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2019.01.30 (Wed)

第223回 《ワインダーク・シー》をめぐって

シエナ ワインダーク
▲2月9日(土)15:00~、文京シビックホール・大ホールにて。


 わたしの中学生時代、TBSラジオで、毎週日曜日の深夜、「深夜版ラジオマンガ」なるドラマ・シリーズがあった。小島一慶のナレーションに、水森亜土、野沢那智、白石冬美、内海賢治といったベテラン声優が出演していた。その中で、忘れられないのは、1973年の『望郷ロマン/明日は帰ろうオデッセイ』だ。いうまでもなく、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』のドラマ化だが、内容は換骨奪胎のドタバタ・コメディ。いつまでも家に戻れないオデッセイの旅を描くもので、バカバカしいお色気シーンが人気だった(「あ~ん、そこじゃなくて、もっと上よ~」……実は、背中をかいてもらっているだけ)。お笑いとはいえ、当時の中学生は、この番組で古代ギリシャの叙事詩を知ったのである。

 2月9日(土)の、シエナ・ウインド・オーケストラ第47回定期演奏会で、ジョン・マッキー作曲、吹奏楽のための交響詩《ワインダーク・シー》が、全曲演奏される(指揮:渡邊一正)。最近、抜粋がコンクールでよく取り上げられる人気曲だ。この曲も、原典は『オデュッセイア』である。

 『オデュッセイア』は、トロイ戦争で勝利した英雄オデュッセウス(英語名:オデッセイ/ユリシーズ)が、故郷イタケー島へ帰還するまでの、彷徨の旅を描く物語である。
 古代ギリシャでは、人間界の出来事は、天上の神々がコントロールしていると信じられていた。神々の中には、オデュッセウスに助け舟を出す神もいれば、海神ポセイドンのように、息子を傷つけられた恨みから、やたらと旅を妨害する神もいる。
 本曲は、そんなオデュッセウスの旅を3楽章(約30分強)かけて描く、超大作である。

 それにしては、なぜ曲名が、《オデュッセイア》ではなく、《ワインダーク・シー》(葡萄酒色の海)なのか、不思議に感じる方も多いと思う。
 これは、演奏会当日のプログラム解説にも書いたので、もし行かれる方がいたら、お読みいただきたいのだが、ホメロスは、枕詞のような、独特なフレーズをよく使った。この「wine-dark sea」もそのひとつで、壮大で荒々しい海の描写として、わたしが数えたかぎり、全部で12か所に登場している。「ワインのような暗い色」というからには、赤ワインだろう。しかし、地中海が「赤黒いワイン色」とは、ちょっと妙だ。古代の地中海は赤黒かったのか? あるいは、こういうフレーズが、古代の文学表現だったのか? ほかに、ホメロスは盲目、もしくは色弱だったとの説もある。
 いずれにせよ、作曲者マッキーは、この「ワインダーク・シー」に魅せられ、曲名にした。案の定、曲は、不安げなオデュッセウスの出港らしき場面からはじまる。ゼウスに難破させられ、女神カリュプソーの島に幽閉され、有名な「冥府めぐり」を経て、故郷に戻るまでが描かれる。実に壮大なスケールの吹奏楽曲だ。

 この物語は、モンテヴェルデイがオペラ化し(ウリッセの帰還)、ジェイムズ・ジョイスが小説にし(ユリシーズ)、スタンリー・キューブリックが映画のモチーフにした(2001年宇宙の旅)。宮崎アニメの主人公「ナウシカ」は、オデュッセウスに愛を覚える王女の名前だ。後世に与えた影響は、はかりしれない。
 コンクールでは、7~8分の抜粋で演奏される。しかし本来は、3楽章、30分強をかけて、旅をじっくり描く「交響詩」である。コンクール版しか知らない方は、ぜひ一度、全曲版に触れてほしい。欧米人にとって『オデュッセイア』がいかに身近かも、実感できると思う。

