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2019.03.20 (Wed)

第232回 安重根と朴烈

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▲左:文学座公演『寒花』右:映画『金子文子と朴烈』


 日韓関係が何かと話題になっているこの時期に、日本側に逮捕された朝鮮人死刑囚を描く作品が2作、映画と舞台に同時に登場した。

 まずは、文学座公演『寒花』(鐘下辰男:作、西川信廣:演出/3月4~12日、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて)。1997年に文学座アトリエ公演で初演された名作の再演である。

 明治末期。真冬の旅順の監獄。伊藤博文を暗殺した安重根(瀬戸口郁)が収監され、死刑の執行を待っている。監獄長、看守長、外務省官僚、監獄医など、様々な立場の日本人が登場し、安重根の処遇をめぐって対立する。維新時に賊軍扱いされたもの、世が世ならこんなところで働いているはずはない旧士族……中でももっとも接触が多い通訳の楠木(佐川和正)は、安重根のあまりに落ち着いた、そして、自らの死をキリストの磔刑と重ねあわせる姿に動揺と衝撃をおぼえる(安重根はクリスチャン)。楠木は兄を日露戦争で失っており、残された母親はそのショックで半ば錯乱状態である。
 その母親と安重根が抱きあうクライマックスは、忘れがたい名場面となった。

 裁かれる人間が達観して、裁く側が混乱・対立している。西南戦争が終わって約30年。そろそろ旧幕世代がいなくなり、江戸時代を知らない新世代が台頭し始めている。そんな“時代の変わり目”に戸惑う日本人の姿を、安重根と対照させながら描き、まさに平成の終わりにふさわしい作品となった。初演で楠木を演じた瀬戸口郁が、今回は安重根を演じ、少ないセリフながら圧巻の名演技を見せた(3月5日所見)。

 もう1作は、韓国映画『金子文子と朴烈(パクヨル)』(イ・ジュンイク監督、韓国/2017年)。
 いわゆる“朴烈事件”の映画化。日本で活動していた無政府主義者・朴烈と、恋人の金子文子が、大正から昭和にかけて、日本の権力機構と対決する法廷・獄中ものである。文子の獄中手記『何が私をこうさせたか』(岩波文庫)や、瀬戸内寂聴『余白の春 金子文子』 (岩波現代文庫)、あるいは、松本清張「朴烈大逆事件」(『昭和史発掘』第1巻所収、文春文庫)などで知られている事件だ。

 2人は、関東大震災直後に発生した朝鮮人虐殺騒動を隠ぺいするためのスケープゴートとして逮捕されるが、朴烈が公判中に天皇暗殺計画を“告白”したため、一転、世を震撼させる大逆事件となる。その過程が、スリリングに描かれる。
 この事件では、公判中に撮影されたらしき、読書中の文子を朴烈が後ろから抱く“怪写真”(映画ポスターの構図)がばら撒かれて、政治利用される奇妙な展開を見せた。このあたりを、もう少し突っ込んで描いてほしかったが、時間切れのようで残念だった。

 映画では、一部の日本人役を韓国人俳優が演じているが、違和感は少ない。特に文子を演じたチェ・ヒソは、ほとんどのセリフが日本語だが、まったく自然だった(小学生のころ、大阪で暮らしていたらしい)。
 そのほか、日本からは、金守珍を筆頭に、新宿梁山泊の面々が参加。韓国映画界が、日本を舞台にした映画で、これだけのものをつくったことに驚きを覚えた。

 ただし、朴烈の描かれ方には、限界がある。現実の朴烈は、恩赦で死刑から無期に減刑され、獄中で転向、戦後に出獄した(松本清張によれば「監獄ボケ」となった)。
 その後は現在の民団(在日本大韓民国民団)の前身団体を組織、初代委員長となる。
 やがて朝鮮戦争下の韓国へ帰るが、北朝鮮にわたり(逮捕?)、南北融和団体の長になったといわれている。
 晩年の詳細は不明だが、北でスパイ容疑をかけられ、処刑されたとの説もあるらしい(一方、文子は不審な獄中自死をとげている)。
 朴烈がそれほどの変節と転向を繰り返したことは、映画では、触れられない。エンディング・クレジットのなかで、「出獄時、大歓迎された」とあるだけだった。

 余談だが、映画にも出てくる、文子と朴烈が出会った有楽町のおでん屋は、いまでも健在である。場所は日比谷側に移り、おでん屋ではなくなったが、定食屋「いわさき」がそれだ。
<敬称略>

*映画『金子文子と朴烈(パクヨル)』は、渋谷のイメージ・フォーラムで公開中(3月29日現在)。

【ご案内】
3月23日(土)19:00~19:55、ラジオの文化放送で、サタデー・プレミアム「普門館からありがとう~東京佼成ウインドオーケストラとコンクール課題曲」が放送されます。わたし(富樫鉄火)も解説ゲストで出演する予定ですので、お時間あれば、お聴き下さい。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

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