2021.03.24 (Wed)
第307回 書評『大河ドラマの黄金時代』

▲春日太一著『大河ドラマの黄金時代』(NHK出版新書)
新書による大河ドラマ解説書では、文芸評論家・小谷野敦による『大河ドラマ入門』(光文社新書、2010年1月刊)があった。第1作『花の生涯』(1963年)から、刊行時点での最新・第48作『天地人』(2009年)までが取り上げられていた。一介の大河ファンの視点で、キャスティングの良し悪しや、原作・史実との関係などを、歯に衣を着せぬタッチで述べるエッセイ風の解説書だった。
今回出た『大河ドラマの黄金時代』(春日太一著、NHK出版新書)は、いま大人気の映画史・時代劇研究家によるドキュメントである。第1作『花の生涯』から、第29作『太平記』(1991年)までを「黄金時代」と区切って、制作と演出にあたったNHKスタッフへのインタビューで構成されている。あまり表沙汰にしたくないはずのトラブルも率直に語られており、大河ファン垂涎のエピソードが続出する(なぜ、第30作以降を取り上げないのかは、巻末に、説得力抜群の解説がある)。
わたしは“音楽ライター”として、大河ドラマのテーマ音楽では、特に以下の3作に興味をもってきた。
①第2作『赤穂浪士』テーマ(1964年、芥川也寸志作曲)
②第18作『獅子の時代』テーマ(1980年、宇崎竜童作曲)
③第42作『武蔵 MUSAHI』テーマ(2003年、エンニオ・モリコーネ作曲)
①は、おそらく大河ドラマ史上、もっとも知られたテーマ曲で、いまでもバラエティや歴史番組で「赤穂浪士」「忠臣蔵」の話題になると、流れることがある。
だがあの曲は、映画『たけくらべ』(五所平之助監督、1955年)の音楽の、ほぼそのままの流用である。ラストで、美登利(美空ひばり)が、お歯黒溝(どぶ)をわたって芸妓として吉原に出る(少女時代が終わり、おとなの世界へ入っていく)場面にえんえんと流れる音楽なのだ。正確にいうと、『花のれん』(豊田四郎監督、1959年)、『ぼんち』(市川崑監督、1960年)にも一部流用されていて、『赤穂浪士』は4回目のおつとめだった。
もともと芥川也寸志は、自作の流用・改作の多い作曲家だったが、それにしても、これほど「そのまま」流用することが、NHK内部で問題にならなかったのだろうか。
②の『獅子の時代』は、NHK交響楽団と、宇崎竜童のダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドが共演する前代未聞のテーマ曲だった(しかも、かなりエレキが主役)。大河のテーマ曲は、第3作以降、すべて「NHK交響楽団」が(合唱や邦楽器の参加はあったが)、基本的に「単独」で、クラシック系指揮者の棒で演奏してきた。それがついに破られたのだ。
この事態を、N響は、容易に受け入れたのか。
そして③は、初めて海外の映画音楽の巨匠が起用されたわけで、いったい、どうやって打ち合わせをしたのか。モリコーネはドラマ映像を観たのか。観ていないなら、何を根拠に、ああいう音楽が生まれたのか(トランペットの緩やかなファンファーレ調)、映像を観ずに映画(TV)音楽が書けるのか。
当時、CDライナーなどで一部が明かされていたが、もっと制作内部の話として知りたかった。
このうち、本書では、②の内情が、スタッフの証言で明かされる。
『獅子の時代』は、大河史上初の原作ナシ、オリジナル書き下ろし脚本である(山田太一)。2人の架空の人物(菅原文太、加藤剛)を通して明治新時代を描く、新機軸ドラマだった。そこで現場の若手ディレクターが、音楽も新機軸でいきたいと、宇崎竜童のロックとN響を共演させようと考える。渋るプロデューサーはなんとか説得したが、音楽部長はOKを出さない(返事すらしてくれない)。もちろん、N響も嫌がった。
それでも交渉をつづけ、「なにも知らずに録音に行ったら、そこに宇崎竜童たちがいた」とする形でOKが出た。
ところが、録音当日、「指揮者」が現れなかった(本文で氏名は明かされていないが、当時のN響の正指揮者は岩城宏之、外山雄三、森正。3人とも大河の指揮は経験済み)。そこで、当時、N響のアシスタント・コンダクターだった小松一彦が乗り出してくれて、「スタジオを2つに分けてほしい」と提案、別々に指揮・録音し、合成することでなんとか実現したのだという。