 そういえば、「ラジオマンガ」で水森亜土がうたった主題歌も忘れられない。「♪それはとっても~、ながい旅だった~、心はいつも~、故郷にあった~」。確か、小林亜星の作曲だったと思う。いま、Youtubeでこの曲を聴くと(4:50あたり~)、「ああ、もう日曜日も終わりなのか」と、「ブルー」な気分になったのを思い出す。いや、あれこそが「葡萄酒色」だったのか。
<敬称略>

◆2019.2.9(土) シエナ・ウインド・オーケストラ第47回定期演奏会 → 詳細

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2019.01.18 (Fri)

第222回 市原悦子さんの「声」

太陽の王子
▲市原悦子さんの日生劇場時代の「声」が聴ける、貴重な記録。


 市原悦子さんが亡くなったが、「家政婦は見た!」と「まんが日本昔ばなし」の話題ばかりだ。まるでこの2つの仕事が市原さんの大半だったようで、あんまりだと思う。
 その中で、かつて俳優座で共演していた仲代達矢は、さすがに鋭いコメントを出している。

「やはり一番記憶に残っているのは、日生劇場で私がハムレットを、市原さんがオフィーリアを演じた時のことです。彼女は後輩で、まだ20代だったと思いますが、声のすばらしさに感動したのを覚えています。(略)演劇の役者にとってはやはり、声というものが猛烈に大事なんです。(略)姿かたちよりまず、俳優は声なのだと。彼女の声のすばらしさは日本の演劇界の宝でした。ただきれいというだけではなく、声の質をもって、ものを言うという才能。1500席の劇場で、マイクなしで己の声を通していく力を、彼女は先天的にもっていた」(朝日新聞1月15日付より)

 この『ハムレット』とは、1964年、俳優座創立20周年記念公演として、日生劇場で上演された舞台のことだ(演出=千田是也)。ハムレット=仲代達矢、オフィーリア=市原悦子(当時27~28歳、ゴールデンアロー新人賞受賞)のほか、平幹二朗、小沢栄太郎、東山千栄子、三島雅夫、横内正、東野英治郎、稲葉義男、横森久……と、現在、名画座のスクリーンでしか観られない顔ぶれが、大挙出演していた(ほかにも、若き日の永井智雄、田中邦衛、加藤剛、岩崎加根子、井川比佐志、佐藤オリエなども)。もちろんわたしは幼児だったから、観ていない。どれほどスゴイ舞台だったことか。

 だが、仲代コメントにある、当時の市原悦子さんの「声」だったら、いまでも聴ける。アニメ映画『太陽の王子ホルスの大冒険』(高畑勲監督/1968、東映動画)である。それどころかこのアニメには、市原悦子のほか、平幹二朗、三島雅夫、横内正、東野栄次郎、横森久といった、1964年に日生劇場で『ハムレット』に出演した顔ぶれが、声優として大挙出演しているのである。おそらく、高畑監督たちスタッフは、日生劇場の『ハムレット』を観て、彼らの「声」が必要だと感じたにちがいない。
 いま『ホルス』について詳述する紙幅はない。複雑な役柄(悪魔の妹ヒルダ)を演じた市原さんの、まさに「1500席に通る声」を、ぜひDVDで聴いていただきたい。

 わたしは、20年ほど前、市原悦子さんによる文学朗読(カセットやCD)の制作にかかわったことがある。
 市原さんは、顔が小さいので、スクリーンやTVでは小柄に見えるが、実際にはとても大柄で、がっしりした体格の女性だった。
 松本清張の『家紋』『巻頭句の女』を読んでいただいたときは、すでに「家政婦は見た!」シリーズが好評を博していたので、そのイメージで起用されたのではなかったか(「家政婦は見た!」の原作は、松本清張の短篇『熱い空気』である)。
 野坂昭如『戦争童話集』や宮沢賢治『風の又三郎』と、松本清張作品では、これが同じひとかと思うほど、声質も読み方も変えている。説明がむずかしいが、前者では幼児に、後者ではシニアになりきっている。事前に隅々まで読み込んできてくれて、ほとんどが一発OK、録り直しはほぼなかったはずだ。とてもよく通る声質なので、ディレクターが、マイクを後方へ下げていたような記憶がある。「声のプロ」とはこういうものかと、恐れ入った。

