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2015.12.23 (Wed)

第136回 イスラーム映画祭2015

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 12月中旬、東京・渋谷のユーロスペースで「イスラーム映画祭2015」が開催された。   
 以前に、国際交流基金が主催する「アラブ映画祭」があったが、「イスラム」にテーマを絞った特集上映は、これが初めてだと思う。   

 現在、世界の宗教人口は、1位がキリスト教徒で(23億4717万人、32.9%)、つづく2位がムスリム(イスラム教徒)だという(16億3317万人、22.9%)。[イスラーム映画祭チラシより]
 つまり地球の半分以上はクリスチャンとムスリムなわけで、実はイスラム圏で生産される映画、もしくはイスラム文化を題材にした欧米映画もかなりの数がある。

 今回の上映作品の多くは、過去、国内映画祭などで公開されているが、一般ロードショー作品は少ないので、ほとんどの観客にとっては、初鑑賞の作品ばかりだったはずだ。
 にもかかわらず、休日・平日、昼夜の別なく、ほぼすべての上映が、満席(立ち見、通路座り)、もしくは満席寸前だったようだ。

 私は、全9作品のうち、先行ロードショーを除く8作を鑑賞したのだが(一部、再鑑賞もあった)、8作中4作が、事実上の「女性映画」だった(女性の描かれ方が「重要モチーフ」になっている作品まで入れれば、8作中7作を「女性映画」と呼んでもいい)。

 父親の虐待から逃れて静謐に生きるムスリム姉妹と、若きカトリック教師との出会いを描く『ムアラフ 改心』(2007年、マレーシア)。
 
 厳格すぎる夫によって、ニカブ(目以外の全身を黒衣で覆う)を強制着用させられる若妻の苦悩を描く『カリファーの決断』(2011年、インドネシア)。

 テヘラン人と結婚したフランス人女性が、夫の家族に気に入られようと、ムスリムに改宗して尽くすが、姑や小姑にいびられまくるコメディ『法の書』(2009年、イラン)。   

 どれも、イスラム社会特有の女性差別を描きながら、ちゃんと普遍を表現していた。
 
 だが、なんといっても『神に誓って』(ジョエーブ・マンスール監督、2007年、パキスタン)が、最大の衝撃だった(2008年のアジアフォーカス福岡国際映画祭で上映され、観客賞を受賞している)。

 これは、9・11テロを挟んで、ロンドン、シカゴ、パキスタンを舞台に、2つのムスリム家庭が遭遇する悲劇を、息をもつかせぬ展開で描くミステリ・タッチのドラマである。
 
 パキスタン在住の兄弟。兄はシカゴへ音楽留学するが、弟はタリバンに心酔して家を出る。
 その親戚が、ロンドンにいる。女子大生の娘は、イギリス人の恋人がいるのだが、偏狭なムスリムの父は、それが許せない。娘をだまして故郷パキスタンへ連れて行き、タリバンの村に幽閉して、上記のいとこと強制結婚させる。
 一方、シカゴの兄はアメリカ人女性の同級生と恋仲になったとたん、9・11テロが発生、アルカイダとの関係を疑われ、CIAに不当逮捕され……。

 何よりも驚いたのは、実にスリリングな展開と見事な構成で、下手なハリウッド映画など及びもつかない、社会派エンタテインメントになっていたことだ。
 後半では、強制結婚から救出された娘が、タリバンの夫を訴える。
 そして、パキスタンの法廷で双方の代理人(宗教指導者)が、コーランの解釈をめぐって全面対決する。
  このクライマックス・シーンは、空前絶後の迫力だった。
 我々日本人にとって、あのような論戦が法廷で堂々と展開されることも驚きだった。
 全体が悲劇ながら、希望を抱かせるラストが用意されており、後味も悪くなかった。
 2時間48分の長尺が、あっという間だった。
 観てよかった、映画ファンでよかったと、心底から思える映画だった。
 
 上映後、字幕を監修した麻田豊氏(元東京外国語大学准教授)の解説もたいへん有意義だった。

 ところが、その麻田氏によれば、今回の上映プリントは、配給権を買ったインドの会社が、ずさんな焼き付けをしたために、オリジナルの色彩が失われているのだという(確かに、あまりに朱色が強いので、私は褪色プリントだとばかり思っていた)。
 しかも、これがサウジアラビアに1本だけ残っていた35㎜で、ネガは、もう「ない」のだという(海外でDVD化されているが、これは上映には使用できないらしい)。

 ということは、もう世界中に、今回のプリントと、福岡市フィルムアーカイヴの所蔵プリントしかないのだろうか。
 だとしたら、今後、この映画は、映画館での一般公開はまず期待できない、せいぜい、映画祭や特集上映で、痛んだプリントで観るしかないことになる。
 なんとも残念なことだ。

 前回も書いたが、もうアメリカ中心のグローバリズムは行き詰まっていると思う。
 ところが、それに対抗できるだけの数と力を持っているはずのイスラム文化は、残念なことに、テロの部分のみを突出させている。
 そうではなく、このような、あるいは前回綴ったような、映画や芝居、文学、音楽など、私たちが身軽に接することができるメディアで、もっとイスラム文化を発信してほしいと思った。
 今後、「イスラーム映画祭」が恒例イベントになることを願ってやまない。
(12月12~18日、所見)


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