この2年前、N響は、劇場版アニメ映画『科学忍者隊ガッチャマン』の音楽を演奏している(すぎやまこういち作曲・指揮)。『交響組曲/科学忍者隊ガッチャマン』としてLP化もされた。実に素晴らしい音楽で、ドラムスには、先日逝去した村上“ポンタ”秀一が参加していた。著名オーケストラがアニメ音楽を演奏した第1号である。これが突破口となって、以後、クラシック・オーケストラによるアニメ音楽は、珍しくなくなっていくのだ。
かように、当時のN響には“柔軟性”みたいなものが芽生えていたと思っていたが、さすがに大河ドラマはNHKの大事業となっていただけに、まだまだ、お堅い空気に支配されていたようだ。N響とロックとの共演が、当時としてはいかに奇跡的なことだったかが、伝わってくる。
本書『大河ドラマの黄金時代』は、この種のエピソードが満載である。
NHKの関連会社から刊行されているので、「オフィシャル本」のおもむきもある。だが、さすがは春日太一だけあり、大組織NHKの問題点と、そのことが大河ドラマにどう影響したかも、時代を追ってキチンと検証している(金曜/水曜/大型時代劇シリーズにも目を配っている)。
よって本書は、大河ドラマの制作事情を追いながら、自然とNHK史、TVドラマ史にもなっている、そこが素晴らしい。今度は①と③の内情も教えてください。
<敬称略>
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2021.03.22 (Mon)
第306回 アニメーション映画『ジョセップ』~よみがえる童謡《はるかな青空》

▲アニメーション映画『JOSEP』
恒例の「東京アニメアワードフェスティバル2021」(TAAF2021)が終わった(3月12~15日、東京・池袋の新文芸坐ほかにて)。
わたしは、いつも国際コンペ部門(長編4本、短編30本前後)を楽しみにしている。アニメーションに、これほど多彩な題材、テーマ、表現方法、音楽があるのかと、毎年、感動するばかりだ。
今年の長編コンペ部門グランプリには、『ジョセップ』(原題:JOSEP/フランス・スペイン他合作/2020年/監督:オーレル)が選出された。
内容は――
「1939年2月、スペイン共和派の人々は、フランコの独裁政権からフランスに逃れてきていた。フランス政府は収容所を建設して難民たちをそこに閉じ込め、劣悪な衛生環境のうえ、水や食料がほとんど手に入らない状況に追い込んだ。収容所の中で、有刺鉄線で隔てられながらも、二人の男が友達になる。一人はフランス側の看守、もう一人はフランコ政権と戦うイラストレーターのジョセップ・バルトリ(1910年バルセロナ生~1995年ニューヨーク没)だった」(TAAFのオフィシャル紹介文)
映画は、現代のフランスで、年老いて余命いくばくもない上記の看守が、病床で、孫にジョセップの思い出を語る構成になっている。
現代部分は2Dのフル・アニメだが、回想部分は色数や動きを抑えたイラスト絵物語のようなタッチで描かれる(消えゆく老人の記憶のようだ)。
しかし、「フランコ独裁政権を逃れてフランスに流入したスペイン難民」の話は、ヨーロッパの近現代史に詳しくないと、そう誰でも知っていることではないと思う。
それをこの映画は、現代と結んだ構成で描いているのだが、肝心の若者(看守の孫)のキャラクターが十分に描き込まれていないので、アイディア抜群のラストシーンが生きていないように感じた。
だが、とにかくこのアニメ映画で、初めてジョセップ・バルトリを知ったひとは多いと思う。彼が、収容所脱出後、メキシコにわたってフリーダ・カーロと同志(愛人)となる挿話も描かれている。数年前、ニューヨークのオークションで、フリーダ・カーロ直筆のラヴ・レターが、10数万ドルで落札されたとのニュースがあった。その手紙の相手が、このジョセップ(ホセ)・バルトリである(ジョセップ=Josepはカタロニアの名前で、アメリカではホセ=Joseと呼ばれていた)。
そしてここからが本題なのだが――わたしは、映画冒頭のオープニング・タイトル曲にびっくりしてしまった。童謡《はるかな青空》が流れたのだ。
小学校か中学校のころ、音楽の教科書もしくは副読本(「世界の愛唱歌集」や「ハイキングで歌おう」のような)に載っていた曲だ。当時は「ポーランド民謡」と表記されていたと思う。
その後、おとなになって知ったのだが、これは正式には《ワルシャワ労働歌》といい、民謡ではなく、ちゃんと作詞作曲者がいる「労働歌」だった。「進め、ワルシャワへ!」と、労働者を鼓舞する内容である。1880年ころに書かれた。
