2019.06.25 (Tue)
第244回 タッド、佼成、シエナ
6月は、吹奏楽漬けだった。主なものだけ、記す。

▲タッド・ウインドシンフォニー
6月14日(金)夜、タッド・ウインドシンフォニーの第26回定期演奏会(鈴木孝佳指揮/杉並公会堂)。前半のトリが、ヴァン=デル=ロースト《高山の印象》、後半はチェザリーニの交響曲第2番《江戸の情景》全5楽章(公式日本初演)。
前者は岐阜の高山祭がモチーフ。後者は広重の浮世絵「名所江戸百景」がモチーフ。つまり、どちらもヨーロッパの作曲家が日本古来の題材にアプローチした曲で、うまい構成だった。前者は「和」風のピッコロで始まる(いかにも日本の祭りの笛)。祝典序曲のような曲だった。後者は、さすがチェザリーニといいたくなる熟練の響きで、なるほど、浮世絵はこんなイメージなのかと思いながら楽しんだ。第2楽章〈市中繁栄七夕祭〉など、《八木節》のようで、微笑ましかった。
そういえば、ジュリー・ジルーの交響曲 第4番《ブックマークス・フロム・ジャパン》も、北斎や広重が題材だった。古くはドビュッシーの交響詩《海》も、また、真島俊夫《Mont Fuji》も、北斎の「神奈川沖浪裏」がヒントだったわけで、いまや浮世絵は、作曲の恰好のネタみたいだ。
なお、チェザリーニの《江戸の情景》については、樋口幸弘氏が「BandPower」で密着レポートを発表しておられるので、お読みいただきたい。

▲東京佼成ウインドオーケストラ
翌15日(土)昼は、東京佼成ウインドオーケストラの第144回定期演奏会(大井剛史指揮/東京芸術劇場)。なんとも凝った番組で、生誕70年/真島俊夫《鳳凰が舞う》、生誕80年/ジェイガー《壁》、生誕90年/黛敏郎《トーンプレロマス55》、生誕100年/ネリベル《シンフォニック・レクイエム》の4曲。
ジェイガー作品とネリベル作品は、わたしは初めて聴いた(と思う)。《壁》は、ワシントンにある「ベトナム戦争戦役者慰霊碑」がモチーフ。最近公開されたアメリカ映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』のラストに登場した、長い、真っ黒な記念碑壁だ。ジェイガー作品は、祝祭的な曲ばかりが有名だが、戦争を題材にした曲も多く、あまり知られていないので、貴重な機会だった。
ネリベル作品は、バスバリトン歌手を要する大編成曲で、どんな曲なのか、半ば不安を覚えながら聴いたが、もう冒頭の響きからしてネリベルそのもので、かえって安心した。曲名は「レクイエム」だが、〈キリエ〉や〈アニュス・デイ〉があるわけではなく、4楽章の交響曲的な構成だった。
黛作品を実演で聴いたのは、1999年、岩城宏之指揮の第65回定期演奏会以来だった。CD録音もされた。芸術祭優秀賞を受賞した名盤である。受賞記念パーティーで、岩城さんがニコニコしながら「次は武満作品をやりたい」と語っていたのが、つい昨日のことのようだ。

▲シエナ・ウインド・オーケストラ
同日夜は、シエナ・ウインド・オーケストラの第48回定期演奏会(原田慶太楼指揮/文京シビックホール)。なんと8曲すべて、委嘱新作初演。顔ぶれは、(演奏順に)オリヴァー・ヴェースピ、福田洋介、ヤン・ヴァン=デル=ロースト、清水大輔、ヨハン・デ=メイ、中橋愛生、フィリップ・スパーク、挾間美帆。
これは実に面白いコンサートだった。すべて、演奏時間は8分以内、通常の大編成で作曲されている(つまりコンクール自由曲向け)。各曲について述べる紙幅はないが、おもちゃ箱をひっくり返したようなひとときだった。VdRとデ=メイ以外の6人が来場していたせいもあり、会場は、曲を重ねるごとに熱気を帯びていった。ポップス・コンサートでもないのに、ああいう空気が生まれることは、珍しいと思う。
もちろん、8曲それぞれが個性的で素晴らしかったせいもあるのだが、指揮・原田慶太楼と、シエナWOの熱演のおかげでもあった。マエストロ原田は、8曲を完全に体内に沁み込ませており、危なげなところが皆無。しかも明らかに作曲家と作品に敬意と同感を抱いている様子が伝わってきて、「そこまでやるか」と言いたくなり、ちょっとジーンときてしまった。シエナも、昨日生まれたばかりの曲に、よくぞ、あれだけのパワーを注ぎこめたと思う。
終演後、舞台裏へ行くと、みなさん汗びっしょりで、かすかにゼエゼエと息が切れかけているメンバーもいた。リハーサルとレコーディングで、数日間、たいへんな仕事だったようだ。
ちなみに、マエストロ原田は、日本生まれだが、高校以降、アメリカで生活しており、現在は、シンシナティ交響楽団などで活躍している。すでに日本での活動も増えているが、今後、さらに売れっ子になることは間違いない。
最後に、これは私事でもあるのだが、22日(土)~23日(日)、毎年恒例の、東京佼成ウインドオーケストラ九州公演に、司会解説で同行させていただいた(和田一樹指揮/アルカスSASEBO、福岡市民会館)。人気オリジナルとポップス(NSB)中心だが、こちらもまた、マエストロ和田の熱い指揮のおかげで、会場のテンションは上がりっぱなしだった。
この時期は、コンクール課題曲の演奏もあるので、福岡公演の前半などは、計7曲にもなった。舞台袖で聴きながら、「プロとはいえ、スゴイなあ」と、いまさらながら感心した。もちろん、こちらもみなさん、終演後は、汗びっしょり、(わたしに近い年齢の方は)半ば息がゼエゼエだった。
演奏はたいへんだろうが、こういうコンサートが東京でもあったらなあ、と思った。だってみなさん、東京佼成WOの《たなばた》や《エル・カミーノ・レアル》も、たまには聴いてみたいでしょう?
