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2019.11.26 (Tue)

第258回 「ハズレ」が許せないひとたち

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▲東京国際映画祭の主会場(TOHOシネマズ六本木)


 今年の東京国際映画祭[TIFF](10/28~11/5)は、『わたしの叔父さん』(デンマーク/フラレ・ピーダセン監督)がコンペ部門グランプリを受賞した。この作品は早々と完売しており、わたしは観られなかったが、それでも今年は7本を観た。そのうち1本が(個人的な好みで)「大アタリ」、2本が「並アタリ」、あとの4本は、ほぼ「ハズレ」だった。
 なにぶん、9日間で170本もの作品が上映され、そのなかから、時間が空いていて観られるものを無作為に7本選んだので、ほとんどギャンブルである。しかし、7本中、1本が大アタリだったのだから、まあまあの成績だと思う。

 映画祭や特集上映は、イチかバチかである。チラシやIMDbなどで、可能なかぎり事前情報は得るが、大半はハズレだと思ったほうがいい(世界初上映、つまり事前情報ゼロも多い)。1本のアタリに出会うために、10本はムダにする覚悟が必要だ。これは本や芝居、美術展、演奏会も同様である。

 最近の学生は、「とにかく観て(読んで)みる」ことをしない。「もしも、観て(読んで)つまらなかったら、損だから」ということらしい。だから、TIFFはもちろん、国立映画アーカイブや、ユーロスペースでやるような特集上映(フィンランド映画祭とかイスラーム映画祭とか)など、いくら案内して薦めても、まず来ない。それどころか、市川雷蔵映画祭とか、『事件記者』祭りなど、不気味な催しだと察している気配すらある(もちろん、いまの学生は、バイトや就職活動で忙しいせいもある)。

 ところが彼らは、SNSやネットを使った事前情報の入手には、かなりのエネルギーを費やす。そうなると、結局、観に行くのは、大ヒット中の、どこのシネコンでもかかっている金太郎飴みたいな映画ばかりである。こういう作品は、事前情報が豊富で、誰もが観ているうえ、知っている役者が出ているから、安心なのだ。近年、TVドラマの映画化が多いのは、そのせいである。

 すると、どうなるか。
 カネを出す以上、ハズレには出会いたくない、と思い込むクセがつく。そして、つまらないものでも、よかったと自らを偽るようになる。たいしたこともないコンサートや芝居で、終演後、やたらと拍手や歓声をおくって感動しているひとたち……ロクでもない内容の本を読んで賞賛しているひとたち……アレだ。そのうち、ホンモノを見極める力が失われていく。

 TIFFで4本のハズレに出会ったと述べたが、SNSでは、この4本も絶賛の嵐だった。いったい、あれのどこがよかったのか、理解に苦しむ。苦労してチケットを入手し、仕事を休んで観に行った以上、素晴らしくなければ許せない様子である。それどころか、終映後のティーチ・インで、画面からは伝わってこなかったメッセージを、監督から“口頭”で聞いて感動しているのだから、おめでたい話である。

 今年5月、第18回東京国際音楽コンクール<指揮>入賞者のデビュー・コンサートがあった。ここで、指揮者の外山雄三・審査委員長が、開演前にこんな主旨の挨拶をした。
「海外のコンクールでは、平気で中座する観客がいます。本日も、よくない演奏だと思ったら、どうか、無理に拍手はなさらないでください。それが、これからデビューする彼らには、とても大切なことなんです」
 もちろん、ユーモアを交えての挨拶だったが、たしかに重要なことだと思う。
 日本人は、もっと「ハズレ」に出会っていることを認め、はっきり「ダメ」と口にする批評精神をもたないと、よいコンテンツが育たないような気がする。

