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2019.08.23 (Fri)

第251回 《ブリュッセル・レクイエム》

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▲《ブリュッセル・レクエイム》作曲者、ベルト・アッペルモント
  (同曲収録のCDジャケットより)

 
 今年も、東京都高等学校吹奏楽コンクール(いわゆる“都大会の予選”)のA組に4日間通って、全67団体の演奏をすべて聴いた(コンクール全体では、のべ286団体が出場)。
 今年のA組は、ベルト・アッペルモント作曲《ブリュッセル・レクイエム》が大人気だった。4団体が演奏し、そのうち3団体が代表金賞を獲得して、都大会(全国大会予選)に進んだ(東海大学菅生高校、駒澤大学高校、都立墨田川高校/念のため、都大会の高校の部には計12団体が出場する)。

 《ブリュッセル・レクイエム》は、ベルギーの人気作曲家、ベルト・アッペルモント(1973~)が、オーストリアのBrass Band Oberosterreichの委嘱で作曲した「ブラスバンド」曲が原曲である。2017年4月に全欧ブラスバンド選手権で初演された。その後、吹奏楽版やファンファーレ・バンド版も出版された。約16~17分の曲だ(日本のコンクールでは演奏時間規定がもっと短いので、7分前後で抜粋演奏される)。
 ブラスバンド曲の吹奏楽版は、難曲が多い。ピーター・グレイアムの《ハリソンの夢》《メトロポリス1927》、フィリップ・スパーク《ドラゴンの年》《オリエント急行》《陽はまた昇る》……すべてブラスバンド原曲である。全英/全欧ブラスバンド選手権などの最上級部門の課題曲や自由曲として作曲されたものも多い。

 曲のモチーフは、2016年3月22日に発生した、ブリュッセル連続テロ事件である。ブリュッセル空港や地下鉄マールベーク駅での自爆テロで、32人が犠牲となり、300人以上が負傷する大惨事となった。直後にISIL(イスラム国)の犯行声明があった。
 ただし曲は、この惨劇を再現するものではなく、作曲者コメントによれば、「事件に接した際の精神的不安や、怒り、哀しみ、犠牲者への追悼」を総合的に描いたものだという。曲は4部構成で、各部に〈無垢〉〈冷血〉〈追悼~われら甦る〉〈新たな日〉との副題が付いている。葛藤を経て、明日への希望を奏でる壮大なクライマックス部は、たいへん感動的である。

 曲中にはフランスの童謡《月の光の下で》(別名「お友だちのピエロさん」)の旋律が引用されている。サン=サーンスの組曲《動物の謝肉祭》第12曲〈化石〉に使われているメロディだ。ドビュッシーの《前奏曲集》第2巻第7曲〈月の光が降り注ぐテラス〉にも使用されている。作曲者によればこのメロディは「テロで破壊された無垢の象徴」とのことだ。
 余談だが、この曲、歌詞の各行のラストが同じ響きで韻を踏んでおり、いかにも子供向けの童謡なのだが、内容はなんとも不思議な世界。手紙を書くのにペンがないので、友人のピエロに借りに行く。しかし、ピエロも持っていないので、隣りの女性の家に借りにいくと、中に招き入れられ……やがて意味深なラストに至る。

 話をもどして――本曲のコンクールでの人気は、東京だけの話ではない。
 バンドパワー読者にはおなじみ、TBTさんのホームページ(第67回全日本吹奏楽コンクール結果)は、すべての支部大会~全国大会の出場団体、曲名が載っている労作である。これを見ると、今年度は日本中で《ブリュッセル・レクイエム》だらけである。ざっと見たかぎり、支部大会の時点で、中学13団体、高校21団体、大学2団体、職場・一般2団体が演奏している。東関東支部の高校の部に至っては、6団体が演奏したようだ。このうち、かなりの数が上に進むはずで、10月後半の全国大会では《ブリュッセル・レクイエム》フェスになりそうな予感さえある。

 本曲は、昨年度、コンクール全国大会に初登場した。しかも一挙に3団体が演奏し、すべて金賞だった(北海道・北斗市立上磯中学校、福岡・精華女子高等学校、宮城・名取交響吹奏楽団)。それだけに、今年度、いっせいに多くの団体が取り上げたのも無理なかった。なんだか、タピオカなみの流行を感じるが、まあ、コンクールとは、こういうものなのだろう。

 かつて、吹奏楽コンクールといえば、レスピーギ《ローマの祭り》、ラヴェル《ダフニスとクロエ》第2組曲が大人気だった。近年は、さすがに聴かれなくなってきたが、これにかわって、しばらくは《ブリュッセル・レクイエム》が流れるのかもしれない。

【お知らせ】
 10月放送の「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」で、《ブリュッセル・レクイエム》の特集を放送する予定です。

