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2020.08.18 (Tue)

第291回 薄氷を踏む歌舞伎座

歌舞伎座
▲歌舞伎座、第3部の開幕15分前。


 8月に入って、歌舞伎座が公演を再開させた。
 日本を代表する大劇場が、定例公演を再開させるとあって、演劇界・興行界は、固唾をのんで見守っている。
 わたしも、お盆の最中、2日にわけて、行ってきた。
 
 本来は、3幕ワンセット(ほぼ3~4時間)で、昼夜2公演おこなっていた。
 今回は、1幕1時間で、入れ替え4部制になった(第2部《棒しばり》は、45分)。観客はもちろん、役者も裏方も、幕ごとに入れ替えとなった。
 入り口で検温、手の消毒。切符は自分でもぎって、半券を箱に入れる。
 席は市松模様(1席おき)で、幕見席や桟敷席、花道の両側(3~4席)は販売されない。よって1,808席ある劇場だが、売られるのは半分以下の823席しかない。
 客席は各部ごとに完全入れ替えで、そのたびに、外へ出なければならない。幕間によっては、2時間近く空くこともあり、つづけての見物は、その間の過ごし方が難しい(近隣の喫茶店などは、のきなみ満席になる)。

 上演中、客席後方ドアや、桟敷席のドア・カーテンは「全開」である。上演中、晴海通りの車の音が、かすかに聞こえてくる。桟敷席の後ろは、ロビーの壁が丸見えだ。
 大向こう、掛け声は禁止。客席の飲食や会話もお控えくださいといわれる。
 イヤホンガイド、字幕器などのレンタルも、ない。
 筋書きも売っておらず、簡単なあらすじを書いたペーパーが置いてある。
 舞台写真(ブロマイド)も、場内では売っていない。
 食堂や売店はすべて休止。ペットボトル飲料のみ、売っている。
 1階の喫茶店と手前の土産売場は営業していたが、劇場内部から直接入れず、いったん外に出てから入る。とにかく劇場内に、ひとが滞留しないことが優先されている様子だった。
 (ただし、東銀座駅から直結している地下の「木挽町広場」は全面営業中で、呼び込みなどで、すごい賑わいだった。舞台写真は、ここで売っており、長蛇の列である)

 かくして、どういう観劇になるか。
 開演前、客席は、完全静寂である。誰も、ひとことも、話していない。そもそも、会話は抑制されているうえ、一席おきで離れているので、同行者とおしゃべりしようにも、簡単にできないのだ。あれほどの静寂に包まれた歌舞伎座は、初めて経験した。
 大向こうの声もかからず、場内は、拍手だけが鳴り響く。
 清元や長唄連中、義太夫は、全員が覆面姿。
 開演前に、公演再開についてのお礼と決意表明が、出演役者による録音で流れる。それを聞いたときの感慨は一入であったが、やはり、なんとも寂しい観劇だった。

 それよりも気にかかったのは、「空席が多い」ことだ。
 ただでさえ、販売席数が少ないのに、それすら完売できていない。おおむね、販売数の3分の2くらいの入りに見えた。たとえば、わたしが行った休日の昼間、2階席は、全部で10名余しかいなかった。明らかに、年輩客がいない。このご時世で、外出を控えているのか、あるいは家族から止められているのか。または、今月は「花形歌舞伎」で、大幹部が出ていないからか(あまりの酷暑のせいもあるかもしれない)。
 いずれにせよ、歌舞伎が、いかに高年齢層に支えられているかを、あらためて痛感した。

 いったい、このような“不完全”な公演が、いつまでつづくのだろうか。
 主催者側は、シンプルな1幕公演になったので、「ふだん、歌舞伎を観たことのない若い方々に、ぜひ来ていただきたい」と言っていたが、ここまで我慢の見物では、楽しい思い出の観劇には、ほど遠い(そもそも、「1時間」の芝居が一等「8,000円」では、若者でなくても、つらい)。
 このスタイルがつづくかぎり、歌舞伎ファンは、かえって離れてしまうような気がしてならない。だからといって、すぐに通常公演には戻せないところが、なんとももどかしく、悔しい。

 役者たちは、たいへんな力の入れようだった。どの幕にも、「そーしゃる・ですたんす」「距離」「直接触れない」などをちりばめたユーモア演出が盛り込まれており、楽しかった。《棒しばり》での勘九郎・巳之助の奮闘ぶりには、涙が出た。《吉野山》の猿之助は先代を彷彿とさせて懐かしかったし、児太郎初役だという《源氏店》のお富など、意外な貫禄だった(幸四郎の与三郎とは、いっさい「触れ合わない」)。
 役者の意気込みをよそに、まだしばらく、歌舞伎座は、薄氷を踏む日々がつづきそうだ。
 <敬称略>

【余談】9月からは、いよいよ、文楽が再開する。客席の狭さ、人形遣いの密着度、太夫から飛び散る飛沫や汗は、歌舞伎とは桁違いのスゴさだ。果たして、どういう上演になるのか。

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2020.08.07 (Fri)

第290回 「非常勤」はつらいよ

リモート写真
▲リモート体制のパソコン


 こんなわたしでも、もう20年近く、大学で非常勤講師なんてことをやっている。もちろん、今年度の前期は、他の多くの大学同様、登校禁止なので、リモート(遠隔)授業である。

 リモート授業には、ほぼ3種類ある。
【A】オンライン授業……Zoomなどで教員と学生をつなぐ、リアルタイム授業。
【B】オンデマンド授業……動画授業を、YOUTUBEなどで配信。学生は好きな時間に受講(視聴)する。
【C】課題送付授業……授業内容を、レジュメもしくはパワーポイント画像などで送信し、学生はそれを見る(読む)。

