2021.04.24 (Sat)
第309回 『鳥獣戯画』に行ってきた。

▲日時指定入場券があっても、これくらいは並びます。
話題の美術展「国宝 鳥獣戯画のすべて」(東京国立博物館・平成館)に行ってきた。昨年開催予定がコロナで延期になっていたのだが、今回も、この社会状況ではどうなるかわかったものではないので、開幕早々に行った。
そうしたら、案の定、25日から臨時休館になった。
間一髪だった。
わたしは、むかしから『鳥獣戯画』が好きで、過去、何度か展覧会で観てきた。だが、いつも、カエルやウサギが登場する、人気の「甲巻」のみだった。
今回は、史上初の「甲乙丙丁」4巻同時公開である。
「乙丙丁」巻も、それなりに面白かったが、明らかに筆致レベルがちがっており、やはり「甲巻」の面白さには、かなわない。
入場は、1時間刻みの「日時指定入場予約券」(ネット購入のQRコード)が必要だ。だが、受付開始と同時に、ほぼすべての時間帯が売り切れてしまい、ある平日最後の回(17~18時入場)しか空きがなかった。
それほど厳しく入場制限するのだから、スッと入れるかと思ったが、甘かった。
コロナ対策もあって、少しずつしか中に入れてくれない。平成館の入口前で、30分近く並んだ。
中に入ると、話題の「甲巻」は、「動く歩道」に乗って、自動的に移動しながら観られるようになっている(「動く歩道」に乗るまで、20分近く並んだ)。
一瞬、うまくできていると思ったが、ある一か所をじっくり観ることはできないわけで、これは主催者側の作戦勝ちのように思った。
今回の展覧会で面白かったのは、「断簡」「模本」復元コーナーだった。
『鳥獣戯画』は「絵巻物」だが、途中、何か所かが切断されていることがわかっている。
これら切断された部分を「断簡」という。後世の誰かが、気に入った部分を切り取り、掛け軸などにした。それらの存在は、たとえば甲巻では4点が確認されている(東京国立博物館が所蔵している断簡もある)。
そのほか、これも後世の誰かが、よほど面白かったのだろう、何か所かを模写した「模本」も数点、伝わっている。その「模本」のなかには、すでに切断されたと思われる部分の模写もあって、これまた『鳥獣戯画』の本来の姿を伝えている。
今回は、それら「断簡」「模本」の現物も展示したうえで、パネルでつないで「完全復元」しているのだ。その結果、甲巻は、本来、いまの倍近い長さがあったようなのだ。
また、明らかに切断されていながら、まだ見つかっていない「断簡」もあるようだ。
つまり、今後、もし新たな「断簡」が発見されれば、さらに長くなるわけで、実は『鳥獣戯画』は、800年たっても完全な姿を見せない、サグラダ・ファミリア教会のような絵巻物なのだ。
今回は、『鳥獣戯画』が伝わった京都の栂尾山・高山寺をひらいた明恵上人にも焦点があてられており、これもなかなか面白い。
何度も天竺(インド)へ行こうと計画を練るが、ギリギリのところでダメになる、その過程が、これまた絵巻物で描かれている。澁澤龍彦の『高丘親王航海記』を読んでいる身としては、そのあまりの差に、気の毒で泣けてくる。
また、国の重要文化材「明恵上人坐像」も展示されており、その精妙な表情には感動させられた。
ところが今回の展示にあたり、坐像をCTスキャンにかけたところ、体内に「巻物」「折り畳んだ紙」があることが判明した(そのレントゲン写真も展示されている)。
おそらく経典であろうと見られているが、さすがに解体して開けることなどできないので、想像するしかない。もし『続・鳥獣戯画』だったら……と、つい興奮しながら拝んでしまった。
かように今回の展示には、ちょっとしたミステリのような部分も多い。
そうでなくとも、心底楽しそうに遊んでいるウサギやカエルたちを観ているだけで、幸せな気分になれる。
再開したら、ぜひ多くの方々にお薦めしたい、実に楽しい展覧会だった。
【ご案内】
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パソコンやスマホで聴けます。 内容の詳細や聴き方は、上記「BandPower」で。
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2021.04.08 (Thu)
第308回 映画評『ブータン 山の教室』

▲映画『ブータン 山の教室』(パオ・チョニン・ドルジ監督、ブータン、2019年)
現在、岩波ホールで公開中の映画『ブータン 山の教室』は、普段知る機会が少ないブータン王国の映画だ。
