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2020.05.12 (Tue)

第284回 「脱グローバル」なのか

府中の森
▲1週間にわたって東京都高等学校吹奏楽コンクールが開催される、
 「府中の森芸術劇場」(府中市HPより)


 全日本吹奏楽コンクール=通称「全国大会」(全日本吹奏楽連盟と朝日新聞社の共催)が中止となり、その予選にあたる支部大会や都道府県大会なども続々中止になっている。
 全国大会は10月末~11月の開催だが、地方によっては、初夏から予選が始まるし、練習を、ほとんどの団体は春から本格化させる。しかし、学校は休校で部活はできない(はず)。吹奏楽とは、密閉(遮音)された、ほとんどは狭い練習室に、50人前後の人間が集る「3密」が常態である。しかも、息を大きく吸ったり吐いたりして、飛沫も飛ぶ。
 よって、仮に開催時期には終息して、ワクチン接種が確実だとしても(まず考えられないが)、それ以前に練習ができないわけで、これでは無理だろう。

 ところが、東京都高等学校吹奏楽連盟は、「緊急事態宣言」真っ最中の4月14日付で、夏のコンクール(予選)実施、および参加申し込み受付と、説明会実施の通知を発表した(正確には「実施へ向けて準備を行って参ります」との表現だったが)。
 わたしはこれを見て、少々背筋が寒くなった。「規模を縮小」「演奏終了後、解散」「審査結果はHPで発表」などの配慮はあった。だが、無観客実施と思いきや、「観客の制限」を行ない、「チケットの一般販売は中止」するものの、「参加団体の割当チケットと追加チケット」は販売するとされていた。つまり参加団体と追加分(保護者の分だろう)の観客を想定していたようなのだ。大きな会場を長期間借り切る以上、経費が必要なのはわかるが、ちょっと驚く記述だった。
 
 だが、やがて読んでいるうちに、「不思議」な感覚も覚えた。
 この通知には「よく検討した上で、学校長の許可を得て、参加申込をお願いいたします」とあったが、参加する以上は「練習」が不可欠なわけで、これに関しては何も触れられていないのだ。「練習は危険だから、禁止します。当日も舞台上は、ほぼ3密状態になります。そのうえで、よく考えて参加してください」というのならわかる(ありえないが)。
 だが、その点には、まったく触れられていない。「実施」と「練習」がセットであることは大前提のはずである。これでは「参加する以上、闇練習で問題が発生しても、関知しません」と言っているようにとられても仕方ないと思った。
 誤解しないでいただきたいのだが、わたしは、この通知を批判しているわけではない。そうではなくて、長年、あれほどのイベントを円滑に運営してきた都の高吹連が、なぜ、このようにすぐに突っ込まれるような通知を発表したのか、それが「不思議」で仕方ないのだ。

 毎年書いているが、東京都高等学校吹奏楽コンクールは、実に巨大な催しである(今年度は第60回の節目だった)。わたしも、若いころは、関東近県、時には地方まで出かけて、予選や支部大会を聴いてきたが、東京の高校の部ほど巨大なコンクールは、ほかにない(東京は、中学の部も巨大運営)。なにしろ、府中の森芸術劇場内の2つのホールを借り切って、4部門、のべ280余団体が(昨年度の場合)、次々と入れ替わりながら、朝から夕方まで、1週間、休みなく演奏し、審査を受けるのである。その間、どれだけの出場者が舞台を横切り、どれだけの観客(保護者、学校関係者など)が、客席に出入りすることか。
 だが、わたしも50年近く通っているが、少なくとも、目に見える大きな運営トラブルには、出会ったことがない(最寄り駅~会場の混雑や、会場に不審者がいたとか、落雷で停電とかはあった。全国大会の中学の部で、新潟県中越地震が発生し、演奏が一時中断したこともあった。しかし、これらすべて、運営側の責任ではない)。年ごとに混雑の度は増しているが、それでも毎年、見事に運営されている。
 それほど手練れの先生たちが、なぜ、あのような発表をしたのか。全日本吹奏楽連盟の発表を、なぜ、もう少し待てなかったのか。勝手な推測だが、どうも、半ば混乱のうちにこのような発表をしてしまったような気がしてならない。