 ちなみに、本年のTIFFでのわたしの大アタリは、イラン映画『50人の宣誓』(The Oath/モーセン・タナバンデ監督)。「刑事裁判で、被害者の男系親族50人が“もっと重い刑を望む”と宣誓すれば、極刑にできる」との、イラン特有の裁判制度をめぐる、ミステリ・タッチのロードムービーだ。クライマックスには驚きの声をあげた。〈アジアの未来〉部門での上映だったが、これはコンペ部門でも通用したような気がする。
 もし一般公開されたら、ぜひご覧いただきたい。これはもう、「ハズレ」を経験する必要がないことを保証しますので。
<敬称略>

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2019.11.18 (Mon)

第257回 ラヴェルと日本

ラヴェル
▲井上さつき『ラヴェル』(音楽之友社刊)


 「作曲家◎人と作品シリーズ」(音楽之友社)に、待望の『ラヴェル』が加わった。著者は、フランス近代音楽史の研究家で、愛知県立芸術大学教授の井上さつき。シリーズのほかの本同様、「評」伝色を極力排し、事実と資料の積み重ねだけで、あまりに特異なラヴェルの人生を浮き彫りにした、みごとな伝記である(巻末の作品リストや年譜も微に入り細に入る)。

 邦訳のラヴェル伝といえば、少なくとも近年では、『ラヴェル 生涯と作品』 (ロジャー・ニコルス、渋谷和邦訳/泰流社、1996年刊)や、同名の『ラヴェル 生涯と作品』(アービー・オレンシュタイン、井上さつき訳/音楽之友社、2006年刊)などがあり、特に後者は決定版の貫禄十分だった。
 そのほか、ジャン・エシュノーズ『ラヴェル』(関口涼子訳、みすず書房、2007年刊)などもあり、わたしは大好きなのだが、これは、ラヴェル最後の十年をたどる「小説」である。

 その後、(本書あとがきによれば)上記前者のロジャー・ニコルスによる新版や、後者オレンシュタインがまとめた書簡集などが出たそうで、本書は、それらの最新情報をも取り込んだ内容となっている。そのため、ラヴェル自身が、自作や、かかわりのある人間について、どのような思いを抱いていたかが生き生きと伝わってくる。

 だが本書で、わたしが面白く読んだのは、「日本」とのかかわりである。
 それらは決して最新情報ではないが、たとえばラヴェルは、薩摩治郎八(バロン・サツマ)と交流があった。パリの画廊で、藤田嗣治の絵(キキの裸像のようだ)を一緒に観たとき、ラヴェルは、くぎ付けになり、「こんなに海の感覚を出している絵はないね。それでいて裸体の線だけなんだね」と感嘆の感想を漏らしたのを、薩摩は書き記している。
 また、1926年、長唄三味線の四世杵屋佐吉が、音楽使節としてパリに来た。その際、私的な演奏会で、ラヴェルと「たがいの作品の交換演奏」をおこなったという。具体的に、ラヴェルが、杵屋のどんな曲を聴いたのかは記されていないが、とにかく彼は、日本の「長唄」を、ナマで聴いていたのである。

 そして、あとがきで驚いたのは、かつて著者がパリ郊外のラヴェルの家を訪れた際、「小さな玄関ホールに日本の浮世絵がずらりと掛けられ、書斎の壁に蒸気機関車の大きな錦絵が飾られていた」というのだ。
 これら浮世絵のことは、ストラヴィンスキーに宛てた手紙にも書かれているそうなので、少なくとも観光客向けにあとから掛けられたものではないようだ。
 ラヴェルは、浮世絵の収集家だったのである。

 実は、11月21日(木)に、東京佼成ウインドオーケストラの定期演奏会で、ラヴェルの《クープランの墓》組曲や《ボレロ》が、ユベール・スダーン指揮で取り上げられる(大橋晃一による新編曲初演。21日は東京芸術劇場翌22日は大阪のザ・シンフォニーホールにて)。
 そして、ほかに、故・真島俊夫の《Mont Fuji(富士山)〜北斎の版画に触発されて〜》も演奏されるのだ。オランダの名匠スダーンが、最新の吹奏楽オリジナルを指揮するのも楽しみなのだが、この組み合わせも、うまいものだと感心させられた。