 どのシステムでも、毎回「課題」を提出し、双方向的な授業にするよう、大学側から強くいわれている。しかも、たとえば「事前学習30分」「オンライン/オンデマンド授業30分」「課題作成30分」などにして、90分の対面授業と同格にしろという(学生からの「学費減免」要求を退ける理由のひとつにするためもありそうだ)。

 課題などのやりとりは、Googleがクラウド上に公開している教育システム「Classroom」を使う。ここに、わたしの教室を開設し、出欠確認や資料配布、課題提出・返却・単純採点などをおこなう。アンケートや、リアクション(感想や質問)なども、自動的に整理してグラフ化してくれる。さすがは、機能優先のアメリカ産システムだと感心するが、肝心の“動画作成”は、一筋縄ではいかない。

 わたしの場合、上記【B】のオンデマンド授業なので、ワンテーマ15~20分の動画をZoomで3本作成し、YOUTUBEで限定配信している(パソコンで長時間動画を集中して観るのは苦行なうえ、収録後の編集がたいへんなので、3本に分けている)。
 わたしは、昼間は本業があるので、作業は、帰宅後、深夜におこなう。
 動画は、本来の時間割りに合わせ、(土)午前中に配信している。そのためには、まず(水)夜までに資料を収集整理し、PDFやパワーポイントなどに加工する(約2時間)。
 それらを事前学習用の資料にまとめ、(木)昼に学生に送付。夜に撮影収録と編集をおこなう。リハーサルというほど大げさなことはやらないが、それでも、ざっと一度通してから撮影し、出力して編集する(約2~3時間)。
 よく「休日にやればいいのに」といわれるが、私の授業では、直近のニュース解説があるので、(土)(日)に撮影収録したのでは、配信まで1週間空いてしまい、最新情報を盛り込めない。だから(木)深夜の収録がギリギリのリミットなのである。
 そして(金)昼にYOUTUBEへのアップ作業(約1時間)、リンクURLを学生に送付……要するに、3日がかりだ。
 これとは別に、毎日、上記「Classroom」で、課題の出題・提出やリアクション収集、質問への回答などをおこなう。

 最初のうちは、初めての体験で、それなりに新鮮だった(ひとりでブツブツ話しているので、家人が不審に思い、のぞきに来た)。だが、さすがにこの作業が10週を超えた頃には、目はショボショボ、腰はガクガク、悲鳴をあげはじめた。先述のように、わたしは専任教員ではないので、本業を終え、帰宅後に深夜作業でこなすしかない。もう、ヘトヘトだ。休日にウォーキングに出る気力もなくなった。

 出費も想像以上だった。パソコン内蔵のカメラやマイクでは、鮮明な映像・音声にならないので、Webカメラやピンマイク、動画編集ソフト、最新型のプリンタも購入した。
 さらに、部屋のエアコンが古くてガタついており、まさか汗だくハダカで動画に出演するわけにもいかないので、無理して買い替えた。
 世知辛いことをいえば、連日の深夜作業における電気代や通信代も、バカにならない。
 これで「1カ月の講師料」は、いままで同様、「東京~新大阪の新幹線指定席・往復代」とほぼ同額なのだから、泣けてくる。

 学生も、朝から晩まで、室内で黙々とパソコンに向かって動画を観たり、課題を送ったりで、これでは神経をすり減らして当然だ。しかも、学食も図書館も使えないのだ。
 わたしの授業は2年生以上の履修だからまだいいが、新入学の1年生は気の毒だ。彼らは、まだ一歩も大学構内へ入ったこともなく、同級生や教員の顔も、直接に見ていない。「学費を減免してほしい」といいたくなる気持ちもわかる。

 ところが、新聞などでは、このリモート授業がコロナ禍で定着し、しかも、なかなかいいものであるかのような論調が、チラホラと目につく(特に小中高の先生の多くは、リモート授業を賞賛している)。これからの時代は、対面授業とリモート授業を組み合わせることが重要らしいのだ。
 だが、喜ばしく思っているのは、「専任教員」である。彼らは、これが「本業」だ。しかし「非常勤」は、本業の合間にこなしているのである。たとえば、わたしの勤務校には、約400人の非常勤講師がいる。わたしは1校のみだからいいが、多くの講師は、複数の大学をかけもちしているはずだ。彼らの労苦は、想像するだにゾッとする。

 小中高は、どこも学校ぐるみでリモート・システムに取り組んでいる。だが、(少なくともわたしの勤務する)大学では、そうではない。春に、簡単な説明レジュメが送られてきただけだ。しかも、その中身は、YOUTUBEで山ほど公開されている「動画の作り方」「Zoomを使った授業方法」といったガイド動画の存在を示唆し、あとはそれを見て自由にやれといわんばかりである。
 そういえば、いま、この非常時に、事務局は夏休みで閉まるという。前期授業は、(GW明けから始まったので)8月末までつづいているというのに、なんとも浮世離れしたありさまだ。

 昨年度までは、毎週、教員控え室で、語学カセットテープ&ラジカセの準備をしている外国人の老婦人講師と一緒だった。彼女は、果たして、このリモート授業をこなせているのだろうか。
 そんなことを考えていたら、昨日、大学から「Classroom」経由で通知が来た。
 後期も、このままリモート授業で通す旨が、サラリと、当然のことであるかのように書かれていた。
 妙な表現だと思っていたコトバ「心が折れる」を、初めて実感した。

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