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2016.01.29 (Fri)

第146回 美空ひばりが朗読する、カフカ『変身』

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 素晴らしいCDが出た。
 1958(昭和33)年前後にTBSラジオで放送した、美空ひばりをフィーチャーした番組の音源が発掘され、「美空ひばり 青春アワー」と題してまとまったのだ。

 全3枚構成。
 1枚目は、1958年4月、歌舞伎座における芸能生活10周年記念ショーの録音が中心。
 当時21歳、驚愕の歌唱力とショー・ウーマン・シップを見せてくれる。
 曲間で、ファンへの感謝の言葉を述べたり、お便りを読んだするのだが(ここはスタジオ収録)、これが驚くほど上品、かつきれいな声、滑舌なのだ。
 しかも、口調が、いかにもラジオの前にいるファンへ個人的に語りかけているようで、これが本来のラジオのあり方だったのだと、懐かしさでいっぱいになった。

 そして2枚目は、1958年に放送された30分の帯番組「美空ひばりアワー/思い出は歌とともに」から、2回分が、そのまま収録されている。
 これが実に凝った構成で、副題どおり、ひばりが、日々の思いや、幼少時代の思い出などを語りながら(時折、ゲストも交えながら)、合間に彼女のヒット曲が流れるのである。

 ここで驚くべきは、毎回、冒頭が、文学作品の朗読で始まること。
 今回収録された2回分では、最初がヘルマン・ヘッセの詩だが、もう1回分では、何と、カフカの『変身』を抜粋朗読しているのだ。
 京都へ向かう列車の中で読んで、たいへん印象に残ったのだという。
 しかも、放送作家によると思われる朗読台本が、なかなかうまくできており、たった5分間で、作品の冒頭~中間~ラストをうまく抜粋構成して全体像を伝えている。
 効果音や不気味なBGMも入っており、ちょっとしたオーディオ・ドラマである。

 だが、さすがにひばりといえど、文学朗読となると、そう驚くほどではないのだが、それでも、いかにも真摯な文学少女が、一生懸命に読んでいる雰囲気が伝わってきて、微笑ましい。
 そして、朗読を終えて、意外なコメントを発する。
「変身という現象を追ってみるだけでも、かつて塩酸事件にあった私には、何かと考えさせられるのです。明日をも知れぬひとのさだめ。幸福とは、不幸とは……」

 ちょうど、この1年前の1957年1月、ひばりは、浅草国際劇場で、舞台袖からステージに出た瞬間、突然、花道から上がってきた少女に塩酸をかけられた(近くにいたスタッフや共演者たちも火傷を負った)。
 その場でショーは中止となり、ひばりは病院に運ばれる。

 犯人の少女はひばりの同年で、山形の定時制高校を中退し、東京で住み込みの女中をしていた。
 ひばりの熱狂的なファンで、手紙を出したり電話をかけたりしたのだが、いっこうに反応がない。
 そのうち「こんなに好きなのに振り向いてくれない。ひばりちゃんが憎い」となって、犯行に及んだのだという。
 幸いひばりの顔に傷は残らなかったが、この世には「好きだから傷つける」との心理もあることが判明し、これをきっかけに、芸能人は、一般人との間に大きな壁をつくるようになるのである。

 そんな事件から間もない時期に、カフカ『変身』を朗読させるスタッフもすごいが、それを平然とこなして、上記のようなコメントを冷静に発する20歳そこそこのひばりも、たいしたものだと思った。

 そして3枚目だが、これもまた、すごい。
 1956年に来日した、ペレス・プラード楽団と、三人娘(雪村いづみ、江利チエミ、美空ひばり)との、共演ステージの実況である。
 ペレス・プラードといえば《マンボ№5》や《闘牛士のマンボ》《タブー》で知られる「マンボ・キング」である。
 いまでも吹奏楽で演奏されている曲ばかりで、意外と、若い人にも知られている。

 その彼が、国際スタジアム(おそらく両国にあった施設)で、三人娘のバックをつとめた。
 まず1曲目の、ペレス・プラード楽団による《さくらさくら》からして異常なテンションである。
 あの《タブー》のノリで、《さくら~》を演奏するのだ。
 トランペットは、強烈なグロウル奏法で、ネチネチと奏でる。

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▲三人娘が初共演した、傑作アイドル映画『ジャンケン娘』(1955年、杉江敏男監督)


 つづいてトン子(いづみ)、チエミ、ひばりの順で、2曲ずつ、楽団をバックに歌う。
 曲の合間には、司会者とのおしゃべりもある。
 トン子の名曲《チャチャチャは素晴らしい》が、ペレス・プラードのバックで歌われていたなんて、夢にも思わなかった。
 「♪猫もネズミもチャッチャッチャ、おまわりさんもチャッチャッチャ」と絶好調である。
 チエミの大人びた歌唱、そしてトリ、ひばりの《アンヘリート・ネグロス》《セシボン・マンボ》は圧巻というほかない。
 これが18歳の少女なのか。
 昨今人気のナントカ48とやらは、おそらくこの時のひばりよりも、ずっと年上だと思うのだが、これを聴いたら、恥ずかしくて人前で歌うどころではなくなるのではないか。

 私は、何度かひばりの生ステージを観ているが、彼女のすごいところは、その歌を初めて歌った当時に、瞬時に戻れる点である。
 生涯最後の大型ステージになった、1988年4月、東京ドーム杮落とし公演「不死鳥コンサート」の時点では、51歳だったはずだが、《悲しき口笛》など、完全に、子供時代にタイムスリップしたようであった。

 では、このCDでの、ペレス・プラード楽団との共演では、どうか。
 ここで18歳のひばりは、すでに50歳代、死の直前の貫録を表現してしまっている。
 つまり、ひばりは、過去に戻れるだけではなく、未来にも飛翔できたのである。
 修正がきかない実況録音でこそ、そんな彼女の素晴らしさは伝わってくる。
 美空ひばりは、クラシック・アーティストに匹敵する歌手であった。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

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