2021.07.26 (Mon)
第322回 「おとな」不在の開会式

▲開会式当日の午後、渋谷を練り歩く「五輪、やめろ」デモ行進(筆者撮影)
東京五輪の開会式当日、23日(金)の東京新聞・朝刊に、看過できない記事が載った。
見出しは〈有力者から来る「〇〇案件」に翻弄/開会式関係者が証言/五輪の闇 想像以上/演出人事説明「全部ウソ」〉と、すごい迫力だ。一種の内部告発である。
こんな記事を開会式当日に載せられるのは、東京新聞だけだろう。同紙は、ほかの新聞社とちがって、五輪のスポンサーでもパートナーでもないのだ(よって、同紙を読んでいるかいないかで、五輪の内幕に関する認識は、おおきく変わる)。
その記事によれば――開会式の演目の流れと出演者を固めるたびに〈組織委や都の有力な関係者やJOCサイドから、唐突に有名人などの主演依頼が下りてくる。部内では有力者ごとに「〇〇案件」とささやかれた〉。
告発者は〈有力者が便宜を図った依頼は絶対。その度、無理やり演目のストーリーをいじって当てはめた〉と語る。
いままで、演出担当は最初の野村萬斎を筆頭に、何人も変わってきた。そのたびに組織委は交代理由を説明してきたが、これも全部ウソだという。実際には、かなり早い時点から、(女性タレントを豚に見立てて引責辞任する)大手代理店出身のSディレクターが入り込んで仕切っていた。その間、本来の演出家たちには(事実上、馘首されたことが)何も知らされず、あまりの不信感に振付師のM氏などは自ら辞任したという。
この告発者は〈罪悪感にかられ続け〉た挙句〈社会と矛盾することばかりしている。五輪がもう嫌いになった〉と嘆いている。
これでおわかりだろう、あの開会式が、関連性のない、ぶつ切り演目の寄せ集めになった理由が。
なぜ、突如、コント集団が登場するのか。
なぜ、前衛ジャズと歌舞伎が共演するのか(このために、歌舞伎座七月公演第三部は短縮となった)。
なぜ、元宝塚女優が鳶職人の棟梁を演じるのか。
なぜ、和装タップダンスが登場するのか(どう見ても、北野武監督の映画『座頭市』の借用としか思えない)。
なぜ、米インテル社製の「ドローン・ライト・ショー」が使用されるのか(同社サイトの料金表から類推するに、あの数分間に1億円強かかっている)。
全体に低通するテーマもメッセージもなにも感じられず、やたらとブツ切りの余興が次々と登場した。
これらすべて、有力者名がつく「〇〇案件」だったのだ。〇〇センセイ方の意向をすべて取り入れた結果、ああなったのだ。
さらにいえば、IOC会長が、まるで天皇陛下と同格であるかのように、中央に2人で並んでいるのも、不愉快だった。
わたしは、いまでも、1992年バルセロナ大会の開会式が忘れられない(もちろん前回の東京大会がいちばんなのだが、当時はいまのような余興が皆無の、素朴な式典だったので、あえて外す)。
バルセロナの開会式は、自国の文化を、キチンと、まじめに伝える式典だった(ときには最新アートの手法も使って)。
音楽監督は、スペイン出身のオペラ歌手、ホセ・カレーラス。それゆえ、ほとんど「音楽の祭典」となった。しかも、妙に凝らない落ち着いた選曲だったため、自然と付随するパフォーマンスも素晴らしいものとなり、結果として、五輪史上最高レベルの式典になったように思う。
カレーラスが召集した歌手陣もすごかった。開催国スペインの歌手だけでも、プラチド・ドミンゴ、アルフレード・クラウス、モンセラ・カバリエ、アグネス・バルツァ、ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス、テレサ・ベルガンサ、クリスティーナ・オヨス舞踏団……。これだけの顔ぶれを一堂に集めることは、スカラ座やメトでも容易ではあるまい。
閉会式では、サラ・ブライトマンがカレーラスとデュエットし、興奮と感動に極まった聴衆がいっせいに立ち上がり、ほとんど雄叫びのような歓声をあげた。
