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2020.03.18 (Wed)

第276回 東京佼成WO、中止公演のプログラム解説

飯森佼成
▲中止になった、東京佼成WOの第148回定期演奏会


はじめに
 4月29日に予定されていた、東京佼成ウインドオーケストラの第148回定期演奏会(東京芸術劇場)が中止になりました。
 たまたま、わたしは、当日のプログラム解説の執筆を依頼されており、第一稿を同団事務局へ送った直後の中止決定でした。

 この日の演奏会は、人気指揮者・飯森範親さんの「首席客演指揮者」就任記念、かつ、同団の創立60年にあたる新シーズン幕開けの、2つのお祝いをかねていました。
 よって、開巻の祝典曲以下、吹奏楽オリジナルの名曲で統一された、たいへん意欲的な内容です。
 飯森さんはもちろん、団員諸氏もスタッフも、なみなみならぬ力の入れようでした。
 そのような記念すべき場を飾る原稿を書けたことは、音楽ライター冥利につきる思いでした。

 残念ながら演奏会は中止になりましたが、ここに、同団事務局の許可を得て、当日、会場で配布される予定だったプログラムの、楽曲解説全文を掲載いたします。
 なにぶん、校閲以前の荒っぽい第一稿につき(初校ゲラで、もう少し削る予定でした)、間違いがあるかもしれません。
 しかし、開催されていれば、どのような演奏会になっていたかを感じていただく、せめてもの縁(よすが)になれば幸いです。

 あらためて、飯森範親さんの首席客演指揮者就任、および、東京佼成ウインドオーケストラ創立60年に、衷心よりお祝いを申し上げるとともに、一刻もはやい活動再開を願ってやみません。
                                                               富樫鉄火(音楽ライター)
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東京佼成ウインドオーケストラ 第148回定期演奏会
指揮:飯森範親 〈首席客演指揮者〉就任記念

(4月29日、東京芸術劇場にて)

楽曲解説
富樫鉄火(音楽ライター)


献呈序曲  C.ウィリアムズ作曲
 1962年、米インディアナ州にあるエヴァンズヴィル大学内に音楽棟が落成したのを記念して委嘱・作曲され、同大のバンドによって初演された。東京佼成WO創立60年を告げるシリーズの幕開け、さらに、マエストロ飯森範親の首席客演指揮者就任を寿ぐような、祝典序曲の名作である。
 曲は、ウィリアムズお得意の、金管群を中心とするファンファーレのリピートではじまる。やがてエヴァンズヴィル大学の学生歌がコラールとなってゆったりと流れる。後半はフーガ風となり、学生歌と冒頭ファンファーレが交錯して華やかに曲を終える。
 クリフトン・ウィリアムズ(1923~1976)は、もとはオーケストラのホルン奏者。作曲は、主にイーストマン音楽院でハワード・ハンソンに学んだ。吹奏楽といえば、まだ戦時中の軍楽マーチの印象が残っていた1950年代に、斬新で知的なサウンドで登場し、アメリカ音楽界に刺激を与えた。優秀な吹奏楽曲におくられるオストワルド賞の第1回を《ファンファーレとアレグロ》で、第2回を《交響組曲》で、2回連続で受賞している。後年はテキサス大学やマイアミ大学で教鞭をとり、マクベスやチャンスといった人気作曲家を育てた。 近年、未出版の楽曲が発掘され、再評価が高まっている。【約7分】

◆アルメニアン・ダンス〈全曲〉 A.リード作曲
誕生の経緯
 吹奏楽史に大きな足跡を残した作曲家・指揮者、アルフレッド・リード(1921~2005)の代表作で、アルメニア系の名バンド指導者、ハリー・ベギアン(1921~2010)の委嘱によって書かれた。パート1(第1楽章)が1973年1月に、パート2(第2~4楽章)が1976年4月に、それぞれ同氏が指揮するイリノイ大学バンドによって初演されている。
 諸事情で、第1楽章と第2~4楽章で、別々の出版社から刊行されたので、「パート1」「パート2」の2部に分かれているかのように思われているが、当初から4楽章構成の交響曲的な組曲として計画されており、本日のように全4楽章を連続して演奏するのが本来の姿である。
 曲のモチーフは、トルコに隣接し、アジアとヨーロッパの中継点でもある「アルメニア共和国」の民謡や舞曲。特に、近代アルメニア音楽の始祖コミタス(1869~1935)が収集・作編曲した旋律が使用されている。
 ちなみにコミタスとは、アルメニアで初めて西洋音楽教育を受けた僧侶・声楽家・合唱指導者で、20世紀初頭、オスマン帝国(トルコ)によるアルメニア人大虐殺の混乱で逮捕、心身を病んで母国を追われ、パリで客死した悲劇の音楽家である(この時期、多くのアルメニア人が国外を脱出した。大虐殺の犠牲者数は、最大150万人と見られているが、トルコ政府は、計画的虐殺の事実を否定している。トルコのEU加盟がいまでも認められない理由のひとつが、これである)。
 本曲は、大虐殺の悲劇を描いたものではないが、委嘱者ベギアンの両親はアルメニアからアメリカにわたった移民である。よって祖国への関心を促したいとの思いがあったことは十分考えられる。
 作曲された時期は、リード黄金時代の幕開けで、直前には《ハムレットへの音楽》(1971)や、《アレルヤ! ラウダムス・テ》(1973)が、またパート1と2の中間には《オセロ》の原曲(金管アンサンブルの劇音楽、1974)が、そして以後は《春の猟犬》(1980)と、綺羅星のごとき名曲が並んでいる。
 吹奏楽表現を完全に取り込んだリードが、その才能と技術のすべてを注ぎ込んで完成させた、吹奏楽オリジナル曲の極北と呼ぶべき傑作中の傑作である。