 真島作品は、北斎の『富嶽三十六景』をイメージして作曲された。おそらく、特に「神奈川沖浪裏」を意識して。というのも、ドビュッシーも浮世絵のファンで、「神奈川沖浪裏」をもとに、交響詩《海》を書いたといわれている。出版スコアの装画としても使用された。真島は、このエピソードにたいへん共感を覚えていた。
 そしていま、本書『ラヴェル』によれば、彼もまた、浮世絵ファンだったという。

 もちろん、真島もラヴェルは大好きだった。《ダフニスとクロエ》第二組曲や、《ラ・ヴァルス》なども吹奏楽編曲している。
 2007年、上述のエシュノーズの小説『ラヴェル』が刊行されたときも、知らせたら、すぐに入手し、とても面白く読んだ旨のメールをもらった。
 だから、ラヴェル作品と、真島の《Mont Fuji》がつづけて演奏されるのは、きわめて自然なことなのだ。天上の真島も喜んでいると思う。

 本書の読後、強く思ったことがある。それほど浮世絵が好きだったのなら、ぜひ北斎や広重をモチーフにした曲を、書いてほしかった。
 もしかしたら、具体的にアイディアがあったかもしれない……が、おそらく無理だったろう。彼の後半生は、原因不明の失語症におそわれ、とうとう、文字も楽譜も書けなくなっていたのだから(このあたりのことは、演奏会で配布されるプログラム解説に書いたので、ぜひお読みください)。
 著者・井上さつきは、あとがきで、ラヴェルの浮世絵趣味について、本格的に調査したい旨を述べている。そして、こう結んでいる。
「ラヴェルが生まれたのは明治八年、亡くなったのは昭和十二年。ラヴェルにとって、日本は、それほど遠くない国だったように思われる」
<敬称略>

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2019.11.03 (Sun)

第256回 名古屋五輪をやめさせる会

名古屋五輪乗車券
▲ネットオークションに出品されている、名古屋五輪「開催決定」記念乗車券


 東京五輪のマラソン・競歩の会場が「札幌」になった。これに対し、「真夏の東京の酷暑は、最初からわかっていたはずだ」とみんな言うが、そうだろうか。招致のプレゼンで海外委員に向かって「東京の夏は、熱中症でひとが死ぬ暑さです」と誰か正直に言っただろうか。「福島の放射能は完全に制御されています」とか「おもてなしの精神でお迎えします」とか、調子のいいことばかり言って、真実は伏せられたまますべては進行したのではないか。
 そもそも、最初に立候補したときの文書には「夏の東京はスポーツに最適」といった主旨の記述があったはずだ。要するに海外委員たちは、「渋谷スクランブル交差点」や、「浅草雷門」のデジタル修正映像を見せられ、夏の東京がさわやかな未来都市だとだまされて一票を投じたのだ。

 こうなると、オリンピックを日本でやってもらいたくないと、あらためて思うのは、わたしだけだろうか。駅という駅が工事中で階段も通路も狭くなり、お年寄りがオロオロしている。外国人旅行客は重いトランクを抱え、ヒイコラ言って階段を昇降している。これが「おもてなし」なのか。「アスリート・ファースト」(選手優先)だから、東京都民はいろいろガマンしろということなのか。