余興では、地中海文明の興亡が、大人数のダンサーと、巨大でモダンなセットで再現された。デジタル技術がいまほど発達していなかったせいもあるが、巨大セットを人間の手で動かす様子は、感動的だった。
この音楽と指揮は坂本龍一。パフォーマンスも音楽も筆舌に尽くしがたい素晴らしさで、歴史と芸術をエンタテインメントに昇華させた手腕に、ため息が出た。
聖火は、パラリンピックのアーチェリー選手の「火矢」による点火だった。冷戦が終結したことを象徴する演出で、涙が出た。
なお、バルセロナ大会のテーマ音楽は、クィーンのフレディ・マーキュリーとモンセラ・カバリエのデュエットによる名曲《バルセロナ》(1987年リリース)が再使用された。ところが、残念ながら開催前にフレディがエイズで死去したため、開会式での共演は実現しなかった。
しかし、この事実は、自然とエイズに対する理解を深めることになり、誰も何もいわないのに、大会の真のテーマのように感じられた。すでに1992年に「多様性」の受容が訴えられていたのだ。これが「おとな」の演出だと思う。
今回、世間では「人間ピクトグラム」が大好評だったという(わたしは、あれのどこが面白いのか、まったくわからなかった)。
しかし、ああいうことをせずとも、たとえば、狂言『棒縛』で世界中を笑わせ、間髪入れず、中村勘九郎・勘太郎父子による史上最年少『連獅子』が演じられるなどしたら、世界中が驚き、感動しただろう。
演出統括が、当初のまま、「おとな」の野村萬斎で進んでいたらと思うと、残念でならない。
〈敬称略〉
【参考】
◆1992年バルセロナ大会の開会式は、Olympic Channelで、いまでも全編を観ることができます(約3時間)。
・冒頭で流れる曲が、フレディ・マーキュリー&モンセラ・カバリエの《バルセロナ》です。
・カレーラスとカバリエは12分頃~、ドミンゴは19分頃~登場。
・《地中海》は35分頃~(53分頃、坂本龍一の指揮姿が映ります)。
・56分頃~選手団入場。
・五輪旗掲揚は2時間25分頃~(アグネス・バルツァ、アルフレード・クラウス歌唱、ミキス・テオドラキス指揮)。
・聖火の点火は2時間39分頃~。
◆『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』(定価:本体2,800円+税)発売中。
全国大型書店、ネット書店などのほか、TKWOのウェブサイトや、バンドパワー・ショップなどでも購入できます。
限定出版につき、部数が限られているので、早めの購入をお薦めします。
◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「Band Power」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。
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2021.07.20 (Tue)
第321回 どうしても五輪をやるなら

▲こんなひと、知らなかった。
オリンピック開会式の楽曲担当だとかいう作曲家が辞退したが、こんなひと、いままで、見たことも聞いたこともなかった。
もう、どうにでもなればよいが、どうしても強行するなら、開会式オープニングは、昭和39年に使用された、今井光也作曲《オリンピック東京大会ファンファーレ》で十分である。
入場行進曲も、昭和39年に使用された、古関裕而作曲《オリンピック・マーチ》で十分である。
演奏は、日本3大プロ吹奏楽団(東京佼成ウインドオーケストラ、シエナ・ウインド・オーケストラ、Osaka Shion Wind Orchestra)と、日本3大自衛隊音楽隊(陸上自衛隊中央音楽隊、航空自衛隊航空中央音楽隊、海上自衛隊東京音楽隊)の合同演奏でお願いしたい。指揮は佐渡裕さんしか、いない。