日本には昭和初期につたわり、《ワルシャワ労働者の歌》として、左翼陣営の愛唱歌となった。訳詞は、左翼系作家の鹿地亘(1903~1982)。戦後、ソ連のスパイと疑われ、占領軍のキャノン機関によって拉致監禁されていたひとだ。「暴虐の雲 光をおおい/敵の嵐は 荒れ狂う」「ひるまずすすめ」「敵の鉄鎖を 打ち砕け」と、なかなか過激な歌詞だ。
そんな曲が、戦後、詩人・作詞家の平井多美子によって新たな詞がつき、童謡《はるかな青空》となった(NHK「みんなのうた」が初出のようだ)。「山が川が呼んでいる みんな元気に出かけよう」で始まる明るい詞で、たしかにハイキング向きながら、実は革命を呼びかける曲だったわけで、どこか不思議な童謡となった。
で、問題は、なぜそんな「ポーランドの労働歌」が、スペイン難民を描くアニメ映画のテーマ曲となったのか。
ここから先は、今回、内外のネット情報で調べたニワカ知識なので、正確ではないかもしれないが――。
実はこの曲は、スペインでは《A las Barricadas》(バリケードへ)の題で知られる有名曲だった。スペイン内戦時、フランコ政権に対するアナキストの最大反勢力「CNT」(全国労働連盟)で事実上の連盟歌として、さかんに歌われていた。作詞は労働運動家で詩人のバレリアーノ・オロボン・フェルナンデス(1901~1936)。「黒い嵐が大気を揺さぶり、暗雲がわたしたちを覆う」「立て人民よ、戦え!」「バリケードへ向かえ! 連盟の勝利のために」と、これまた熱い詞である。
映画で流れたのも、そのフェルナンデス・バージョンと思われる(おそらく、この音源ではないか。アナキズム音楽のサイトより)。
スペインでこれだけ有名なのだから、ほかの国でも同様で、ロシア版、旧東ドイツ版、英語版(イギリス、アメリカ)、中国版などもあるようだ。もちろん、どこの国でも、体制に対抗する「労働歌」としてうたわれている。
ハイキング用の童謡となっているのは、日本だけのようだ。
<敬称略>
◆ここに、ジョセップの写真や絵があります。
◆『ジョセップ』は、すでに、amazonプライムほかで配信されていますが、『ジュゼップ』と邦題表記されていることが多いので、ご注意ください。
【参考】
TAAF2021短編コンペ部門グランプリ作品『棺』(Coffin)は、ここで無料公開されています。
(フランスのアニメ専門学校〈ゴブラン〉2020年度卒業生6人による合同製作/5分23秒)
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2021.03.18 (Thu)
第305回 ほんとうだった「名作の誕生」~文学座公演『昭和虞美人草』

▲文学座公演『昭和虞美人草』(マキノノゾミ作、西川信廣演出)
わたしは、一応”音楽ライター”なんて名乗っているが、芝居も好きだ。だが、たいした数は観ていないし、見巧者でもないので、劇評みたいなことは、あまり書かないようにしている。
しかし、先日の文学座公演『昭和虞美人草』(マキノノゾミ作、西川信廣演出/文学座アトリエにて)は、ぜひ多くの方に知っていただきたく(29日まで、配信で鑑賞可能)、以下、ご紹介したい。
特に、現在60歳代以上の方には、たまらないものがあるはずだ。
これは、夏目漱石『虞美人草』の昭和版である。
この小説は、漱石が朝日新聞社に入社して(つまりプロ作家となって)最初に書いた連載小説だ。漢文調が混じる、いまとなっては実に読みにくい小説である。一般の本好きで、本作を最後まで読み通したひとに、わたしは会ったことがない。これ以前の最初期2作が『吾輩は猫である』『坊っちゃん』だったことを思うと、なぜこんな小説を書いたのか、不思議ですらある。やはり連載媒体が「朝日新聞」だったからか。
内容は――明治時代、漱石お得意のモラトリアム男たちと、(当時としては)異例なまでに活発な女性などが入り乱れ、グズグズいいながら恋愛関係になったり離れたりする物語である。明治維新後、旧時代を脱し、変わり始めた若者たちの姿を描いている――そんな小説だと思う。
この青春群像劇を、マキノノゾミが、1973(昭和48)年に舞台を移して翻案した。
4人の大学生がつくっているロック音楽のミニコミ誌が、書店で一般販売されることになった場面からはじまる。いうまでもなく、「rockin'on」と「ぴあ」がモデルである。
