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2016.07.20 (Wed)

第169回 デュファイのミサ曲《もし顔が青いなら》(スラファセパル)

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▲ヴォーカル・アンサンブル カペラ 定期公演「スラファセパル~デュファイの名作ミサ曲」
(7月19日、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会・小原記念聖堂にて)


 ギョーム・デュファイ(1400頃~1474)のミサ曲《もし顔が青いなら》(スラファセパル)は、以前から、不思議な題名だと思っていた。

 彼が作曲した同名の世俗曲の旋律を基調にしたため、そのまま同じ題で呼ばれているのだが、原曲歌詞は「もし私の顔が青ざめているとしたら、美しいあの方のせいです。あまりにつらくて、海に沈んでしまいたい」みたいな片思いの恋歌なのだ。
 デュファイはローマ教皇庁の歌手だったが、合間にサヴォワに滞在し、ブルゴーニュ公に仕えたりしている。
 そのころ、サヴォワ家に美しいお妃様がいたそうで、この曲は、彼女をイメージして作曲したといわれている。
 もちろんミサ曲の歌詞は典礼のミサ通常文なので、この歌詞が歌われるわけではないのだが、それにしても教会で演奏される典礼曲である。
 俗世間の美人讃歌を「ミサ曲」に転用するなんて、許されたのだろうか。

 ところが、先日、「ヴォーカル・アンサンブル カペラ」の定期公演でこのミサ曲と原曲が演奏された際、主宰・花井哲郎氏のトーク&プログラム解説で、たいへん興味深い「新説」を知った。

 デュファイは、1452~58年にかけてサヴォワ家に滞在しており、このミサ曲も、その時期に作曲されたらしい。
 ところが、この時期、サヴォワ家に一大事が発生していた。
 「聖ヴェロニカの聖骸布」が、サヴォワ家の所有になったのである(いまでは、「トリノの聖骸布」と呼ばれている)。
 磔刑に処せられたイエス・キリストを、聖ヴェロニカが包んだといわれる「布」で、全身から発せられた妖気だか光線だかのせいで、イエスの「顔」が、そのまま布に焼きついている、キリスト教世界で、最大の「聖なる遺物」だ。
 近年の放射性炭素年代測定では西暦1200年代の布らしいが、その一方で、数千年前の物質が含まれているとの調査結果もあるというのだが……。
 しかしとにかく、その時期に「聖骸布」と称される物がサヴォワ家の所有になったことは事実で、ミサ曲《もし顔が青いなら》は、そのために作曲されたのではないか、というのだ。

 デュファイは「ルネサンス期のバッハ」などとも称される、音楽史上の巨人だが、その功績の一つに「循環形式」のルーツみたいスタイルを発明したことが挙げられる。
 ミサ曲は、通常「キリエ」「グロリア」「クレド」「サンクトゥス」「アニュス・デイ」の5つの通常文がもとになっているが、それまでは、1曲ずつバラバラに作曲されていた。
 それをデュファイは、5曲とも、似たような音型で始まるように作曲し、全体に統一感を与えたのである。
 19世紀になってベルリオーズやフランクが確立したようなことを、デュファイが15世紀にやっていたのである。

 で、この「聖骸布に捧げるミサ曲」で、「統一旋律」に選ばれたのが、世俗曲《もし顔が青いなら》だったのだ。
 「聖骸布」に焼きついた「青ざめた顔」は、全人類の罪を背負ったゆえであり、その顔を見るたびに、悲しみで海に沈みたくなる……ミサ曲に隠された「統一旋律」は、そんなことを訴えていたのかもしれない。

 もちろん、以上はあくまで「説」のようだが、それでも、「聖骸布」にまつわる伝説に思いを馳せながら、教会のチャペルでデュファイを聴いている間は、タイムスリップしているようだった。
 花井哲郎氏率いる「ヴォーカル・アンサンブル カペラ」は、この世のものとは思えない驚異的なアンサンブルと美声で聴衆を魅了する。
 同時に、こういう「解説」のあるレクチャー・コンサートの有用性も感じた。
 「音楽に予備知識はいらない。聴いてよければ、それで十分」との声もあるが、もし今回、「聖骸布」の挿話を知らずに聴いていたら、果たして、どこまで感動できただろうか。

 アンコールに演奏されたデュファイの《花の中の花》(インターネット・ラジオOTTAVAのジングルでおなじみ)も、我々を天上に誘うようだった。

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▲「ルネサンス期のバッハ」ギョーム・デュファイ(1400頃~1474)

このCDのライナー解説を書きました。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

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