 たまたま都の高吹連の例をあげたが、実は昨今のコロナ禍で、これに似たようなことが、ほかでも発生しているように感じる。休業要請を受け入れないパチンコ屋。それに対する堂々たる反論。夜8時過ぎに営業中の店を警察に通報する市民(犯罪行為ではないのだから、警察に通報しても意味がない)。ポストに投函されたアベノマスクを盗んで歩くやつ(我が家もやられた)。みんな、どこか周囲が見えなくなっている、あるいは、気にしなくなっている。

 これらは以前だったら「無秩序」で済んだだろう。だが、コロナ禍のいまでは、小さな「脱グローバル」といえるかもしれない。
 というのも、たまたま、アメリカの歴史学者エドワード・ルトワック博士による、産経新聞5月9日付のインタビューにおける「グローバル時代は終わった」との示唆に富んだ意見を読んだからだ。
 博士は言う。EUは「新型コロナへの対応に失敗した」「共有された医療情報や共通の医療戦略は存在せず、相互支援もあまりなかった」。
 新型コロナは「真実を暴くウイルスだ。EUが機能しないことを暴き、多数の死者を出したイタリアの無秩序ぶりを暴いた」
 そして「EUやWHOなどの機能不全が明白となったことで、世界はグローバル化や多国間枠組みから後退し、国民国家が責任をもって自国民を守る方向に回帰するだろう」「今後は英国に続き多くの加盟国が(EUから)静かに脱退していくはずだ」と断定する。

 その後、都の高吹連の通知文書はHPから削除され、「実施可否については、現在連盟内で継続的に検討をしています」との文が載っている(5月12日現在)。

【追記】
 本稿アップ後、同日、東京都高等学校吹奏楽コンクールは、中止が発表された。

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2020.04.10 (Fri)

第279回 続・余分なきマスクの余聞

能面
▲小山清茂作曲、交響組曲《能面》
 (小田野宏之指揮、東京佼成ウインドオーケストラ)



 前回、海外で「マスク」(Mask/Masque)といえば、「仮面」「仮面劇」の意味合いが強かったと書いた。
 吹奏楽の世界でも「マスク」を題材とした曲は多い。

 いちばん知られているのは、おそらく、ウィリアム・フランシス・マクベス(1933~2012)作曲の《マスク》だろう。原題は《Masque》なので、正確に訳せば《仮面劇》となる。
 1967年に、アーカンソー州立大学にアート・センターが落成したのを記念して委嘱・作曲された。ここのシアターで仮面劇が上演されるとの“幻想”を音楽にしたものだ。
 いったい、この曲のどこが「仮面劇」なのか、よくわからないのだが、とにかくカッコいい曲で、1970~80年代にかけて、コンクールで大人気だった。特に、1972年に全国大会初演で金賞を受賞した福岡県立嘉穂高校の名演は、いまでも語り草である。

 マクベスといえば、古参の吹奏楽人間にとっては、なんといっても“マクベスのピラミッド”理論である。彼は、吹奏楽における音量や響きのバランスを正三角形のピラミッドにたとえ、下三分の一が「低音域」、真ん中の三分の一が「中音域」、最上部が「高音域」のイメージが理想的だ、と提唱したのであった。