余興のようなものが必要なら、後半の指揮はアキラさん(宮川彬良)にかわってもらい、松平健の歌唱、花柳糸之社中の踊りで、アキラさんの代表曲《マツケン・サンバⅡ》を演奏すればよい。
最後は、つづけて、三波春夫の《東京五輪音頭》を歌って、踊ればよい。
これ以上に盛り上がる音楽や演出があるなら、教えてほしい。
〈一部敬称略〉
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2021.07.14 (Wed)
第320回 オヤジでも楽しめた、オタク「音楽」映画2本

▲(左)『映画大好きポンポさん』、(右)『いとみち』
一見、オタク向けに見えながら、意外と大人の鑑賞にも耐えうる、しかも「音楽」を題材にした映画を2本観たので、簡単にご紹介を。
1本目は、アニメーション映画『映画大好きポンポさん』(平尾隆之監督)。
正直、このタイトルとヴィジュアルゆえ、還暦過ぎのオヤジが観に行くのは、ためらいがあった。だが、SNS上の評価が尋常ではない。オタク趣味を超えた高評価が相次いでいる。
公式サイトによると、映画製作の舞台裏を描くもので、物語中の映画のタイトルは『マイスター』(巨匠)だという。どうも「指揮者」の物語らしい。
そこで勇気をふるって、休日の午後、アニメ専門映画館「EJアニメシアター新宿」(旧・角川シネマ新宿)に足を踏み入れた(ガラ空きだった)。
舞台は映画の都ニャリウッド。若い女性プロデューサー、ジョエル・ダヴィドヴィチ・ポンポネット(愛称ポンポさん)は、映画作りに関して天才的な慧眼の持ち主である。
そのポンポさんに見込まれ、アシスタントのジーン・フィニ青年が新人監督としてデビューする。作品は『マイスター』。ある大指揮者(カラヤンを思わせる)がスランプに陥り、カムバックするまでの物語である。主演のマーティン・ブラックは、ニャカデミー賞6回受賞の名優だが、ここ10年ほどはスランプで仕事をしていない。
つまり、落ち目の伝説的名優のカムバックを、劇中の大指揮者のカムバックに重ね合わせて描く、キワモノ企画である。おとなしい映画マニアのジーン青年は、少々、内心忸怩たるものを覚えるが、ポンポさんは意に介さない。これこそが映画の醍醐味だと、自信たっぷりである。
この映画の面白さは、撮影終了後のポスト・プロダクション、特に編集作業に大きな比重を与えているところにある。てっきり、撮影中の役者やスタッフをめぐるトラブルがドラマになるかと思いきや(その種の場面もあるが)、そうではない。
数十時間におよんだ撮影素材(いまの時代なので、フィルムではなく、デジタル・データだが)のどこをカットし、どう組み合わせて、短い1本の映画にするか、そこに悩むジーン青年が描かれるのだ。
いままで、「編集」にスポットを当てた映画インサイドものなんて、なかったと思う。
その姿は、未来への不安や、過去のしがらみに悩む若者が、いかにしてそれらをふっきるかに重なり、観ているうちに、不思議な感動に襲われ、最後には元気が出てくる。
そろそろ劇場上映は終了かもしれないが、年齢を気にせず、シニアの方々にも、ぜひ観に行っていただきたい。ラストのジーン青年の決めセリフは、映画ファンならば「そのとおり!」と相槌を打ちたくなるだろう。
なお、劇中劇『マイスター』のオーケストラ演奏場面では、なかなか凝った曲が登場する。
1曲は、マーラーの交響曲第1番《巨人》の第4楽章〈嵐のように運動して〉(ミヒャエル・ハラース指揮、ポーランド国立放送交響楽団)。
もう1曲は、バッハ《マタイ受難曲》BWV244~№52:アリア〈わが頬の涙〉(ヘルムート・ミュラー=ブリュール指揮、マリアンネ・ベアーテ・シェラン:アルト独唱、ケルン室内管弦楽団)。