楽曲について
第1楽章 [パート1]
アルメニア民謡《あんずの木》《ヤマウズラの歌》《ホイ、僕のナザン》《アラギャス山》《ゆけゆけ》の5曲によって構成された、一種の狂詩曲。このうち、《ヤマウズラの歌》はコミタスの創作歌である。
壮大な幕開け《あんずの木》は、隣国トルコとの国境にそびえるアララト山(5,137m)を描写しているかのよう(旧約聖書で、ノアの方舟が漂着した山)。「あんず」はアルメニアを象徴する果物。同国の民族楽器ドゥドゥークも、あんずの木で作られている。
つづいてヤマウズラがヨチヨチと歩きまわる様子が描写され、舞曲を経て、アラギャス山(4,090m)を讃える曲想となる。ラストはスピーディーな疾走。途中に登場する同音スタッカートの連続は、民衆の笑い声を描写した部分である。クライマックスは、数多いリード作品の中でも群れを抜く見事なスコアリングだ。
この楽章だけがほかに比べて極端に長いので、独立して演奏されることが多い。過去、全日本吹奏楽コンクール(全国大会)に22回登場の人気を誇っている。

第2楽章〈風よ、吹け〉(農民の訴え) [パート2:第1楽章]
若者が山に向かって「風よ、吹け」と祈りを捧げ、貧しい暮らしからの解放を願う。主要メロディをイングリッシュホーンが奏でる、叙情的にして感動的な楽章。なお以下の原典も、すべてコミタスが蒐集・編曲した民謡である。

第3楽章〈クーマー〉(結婚の舞曲) [パート2:第2楽章]
「クーマー」とはアルメニア女性の名前。田舎での素朴な結婚式の祝いの光景が描写される。原曲は、コミタスが採譜してソプラノ独唱+混声合唱用に編曲したもの。

第4楽章〈ロリ地方の農民歌〉 [パート2:第3楽章]
第1楽章に準ずる長大な楽章。ロリ地方はアルメニア最北部、ジョージア(旧名グルジア)に接した地域。ここで働く農民たちの労働歌がもとになっている。後半で何度となく登場する、跳ねるようなリズムの部分は、農民たちのかけ声を描写している。暗く悲痛な叫びと、時折差し込む明るさが見事に交錯し、やがて第1楽章同様、アップテンポで華やかに幕を閉じる。 
【計約30分】

<休憩>

青い水平線(ブルー・ホライズン) F.チェザリーニ作曲
 正式曲名は、「3つの交響的素描《ブルー・ホライズン》作品23b」という。原曲は、ファンファーレ・オルケスト(金管群+サクソフォン群+打楽器群)のために書かれた《アビス》作品23aで、これを2003年に、吹奏楽版に改訂したもの。
 原曲同様、アビス(深遠/深海)がモチーフとなっており、チェザリーニ特有の「音楽によるストーリー・テリング」が展開する。曲名に「ブルー」と付いていたり、クライマックスにクジラの声が登場したりすることから、自然回帰や、環境破壊を憂えるメッセージを読み取ることもできそうだ。
 全体は3部構成だが、アタッカ(切れ目なし)で演奏される。

1)発光生物
深海を静かに流れてゆく発光生物を描く。オーボエが重要な響きを奏でるが、管打楽器だけでこれほどの静謐さを表現できたことに驚きを覚える。
2)リヴァイアサン対クラーケン
旧約聖書に登場する海獣「リヴァイアサン」(クジラのイメージ)と、北欧の海獣「クラーケン」(巨大タコのイメージ)の戦いを描く。いわば西洋に伝わる2大海獣の決戦を描いたもの。戦いが終息すると、ふたたび深海へと降りてゆく。
3)ブルー・ホエール
The Blue Whaleは、地球最大の生物「シロナガスクジラ」(体長30m)の英語名。大海原を悠々と泳ぐ姿が描かれる。途中、本物のクジラの声が「効果音」として流れるので、耳を澄ませていただきたい。終曲部分では、クジラが深海へ静かに消えてゆく様子が、美しく描かれる。

