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2017.03.08 (Wed)

第182回 「教育勅語のすすめ」

 いま話題の森友学園が運営する幼稚園では、「教育勅語」を園児に朗読だか暗誦だかさせるそうである。
 「教育勅語」と聞くと、忘れられない思い出がある。

 わたしは、1970年代からの約10年間(中学~高校~大学の時期)、テレビ番組「題名のない音楽会」の定期会員となって、公開録画の8~9割がたに通った(隔週金曜日夜、渋谷公会堂にて)。
 もちろん、作曲家の黛敏郎(1929~1997)が企画・司会をつとめていた時期である。

 1977年、この番組で「教育勅語のすすめ」と題する公開録画があった。
 ステージ上には、いつものように東京交響楽団が控えており、さてどんな曲が始まるのかと思いきや、登場したのは10歳くらいの、ひとりの少年であった。
 少年は舞台中央に立ち、客席に向かって、大きな声で朗誦をはじめた。
「ちんおもうにわがこうそこうそう、くにをはじむることこうえんに……」
(朕󠄁惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇󠄁ムルコト宏遠󠄁ニ……)
 「教育勅語」である。
 少年は、カンペを見ることもなく、最後まで見事に朗誦しきった。
 最後に「ぎょめいぎょじ!」(御名御璽)で終わると、客席からいっせいに拍手がおこった。
(会場の大半を占めていた、戦前生まれのシニアにとっては、懐かしかったようである)

 さっそく司会の黛敏郎が登場し、おおむね、こんなことを述べた。
「いまのは、いうまでもなく『教育勅語』です。朗読したのは劇団の子役で、今日のために、わざわざ暗誦してもらいました。しかしお聴きいただいておわかりのように、小学生でも、あのようにすぐに暗誦できる文章なのです」
 そのあと、舞台上には「教育勅語」全文の巨大パネルが登場し、黛が、その由来や、いかに重要なことが述べられているか、そして、いま一般に流布していないことの無念さをえんえんと述べた。
 後半では、オーケストラが何か演奏したはずなのだが、あまりに意表を突くオープニングだったせいか、あとのことはよく覚えていない。
 戦時中の軍歌か愛国歌のような音楽が演奏されたような気がする。

 わたしは当時大学生で、もちろん戦後生まれだが、「教育勅語」は知っていた。
 昭和2年生れの父が、酔った時など、時折、朗誦していたからだ。
「明治天皇がつくらせたんだ。親を大切にして、天皇家を守って、国を発展させろ、というような意味だ。あまり面白くない文章だよな。戦後、占領軍が禁止しちゃったよ」
 最初は、突然「朕」(ちん)なんて言葉が出てくるので面白がったものであるが、さすがに大学生くらいになると、微妙に「危険な文章」であるらしいこともわかっていた。
 それを主題にした番組が、渋谷公会堂で堂々と制作収録されたのだから、驚いてしまった。
 しかし、結局、この番組は放映されなかった。

 その数年後だったと思う。
 今度は「憲法記念日を考える」なる収録があった。
 このときは、ゲストが小説家の井上ひさしだった。
 当時、本好きの大学生にとって、井上ひさしといえば、いまの村上春樹に近い存在だった。
 もしかしたら、護憲派の井上ひさしと、改憲派の黛敏郎が口角泡を飛ばして議論するのではないかと期待して行ったのだが、そうはならなかった。

 冒頭、井上ひさしが、戦争を放棄した戦後憲法の重要さを述べた。
 その間、黛敏郎はいっさい、口をはさまなかった(と思う)。
 そのあと、驚くべき曲が演奏された。
 黛敏郎の作詞・構成・作曲による、カンタータ《憲法はなぜ改正されなければならないか》である。
 どんな曲だったか、もう記憶もおぼろげだが、オーケストラと合唱団による演奏で、芦田伸介のナレーションを中心に進行したことを覚えている。
 果たして以前よりあった曲なのか、この日のために作曲されたのか、よく知らないが、とにかくこのような楽曲が存在していることに、度肝を抜かれてしまった。
 これまた、すさまじい番組だと思った。
 このような曲を演奏する以上、番組としてのバランスが必要となり、護憲派の井上ひさしが呼ばれたわけで、何だか気の毒に思った。
 そして、この回も放送中止になった。

 この2つの放送中止番組を公開録画で観て、どちらも「無理をしているな」と感じた。
 黛敏郎が改憲思想の持ち主であることは有名で、「題名のない音楽会」でも、しばしば思想色の出る回はあったが、それでもこの2回は、会場内の空気が、いつもの収録時とはちがっており、特に無理をしてつくられていると感じたのを、いまでも覚えている。
 黛敏郎の暴走を止められず、内心忸怩たる思いを抱きながら収録にあたったスタッフの思いが、客席に伝播したのではないだろうか。

 幼稚園児に教育勅語を朗誦させることの意義が奈辺にあるのか、わたしごときには何とも言えないが、森友学園のニュースに接していると、この学校法人は「無理をしているな」と強く感じる。
 40年前に渋谷公会堂で感じた空気と、どこか似ているのである。
<敬称略>


◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

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