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2017.06.23 (Fri)

第186回 作曲家ヒューゴ・アルヴェーン

マリークロヤー
▲映画『マリー・クロヤー 愛と芸術に生きて』(ビレ・アウグスト監督、デンマーク=スウェーデン、2012年)


 先日、東京国立近代美術館フィルムセンターで開催された「EUフィルムデーズ2017」で、デンマーク・スウェーデン合作映画『マリー・クロヤー 愛と芸術に生きて』を観た(ビレ・アウグスト監督、2012年)。
 2月の「トーキョーノーザンライツフェスティバル2017」(北欧映画祭)でも上映されたばかりだ。

 19世紀末のデンマークの画家、ペーダー・セヴェリン・クロヤー(1851~1909)の妻、マリー・クロヤー(1867~1940)の物語である。
 彼女自身も画家であり、かつ夫クロヤーの重要なモデルであった。
 だがこの夫は精神に異常を来たし、さんざん家族を苦しめる。
 映画は、そんな夫に翻弄される妻マリーの苦悩を描く。

 中盤、マリーは荒れ果てた家を飛び出し、友人の紹介で、ある音楽家と知り合う。
 スウェーデンの作曲家、ヒューゴ・アルヴェーン(1872~1960)である。
 マリーはこのアルヴェーンと恋に落ち、不思議な三角関係になる。
 
 劇中、アルヴェーンが、クロヤー夫妻の前でピアノを弾くシーンがある。
 曲は、スウェーデン狂詩曲第1番《夏至の徹夜祭》だ(原曲は、管弦楽曲)。
 終映後、ロビーで会った知人が「あの曲、どこかで聴いたことあるような気がする」と聞いてきた。
 すかさず、「NHKの『きょうの料理』のテーマ曲だよ」と返したら「ああ、そういえばそうだ」と納得していた。
 もちろん、これは冗談である。
 NHK「きょうの料理」のテーマ曲は、冨田勲のオリジナル曲だ。
 だが、この2曲は、たいへん似ているのである。
 特に出だしは、ほぼ同じに聴こえる。
 そのため、昔から、「きょうの料理」の元ネタ曲ではないかとの説がある。
 (知人には、すぐに冗談だと明かしたが)。
 
 だが問題はそこではなく、この映画におけるアルヴェーンの描かれ方である。
 あまりに優柔不断、だらしなく自分勝手、しかも、たいして才能もなさそうで、クロヤー夫妻の慈悲で、なんとか暮らしていることになっていた。
 確か、アルヴェーンはマリーと正式結婚していたはずだが、映画の中では、アルヴェーンに婚約者がいて、そのことを隠しており、結局、2人は一緒になれないような設定になっていたのも、腑に落ちなかった。

 ヒューゴ・アルヴェーンは、20世紀初頭に活躍したひとで、5つの交響曲を中心に、多くの管弦楽曲や合唱曲で知られている。
 特に、上述、スウェーデン狂詩曲第1番《夏至の徹夜祭》が有名だが、《祝典序曲》などは、ノーベル賞の授賞式でも演奏されるそうである。
 この時期の北欧の作曲家というと、シベリウス(フィンランド、1865~1957)、グリーグ(ノルウェー、1843~1907)、ニールセン(デンマーク、1865~1931)あたりが有名なので、つい見落とされがちだ。
 確かに北欧特有の、白夜を思わせる薄暗いムードがダラダラとつづく曲想が多いので、親しみやすいとはいえないが、それにしても忘れられていいひとではない(オーケストレーションなど、なかなかの腕前である)。
 たとえばナクソス・ミュージック・ライブラリーで検索すると、アルヴェーンの名を冠したアルバムだけで40~50枚はあるようだ(その中には、ネーメ・ヤルヴィ指揮の交響曲全集などもある)。

 わたしは決してアルヴェーンの生涯に詳しいわけではないので、あまり僭越なことはいえないのだが、いくらマリーの苦悩を強調するためとはいえ、どこか恣意的というか、アルヴェーンに対する意地悪な視点を感じないではいられない映画だった。
 なぜ、こんな描き方をされているのだろう。
 あるいは、これが、デンマーク人の、スウェーデン人に対する印象なのだろうか。

 そこで思い出したのが、昨年1月に、「ニューズウィーク日本版」ウェブサイトに掲載された、国際ジャーナリスト、木村正人氏(ロンドン在住)のレポートである。
 タイトルは「閉ざされた『愛の橋』 寛容の国スウェーデンまで国境管理」
 詳細は、まだサイトに残っているようなので、実際にお読みいただきたいが、デンマークとスウェーデンを結ぶ鉄道・道路併用橋「オーレスン・リンク」にまつわる報告である。

 隣接する両国は、2000年に開通したこの橋を使って、パスポートなしで行き来できるようになった。
 ところが、デンマークでは2001年の総選挙で、中道右派政権が誕生した。
 新政権は、移民規制を強化し、特に若いデンマーク人が外国人と結婚した場合、2人とも24歳を過ぎないと、デンマークに呼べないとの制度が導入された。
 これに対し、スウェーデンは移民に寛容だった。
 そこで、若いデンマーク人と外国人の夫婦は、スウェーデン領内の橋の近くに住み、この橋をわたって、デンマークの職場に通うようになった(鉄道だと35分だという)。
 こうしてオーレスン・リンクは「愛の橋」と呼ばれ、欧州統合の象徴となった。