 1978年は、全日本吹奏楽連盟の創立40周年だった。それを記念して、この年の全日本吹奏楽コンクール課題曲4曲中、2曲が、アメリカの人気作曲家に委嘱された。1人はロバート・ジェイガーで、曲は《ジュビラーテ》。そしてもう1人がマクベスで、曲は《カント》(「歌唱」の意味)だった。《さくらさくら》をモチーフに、手拍子なども登場する、たいへんユニークな楽曲だった。
 ところが、晴れの普門館における全国大会で、この《カント》を演奏する団体が「ゼロ」という椿事が発生した。これは《カント》が不人気だったというよりは、《カント》を演奏して全国大会まで登り詰めた団体がゼロだったというべきなのだが、とにかくマクベス先生には、お気の毒な事態であった(たしか、会場に招待されていたのでは?)。

 近年、このマクベスの《マスク》を聴く機会はめったにないが、イギリスの作曲家、ケネス・ヘスケス(1968~)作曲の《マスク》(Masque)は、さかんに演奏されているようだ。原曲はオーケストラ曲で、当初の曲名は《管弦楽のためのスケルツォ》だった。それを、近年になって、《Masque》と改題して、ブラスバンドや吹奏楽に改訂編曲したところ、人気となった。つまり、この曲は、本来「仮面」とも「仮面劇」とも関係なかったわけで、上述マクベス曲と同様、やはり、聴いていて、どこが「仮面劇」なのか、よくわからない。しかし、これまた実にカッコいい、演奏効果抜群の曲なのだ。

 どうも欧米人にとって「仮面」「仮面劇」とは、自分たちの精神史の根本を刺激されるような何かがあるのではないか。
 これに対し、日本における「マスク」「仮面劇」といえば、「能面」である。
 ドナルド・キーンさんは、名著『能・文楽・歌舞伎』の「能面」の章で、「審美的理想は女性の能面の額をも極端に盛り上げたようである」と綴り、そのあとで「室町時代の流行である突き出た額と剃った眉は、偶然ではあるが、当時のヨーロッパのファッションと似通っており、それはまん中から分けた髪型と共に能面の上に永遠の形をとどめることになったのである」と指摘している(新潮社版『ドナルド・キーン著作集』第六巻/講談社学術文庫=入手困難)
 
 そのことを彷彿とさせる曲が、小山清茂(1914~2009)作曲の交響組曲《能面》である。文化放送の委嘱で作曲され、1959年に渡辺暁雄指揮、日本フィルハーモニー交響楽団によりラジオ放送で初演された(楽譜発売元のサイトでは「日フィル・シリーズの一つ」と紹介されているが、そうではない)。
 〈頼政〉(よりまさ)、〈増女〉(ぞうおんな)、〈大癋見〉(おおべしみ)の3楽章構成で、能面から得られる印象が見事に音楽化されている。邦楽舞台を西洋音楽の道具立てで表現したわけで、キーンさんの「当時のヨーロッパのファッションと似通って」いるとの指摘に、通じているような気がする。
 交響組曲《能面》は、その後、1978年度の全日本吹奏楽コンクールで、群馬県立前橋商業高校が、大木隆明先生の編曲・指揮で演奏して金賞を獲得し、一挙に吹奏楽界の注目を浴びた。さらに佼成出版社の委嘱による、作曲者本人が編曲した吹奏楽版も発表されている。

 そして、日本の吹奏楽における「仮面」といえば、やはり、大栗裕(1918~1982)の《仮面幻想》だろう。大栗の遺作となった名曲で、これは、舞楽における仮面「新鳥蘇」(しんとりそ)からイマジネーションを得て作曲されたのだという。誕生の経緯に関しては、音楽プロデューサー、樋口幸弘さんによる名解説(仮面の写真もあり)があるので、そちらをお読みいただきたい。