原作の舞台は、東京と京都がほぼ交互に登場するが、ここでは、東京の雑誌編集部(主宰者の自宅の書斎)のなかだけで進行する。
この4人に、気の強いお嬢様と、対照的なおとなしい娘がからみ、原作通り、結ばれたり離れたりしながら「おとな」になっていく姿が描かれる。
この「おとな」になる過程が、重要なモチーフとなる。未熟な若者は、いつ、どういう経験を経て「おとな」になるのか。マキノは、6人の若者に様々な試練を与える。それらを乗り越えたとき、彼らの前に予想外の人生が開かれていく。
こうして書くと、いかにも70年代を思わせる、泥臭い青春ドラマを連想するかもしれないが、そうならなかったところが、マキノ台本のうまさだ。
なぜなら、70年代を象徴する多くの小道具や音楽、エピソードに、物語全体があまり入れ込まないのだ。どちらかというと、冷めて接しているような印象すらある。そのため、時代設定は1973年だが、いつの時代にも通用する普遍性が生まれた。
たとえば若者のひとり・宗近(上川路啓志)が、”まちがった結婚”に進もうとしている友人を、えんえんと諭す長台詞の場面がある。ここで宗近はひたすら「まじめになれ」と説く。いまさら「まじめ」とは、いかにも70年代的で面映ゆい気もするが、実はこれが、現代の我々へのメッセージであることに気づく。
なにごとも付け焼刃的な対応でごまかすひとたち。ネットやSNSばかりに頼って人間本来の温もりをわすれてしまったひとたち。「まじめになれ」は、そんな2000年代のわたしたちに対する、1973年からのメッセージなのだ。
役者は、さすがにアンサンブル抜群の劇団だけあり、全員、素晴らしい演技を見せる。特に上述の上川路啓志は往時のロック青年を見事に再現し、忘れがたい名演技。「まじめになれ」説教の場は、近年の演劇史上にのこる名場面だと思う。
わがままお嬢様を演じた鹿野真央もすごい迫力だった。
登場人物10人、そのうち2人だけが年輩者で、あとはすべて若者である。全2幕、正味2時間半の長い芝居だが、学生演劇や、若手アマチュア劇団でもチャンレジしがいのある戯曲だと思う。
新聞の劇評に「長く上演されるべき名作の誕生を見た思いだ」(読売新聞、3月16日付夕刊)とあったが、決して大げさではない、多くのひとに観てもらいたい舞台である。
<敬称略>
※公演は、東京・信濃町の文学座アトリエにて、3月23日(火)まで。
その後、岐阜・可児市文化創造センターで27日(土)~29日(月)。
詳細はこちらで。
※「ライブ映像配信」は、3月19日(金)23:59まで/20日(土)0:00~26日(金)23:59(税込3,000円+手数料/文学座支持会員の一部は無料)。
詳細はこちらで。
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2021.03.15 (Mon)
第304回 合唱で聴きたい~よみがえる岡林信康

▲23年ぶりの新曲アルバム『復活の朝』
岡林信康(1946~)が新アルバム『復活の朝』(FUJI)をリリースした。ライヴ盤などを別にすれば、23年ぶりの新曲アルバムだという。これがとてもいい内容だったので、ご紹介したい。
岡林信康といえば、1960年代後半~70年代にかけて、《山谷ブルース》《友よ》《手紙》《チューリップのアップリケ》《流れ者》といった、社会の矛盾や不公正を衝くプロテスト・ソングで知られるシンガー・ソング・ライターだ。“フォークの神様”とも称されていた。
いままでに10社前後のレコード会社を渡り歩き、そのたびに新しいジャンルに挑んできた。あるときなど、ド演歌の世界に入り込み、西川峰子や美空ひばりに楽曲を提供した。かと思えば、TV時代劇のエンディング・テーマを歌ったこともある。ボブ・ディランを彷彿とさせる作風だった時期もあった。
そんなカメレオンぶりのせいで、ずっと追いかけてきたファンを別とすれば、一般には、名前こそ有名だが、一筋縄ではいかない、不思議な存在だったのではないだろうか。
特に、ある時期から農耕生活に入ったため、引退したと思っているひともいるかもしれない。だが、ライヴ・コンサートはずっと続けてきた。
岡林のウェブサイトで、今回のアルバム製作の過程を、編曲・ピアノなどを担当した加藤実が綴っている。