 ところが、これに対しスウェーデンが、移民流入を制限するため、同橋でデンマーク側からの入国者にパスポート・チェックを始めた。
 というのも、さすがに移民に寛容だったスウェーデンも、昨今押し寄せる難民の増加に耐えられなくなったらしい(難民対策予算が、スウェーデン国家の年間教育予算に匹敵する額に達した)。
 こうして、デンマークとスウェーデンを結ぶ「愛の橋」は、事実上、閉ざされてしまったのだという。

 16~17世紀には、デンマークとスウェーデンは、何度も戦争を繰り返してきた。
 19世紀には、キール条約で、デンマークが所領していたノルウェー領地を、スウェーデンに割譲させられている(当時はデンマーク=ノルウェー連合王国だった)。
 デンマークが、スウェーデンを実はどう見ているか、想像に難くない。
 いまや北欧は「ワン・エリア」で仲良いように見えるが、日本・中国・韓国だって、北欧から見たら「ワン・エリア」で中身の区別など、つかないだろう。
 ましてや日本・中国・韓国がどういう間柄かなんて、わからないだろう。
 それと同じだ。

 もめごとの火種はイスラム教とキリスト教の対立だけではないことを、この映画のアルヴェーンの描かれ方は、示しているような気がした。
<一部敬称略>

【参考】ヒューゴ・アルヴェーン協会のウェブサイト
《夏至の徹夜祭》肉筆スコアや、ペーダー・セヴェリン・クロヤーが描いたアルヴェーンの肖像スケッチなどあり。


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2017.06.01 (Thu)

第185回 映画『メッセージ』

メッセージCD
▲映画『メッセージ』サウンドトラックCD(音楽:ヨハン・ヨハンソン)


 テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』(原題Story of Your Life)が、『メッセージ』(原題Arraival)と題して映画化された。
 新聞雑誌、ツイッター、ネット上など、どこでも絶賛である。
 ついにあの印象深い小説が映像化されたのか、しかもそんなに出来がいいのか――と、鼻息荒く劇場へ駆けつけた。
 しかし、少々残念な映画だった。

 テッド・チャンの小説は、独特の「構造」=「枠組み」で描かれるのだが、中身は、言語学を織り交ぜながら綴られる、いい意味でチマチマした、母娘のせつない「物語」である。
(そもそも宇宙船の到来については、「軌道に船の群れが出現し、あちこちの草原におかしな人工物が出現した」くらいしか書かれていない)
 それが、「問題国家」中国をめぐる、エイリアンvs地球戦争直前の、政治緊迫ドラマに変容していた。
 テッド・チャンのファンは、呆気にとられたのではないか。

 もちろん原作と映画が同じでなければならない理由は、ない。
 興行として世界中でヒットさせるためには、これくらいのスケール・アップが必要なのも、わかる。
 よくまあ、あんな小さな小説を、これほどの話に膨らませたものだと感心もした。
 しかし、どこか「既視感」がある。
 過去の映画――『インデペンデンス・デイ』を静謐にしたような、『インターステラ―』の空気を取り入れたような、『コンタクト』の親子愛を取り入れたような。
 さらには、小説『幼年期の終わり』(アーサー・C・クラーク)の精神を借りたような。
 中国が重要な存在になっているのは、原作者が中国系だからか、あるいは、近年の、たとえば『神の動物園』のケン・リュウに代表されるSF界における中国系人気を意識したような。
(原作の「枠組み」は、東洋特有の思想が背景にあるといえないこともなく、それを強調するために、中国を登場させたのかもしれない)
 そして、主人公の男女2人が、なぜ最後で、ああいう関係になるのか、そこに至る細やかな感情の交流も描かれない。
 つまりこの映画は、「枠組み」ありきで出来ているのである。
 原作から「枠組み」を借りて、既成の素材を加えて窯変させているのだ。
 この映画に感動したひとは、「物語」ではなく、「枠組み」に感動しているのではないだろうか。
 そういえば、同時期にアカデミー賞を争った『ラ・ラ・ランド』も、ラストの独特の見せ方=「枠組み」ありきの映画だった。
 普段から、上質な「物語」――小説、詩、映画、音楽、美術などに触れずにいると、この程度で打ちのめされてしまうのだ。
 わたし個人としては、できれば、原作の小さな世界を、プライベート・フィルムのようにひっそりと再現してほしかった。

 勝手なことばかり述べたが、音楽はたいへん素晴らしかったので、これは特筆しておきたい。
 テーマ音楽には、マックス・リヒター(1966~)の《オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト》が使用されている。
(スコアは、アイスランドの作曲家ヨハン・ヨハンソンで、これも素晴らしい)
 リヒターは、眠りのための8時間の音楽《スリープ》(配信のみ)や、《四季》を再構築したアルバム『25%のヴィヴァルディ』(どこかせつない響きで、胸を締めつけられる)などで知られる、ポスト・クラシカルの作曲家である。
 映画館の大音響で彼の音楽を聴くと、満天の星空の下にいるような気になる。
 この映画は、アカデミー賞で多くの部門にノミネートされながら、結局「音響編集賞」のみの獲得だった。
 これからご覧になる方は、コンサートのつもりで行かれたほうがよいと思う。
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▲《オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト》が収録された、マックス・リヒターのアルバム『ブルー・ノート・ブックス』(配信)

<敬称略>

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