どちらもNaxosレーベルのレンタル音源だが、特に後者は、名トラックが山ほどあるなかから、〈わが頬の涙〉を選んだセンスに感心した(この劇中劇の場面にぴったりなのだ)。欲をいえば、〈おお、血と涙にまみれた御頭〉だったら最高だったのだが、これは「合唱」曲なので、アニメで多人数の合唱団を描くのは大変だっただろう。
**************
さて2本目は、実写映画『いとみち』(横浜聡子監督)。
正直、明らかにメイド喫茶の話と思われるポスター・ヴィジュアルゆえ、還暦過ぎのオヤジが観に行くのは、ためらいがあった。だが、SNS上の評価が尋常ではない。オタク趣味を超えた高評価が相次いでいる。
公式サイトによると、青森の引っ込み思案な女子高生の青春ストーリーらしい。ところがこの娘が、津軽三味線の名手で、劇中で実際に弾きまくるという。祖母役は津軽三味線奏者の西川洋子だ。あの高橋竹山の弟子ではないか(竹山のドキュメント映画『津軽のカマリ』にも登場していた)。
そこで、休日の午後、渋谷のミニシアター「ユーロスペース」に足を踏み入れた(この映画館はしょっちゅう行っているので、恥ずかしくも何ともない。しかも客席の半分ほどが、わたしと同年輩のシニア層だったので、安心した)。
青森県北津軽郡板柳町に住む女子高生・相馬いと(駒井蓮)は、若いわりにかなりクセの強い津軽弁が恥ずかしく、あまりひとと話せない、人見知りである。母親を早くに亡くし、大学教授の父(豊川悦司)と、祖母(西川洋子)の3人暮らしだ。津軽三味線を、亡母や祖母から習ってきた。県大会で入賞したこともある。
そんないとが、青森市の津軽メイド喫茶でバイトすることになる。最初は、来客への挨拶も「お、おんがえりなさんませ、ご、ごすずんさま」(お帰りなさいませ、ご主人様)とぎごちなかったのだが、個性的な仕事仲間と、意外と優しい(かつ健全な)常連客に囲まれ、次第に明るい性格を取り戻していく(この女優は実際に青森出身だが、これほど強いなまりではないらしい)。
全編が青森でロケされており(監督も青森出身)、岩木山や浅虫海岸、五能線、りんご農園など、美しい風景が次々と登場する。
東京人には意味不明な津軽弁も続出する。さすがに字幕はないが、まあまあ、その場の雰囲気で、意味は理解できる(プログラムには、標準語・訳注付きの採録シナリオが収録されている)。
ラスト、彼女は、この店で、津軽三味線ライヴを開催することになる。曲は《津軽あいや節》だ。ここが圧巻で、アマチュアにしては見事な実演が展開する。プログラムによれば、撮影前に1年間かけて、津軽三味線を習ったという。
余計な説明はないが、ひとりの女子高生が、過去のしがらみから抜け出し、新たな一歩を踏み出したことが、はっきりわかる名シーンだ(あれだけ弾けたのだから、エンド・クレジットの音楽も、彼女の津軽三味線にしてほしかった)。
方向性も内容もまったくちがうが、おなじく津軽の女性を、津軽三味線をモチーフにして描いた点で、『津軽じょんがら節』(江波杏子主演、斎藤耕一監督、1973)に次ぐ、“津軽映画”佳作の誕生のように感じた。
なお、ラストのライヴ・シーンのあと、余韻を排して一息で岩木山登山のシーンにつなげた、横浜聡子監督の「演出(編集)センス」にも脱帽した。
もしかしたら、ポンポさんに編集ワザを教わったのかもしれない。
〈敬称略〉
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2021.07.11 (Sun)
第319回 酒にウイルスが入っているとでもいうのか。

▲3種類ある「虹アーチ型」ステッカー。
左から【A】(対策徹底)、【B】(王冠マーク)、【C】(点検済)
※本文参照
現在、東京都内の飲食店は、ほとんどが入口に「虹アーチ型」のステッカーを掲げている。