 いま、わたしがいる東京は、緊急事態宣言下にあり、尋常な生活はおくれない。60数年を生きてきて、まさか、こんな目にあうとは、夢にも思わなかった。
 3月に入って、次々と舞台公演や演奏会が中止となるなか、東京交響楽団だけが演奏会を決行した(3月21日、東京オペラシティ)。わたしも応援のつもりで当日券を買って駆けつけた。終演後、拍手が鳴りやまず、帰ろうとしない聴衆に、指揮者の飯森範親さんが、舞台上からお礼の挨拶をした。
 あのときは、まだ、細心の注意をはらえば(消毒、チケットもぎりは自分で、プログラムも自分で取る、売店中止、ホワイエのテーブル使用不可など)、演奏会もできなくはないのだ、と思っていた。だが、その1週間後、志村けん急死の報が伝わり、それどころではなくなった。
 一刻も早く「マスク」といえば、コロナ対策具ではなく、「仮面」「仮面劇」のことだと、音楽ファンが自然と思える日が来ることを、願ってやまない。
<一部敬称略>

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2020.03.05 (Thu)

第273回 課題曲《龍潭譚》余聞

りゅうたんだん
▲泉鏡花『龍潭譚』は、『鏡花短篇集』(岩波文庫)所収。

 この1月、全日本吹奏楽連盟の事務職員2名による使い込み(10年弱の間に1億5000万円!)が発覚した。まったくひどい話で、大半が未成年相手である吹奏楽振興の一翼を、このような組織が担っていたのかと思うと、暗澹となる。その後、全日本アンサンブルコンテスト(全国大会)が新型コロナ対策で中止となった。そのほか多くのコンサートやイベントも中止になった。どこもたいへんだが、吹奏楽界も踏んだり蹴ったりである。初夏にはコンクール予選がはじまる地方があるが、果たして問題なく運ぶのか、少々心もとない。

 今年は、課題曲5曲のなかに、《龍潭譚》[りゅうたんだん](佐藤信人作曲)なる曲がある。文学ファンならおなじみ、泉鏡花の同名短編小説をもとにした曲だ。

 小説『龍潭譚』は、明治29年、鏡花23歳のときに発表された、「神隠し」にまつわる幻想小説である。後年の名作『高野聖』の原型のようなおもむきがある。
 少年が、ツツジの咲く山道で迷子になる。姉から「一人で外へ出てはいけない」と言われていたのを無視したのだ。見知らぬ子供たちがかくれんぼをしている。気がつくと神社で、まわりには誰もいない。錯乱状態になり、気を失う。目が覚めると、見知らぬ女性の家に……。
 題名に「龍」とあるが、実際には龍は出てこない。しかし、おおよそ、想像はつく。鏡花自身、幼くして母を失ったことを思えば、後半は、胸を衝かれる展開となる。
 鏡花独特の文語体で書かれているので、最初はとっつきにくいが、明治以降に書かれたものなので、それほどむずかしくはない。慣れれば読める。

 いままでに、文学作品が題材になったコンクール課題曲は、そう多くない。おそらく、下記の3曲くらいではないか。

 1988年度/三善晃《吹奏楽のための「深層の祭」》(ランボー『地獄の季節』)
 1994年度/田村文生《饗応夫人~太宰治作「饗応夫人」のための音楽》
 2011年度/山口哲人《「薔薇戦争」より~戦場にて》(ジョン・バートン/ピーター・ホール『薔薇戦争―シェイクスピア「ヘンリー六世」「リチャード三世」に拠る』)

 今回の《龍潭譚》は、4曲目の“文学系課題曲”である。泉鏡花お得意の怪奇幻想の雰囲気を上品に再現しながら展開する曲だ。

 ところで――その泉鏡花(1873~1939)は、異常なまでの潔癖症だった。生ものは絶対に口にしなかった。酒は沸騰するまでお燗させ、何か手づかみで食べた際は、手で触れた部分を残して捨てた。畳に座って挨拶するときも、手のひらではなく、拳の甲を畳につけた。外出時には、アルコールランプを持参して、なんでも焼いてから食べた。邸内の掃除には、部屋ごとの雑巾を用意させ、階段に至っては、一段ごとに雑巾をかえさせた。