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 パソコンやスマホで聴けます。 内容の詳細や聴き方は、上記「BandPower」で。

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2019.08.16 (Fri)

第250回 佐伯茂樹さんと牛友カレー

名曲の暗号
▲佐伯茂樹『名曲の暗号~楽譜の裏に隠された真実を暴く』(音楽之友社、2013年刊)

 古楽器演奏家で、音楽評論・楽器研究家の佐伯茂樹さんが亡くなった(享年58)。
 
 佐伯さんとわたしは、ほぼ同年だった。雑司ヶ谷の居酒屋Nで、よく呑んだ。
 もう10年くらい前。呑んでいると、「ベートーヴェン《運命》冒頭のジャジャジャジャーンが、鳥の鳴き声だって、ご存知でしたか」という。さらに「《田園》は、死がモチーフの縁起悪い曲なんですよ」など、次々に独自の“解釈”を披露してくれる。
 あまりに面白かったので「その種の話を集めて新書にしよう」と盛り上がった。さっそく、ほかのネタもいくつか聞き出して、《名曲に秘められた暗号~《運命》は鳥の鳴き声だった!》と題して、仕事先の企画会議に提案し、GOサインが出た。
 ところが、やがて佐伯さんから原稿がとどきはじめると、少々、困ってしまった。確かに、酒場で聞いたような、面白い話もあった。ラヴェル《ボレロ》におけるトロンボーンやサクソフォンのソロの裏話など、目からウロコが落ちた。だが専門的な音楽解説も多かった。 
 たとえば、ベートーヴェンの交響曲第8番の譜例(管楽器セクション)を掲げ、「自然七度」や「属七和音」を解説した部分など、一般読者には、かなり難解と思われた。
 しかし、そういった部分にこそ、佐伯さんならではの、好奇心とマニアック精神が横溢した面白さがあるのも事実なので、単純に「もっとやさしく書き直してください」とは、言いにくかった。
 そんなグズグズ状態がつづくうちに、佐伯さんのほうでも察してくれて、この原稿は、音楽之友社さんで単行本化していただけることになった。同社なら、音楽に造詣の深い読者が大半だから、安心だった。

 佐伯さんとのお付き合いでは、この種の「未完企画」ばかりを思い出す。
 たとえば《めげない男、アドルフ・サックス》なんて企画があった。
 サクソフォンやサクソルンを開発したベルギーの楽器発明家、アドルフ・サックス(1814~1894)は凄まじい生涯をおくった。まるで世界中の楽器を自家製で独占せんばかりの野望を抱き、次々と楽器を発明しては特許を取りまくった。だが、中には盗作寸前の発明もあったようで、同業者から続々と訴えられる。夜道で襲われたり、工房に放火されたりもした。それでも彼はめげない。フランスへ行き、ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団に自家製楽器を売り込み、競演実験をさせて、結果、サクソルンの大量納入に成功する。
 佐伯さんから、そんな血沸き肉躍る話を聞かされ、これまた盛り上がったのだが、翻訳類書が出てしまい(その原書が、元ネタ資料のひとつだった)、あきらめた。

 そういえば、これも、実現しなかった。
 佐伯さんは、ある組織内部の問題に、少々悩んでいた。
 特にご自身がかかわっていたわけではないのだが、内部資料のようなものを見せられ「なんとかなりませんかねえ」と、相談された。だが、特に犯罪が行なわれているわけでもないので、どうにもならなかった。それよりも、あの佐伯さんに、意外と正義感の強いところがあることを知り、驚いた。

 大井町の「牛八」へ、スタミナ・カレーを食べに行く企画も実現しなかった。実は佐伯さんはB級グルメの大家だった。なかでも学生時代、わたしも佐伯さんも、「牛友チェーン」のファンだったと知ってうれしかった。特に中野駅南口、立川ビル6階の店が、お互い、お気に入りだったこともわかった。カレーに牛丼の具を乗せたあいがけの「牛友カレー」が有名だった。
 その後、チェーンとしては消滅したが、支店のひとつが独立して「牛八」と名を変え、味はそのままで大井町で営業しているらしいことを、佐伯さんは、どこかで聞きつけて、教えてくれた(いまでは、ネット上で有名な話題だ)。
 だが、こっちが胃ガン手術を受け、その種のギトギト系が食べにくくなったせいもあり、結局、これも実現しなかった。

 吹奏楽コンクール全国大会、普門館のロビーでバッタリ会ったときは、驚いた。雑誌の企画で「初めて(普門館のコンクールを)聴きにきました」と、照れながら話していた。
 佐伯さん、なにひとつ成就せず、ごめんなさい。
 そのうち、わたしがそっちに行ったら、あらためてやり直しますから、もう少し待っててください。

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