ただ、監督はブータン人だが国際的に活躍する写真家で、その夫人であるプロデューサーも台湾出身なので、厳密にいうと〈純ブータン産〉の映画とはいい難いかもしれない。台湾資本も入っているようだし、クレジットも英語表記で、明らかに国際市場を狙って製作された映画である。
それでも、おそらく、ここに描かれた出来事は、あらゆる国の文化に共通する普遍的な問題でもあるはずで、誰が見ても感動し、考えさせられる、素晴らしい映画に仕上がっている。
主人公はいかにも現代的なブータンの青年だ。ブータンは「世界一幸せな国」を自称しており、GDPではなくGNH(国民総幸福量)とやらを提唱、「経済的な豊かさよりも精神的な豊かさを求める」が国是となっているという。
この青年は、首都に住み、毎晩クラブで遊んで昼まで寝ている。夢はオーストラリアに移住して歌手になることだ。果たしてこれが「精神的な豊かさ」なのかどうか、かなり心もとない。
ところが彼は、(あまり詳しく説明されないのだが)本来は教師でもあるようで、あるいは教育実習中なのか、突然、山間のルナナ村の小学校へ赴任せよといわれる。もうすぐオーストラリアのビザが下りるはずなので、行きたくないのだが、途中で帰って渡航してしまえばいいのだと、渋々ながら青年は、その村へ向かう。
ルナナ村は、首都から車で一昼夜行き、道がなくなった地点からさらに標高4,800mの山奥へ、キャンプしながら6日もかかる、驚くべき僻地にある。夜遊びでなまっていた身体は、早くもヘロヘロである。
着いてみると、聞きしにまさる、すさまじい村だった(映画は、実在のルナナ村で撮影された)。全人口56人。電気もないし、もちろんスマホも通じない。村民は自給自足で、ヤク(牛の仲間)からミルクやチーズをつくり、糞をカマドの燃料にしている。
村長は「よく来てくれました。この村には先生がいません。子どもたちに教育を与えてください」と歓迎するが、学校は廃墟と化していて、机にはホコリが積もっている。黒板もない。
実は、このあたりの大自然は言葉を失うほどの美しさで、我々観客は、その光景にうっとりさせられるのだが、劇中の青年にとっては、それどころではない。あまりのカルチャー・ショックに、3日たったら帰ると言い出し、村長はがっかりする。
ところが、翌朝、生徒(たった9人)に対面し、青年は、ちょっと気が変わりかける。誰もが実に生き生きとしているのだ。みんな、勉強をしたくて仕方がない。先生が来るのを待っていた。なかには「おとなになったら学校の先生になりたいです。先生は未来に触れられるから」なんて哲学的なことをいう子もいる(実は、村長の口癖の受け売り)。
この初対面のシーンは、感動的である。
子役はルナナ村の子どもたちで、もちろん演技の経験などない。村を出たことがないから、TVも映画もスマホも知らない。そんな子たちが、生まれて初めて、カメラの前で台詞を言い、村の外から来た先生役のおとな(彼もプロの役者ではない)と会話する。
そのときの、緊張しながらも興味津々、ワクワクしている様子が、実にうまくカメラでとらえられているのだ。特にクラス委員役の女の子は驚くべき可憐さで、これほどの逸材が、よくぞこの僻地の村にいたものだと、そのことにも感動させられる。
青年が英語で語る昔話を、生徒たちが平然と聴いている。わたしは知らなかったのだが、ブータンの学校教育は、(国語以外は)英語が基本らしい。山奥の僻村の子どもが英語を理解していることにも、ちょっと驚いた。
劇中で村人がうたう伝統歌《ヤクに捧げる歌》が、後半、重要なモチーフとなる。
複雑な節回しの歌だが、青年は、この歌に興味をもち、村の娘から教わる。都会の文明から隔絶された環境のなかで、青年は少しずつ変わりはじめる。
ここからあと、どうなるかは、もう想像がつくだろう。
ただし、よくある〈先生と子供たちの触れあい物語〉とは、ひとあじ違った流れになる。製作者たちは、そこを描きたかったのだと思う。
人間にとって、ほんとうの幸福とは何なのか、少しばかり考えたくなる映画である。
ぜひ、多くの方にご覧いただきたい。
◆『ブータン 山の教室』公式サイト(予告編あり)は、こちら。
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《文京シビックホール リモート コンサート・シリーズ》シエナ・ウインド・オーケストラ『吹奏楽 珠玉の課題曲集』で案内役をつとめました。お時間あれば、ご笑覧ください。
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