 もうひとり、ほぼ同時代の森鷗外(1862~1922)もかなりの潔癖症だった。基本的に火を通したものしか食べず、「まんじゅうのお茶漬け」が好物だった。ご飯の上にまんじゅうを乗せ、熱いお茶をかけて食べるのである。甘党だったせいもあるが、まんじゅうを煮沸するつもりもあったようだ。果物すら、煮てから砂糖をかけて食べたという。
 鷗外は本業が医師(軍医)で、当時の最高位「陸軍軍医総監」にまで登り詰めた。彼はドイツで最新の細菌学を学んでいた。そのため、すべての病気は「ウイルス」が原因であると信じていた。だから、なんでも焼いたり煮沸したりしてから食べた。

 日清・日露戦争の出兵先で、陸軍兵に大量の脚気(かっけ)が発生したのは有名な話である。特に日露戦争では、戦病死者4万人のうち、3万人が、脚気が原因だった。
 だが海軍兵には、脚気はほとんど発生しなかった。当時、海軍は、白飯+麦飯だったが、陸軍は白飯のみだった。それまでほとんどの日本人は麦飯や雑穀を食べていたのに、突然、白飯のみを食べさせられた、そこに脚気の原因があるのではないかとの指摘があった。だが、陸軍は、その考えを受け入れなかった。

 いまでは、脚気はビタミン不足が原因であることは常識である。海軍は麦飯から自然とビタミンを摂取していた。これに対し、白飯のみの陸軍は急激なビタミン不足に襲われ、脚気が大量発生した。
 だが、当時、森鷗外が中心の陸軍では、脚気=ウイルス原因説が根強かった。決して鷗外ひとりの責任ではないが、最新医学に頼りすぎた結果が、惨劇を招いたのである。

 泉鏡花や森鷗外は、天上から、いまの地球を眺めて、どんな思いでいるだろう。
「アルコホヲルもマスクも効果は薄し。煮るべし、焼くべし、触れぬが肝要なり」(鏡花)
「予の〈うゐるす説〉を看過した果てがこれなり。令和に至つても日本が普請中とは、笑止もここに極まれり」(鷗外)
 課題曲《龍潭譚》を聴いていると、2人のボヤキが聞こえてくる。
〈敬称略〉

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2020.02.21 (Fri)

第271回 ザンデルリンク「しごき」二代

ザンデルリンク写真
▲下(CD)が、父クルト・ザンデルリンク。上が息子トーマス・ザンデルリンク。


 東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)の第147回定期演奏会が終わった(2月15日、東京芸術劇場にて)。

 今回は、名匠トーマス・ザンデルリンク(同団の特別客演指揮者)によるショスタコーヴィチ特集で、《祝典序曲》(大橋晃一編/新編曲初演)、《ジャズ組曲》第2番(ヨハン・デメイ編)、交響曲第5番(伊藤康英編)の3曲が演奏された。
 当日のプログラム解説にも書いたのだが、ザンデルリンクは、ショスタコーヴィチと直接交流をもっていたひとである。そういうひとが、当のショスタコーヴィチ作品を、日本で、「吹奏楽」で指揮するとあって、なかなか貴重な演奏会だった。特に第5番はたいへんな力の入りようで、歯ぎしりをしながら聴き入った。

 終演後、短時間ながらインタビューする機会があったのだが、TKWO以前には「吹奏楽を指揮したことはなかった」のだという。初共演は2011年2月で(東日本大震災の1か月前だ)、これが吹奏楽初体験だった。
 TKWOの定期に登壇したのは、今回で5回目である(地方の引っ越し公演も入れると6回)。
 その間、編曲ものが多かったが、それでも、アルフレッド・リードの《ロシアのクリスマス音楽》《アーデンの森のロザリンド》《ハムレットへの音楽》といったオリジナルもちゃんと手がけている。“ザンデルリンクが指揮するリード“なんて、ぜひ聴いてみたかったと思うひと、多いのではないだろうか。

