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2020.02.05 (Wed)

第269回 『カサンドラ・クロス』と『ペスト』

かさぺすと
▲ともに「病原菌」とたたかう、映画と本


 まったくの雑談であります。
 昨今の新型肺炎の騒ぎで、ある世代より上に、映画『カサンドラ・クロス』(ジョルジ・パン・コスマトス監督、1976年)を思い出したひとも多いと思う。1970年代に大流行したパニック映画のひとつで、欧米の大スターが大挙出演、世界中で大ヒットした。
 ジェリー・ゴールドスミス(1929~2004)の音楽も素晴らしく、彼の代表作のひとつといっても過言ではないと思う。

 ジュネーヴのWHO本部に、3人のテロリストが侵入し、ガードマンと銃撃戦になる。2人は射殺されるが、残る1人が、実験用にアメリカが保存していた強力な細菌兵器の容器を破壊してしまい、感染したまま逃走する。その男が、ストックホルム行きの大陸横断鉄道へ乗り込んだことから、事態は深刻化する。
 列車には1,000人もの乗客がいた。やがて犯人に症状があらわれ、あっという間に死亡する。おそろしい感染力と威力だった。乗客にも、次々と症状があらわれる。
 焦ったアメリカ政府は、列車を密閉封鎖し、ポーランドの廃線に追い込む。その先にはすでに朽ちかけた「カサンドラ・クロッシング橋梁」がある。事故に見せかけて、列車もろとも渓谷に落下させて闇に葬ろうというのだ。
 それを察知した乗客たちは、結束して、なんとか「カサンドラ・クロッシング」を回避しようと奮闘するのだが……。

 途中、ニュルンベルク駅で、深夜に止められた列車が、完全防護の兵士たちによってすべての窓やドアを密閉、完全封鎖されるシーンがある。CGのない時代、手づくりの実写で撮影された画面は、まさに最近、ニュース映像で見る中国や、足止めクルーズ船の風景にそっくりで、映画の予言性に驚かされた。

 ほかにも、エボラ出血熱をモデルにした映画『アウトブレイク』(ウォルフガング・ペーターゼン監督、1995年)があった。そのヒントとなった(当初は、これを映画化する予定だった)ノンフィクション『ホット・ゾーン』(リチャード・プレストン著、1994年刊)も、昨年、アメリカでTVミニ・シリーズ化されたばかりだ。

 “病原菌と闘うひとびと”を描いたものは、小説にも多い、
 たとえば、のちに『ジュラシック・パーク』を書くマイクル・クライトン(1942~2008)の出世作が、『アンドロメダ病原体』(1969年)だった。
 砂漠のなかの小さな町に、宇宙から謎の病原体が飛来。住民は全滅する。だが、なぜか、酒呑みの老人と、生後2か月の赤ん坊の2人だけが、平然と生きていた。
 物語は、いかにも科学小説家クライトンらしく、この2人が生き残った仕組みを、医学レポートさながらの筆致で解いてゆく。1971年に、名匠ロバート・ワイズによって『アンドロメダ...』として映画化されている。
 医学小説の大ベテラン、ロビン・クック(1940~)にも『アウトブレイク 感染』(1987年)や、『コンテイジョン 伝染』(1995年)などがある。

 だが、“病原菌小説”の白眉は、やはり、ノーベル賞作家、カミュの『ペスト』(1947年)だろう。
 フランス領アルジェリアのオラン市でペストが発生する。町は完全封鎖され、医師リウーを中心に、ペストと格闘するひとびとの群像ドラマが展開する。
 ――と書くと、ヒューマニティあふれる熱い小説のように思われるかもしれないが、一筋縄でいく作品ではない。筆致はおそろしく冷静で、内省的な描写が多いので、重苦しく、少なくとも次々と頁をめくれるような「面白い」小説ではない。
 わたしは文芸評論家ではないので、これは孫引きなのだが、ここでのペスト禍は、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害・虐殺の隠喩だと、よく解説される。そして、小説全体が、「不条理」に抗う一般市民の姿を描いているのだ、とも。

 実は、冒頭で述べた映画『カサンドラ・クロス』にも、ナチスによるユダヤ人迫害のイメージが登場する。
 感染列車が送り込まれたポーランドの廃線は、第2次世界大戦中に、ユダヤ人を強制収容所へとどける路線だった。それに気づいたユダヤ人の老人乗客が、戦時中の悪夢を思い出して錯乱状態になる。つまりこの映画は、病原菌に襲われ、抗う現代人の姿に、ユダヤ人迫害の歴史を重ね合わせているのだ。そのあたりが、数多くつくられたパニック映画とひと味ちがう点であった。

 ノーベル賞作家の純文学作品と、娯楽パニック映画を同列に論じることはできないが、見えない敵=病原菌とたたかう姿は、どこか、ジェノサイド(集団殺害)への抵抗を想起させるのかもしれない。今回は、発生源が“管理国家”中国だったため、どこか不気味というか、発表されるデータや状況に信用しきれない部分があり、なおさら、そんなイメージをもたされた。
 アマゾンで、『ペスト』が、突如、フランス文学で売れ行き第1位になったのも(2月5日現在)、そのせいかもしれない。
<敬称略>

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