 1964年の五輪が東京に決まった勝因はいくつかあるが、そのひとつに《オリンピック賛歌》の復活があるといわれている。
 この曲は、近代五輪の開会式で演奏されていたが、ある時期から楽譜が散逸し、長く忘れられていた。それが、1958年、東京でのIOC総会の直前、ピアノ・スコアが発見された。楽譜は東京におくられ、急遽、古関裕而がオーケストラ+合唱用に編曲した。
 曲は、総会の席上で、山田一雄指揮、NHK交響楽団+東京放送合唱団ほかの顔ぶれで演奏された(合唱団のなかに、芸大生だった、のちの初代“うたのおねえさん”真理ヨシコさんがいた)。これを聴いた当時のIOC委員たち、特にブランデージ会長は大感激。翌年の総会で、1964年開催地が東京に決定するにあたって有利に働いたという。のちに古関裕而が、開会式の入場行進曲を委嘱されたのも、これがきっかけだった。
 つまり、当時の日本は、IOCを動かすだけのことをやっていたのである。今回と、まったく逆で、いったい、いつからJOCや開催地はここまでIOCに対して無力になったのか。

 今回のドタバタを見るにつけ、名古屋五輪の大騒ぎを思い出す。
 招致活動大詰めの1981年、新米の週刊誌記者だったわたしは、何回となく名古屋に足を運んで取材した。1988年の五輪は名古屋で決定のようなムードだった。なにしろ、メルボルンなどの対抗都市が次々と辞退し、最終的に立候補都市は名古屋だけだったのだから。
 ところが、最後の最後で突如、ソウルが立候補し、あっという間に逆転されてしまったのだ。たしか、ソウルは立候補の受付締切を過ぎての表明で、それをIOCが認めたような記憶がある。一説には、当時、スポーツ・ビジネス界を支配していたアディダスとソウル市が組んだ出来レースだとも囁かれた。
 だが、わたしはいまでも、「名古屋五輪をやめさせる会」の、ものすごいパワーが落選に追い込んだと思っている。

 名古屋五輪の構想は、1970年代後半、当時の愛知県知事・仲谷義明氏が言いだした。開催都市・名古屋市にとっては寝耳に水で、このボタンのかけちがえが、名古屋市民の不信感を増幅させた。スポーツ界や名古屋市民は、置き去りのままだった。
 これに対し、「やめさせる会」の動きもすごかった。名古屋市長選に反対派候補を擁立し(落選したが、野党とあわせると、かなりの反対票となった)、ついには、最終投票となるIOC総会の会場(バーデンバーデン)にまで乗り込んで反対活動を展開、ビラまきや演説会をおこなったのだ。何万人もの反対署名も、IOCのサマランチ会長自身のもとへ届けられたという。名古屋市庁前では、反対派市民がハンガー・ストライキを展開した。

 今回も、反対活動はあった。その種の書籍もいくつか出版されたし、ツイッターには「#東京五輪反対」のハッシュタグもあった。異議を唱えた著名人もいた(代表格は久米宏)。だが、「名古屋五輪をやめさせる会」のパワーには、とうてい及ばなかった。つまり、反対運動は、事実上、なかったも同然なのだ。なぜなら、みんな、五輪そのものに、たいして関心がないのだと思う。
 もう、忘れかけているようだが、今回の東京五輪は、トラブルだらけだった。新国立競技場のデザイン案は白紙撤回され、エンブレムマークは盗作疑惑で却下された。それどころか、招致に際して怪しげな業者に巨額の金銭がおくられ、JOCの竹田恆和会長は贈収賄疑惑で退任した。こんなメチャクチャな運営なのに、平然と進んできた。つまり、誰も関心など、ないのである。いまさら、マラソン・競歩がどこで開催されようと、どうでもいいのである。
 
 1964年の東京五輪の際、変わりゆく町並みを嘆きながら、作家の小田実は〈わしが呼んだわけじゃない〉と書いた。当時、そんな皮肉を言うのは、さすがに小田くらいしかいなかったが、今回は、すべての都民が似たような思いだろう。「別におれが呼んだわけじゃないから、勝手にやれば。面白そうだったら見るよ」と。
 名古屋五輪を言いだした仲谷義明・元愛知県知事は、1988年11月、ソウル五輪の閉会直後、自殺した。
 2020年東京五輪は、史上まれに見る、しらけた催しになるだろう。
<一部敬称略>

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