これが、いままで3段階にわたって変化していることを、ご存じだろうか。
最初が上記【A】タイプで、東京都が開設したウェブサイトにアクセスして自分の店を登録する。そして、ウェブ上でいくつかのアンケートのような質問に答え、「合格」すると、感染症対策に対する「宣誓書」と、店名入りのステッカーをダウンロードできる。
質問は「席の間隔を十分にとっているか」「換気を十分におこなっているか」といった常識的なもので、子どもでも「合格」できる。
小池都知事が、このステッカーを掲げながら「外での飲食は、このステッカーのお店を選んでいただきたい」と説明していた記者会見をご記憶の方も多いだろう。
かくして都内のあらゆるお店が「宣誓書」と「ステッカー」を入手し、十分な対策に取り組んだはずなのだが、感染拡大は、おさまらなかった。
その間、飲食店が感染拡大の温床なのか否か、その種の本格的な検証は、まったくおこなわれなかったはずだ。
すると東京都は「コロナ対策リーダー研修」なる制度を提唱し始めた。
今度は、飲食店に、最低1人、「コロナ対策リーダー」を置けと言い出した。
そして、そのリーダーは、感染対策の研修を受けろというのだ。
ただし、まさか東京中の飲食店を対象にした研修会など開催できるわけないので、ウェブサイト上で「研修動画」を公開した。
あまり聞いたことのない(若いひとは知っているのだろうが)お笑い芸人のようなコンビが登場し、店内の対策について、寸劇(ほとんど茶番劇)のような芝居を演じる。
そして、見終わったあと、またもアンケートのような質問があり、それに答える。
もちろんこれまた、子どもでもわかるような常識的な質問である。
それらに「合格」すると、再び、宣誓書のような書類と、今度は【B】のステッカーをダウンロードできるのである。
【A】とのちがいは「王冠」マークが付いていることで、下に「感染防止マナーお声かけ店 対策リーダー研修〇月修了」などと書いてある。
つまり「この店には研修を受けたリーダーがいて、お客様に対して『大声で話さないでください』『もっと席を離してください』などと声をかけますよ」というわけだ。
かくして都内の多くの店が、この【B】の「王冠ステッカー」を入手し、さらに十分な対策に取り組んだはずなのだが、感染拡大は、おさまらなかった。
その間、飲食店が感染拡大の温床なのか否か、その種の本格的な検証は、まったくおこなわれなかったはずだ。
すると今度は、「感染防止徹底点検」をはじめた。
すでに【B】までのステッカーを入手している店にメールをおくり、東京都が派遣する専門員の点検を受けろというのだ。
かくして多くの店が専門員(アルバイトと思われる)に店に来てもらい、「席の間隔は十分ありますか」「アクリル板は設置してますか」「換気は十分ですか」などをチェックしてもらった(【A】【B】段階での質問事項とほとんど同じ)。
すると「点検済証」と、【C】のステッカーがダウンロードできる。
どうやら、この【C】に至っていないと、今後、時短・休業の協力金なども申請できないようである。
かくして都内の多くの店が点検を受け、【C】のステッカーを入手し、さらに十分な対策に取り組んだはずなのだが、感染拡大は、おさまらなかった。
その間、飲食店が感染拡大の温床なのか否か、その種の本格的な検証は、まったくおこなわれなかったはずだ。
これほどまでに手間と経費をかけて、東京都は「感染拡大」対策をおこなってきたのだが、それでもおさまらず、この間、「緊急事態宣言」が4回も発出された。
後段の2回に至っては「酒類販売停止」「休業要請」、さらに4回目に至っては「卸売店から飲食店への酒類提供停止」などという、ほとんど社会主義独裁国家のような強権発動に至った。
わたしはこういうことは不勉強なのだが、これは、憲法で保証された経済活動の自由を妨げているのではないか。