 フランコ・チェザリーニ(1961~)は、スイス南部、ベリンツォーナの出身(ここは地図上はスイスだが、完全なイタリア語文化圏)。その後、ルガーノやバーゼル、ミラノなどでフルートや指揮、作曲などを学んだ。日本では、1990年代後半から《ビザンティンのモザイク画》《アルプスの詩》、そして本曲などが知られるようになった。《トム・ソーヤー組曲》《ハックルベリ・フィン組曲》《闇を這うもの》など、文学を題材にした曲も多い。大の親日家で、いまや、フィリップ・スパークや、ヨハン・デメイ、ヤン・ヴァン=デル=ローストなどとならぶ、ヨーロッパの大人気作曲家である。【約15分】

◆交響曲 第1番《アークエンジェルズ》 F.チェザリーニ作曲
 前曲につづく、チェザリーニ作品。
 「作曲」とは、委嘱元、つまりスポンサーがあってはじめて成立することが多いものだが、本曲はまったくちがう。チェザリーニ本人が、自分の意志で、密かに書き進めていた“自主作品”である(構想は、1990年代からあったらしい)。
 それだけに、2016年2月、スペインのビルバオ市吹奏楽団によって、チェザリーニ本人の指揮で初演された際には、たいへんな話題となった。なにしろ、全4楽章、40分近い交響曲が、突如、吹奏楽界に登場したのだ(日本初演は、同年6月、鈴木孝佳指揮のタッド・ウインドシンフォニー)。
 曲は、西洋で親しまれている大天使(アークエンジェルズ)がモチーフとなっており、キリスト教における3大天使+ウリエル(もしくはユダヤ教における4大天使)が取り上げられている。

第1楽章《ガブリエル~光のメッセンジャー》
よく「受胎告知」などの絵画で、聖母マリアの前で跪き、イエスを身ごもったことを知らせている天使が描かれている。あれが、ガブリエルである。シンボルは「百合の花」。神のメッセージを伝えるのが仕事だ。絵画では優しい女性風に描かれるが、戦士でもあり、最後の審判で、ラッパを吹いて死者を蘇生させるのが、この天使である。
冒頭は、ティンパニと全奏の激しい交錯で開幕する。まず、ガブリエルの戦士としての性格が描かれる。その後、穏やかな曲想となり、神のメッセンジャーとしての優しさが描かれる。この2面性が交互に登場し、壮大なクライマックスを形成する。

第2楽章《ラファエル~魂をみちびくもの》
ラファエルは、病人の守護天使。「癒しを司る天使」としても知られる。魚の内臓から処方した秘薬で盲人を治したこともある。シンボルは「魚を持つ姿」。
曲は、そんなラファエルの性格を美しく描く。敬虔な曲想がつづき、次第に高まったあと、静かに終わる。

第3楽章《ミカエル~神の御前のプリンス》
カトリックでは「大天使ミカエル」と呼ばれ、「長」のイメージがある。天上の軍団のリーダーであり、現代では、警官・兵士・消防士などの守護天使である。シンボルでは「右手に剣、左手に魂を測る秤」を持っていることが多い。
戦闘リーダーだけあり、曲も激しい展開がつづく。現代的な響きのなか、時折、古風で落ち着いた曲想が交錯する。これがチェザリーニの個性のひとつでもある。
余談だが、大天使ミカエルは、日本の作曲家、藤田玄播(1937~2013)も《天使ミカエルの嘆き》(1978)で取り上げている。聴き比べてみるのも一興だろう。

第4楽章《ウリエル~時を守るもの》
ウリエルは、キリスト教の聖書正典では、大天使には含まれない。だがユダヤ教では上述3人とともに「4大天使」とされており、重要な存在である。シンボルでは「書物と炎の剣」を持っていることが多く、作家や詩人の守護天使といわれている。同時に星の運行(時間)の守り役でもある。
曲はゆっくりとはじまり、様々な楽器を従えるように加えてゆき、やがて壮大なクライマックスへ登ってゆく。おそらく吹奏楽によって表現された、もっとも巨大なスケールと思われる壮大な響きが展開する。

 なお、チェザリーニは、2018年12月に、歌川広重の浮世絵シリーズ「名所江戸百景」を題材にした、交響曲第2番《江戸の情景》を発表している。
【計約35分】
<敬称略>

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

◆毎週(土)23時・FMカオン、毎週(日)正午・調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティをやってます。
 パソコンやスマホで聴けます。 内容の詳細や聴き方は、上記「BandPower」で。

◆ミステリを中心とする面白本書評なら、西野智紀さんのブログを。 
 最近、書評サイト「HONZ」でもデビューしています。

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