 仲代達矢がいう「役者は声」を、見事に体現しつづけたひとだった。滑舌が悪いどころか、ひとの名前を間違わずに読むことすらできない昨今の若手タレントは、彼女の残した「声」を聴いて、少しは学んでいただきたいものだ。
<一部敬称略>

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2019.01.04 (Fri)

第221回 平成なんてあったのか

サザン
▲ひさびさに大台を回復した紅白歌合戦。


 以前、本コラムの新年第一弾は「紅白雑感」と決まっていて、(ほんの数人だが)楽しみにしてくれている読者の方もいたのだが、結局、毎年、おなじことばかり書くハメになり(曲も歌手も大半は知らないとか、抱き合わせ企画ばかりで不愉快だとか)、しばらく、やめていた。
 だが、今回は、少しばかり思うところがあるので、ひさしぶりに、書きとめておくことにした。

 東京五輪の前年、1963(昭和38)年の紅白歌合戦で、白組のトリ(三波春夫)の前をつとめたのが植木等だった。
 曲は《どうしてこんなにもてるんだろう》《ホンダラ行進曲》のメドレーで、クレージーのメンバーとともに、ドンチャン騒ぎを繰り広げた。
 この年の平均視聴率は、89.8%(ニールセン)を記録した。まさに植木等は「昭和のお祭り男」であった。
 その植木が、1990(平成2)年、リバイバル・ヒットで20数年ぶりに紅白に出場し、《スーダラ伝説》をうたった。そして、個人別視聴率でトップの56.6%を獲得した。
 植木等は、昭和から平成に橋をかけた視聴率男でもあった。

 昨年末の紅白歌合戦は、「平成最後」が強調されていた。
 ところが、観終わって感じたのは「昭和の残響」だった。
 いうまでもなく、ラストで大暴れした桑田佳祐(62)、ユーミン(64)のせいである。
 そもそも、「大晦日はおせち料理をつくるので」を理由に、過去、紅白出場を辞退していたユーミンが、中継ではなく、NHKホールに来たことが驚きであった。
 あの桑田佳祐のパフォーマンスには賛否両論あるようで、「紅白対決に関係ない企画枠だったのに、桑田のおかげで、白組が最後を締めたように感じられ、一挙に白組有利に傾いた」というのである。
 だが、紅白歌合戦は、いまや、総合バラエティなのであって、紅白対決の票数に真剣さを見出しているものなど、いるわけがない。
 だから、そんなことはどうでもいいのだ。
 問題は、平成最後の紅白を、還暦を過ぎた昭和の2人が締めたことである(強いていえば、その横に82歳の北島三郎がいて、それなりの存在感を醸し出していた)。
 あそこには、平成を象徴する安室奈美恵も、浜崎あゆみも、倖田來未も、初期モーニング娘。も、小室哲哉も、宇多田ヒカルも、SMAPも、いなかった。
 わたしは、あの奇跡の2ショットを観ながら、かつての植木等を思い出し、それどころか、もしかしたら、後ろから井上陽水(70)が、中島みゆき(66)や、竹内まりや(63)を率いて出てくるのではないかと、一瞬、錯覚を覚えかけたほどだ。

 「平成」なんて時代が、あったのだろうか。
 よくいわれるように、やはり、平成は、「昭和の二次会」だったのではないか。
 5月以降、新元号になっても、もうしばらく「昭和の二次会」はつづくのではないか。
 桑田=ユーミンは、そんなことを、あらためて思い出させてくれた。
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