 ザンデルリンクは「TKWOは、わたしのやりたいことに、すべて応えてくれる。管弦楽も吹奏楽も、区別はない。いい音楽があるかどうか、それだけだ」と語ってくれた。
 あとで聴いたのだが、この日は、本番前のリハーサルで、交響曲第5番を全曲通したそうである。原曲(管弦楽)でさえシンドイ曲を、吹奏楽(管打楽器)で、ぶっつづけで2回やったとあって、さすがに団員諸氏も疲れた様子だった。「いや~、ザンデルリンクさんにしごかれましたよ」と苦笑しているひともいた。
 
 ところで、クラシック・ファンならご存じだと思うが、このトーマス・ザンデルリンク(1942~)は、往年の巨匠指揮者クルト・ザンデルリンク(1912~2011…大正元年生まれ!)のご子息である。
 わたしがクラシックを聴き始めた中学時代、クルト・ザンデルリンクといえば、すでに東ドイツの大指揮者であった。しばしば読売日本交響楽団に招かれ、登壇していた。
 このひとは、戦前ドイツ(東プロイセン)の生まれなのだが、ユダヤ系だったため、ナチスドイツの台頭を避け、1935年にソ連に亡命した。以後、レニングラード・フィルでムラヴィンスキーにしごかれ、その縁でショスタコーヴィチと親交を結ぶ。そのころ、ソ連で生まれたのが、息子トーマスである。

 戦後の1960年、乞われて東独に帰国し、ベルリン交響楽団(現ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団)の芸術監督に招かれる。1952年に正式発足したばかりの新進オケだったが、クルトは、師匠ムラヴィン譲りのしごき練習で鍛え上げ、たちまちヨーロッパ有数のオケに育て上げた(東独政府としては、当然ながら、西独のカラヤン=ベルリン・フィルへの対抗意識があった)。その後、シュターツカペレ・ドレスデンや、フィルハーモニア管弦楽団の常任などもつとめている。
 ブラームスやベートーヴェンなどはいうまでもなく、ショスタコーヴィチやラフマニノフなどロシア系が得意だったのはもちろんだったが、珍しくシベリウスも大好きで、いくつか、名録音を残している。

 クルト・ザンデルリンクは、2002年5月、89歳のとき、ベルリン響を指揮して引退コンサートを開催した。これが最後のタクトとなった。 曲は、ブラームスの《ハイドン変奏曲》、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番(ピアノ:内田光子)、シューマンの交響曲4番であった。
 このころ、わたしは、さる音楽関係者と仕事で会う予定だったのだが、相手が突然「日程を変えてほしい」と言ってきたのを覚えている。どうしたのかと聞いたら、「クルト・ザンデルリンク引退コンサートのチケットが手に入った。ベルリンへ弾丸旅行で行ってくる」とのことだった。当時、すでにクルト・ザンデルリンクは“生ける伝説”となっていたので、彼の気持ちはよくわかった。同時に、なんともうらやましく感じたものだ。
 その模様はライヴCD化されている(上の写真、右のCD)が、全体に遅めでゆったりした、悠揚迫らざる感動的な演奏である。いま、こういう演奏をする指揮者は、少なくなった。若いひとが聴くと、古臭い演奏に聴こえるかもしれない。だが、「ベルリンの壁」があった時代の東側のひとで、そのうえレコーディングに熱心でなかったため、彼の録音は、そう多くない。それだけに、貴重な音源である(最後の日本公演、1990年2月の読響ライヴもCD化されており(上の写真、左のCD)、これまた名演にして貴重な記録。特にブラームスの1番は、たまらない)。
 亡くなったのは98歳だった。

 思えば、父クルトがベルリン響を「しごいた」のと同様、息子トーマスもTKWOを「しごいた」わけで、父子二代にわたって、“しごき指揮者”の面目躍如。TKWO団員のみなさんにはお気の毒だが、これからもドンドンしごいていただいて、父親譲りの悠揚迫らざる響きを、吹奏楽でも聴かせていただきたい。
<敬称略>


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2019.12.11 (Wed)

