2019.07.04 (Thu)
第245回 映画『新聞記者』

▲映画『新聞記者』
話題の映画『新聞記者』(藤井道人監督)を観た。
東京新聞の望月衣塑子記者の同名著書(角川新書)が原案。これに、「伊藤詩織さん“準強姦”訴訟」「前川喜平氏“出会い系バー”騒動」らしき出来事をからませながら、「森友・加計学園問題」を思わせる事件に迫る女性新聞記者(日韓ハーフの帰国子女)と、彼女に協力する内閣調査室員(外務省からの出向)を描く、政治サスペンスである。
脚本がよくできている。一介の社会部記者と内調室員がいかにして出会い、共同歩調に至るのか、映画ならではの展開で、それなりに説得力がある。
それでも、わたしは、観終わった後、あと味の悪さを感ぜずにはいられなかった。
国家に対抗する新聞記者が主人公なのだから、当然、政権は「悪」に描かれている。それどころか、この映画によれば、内閣は陰謀の巣窟で、まるでナチスの再来である。
だが、そういう点が不満だったのではない(そもそも、わたしは、安倍政権があまり好きではない)。
製作側に、どこか、腰が引けた姿勢が見受けられるのだ。
確かにSNS上は「よくぞここまで描いた」といった主旨の投稿だらけで、絶賛の嵐である。
だが、考えてみれば、この映画に登場する「事件」は、すべて脚色されている。レイプされたという女性ジャーナリストの記者会見場はなぜか真っ暗で、ホラー映画のようである。内閣調査室も薄暗く、ロボットのような職員が何十人も無言でPCに向かい「情報操作」を行なっている(わたしは内調室内を見たことないが、ほんとうに、あんな職場なのだろうか)。文科省官僚は、出会い系バーではなく、野党女性議員と通じていたことになっている。首相の知人が新設を申請する大学は、実は生物兵器の研究機関で、第二の「ダグウェイ羊事件」をほのめかせている。
なぜ、こんな改変をしなければならないのだろう。ほんとうに政治の危機・腐敗を訴えたいのなら、いま起きている出来事を堂々とストレートに描けばいいのに。
「ストレートに描いたのでは、エンタメ映画にならない」との声もあろう。
では、過去にあった、新聞記者が国家や体制と戦う、以下のような映画は、どうだろう。
黒い潮(1954、山村聡監督)
大統領の陰謀(1976、アラン・J・パクラ監督)
日本の熱い日々/謀殺・下山事件(1981、熊井啓監督)
誘拐報道(1982、伊藤俊也監督)
キリング・フィールド(1984、ローランド・ジョフィ監督)
スポットライト/世紀のスクープ(2015、トム・マッカーシー監督)
ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書(2017、スティーヴン・スピルバーグ監督)
タクシー運転手/約束は海を越えて(2017、チャン・フン監督)
記者たち/衝撃と畏怖の真実(2018、ロブ・ライナー監督)
これすべて、実在の事件とジャーナリストがモデルで、大半は実名そのままで登場する。少なくとも、新設大学=生物兵器研究所のような大改変はない。ほとんど、ストレートに映像化されており、脚本・演出・役者の力で、迫力満点のエンタメになっている。
望月記者の著書が原案だというが、だったら、もっと堂々と望月色を出して、主演のシム・ウンギョンに、記者会見での厳しい質問風景を再現させてほしかった(日本語が堪能ではないため、“おとなしい”記者役になったのか)。
望月本は、新聞記者の自伝ノンフィクションとして、なかなか面白い。これをそのままドラマ化したほうが、よかったのではないかとさえ、思う。
なのに、なぜ、このような改変をしなければならなかったのか。
理由は「実在事件のままエンタメに昇華させる力量が製作側になかった」か、「実在事件そのままでは、映画のネタになるほどの迫力がなかった」のどちらかのような気がする。
まさか現政権に“忖度”したとは、思いたくないが。
実は、わたしがこの映画を観ようと思ったきっかけは、ある全国紙に載った、映画評論家氏の寄稿だった。「日本社会に斬り込む映画」と題して、『空母いぶき』とともに賞賛されており、「両作とも(略)今後起こるかもしれない事態を真剣に考えさせるに十分なリアリティーを持っている。(略)参議院選挙も近い今、ぜひ、映画館でこの2本の映画と向き合ってほしい」と結ばれていた(このひとは、他誌にも同様主旨で寄稿している)。
なるほど、それほどの映画なのかと、期待して劇場へ行ったわけだが、エンド・クレジットで驚いてしまった。その寄稿者が「企画協力」で、スタッフに名前を連ねていた。彼は、「製作者」側だったのである。
そんなことはひとことも言わず、おおやけの紙面で映画を賞賛している。なんだか劇中で内調がやっていたことと似たような空気を感じ、これもまた、あと味が悪かった理由のひとつでもあった。
<敬称略>
【お知らせ】
6月24日(月)にラジオ福島で放送された特別番組「こころひとつに…普門館からありがとう」が、7月24日まで、同局サイトのアーカイブで聴取可能です。今年度課題曲のほか、5月に白河で開催された演奏会でのスミス《華麗なる舞曲》ライヴも聴けます(指揮:飯森範親)。ほかに、田中靖人さん、わたし(富樫鉄火)のインタビューもあります。
◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。
◆毎週(土)23時・FMカオン、毎週(日)正午・調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティをやってます。
パソコンやスマホで聴けます。 内容の詳細や聴き方は、上記「BandPower」で。
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