コロナ禍で出歩きにくくなった昨年、岡林から、加藤のもとへ音源が送られてきた。ギターを弾きながら歌われた新曲が3曲入っていた。「これにピアノなど、他の楽器を重ねてほしい」とのことだった。
さっそく加藤が音を重ねて返送すると、たいへん気に入ったようで、その後も新曲が続々と送られてきて、結局、CD化することとなった。
加藤は、こう書いている。
「今回のレコーディングは、対面をせずに音源のやり取りだけでアルバムを制作するという、コロナ禍ならではのやり方で、自分にとっても初めての試みでした」
アルバムは、以下9曲で構成されている。
1)復活の朝、2)蟬しぐれ今は消え、3)コロナで会えなくなってから、4)恋と愛のセレナーデ、5)お坊ちゃまブルース、6)アドルフ、7)BAD JOKE、8)冬色の調べ、9)友よ、この旅を
《お坊ちゃまブルース》や、《アドルフ》などは、いかにも往年の岡林ブシを思わせる反骨ぶりでうれしくなる。環境破壊を憂える《復活の朝》や、名曲《友よ》のアンサー・ソング《友よ、この旅を》も素晴らしい。
どの曲もメロディ・ラインが美しい。むかしから岡林は、反戦歌手である以前に、稀代のメロディ・メーカーだった。声も74歳とは思えないほどしっかりした声質で、高音も十分に出ている。前出の加藤実は、こう綴っている。
「デジタルピアノは岡林さんの世界に溶け込まないんです。アコースティックに差し替えると落ち着くんですよね。デジタルは岡林さんの詩、曲、声、の持っている力に負けてしまうんでしょうか」
わたしは、《蟬しぐれ今は消え》に、特に感動した。
これは、路上で見かけた蝉の抜け殻をモチーフに人生を振り返るバラード曲だが、旋律の美しさでは、9曲中、群れを抜くレベルである。詩も見事、編曲もシンプルできれいだ。
わたしは、なんとしても、ぜひ、絶対に、お願いだから、この曲を合唱曲に編曲して、若者にうたってほしい(おとながうたうと、生々しくて、よくない)。朝コン〈全日本合唱コンクール〉か、Nコン〈NHK 全国学校音楽コンクール〉でうたってほしい。できれば、朝コンの金賞常連校、「黎明トーン」で知られる福島県立安積黎明高等学校合唱団で聴きたい。合唱王国にして被災地でもある福島への慰撫にもなるはずだ。
できれば編曲は、「信」の字つながりで、信長貴富さんにお願いしたい。《若者たち~昭和歌謡に見る4つの群像》で、《戦争を知らない子供たち》や《ヨイトマケの唄》を合唱曲に編曲している信長さんなら、きっといいスコアにしてくれるはずだ。
……などと勝手なことを述べたが、《友よ》は、むかし、音楽の教科書にも載っていた。中学生のころ、キャンプ・ファイヤーでうたった記憶もある。岡林ブシは、みんなでうたうと気持ちがひとつになる。そもそも岡林信康は牧師の息子で、若いころはキリスト教信者だったのだ。
この状況下、もうオリンピックなどやめて、国立競技場で岡林信康コンサートをやるほうが、よっぽど五輪精神にかなうのではないか。
<一部敬称略>
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2021.03.11 (Thu)
第303回 石巻の「ベテランにして新人」ジャーナリスト

▲本庄雅之さんが寄稿した、東京中日スポーツ新聞の紙面(3月11日付)。
「壁新聞」風にレイアウトされている理由は、下記本文で。
本日は3月11日。
どのメディアも「東日本大震災10年」で一色だが、本コラムでは、あるジャーナリストをご紹介したい。
すでにYAHOOニュースにも転載されたので、ご存じの方も多いと思うが、東京中日スポーツ新聞の芸能デスクだった、本庄雅之さん(61)である。
本庄さんは、長年つとめた同社を昨年末に定年退職し、故郷の宮城県石巻市にもどった。そして、この1月、地元紙「石巻日日(ひび)新聞」に再就職。第二の人生を歩みはじめた。
本庄さんは、本日(3月11日付)、古巣「東京中日スポーツ」の文化芸能面に寄稿し、次のように書いている。
「10年前のあの日、実家も被災。丸4日、両親の生死が分からなかった。避難所での生存が確認できたのもつかの間、父親は避難先の秋田で難病を発症。6月に旅立った。極度のストレスが原因ではないかと関連死の申請をしたが、認められなかった。1年半後、リフォームした実家に戻った母親も4年前に他界。以来、家のメンテナンスなどで行き来しながら、石巻を見つめてきた」
