレーロ指揮、ナッシュヴィル交響楽団=2007年録音)。
 マリン・オルソップは、2007年、ボルティモア交響楽団に、アメリカ・メジャー・オーケストラ初の女性音楽監督として就任するや、ナクソスでのリリースを開始し、レーベルの「顔」となった(ドヴォルザーク《新世界より》=2007年録音を収録)。
 アントニ・ヴィト指揮、グレツキの交響曲第3番《悲歌のシンフォニ―》もおさめられているが、「1993年録音」とあって、ずいぶん初期のラインナップだったのだ。
 ピアニスト、イェネ・ヤンドーは、ベートーヴェンの《悲愴》《月光》《熱情》が収録されているが、これなども1987年の収録で、レーベル発足当初から活躍していたことがわかる。

 今回のボックス・セットに収録されていないものの、個人的に忘れがたいディスクも数多くある。
 たとえば佐渡裕&コンセール・ラムルーによるイベール作品集(1996年録音)。
 カリンニコフの交響曲を定着させた功績も大きい。
 「日本作曲家選輯」シリーズについては、いうまでもないだろう。
 わたしのような吹奏楽ファンにとって、もはや執念としか思えない、スーザ吹奏楽作品集シリーズ(2001年~)や、Wind Band Classicsシリーズは、ネタの宝庫である。

 ナクソスは、その後、音楽配信事業に進出し、「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」で、他社も含めて10万枚のCDが聴き放題のサービスを開始している。
 これによって、わたしたちのクラシック音源への接し方は、大きく変わった。
 近年は、優勝すると、ナクソスでのCDデビューが付帯する国際コンクールもあるらしい。

 ところで……。
 その後、わたしが起ち上げた音楽雑誌は鳴かず飛ばず、短命に終わり、スポンサー各社にもご迷惑をかけてしまった。
 先述の「真っ先に飛んできてくれた」もう1社のレコード会社とは、いまはなき、東芝EMIクラシックスである。
 残念ながら、その後、他社に吸収され、現在、クラシック音源はワーナーに移譲されている。
 そのワーナーの音源が「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」で配信されている。
 つまり、マリア・カラスや、一時期のカラヤンなど旧EMIの音源を、ワーナー音源として、30年を迎えたナクソスで聴くのである。
 「相応の感慨」と言いたくなるのも、ご理解いただけると思う。
 <敬称略>

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 5月は「ヨーロピアン・ブラスバンド選手権の魅力」「いまこそ聴こう、北朝鮮の吹奏楽」の2本です。

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