第260回 佐渡&シエナの《エル・カミーノ・レアル》

佐渡シエナ文京
▲佐渡&シエナのコンサート・ツアー(上記写真は、12/24、文京シビックでのもの)


(前回よりつづく)
 今回の佐渡裕&シエナ・ウインド・オーケストラのコンサート・ツアーの曲目で驚いたのは、最終曲、アルフレッド・リード作曲の《エル・カミーノ・レアル》だった。
 実は、意外だったのだが、佐渡&シエナによる同曲演奏は、実演でも録音でも、今回が初めてなのである(他指揮者による演奏・録音はある)。
 
 《エル・カミーノ・レアル》とは、直訳すると「王の道」を意味する。かつてのスペインやポルトガルが、世界中に進出していった、そのルートのことだ。曲は、そんな怒涛の世界進出のイメージを幻想的に描いている。
 ただ、「世界進出」といえば聞こえはいいが、実態は「侵略」だったとも、よくいわれる。現に、『インディアスの破壊についての簡潔な報告』(岩波文庫)などを読むと、あまりの残虐ぶりに、吐き気を催しかねない(そもそもこの本は、南米現地に赴いた聖職者ラス・カサスが、これ以上、先住民を虐殺しないよう、母国スペインの皇太子に直訴した報告書である)。

 だが、「王の道」は、至福ももたらしてくれている。カリフォルニア・ワインなども、そのひとつだ。
 1542年、ポルトガル人のホアン・ロドリゲス・カブリヨが、現在のカリフォルニア州の最南西端、サンディエゴのあたりに漂着し、「王の道」のスタート地点を切り拓いた。
 1769年には、すでにスペインに支配されていた、お隣のメキシコから修道士たちが入り込み、道沿いに修道院を建設しながら、北へ北へと進んでいった。彼らは、土地土地でブドウを栽培し、キリストの血=ワインを生産することも忘れなかった。
 現在のカリフォルニアでワイン生産が盛んなのは、これがルーツなのである。
 
 この「北へ北へ」と伸びて行った道……これが「エル・カミーノ・レアル」と名付けられた道、つまり「王の道」である。現在では国道101号線となっているが、エリアによっていくつかの別名があり、その一部に、今でも「エル・カミーノ・レアル」の名が残っているのだ。
 作曲者リードは、おそらく、この国道名をヒントに、曲を書いたような気がする。

 「エル・カミーノ・レアル」は、日本にもある。神奈川・横浜の地に。ただし、それは「道」ではなくて「鐘」なのだが。
 サンディエゴと横浜は姉妹都市提携を結んでいる。そのサンディエゴから「エル・カミーノ・レアルの鐘」(ミッション・ベル)のレプリカが送られ、現在、山下公園内の噴水前に設置されている(「王の道」沿いに設置された修道院の鐘がモデルと思われる)。

 本稿の読者であれば、リードの《エル・カミーノ・レアル》がどんな曲かは、ご存じだと思う。1985年初演の名曲だ。特にフラメンコや闘牛を思わせるイントロ部分が有名で、2小節目でいきなりフェルマータとなり、それを乗り越えると3小節目から「4拍子」と「3拍子」が交互に登場する“乱舞”となる。
 冒頭のたった3小節で聴き手を取り込んでしまう手腕は、まことに見事だ。この出だしは「ホタ」という、スペイン東北部に伝わる3拍子の舞曲である(ファリャの《三角帽子》にも、ホタが登場する)。
 副題に「ラテン・ファンタジー」とあり、全編、徹底的に熱い、派手な楽曲である。

 これに、佐渡&シエナが初めて取り組むという。きっとスゴイ演奏になるだろう。
 前回もつづったように、今回のコンサート・ツアーは、CDシリーズ『ブラスの祭典』の発売開始20年の記念でもある。この人気シリーズに、新たな里程標が加わる、そんな1曲になりそうな気もする。
<敬称略>

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