彼が再就職した「石巻日日新聞」は、前身まで含めれば1912年創刊の老舗新聞。石巻市、東松島市、女川町で発行されている夕刊紙だ。
災害発生時、社屋が被災し、印刷が不能となった。だが、その間、「手書きの壁新聞」や「市販プリンタによる印刷」で「発行」しつづけ、結局、1日も休刊しなかったことで一躍注目を浴びた。その年の菊池寛賞を受賞している。
いまでは地元紙で活躍する本庄さんだが、もともとは、演劇ジャーナリストである。
大学卒業後、日刊スポーツを経て、東京中日スポーツの芸能記者となり、主に演劇、歌舞伎、宝塚歌劇などを取材、健筆をふるってきた。
実は本庄さんは、わたしの大学ゼミの1年後輩で、学生時代からいまに至るまで、親しくしている。劇場や歌舞伎座でばったり会うことも多く、仕事で情報交換したり、陰で助け合ったことも何回もあった。
そんな本庄さんが、若いころ、特に情熱を注いで取材していたのが、先代(三代目)市川猿之助(現・ニ代目市川猿翁)一座の歌舞伎だった。
三代目は「歌舞伎の革命児」などと呼ばれ、血筋や門閥を重視しない自由な若手起用を推進した。また、「3S歌舞伎」(ストーリー、スピード、スペクタクル)を主張し、「スーパー歌舞伎」なる新ジャンルを創出した。宙乗り、早変わり、本水など、驚くべき舞台が続出した。
だが、こういった新機軸に、眉をひそめる筋も多かった。二代目尾上松緑などは、「喜熨斗(きのし)サーカス」と呼んだ(「木下大サーカス」と三代目の本名「喜熨斗」をひっかけたダジャレ)。評論家のなかには、絶対に猿之助歌舞伎を評価しないひともいた。
だが本庄さんは、ちがった。三代目の「お客様が来てくれなければ、いくら立派な芝居をやっても意味はない」との考え方に共鳴し、積極的に紙面で猿之助歌舞伎を紹介した。
さらには作家の大下英治さんを起用し、猿之助歌舞伎の世界をドキュメントで描く連載も企画。えんえんと続いた。
また、三代目が主宰する若手の歌舞伎集団「21世紀歌舞伎組」公演では、本庄さんがプログラムの大半を執筆し、応援しつづけた。
現在、三代目はパーキンソン病で完全に舞台を降りているが、「猿之助」は甥が四代目を継いで大人気なのはご存じの通り。漫画『ワンピース』までもがスーパー歌舞伎となって続いているのも、三代目あってこそだが、その陰には、旧態依然たる演劇ジャーナリズムを脱した、本庄さんのような応援団がいたことも、忘れてはいけない(近年、尾上菊之助が『風の谷のナウシカ』を歌舞伎化して大成功したが、これも、三代目の影響があるように思う)。
ところで。
わたしはコミュニティFM(FMカオン/厚木、調布FM)で吹奏楽の音楽番組をもっているせいもあって、地方のミニFM局に興味があり、ときどき聴いている(ほとんどがネット経由で、どこでも聴ける)。特に震災直後は、開局認可の条件が緩和されたため、東北に次々と、ユニークなミニFM局が誕生した。
そのなかのひとつ、宮城県牡鹿郡女川町のコミュニティFM「おながわさいがいFM」(現「オナガワエフエム」)が2016年3月に閉局することになり、同月26日夜、女川駅舎で閉局記念イベントが開催された。会場には50名前後の女川町民が招かれ、同局で生中継されていた。
わたしも自宅のパソコンで聴いていたのだが、突然、そのイベントに桑田佳祐が登場し、歌い始めたので驚いてしまった。いわゆる「シークレット・ライヴ」である。
実は本庄さんは、桑田佳祐も重要な取材対象で、ずっと追いつづけている。おそらく日本でもっとも多く、彼のステージを観ているジャーナリストではないか。それを知っていたので、わたしは大急ぎでスマホで本庄さんにメッセージを送った。
「女川FMに、桑田さんが生出演してるぞ!」
すぐに、こんな返事が来た。
「いま、その会場にいます」
石巻の「ベテランにして新人」ジャーナリスト、本庄雅之さんの今後の活躍を祈ります。
<一部敬称略>
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2021.03.08 (Mon)
第302回 「懐かしさ」の理由~よみがえる《ジンギスカン》

▲日本では39年ぶりの新作、ジンギスカンの『ヒア・ウィ・ゴー』
このCDジャケットをご覧いただきたい。どう見ても若いとはいえないオジサン・オバサンたちが、すさまじい厚化粧とド派手な衣装で迫ってくる。
彼らは、《ジンギスカン》を歌った「ジンギスカン」なるグループである。