<一部敬称略>
【お知らせ】
6月24日(月)にラジオ福島で放送された特別番組「こころひとつに…普門館からありがとう」が、7月24日まで、同局サイトのアーカイブで聴取可能です。今年度課題曲のほか、5月に白河で開催された演奏会でのスミス《華麗なる舞曲》ライヴも聴けます(指揮:飯森範親)。ほかに、田中靖人さん、わたし(富樫鉄火)のインタビューもあります。
◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。
◆毎週(土)23時・FMカオン、毎週(日)正午・調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティをやってます。
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2019.06.13 (Thu)
第243回 岩波ホールの50年(下)

▲岩波ホールで半年間上映が続いた、ロングラン第1位の作品。
(前回よりつづく)
岩波ホールは、いまでは、文芸作品の封切り劇場として定着しているが、1968年の開設当初は、多目的ホールだった(だからスクリーンが「舞台」の奥にある)。
映画専用劇場になったのは1974年で、その第一弾は、『大地のうた』(サタジット・レイ監督/1959/インド)だった。
この「映画館」は、ちょっとした話題になった。日本で初めての「完全入れ替え制」「定員制」だったからである。立ち見もダメ。いまでは当たり前となったこの興行形態は、岩波ホールによって定着したのだ(当時、どこかの雑誌で「遠方から行って満席で入れなかったら、どうしてくれるのか」といった主旨のコラムを読んだ記憶がある)。
わたしが初めて岩波ホールに入ったのは、1977年。大学生だった。番組は『惑星ソラリス』(アンドレイ・タルコフスキー監督/1972/ソ連)。
大学が近くだったせいもあり、かっこよさそうなSFだと思って気軽に出かけたのだが、あまりのわけのわからなさに、かえってビックリした。なぜか日本の高速道路なども出てくる。どうやら、惑星ソラリスの「海」自体が生命体で、こいつのせいで、幻覚を見たりするらしい……それくらいしか、理解できなかった。
たしか平日の昼間だったが、8割がた埋まっており、こんな映画を昼間から、満席寸前になるほどのひとたちが観に来ていることにも、驚いてしまった。
そんな出会いだったので、当初、岩波ホールに対する印象は、あまりよくなかったのだが、それが変わったのは、翌1978年から79年にかけてだった。
この時期、下記のような超ド級の名作を、たてつづけに観せられたのだ。
『家族の肖像』(ルキノ・ヴィスコンティ監督/1974/伊=仏)
『木靴の樹』(エルマンノ・オルミ監督/1978/伊)
『旅芸人の記録』(テオ・アンゲロプロス監督/1975/ギリシャ)
どれも連日ほぼ満席で、特に『旅芸人の記録』は、何回目かに行って、やっと入れた(さすがに後半は、休日のみ、前売整理券が発売されていた)。4時間近い長尺だったが、映画とはすごい表現ができるのだと仰天した。やがて、生涯ベスト級の1本になり、アンゲロプロスは神様になり、のちに作曲家エレニ・カラインドゥルーの大ファンになった。
ほかに忘れられないのは、1989年に観た『八月の鯨』(リンゼイ・アンダーソン監督/1987/英)で、これまた尋常な混み方ではなかった。連日全回満席で、数か月のロングランになっていた。すでに社会人だったが、平日に休みをとって、朝から並んで、午後の回をなんとか買った。その後、何回となく、同劇場でリバイバル公開された。撮影時93歳のリリアン・ギッシュ、79歳のベティ・デイヴィスは圧巻の名演技であった。2012年にニュープリントで再上映してくれたときは、うれしくて、3回通った。
このほか、『ファニーとアレクサンデル』(イングマール・ベルイマン監督/1982/スウェーデンほか)、『芙蓉鎮』(シェ・チン監督/1987/中国)、『宋家の三姉妹』(メイベル・チャン監督/1997/香港=日)なども、半年前後のロングランだった。特に『宋家…』は、岩波ホールのロングラン記録第1位のはずだ(ちなみにベルイマンは、上映時間5時間強! 前回紹介した『ニューヨーク公共図書館…』の3時間半など、屁でもない長さ)。