いったい、いままでの【A】【B】【C】3段階の「対策」「研修」「点検」は、何の意味があったのだろうか。
これらをきちんとやれば、感染は拡大しないはずじゃなかったのか。
なのに、拡大がおさまらないのだから、理由は以下3つのどれかしかない。
①感染拡大の原因は、飲食店とは関係ない。
②飲食店のほとんどが【A】【B】【C】を守っていない。
③酒のなかにウイルスが入っているので、どうにもならない。
上記のどれかであろうことは、誰でもわかる。
いったい、いつまでこんなことが繰り返されるのだろうか。
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2021.07.07 (Wed)
第318回 聴衆が帰らないコンサート

▲(左)東京佼成ウインドオーケストラ、(右)シエナ・ウインド・オーケストラの各定期演奏会。
終演後も、感動した聴衆が帰らず、無人のステージに向かっていつまでも拍手がつづく、そんな吹奏楽のコンサートを、2つ、経験した。
ひとつめは、東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)の第154回定期演奏会(6月 5日、東京芸術劇場)。指揮は、いま大人気の原田慶太楼(1985~)。
原田は、アメリカ・ミシガン州のインターロッケン芸術高校へ進んだ(サクソフォン奏者を目指していたという)。ここで吹奏楽部に入ったら、顧問がフレデリック・フェネル(1914~2004)だった。
当時、すでにフェネルはTKWOの常任指揮者を退任し、桂冠指揮者の称号を得ていた。TKWOを世界的な吹奏楽団に育て上げた、大指揮者である。原田は、そんなフェネルにすっかり魅せられてしまい、直接指導を受けているうちに、指揮者になりたいと考えるようになった。
先日、東京交響楽団の正指揮者に就任した原田だが、その原点は、フレデリック・フェネルだったのだ。
その原田が、TKWOの定期演奏会に登壇した。
曲は、大半がフェネルお得意の名曲。
たとえば、1983年に初めてフェネルがTKWOを指揮した曲、《フローレンティナー・マーチ》(フチーク)や、《ウェディング・ダンス》(プレス)。そのほか、生涯最後にTKWOを指揮した曲、《美しきドゥーン川の堤よ土手よ》(グレインジャー)、《ヒズ・オナー》(フィルモア)など。
最近、こういったオリジナル名曲を聴く機会が少ないだけに、新鮮だった。原田の指揮ぶりは、憧れのフェネルゆかりの名曲を、同じくゆかりの吹奏楽団で指揮できることが、うれしくて仕方がないといった様子だった。その感動が、演奏にもそのままあらわれ、実に生き生きした演奏となった。団員のなかにも、フェネルを直接知るメンバーがまだ多くいる。みんな楽しそうだった。
時折、聴きなれない極端なアゴーギクもあったが(たとえばフチーク曲などで)、嫌味な味わいはなかった。
聴衆の感動も、曲につれて盛り上がり、最後の2曲、フィルモアの《ローリング・サンダ―》《ヒズ・オナー》が終わった時点で、興奮が沸点に達した。
原田の目にも涙が浮かんでおり、拍手は、アンコール後もいつまでもつづいた。
聴衆は、「TKWOに、フェネルの後継者が誕生した瞬間」を体験したのである。
最後は、コンサート・マスター(田中靖人=サクソフォン)が黙礼し、団員も下がったが、それでも拍手は鳴りやまない。
ついに、団員と原田が再びステージ最前列にあらわれ、手を振ったり頭を下げたりして、ようやくおさまった。
次が、シエナ・ウインド・オーケストラ(シエナWO)の第51回定期演奏会(7月4日、東京オペラシティ・コンサートホール)。
こちらはガラリとかわって、アキラさんこと、宮川彬良(1961~)指揮の「宇宙戦艦ヤマト祭り」。