1979年に、「ミュンヘン・ディスコ・サウンド」として世界中で大ヒットした曲だ。
この曲は、1979年のユーロビジョン・ソング・コンテストにおける「西ドイツ代表曲」だった。作詞作曲者コンビ(作曲者はプロの音楽家だが、作詞者は経済学者)は、「曲」で応募したのだが、ステージで歌う「歌手」が必要となり、急きょ、オーディションでシンガーとダンサー6人が集められ、曲名と同じ「ジンギスカン」のグループ名で本選会に出場した。
結果は4位だったが、その異様なハイテンションぶりと、わかりやすくて楽しい曲想で、たちまち世界的大ヒットとなった。
日本でも膨大な数のアーティストがカバーし、高校野球やプロ野球、サッカーの応援音楽としてロング・ヒットとなった。ディスコ曲の枠を超え、盆踊りで人気となったほか、幼稚園・保育園での定番となり、いまでも運動会などで幼児たちが「ウ! ハ!」と元気な声をあげて踊っている。
その彼らの14年ぶり(日本では39年ぶり)のオリジナル・アルバム『ヒア・ウィ・ゴー』がリリースされた。
すべて新録音で、《ジンギスカン》のほか、《めざせモスクワ》《ハッチ大作戦》《ロッキング・サン》(原題:ジンギスカンのロックな息子)など往年の名曲が新アレンジで収録されているばかりか、《パリ大作戦》《アフリカ》《イスタンブール》《エルサレム》といった(タイトルだけでもワクワクする)新曲も多数収録されている。
とにかく楽しいアルバムだ。最近は、デジタル・ウォークマンで、こればかり聴いている。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集など、すっかり忘れてしまった(すいません)。
そして聴いているうちに、不思議な気分になってきた。
最初は、若いころを思い出して「懐かしいなあ」と感慨に耽っていた。
1979年、わたしは大学生だった。ソニーがウォークマンを発売した年だ。原宿で竹の子族たちが《ジンギスカン》で踊っているのを横目に見ながら、NHKホールのN響定期演奏会に通っていた。
だが、聴いているうちに、単なるノスタルジックな「懐かしさ」ではないような気がしてきた。
彼らの曲は「都市シリーズ」とでもいうべきもので、ヨーロッパ中央から見れば「エキゾチック」な「辺境」を題材に、モンゴルからアフリカまでを縦横無尽に駆け巡り、大人数で「ウ! ハ!」と雄叫びを上げながら、歌って踊る曲ばかりだ。
歌詞は「ジン、ジン、ジンギスカ~ン、飲めや兄弟、騒げや兄弟」だの「ハ、フ、ハ、フ、イスタンブ~ル、東と西が調和するボスボラス海峡」だの、実に他愛ないのだが、これは明らかに「旅」の世界、しかもオリンピック精神に通じているように思う(現に彼らの第2弾《めざせモスクワ》は、1980年のモスクワ・オリンピックをあてこんでリリースされた)。
つい1年前までは、飛行機や列車で、気軽にどこにでも行けた。劇場や映画館、コンサートでは隣の席も埋まっていた。レストランや居酒屋で1席空けて座るなんてこともなかった。夜7時の酒類オーダーストップを気にして店に駆け込む必要もなかったし、酔って少しくらい大声を出しても大丈夫だった。東京オリンピックが開催され、世界中から観光客がやってくるものだと信じていた。
このアルバムは、そんな「コロナ以前の世界」を音楽にしているように感じる。それが早くも「懐かしい」世界になってしまったのだ。
グループ「ジンギスカン」は、1979年の結成以来、何度となく解散~再結成を繰り返し、その間、プロデューサーもメンバーもかなりの数が入れ替わった。現在、同名グループが2組あり、双方に創設メンバーがいるらしい。今回のCDは、創設時のメンバーのひとり、ウォルフガング・ハイヒェルが中心となっている組だという(彼らの「歴史」は実に複雑だが、国内盤CDのライナーノーツで音楽ジャーナリストの吉岡正晴氏が、丁寧な解説を寄せている)。
いったいどっちが本家なのか、よくわからないが、それでもかつての《ジンギスカン》ファンを裏切らない、そして一刻も早く「コロナ以前の世界」に戻りたくなる、中身の濃いアルバムである。
<一部敬称略>
【映像】1979年当時の《ジンギスカン》。いかにも即席結成。どこか踊りもぎごちない。
【映像】楽曲《ジンギスカン》の最新版。なかなかいいビデオだが、今回のCDとは別組では?
【映像】《めざせモスクワ》2020年版。これも今回のCDとは別組?