その後、いまに至るまで、岩波ホールで上映された映画は、おそらく8割ほどを観ていると思う(1作の上映期間が、最低1か月あるので余裕をもって行けるのだ)。
いま、ひとつの映画館で、同じ映画を、朝から晩まで、半年間も上映しつづけることなんて、あるだろうか。
このホールが、渋谷や新宿のように、移り変わりの激しい繁華街にあったら、50年はつづかなかったかもしれない。「神保町」だから生き残れたのだろう。
できれば、スクリーンがもう少し近くて、座席が、普通の映画館なみであれば、言うことないのだが、とにかく、半世紀存続していることだけでも、感謝しなければならないのかもしれない。
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2019.06.10 (Mon)
第242回 岩波ホールの50年(上)

▲ドキュメンタリ映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』
今年、創立50周年を迎えた岩波ホールで『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』が上映されている。ドキュメンタリ映画の巨匠、フレデリック・ワイズマン(今年、89歳)が、ニューヨーク公共図書館(NYPL)の活動を記録したものだ。
ただし、一筋縄でいく映画ではない。
宣伝文に「世界で最も有名な図書館のひとつ、その舞台裏へ」とあるが、物理的な「図書館の裏側」は、ほんの少ししか出てこない。それどころか「本」そのものが、ほとんど登場しないのだ。
全3時間半(休憩10分)中、大半を占めるのが、NYPLの「啓蒙活動」の様子である。
とにかく、その多彩さに、驚かされる。
講演、著者トーク、読書会、コンサート、就職支援、障害者のための住宅支援、デジタル機器の貸し出し、中国系市民のためのパソコン教室、黒人文化研究、手話指導、子ども読み聞かせ、ダンス教室、点字・録音本作成……本館のほか、88もある分館と4つの専門図書館すべてで、この種のイベントが連日開催されており、まるで巨大カルチャーセンター状態である。
映画は、これらの様子を、淡々と映す。時折、図書館内の会議や、本がベルトコンベアで運ばれるシーンなどもあるが、それらは、わずかだ。中には、いったい何をやっているのか、理解できないシーンもある。
よって、「図書館内部を観たかった」ひとには、期待外れだろう(わたしは、閉架から本が運び出されて、カウンターで貸し出されるまでの過程を見たかった)。
そもそも、ご存知の方も多いと思うが、ワイズマンの映画には、解説もナレーションも、テロップも、BGMも、一切ない。インタビューも、ない。ただ、誰かが何かをやっているところを、近くから勝手に眺めているだけである。
そのため、スクリーンに登場しているのが、どういうひとなのか、まったくわからない。人気歌手のエルビス・コステロや、パティ・スミスでさえ、なんの説明もない。冒頭、リチャード・ドーキンス財団について講演している男性が、そのリチャード・ドーキンス(名著『利己的な遺伝子』の著者)本人であるとの説明も、ない。館長がしばしば登場するが、その説明もない。観ているうちに、「どうも、このひとがトップらしい」と感じるしかない。
この点は、ドキュメンタリに対するワイズマン監督の考え方なので、なんともいえないが、やはり、人物の名前と立場くらいは教えてほしかった。
結局、この映画は、NYPLが、膨大なエネルギーと細かさで、ニューヨーク市民の知的生活を支えていることを描いているのだ。
会議では、公的予算を獲得するため、政治家にいかにアピールするかも検討されている(NYPLは、公的支援を受ける、民営図書館なのだ)。
翻って、日本の図書館は、やたらと利用者数(貸出し数)を競い合って、貸出し人気リストなどを発表している。
さらにCCC(TSUTAYA)に運営委託し、館内にスタバを開設する「ツタバ図書館」が続出している。
そんなことばかりが話題になっているのに比べて、あまりの彼岸の差に、呆然となった。
なお、この映画は空前の人気で、1日3回上映のほとんどが満席か、満席寸前である。休日は、朝から並んで、午後の上映回チケットを入手するようなありさまだ(岩波ホールは、いまだにネット購入できず、売場で番号順入場券を購入するしかない)。
