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2019.04.03 (Wed)

第234回 【古本書評】 岩城宏之『オーケストラの職人たち』ほか

岩城写真
▲岩城宏之『楽譜の風景』と『オーケストラの職人たち』(ともに絶版)


 自宅のそばに、おいしい創作風のイタリア料理店があり、ときどき行く。
 しばらく前のことになるが、店長から、「今度入った、新人のスタッフです」と、小柄で美しいお嬢さんを紹介された。なんと、「彼女、岩城宏之さんの、お孫さんなんですよ」。

 わたしは、岩城宏之さん(1932~2006)のコンサートは中学生時代から行っていた。1970~80年代には「題名のない音楽会」の公開録画に10年ほど通い、その間、ゲストとして登場したのを、何度も見聴きした。だから、とても親しみをおぼえる指揮者だ。

 岩城さんが、東京佼成ウインドオーケストラの定期公演を初めて指揮したのは、1998年のことだった。曲目は、《トーンプレロマス55》を中心とする、盟友・黛敏郎の吹奏楽曲(管打アンサンブル曲)集だった。CD録音も行なわれ、翌年の文化庁芸術祭で、レコード部門優秀賞を受賞した。その間、インタビューや、受賞記念パーティーで何度か話をうかがった。
 このとき、岩城さんはTKWOのアンサンブル力の高さに感動し、「このような世界一の演奏団体が存在していたのを知らなかった不明を、恥ずかしいと思った」とまで書いた。わたしとの会話でも「せひ、また指揮したいですよ。今度は武満さんなんか、どうかなあ」とうれしそうに話していた(それは、2004年に実現する)。

 ところで――むかしから、文章家の音楽家は多い。シューマンやドビュッシーは音楽評論家だったし、ワーグナーは自分で台本(詩)を書いた。マーチ王スーザも、小説を書いている。
 いまだったら、やはり池辺晋一郎さんだろうか。軽妙洒脱なエッセイで知られる。月に一回の読売新聞夕刊のエッセイを楽しみにしているひとも多いのではないか。
 だが、岩城さんも、たいへんな文章家だった。1991年には日本エッセイストクラブ賞を受賞した。著書も多く、国会図書館のデータベースで検索すると「59」点がヒットする。このうち、単行本の文庫化もあるから、おそらく、30~40点くらいが、オリジナル書籍なのではないか。わたしは、8~9割を読んでいると思うのだが、いまでも『楽譜の風景』(岩波新書、1983年初刊)や、『オーケストラの職人たち』(文春文庫、2005年初刊/単行本2002年)などを時々ひらいては、楽しんでいる。

 『楽譜の風景』のなかに、デクレシェンド(>の横長)と、アクセント(>の普通サイズ)が、入れ替わって浄書(楽譜作成~印刷)されていた話が出てくる。シューベルト《未完成》や、ベートーヴェン《第九》などには、本来、「アクセント」(その音を強く)で演奏するとしか思えない部分で、ある楽器にだけ「デクレシェンド」(次第に弱く)が印刷されている楽譜があった。どうやら、作曲家の筆跡があまりに汚いため、写譜屋さんに、この二つの記号の区別がつかなかったらしい。

 ここから先が、岩城さんの「文章家」たるところで、音楽界には「写譜屋」なる商売があることを、まずは面白い実例で紹介し、そこから話題が次々と転がっていくのである。
 この本では、教会でミサ曲を指揮していた不思議な牧師さんの話題につながっていく。若いころ、教会でアルバイト演奏した岩城さんは、この牧師さんが「写譜屋」であることを知る。教会指揮者の賀川純基さん(1922~2004)である。その後、美しい手書き楽譜を書く写譜屋さんとして、業界でもトップの存在になった。
 「教会」「賀川」で気づいた方もいるだろう、ガンジーやシュヴァイツァーと並び称されたキリスト教活動家・賀川豊彦(1888~1960)の息子さんである(その後、賀川豊彦記念館館長)。
 かように、まるでアミダクジの枝分かれのように、話題が広がっていく(後藤明正の小説みたい)。岩城さんは、文章を「変奏曲」のように展開する名エッセイストだった。

 賀川さんの話は、『オーケストラの職人たち』にも、出てくる。岩城さんは著書が多いので、同じ話題が、あちこちの本でダブって登場する。ご本人が、それを堂々と謝ったりしているのも楽しい。

 『オーケストラの職人たち』でわたしが好きなのは、“日本ハープ界の父”ヨセフ・モルナールの話だ。
 戦後すぐのころ、N響に招かれ、参宮橋に家を借りた。たまたま近くに運送業者があったので、ハープの運送をたのんだ。これがきっかけで、その運送業者「田中陸運」は、日本を代表する楽器運送のプロ集団に成長する。
 むかしは、オート三輪に積んだハープを抱えて抑えながら運んだ。和田誠さんによるカバー表紙絵は、当時の素朴な楽器運送の姿を見事にとらえていて、ちょっとジーンとくる。

 ヨセフ・モルナールは、昨年11月、89歳で亡くなった。だが、その弟子、孫弟子、曾孫弟子は、日本中にあふれている。
 岩城さんもすでにこの世にないが、著書は、古本ながら、ちゃんと残っている。
 そして、美しいお孫さんがいる。
<一部敬称略>


【ご案内】
 3月23日(土)19:00~19:55、文化放送の特別番組「普門館からありがとう~東京佼成ウインドオーケストラとコンクール課題曲」に、解説ゲストとして出演しました。
 現在、アーカイブで聴けます。※4月30日(火)23:59まで
 お時間あれば、お聴きください。
(富樫鉄火)

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

◆毎週(土)23時・FMカオン、毎週(日)正午・調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティをやってます。
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