オフィシャルな「定期演奏会」でこのような企画が実現したとは、驚きだ。会場は3階席まで完全に満席で、異様な熱気である(コロナ禍以後、わたしが経験したコンサートで、最多の入り)。
プログラムは、いうまでもなく、1974年から現在まで続編や新作がつづく「宇宙戦艦ヤマト」シリーズの音楽である。冒頭からして、『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978)の名曲、パイプオルガン独奏曲《白色彗星》が、石丸由佳によって、大音量で演奏されたのだから、たまらない。
実は、2012年からのリメイク新作以降は、父・宮川泰(1936~2006)の楽曲をもとにした、長男・アキラさんによる作編曲スコアが加わり、父子二代にわたる、壮大な音楽サーガとなっているのである。それらが、「吹奏楽」で再現されたのだ。
映画音楽の世界で二代以上にわたって活躍しているといえば、エンニオ・モリコーネと、息子のアンドレア・モリコーネがいる。日本では、なんといっても服部良一・克久・隆之の、服部家三代か。ほかにも、アルフレッド・ニューマンのように、2人の息子、2人の弟、甥までが全員「映画音楽作曲家」なんて一族もいる。
だが、「ヤマト」の宮川父子ほど、二代が渾然一体となって、古い楽曲を守り、かつ、あたらしい音楽世界を生み出している例は、寡聞にして聞かない。アキラさんも、曲間のトークで、さかんに、父・泰が、いかに天才的職人ワザで「ヤマト」の音楽を書いてきたかを、敬愛をこめて説明していた。
そして、アンコールで《真っ赤なスカーフ》サンバ・ヴァージョン、そして主題歌《宇宙戦艦ヤマト》の男性コーラス+スキャット入りが演奏されて、興奮は沸点に達した。
聴衆は、「《ヤマト》音楽の後継者が、(吹奏楽で)誕生した瞬間」を体験したのである。
演奏終了後、拍手の嵐に、何度もアキラさんがカーテン・コールに応じたあと、コンサート・マスター(新任の佐藤拓馬=クラリネット)が黙礼し、団員が下がる。
だが、それでも拍手はおさまらず、無人の舞台に、いつまでも拍手がおくられる。
そのうち、アキラさんが再登場し、何度も頭を下げ、(天上の)父・泰に感謝を捧げるポーズを決めて、ようやく収束した。
実は、たまたま、以上2つのコンサートとも、わたしがプログラム解説を執筆したのだが、あまりに内容がちがうので、原稿スタイルを、まったく変えて書いた。
しかし、終わってみると、どちらも「継承」がおこなわれたわけで、共通点のあるコンサートだったのだ。
ここで「もしも」と考えてみた。
もしも、原田慶太楼のような指揮者が登場しなかったら。
おそらく、TKWO定期の正式プログラムのトリに、《ヒズ・オナー》が演奏されることは、なかっただろう(この曲は、フェネルお得意の「アンコール・ピース」だった)。そして、フェネルが愛した小さな名曲たちを、ふたたびTKWOの演奏で聴く機会も、なかったかもしれない。
もしも、宮川泰に、アキラさんのようなご子息がいなかったら。
おそらく、シエナWO定期の正式プログラムが「ヤマト」で埋まるなんてことはなかっただろう。そもそも、宮川泰没後の音楽は別人に託され(現に、一時そうなっていたが)、現在とはまったくちがうテイストになっていただろう。また、「ヤマト」ファンが、シエナWOや吹奏楽のパワーを知ることもなかったかもしれない(吹奏楽ファンと「ヤマト」ファンは、かなり重なっているが)。
政治経済の世界では「世襲」は、あまりよくないことのようにいわれるが、こういう世襲や継承は、実にうれしいものだ。
原田慶太楼もアキラさんも、これからも、吹奏楽の世界で活躍してほしい。
そのたびに、鳴りやまない拍手をおくりますから。
(一部敬称略)
◆TKWOのプログラムは、こちらでご覧になれます。
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