【映像】今回のアルバム中の新曲《パリ大作戦》。これはCDと同一メンバー(分離組?)。
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2021.03.04 (Thu)
第301回 「五十代には責任がある」~ドラマ『男たちの旅路』

▲ドラマ『男たちの旅路』DVD全5巻

▲サントラLP(音楽:ミッキー吉野)
最近のNHKは見逃し配信をやってくれるので、朝ドラや大河ドラマを、時々、ネット配信で観る。
それで、いまさら思うのだが、昨今のドラマは、どこかつくりがおかしいのではないか。なにやら、こうつくれば盛り上がるとか、こんなふうにすれば話題になるといった、マニュアルみたいなものがあり、それに従ってつくっているとしか思えない。
最初の数回で主人公の幼少時代が描かれる。不遇の環境に負けず、明るく成長する。誰もがハイテンションで、始終、叫んだり怒鳴ったりしている。
人間の自己形成(成長)を描く小説を「ビルドゥングスロマン」と呼ぶが、昨今の大河や朝ドラがそれだと誤解されているのではないかと、不安になる。
放送翌日には、昨夜の回が日本中で話題になっているような、宣伝ともヤラセともとれるネット・ニュースが必ず流れるのも、気持ち悪い(特に、子役をやたらと賞賛するのだが、正直いって、どのドラマでも、それほどうまいとは思えない)。
NHKがそんな体たらくなのだから、民放ドラマなどは、語るに及ばないだろう。
むかしのドラマは、もっとバラエティに富んでいた。
わたしがNHKで忘れられないのは『男たちの旅路』(山田太一・脚本/1976~82年)で、全4部(計12話)+長編1話が放映された。
あまりにも名作なので、ご存じのかたも多いだろうが、これは、太平洋戦争における特攻隊の生き残り(鶴田浩二)が、戦後社会になじめないまま、若者と衝突しながら、生真面目かつ不器用に、警備会社の管理職として生きていく物語である。
共演者やゲストがすごかった。
「シルバー・シート」には、志村喬、笠智衆、殿山泰司、加藤嘉、藤原鎌足、佐々木孝丸が登場する。往年の日本映画でも、これだけの老・名脇役が勢ぞろいすることはなかっただろう。
「影の領域」では、池部良、梅宮辰夫、鶴田浩二の3人が同一画面のなかで共演する。東映ヤクザ映画ファンにはたまらない奇跡的な場面だった。
身障者の生き方に踏み込んだ名作「車輪の一歩」では、車椅子の若者たちを、斉藤とも子、京本政樹、斎藤洋介(昨年逝去)、古尾谷雅人(2003年に自殺)らが演じていた。
ドラマ全体が成長物語(ビルドゥングスロマン)の正反対で、後半はカタブツの鶴田浩二が若い部下(桃井かおり)に溺れてしまう。そして彼女が病死すると半ば自暴自棄になって退社、根室へ流れ、居酒屋の皿洗いに身を転じる。
あまりの意外な展開に、この先、どうやって物語をまとめるつもりなのか、不安を覚えながら観た記憶がある。
だが、さすがは山田太一で、ちゃんと「成長」を見せてくれる。
その役は、部下の一人で、鶴田浩二に反発しながらも惹かれていた水谷豊が、見事に演じた。社長の命令で、わずかな手がかりをもとに、苦労の末、根室にいた鶴田浩二を探し当てた水谷豊。「ほっといてくれ」という鶴田に対し、えんえんと説教をはじめる。
「気に入らないね」「あの頃は純粋だった(略)とか、いい事ばっかり並べて、いなくなっちまっていいんですか?」「戦争にはもっと嫌な事があったと思うね」「戦争に反対だなんて、とても言える空気じゃなかったって言ったね」「いつ頃からそういう風になって行ったか、俺はとっても聞きたいね」「そういう事、司令補まだ、なんにも言わねえじゃねえか」「そうじゃないとよ(略)、戦争ってェのは(略)案外、勇ましくて、いい事いっぱいあるのかもしれないなんて、思っちゃうよ」「それでもいいんですか? 俺は五十代の人間には責任があると思うね」
いままで、説教はすべて鶴田浩二の役目だったが、ここではついに、部下の水谷豊が説教するまでに「成長」したのだ。かくして、鶴田ありきでつくられたドラマのはずが、歴史にのこる名場面は、水谷豊がさらってしまった。
いま、観なおしたり、シナリオを読み返すと、「五十代の人間には責任があると思うね」のセリフに胸を衝かれる。このころ、たしかに鶴田浩二は、まだ50歳代半ばだった。
ここでいう「責任」とは、戦争を語り継ぐことの重要さみたいなことをいっているのだが、戦争の有無にかかわらず、五十代には、社会に対してある種の「責任」があるのだといっているようにも聞こえる。だから、とっくに五十代を超えてしまったわたしなどは、このドラマに戦慄すら覚える。戦争体験を題材にしていながら、いまでも通用する時代を超越したドラマだと思う。昨今のTVドラマでこんな思いに至ることは絶対にない。
いま国会で、接待されただの忘れていただのと騒がれている50~60代の連中など、恥ずかしくて、このドラマは観られないのではないか。
なお、このドラマの音楽は、元「ザ・ゴールデン・カップス」で、バークリー音楽院に留学~卒業・帰国直後のミッキー吉野が担当した。演奏は「ミッキー吉野グループ」となっているが、これは、実質、結成したばかりの「ゴダイゴ」である。
アメリカ仕込みの乾いた楽想に、時折、浪花節のような抒情が混じる。そのさじ加減が絶妙で、これまたTVドラマ音楽史にのこる名スコアとなっている。
<敬称略>
※ドラマ『男たちの旅路』は、U-NEXTの配信で観ることができます。
※文中のセリフは、『山田太一セレクション 男たちの旅路』(山田太一著、里山社)より。
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