このような、説明なし、3時間半の長尺映画に、これほどのひとたちが詰めかけていることも驚きで、日本中の図書館員が来ているのだろうかなどと、あれこれ想像しながら、あの小さな堅い座席に座って、岩波ホールに通いつづけた40数年間を思い出していた。
(この項つづく)
※『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』の、岩波ホールでの上映は、7月5日(金)までとなっています。
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2019.06.06 (Thu)
第241回 ちあきなおみ『微吟』

▲毎年のように出る、ちあきなおみのベストCD。今年はテイチクから。
また、出た。
ちあきなおみのベストCDである。
昨年も、一昨年も、その前も……とにかく、ちあきなおみのベストCDは、毎年のように出つづけている。
彼女は、日本コロムビア、ビクターエンタテインメント、テイチクエンタテインメントと、3社のレコード会社を渡り歩いた。そして、どの社でも、多くの名曲・名アルバムを生んだので、組み合わせ次第で、さまざまな編集盤をつくれるのである。
で、今回は、最後に所属したテイチク発で、『微吟』と題されている。
テイチク時代、ちあきは、驚くべき幅の広さを見せた。船村徹演歌に挑み(名曲《紅とんぼ》)、石原裕次郎の名曲もカバーした。水原弘の名曲《黄昏のビギン》を発掘し、話題となった。日本コロムビア時代に《酒場川》のB面に収録し、まったくヒットしなかった《矢切の渡し》が再ブレイクし、セルフ・カバーした。一人芝居「LADY DAY」でビリー・ホリディを演じて絶賛されたのも、この時期だ。
こういった新しい挑戦を実質プロデュースしてきたのが、俳優だった、夫の郷鍈治である。ちあきの実家に婿入りし、彼女の個人事務所を設立して支えつづけた。
たとえば、紅白歌合戦で、司会の山川静夫が思わず「気持ち悪い曲ですねえ」と言った《夜へ急ぐ人》の場合――ある夜、TV「11PM」で友川かずき(現カズキ)が《生きてるって言ってみろ》を歌っているのを観て、すぐに郷・ちあき夫妻に呼び出され、新曲を依頼。その結果、生まれたのが、あの凄まじい怪作だった。
上述のひとり芝居でも、逡巡する彼女を郷が後押しし、実現させたという。
その郷が、1992年9月、55歳の若さで肺がんで亡くなった。以来、ちあきは、一切の仕事をせず、おおやけに姿を見せていない。
正式な引退宣言がないまま隠遁状態に入った点で、どこか原節子を思わせる。以後、彼女の声は、ベストCDでしか、聴けない。
いったい、なぜ、これほど頑なに表に出ないのか。わたしごときに、わかることではないが、ただ、今回のベスト集『微吟』を聴いていて、思わず「そうだよねえ……つらかったろうねえ」と、「演歌の花道」の来宮良子みたいな口調でつぶやきたくなってしまった。
彼女は、「のちの自分」を予見しているような楽曲を、歌いすぎていた。
むかしの男の急死を知り、田舎町の教会に駆けつける歌手……《喝采》。
新宿駅裏の小さな呑み屋の、閉店最後の一夜……《紅とんぼ》。
心の深い闇の奥から「おいでおいで」と声がする……《夜へ急ぐ人》。
いまは亡き彼の遺影を前に、苦手な焼酎を無理して呑む夜……《冬隣》。
「別れ」が歌謡曲のモチーフに多いのは当然だが、彼女の場合、それに「死」が加わる楽曲が目立つ。
若いときからこのような楽曲ばかり歌ってきて、そのとおりの目にあうと、誰が予想できただろう。
特に、名曲《冬隣》の、サビ〈地球の夜更けは淋しいよ/そこからわたしが見えますか/この世にわたしを置いてった/あなたを怨んで呑んでます〉など、いったいなぜ、こんな詩が書かれていたのか、戦慄さえ覚える(吉田旺:詩/杉本真人:曲)。これは、ちあきなおみでなくたって、最愛のひとを失った身で冷静に歌える曲ではない。
夫を失ったあとも、これらの楽曲を歌わなければならないと知ったとき、いったい、彼女は、どんな思いを抱いただろう。
隠遁状態に入った後も、なぜか飽きずに出つづける、ちあきなおみのベストCD。
もしかしたら、それらには、彼女のこんなメッセージがこめられているのではないか。
「こんな曲、歌えるわけないでしょう。そんなに聴きたいなら、CDでがまんしてよ」
<敬称略>
【参考資料】石田伸也『ちあきなおみに会いたい。』(徳間文庫、2012)
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