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2021.07.07 (Wed)

第318回 聴衆が帰らないコンサート

合体写真3
▲(左)東京佼成ウインドオーケストラ、(右)シエナ・ウインド・オーケストラの各定期演奏会。

 終演後も、感動した聴衆が帰らず、無人のステージに向かっていつまでも拍手がつづく、そんな吹奏楽のコンサートを、2つ、経験した。

 ひとつめは、東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)の第154回定期演奏会(6月 5日、東京芸術劇場)。指揮は、いま大人気の原田慶太楼(1985~)。
 原田は、アメリカ・ミシガン州のインターロッケン芸術高校へ進んだ(サクソフォン奏者を目指していたという)。ここで吹奏楽部に入ったら、顧問がフレデリック・フェネル(1914~2004)だった。
 当時、すでにフェネルはTKWOの常任指揮者を退任し、桂冠指揮者の称号を得ていた。TKWOを世界的な吹奏楽団に育て上げた、大指揮者である。原田は、そんなフェネルにすっかり魅せられてしまい、直接指導を受けているうちに、指揮者になりたいと考えるようになった。
 先日、東京交響楽団の正指揮者に就任した原田だが、その原点は、フレデリック・フェネルだったのだ。

 その原田が、TKWOの定期演奏会に登壇した。
 曲は、大半がフェネルお得意の名曲。
 たとえば、1983年に初めてフェネルがTKWOを指揮した曲、《フローレンティナー・マーチ》(フチーク)や、《ウェディング・ダンス》(プレス)。そのほか、生涯最後にTKWOを指揮した曲、《美しきドゥーン川の堤よ土手よ》(グレインジャー)、《ヒズ・オナー》(フィルモア)など。

 最近、こういったオリジナル名曲を聴く機会が少ないだけに、新鮮だった。原田の指揮ぶりは、憧れのフェネルゆかりの名曲を、同じくゆかりの吹奏楽団で指揮できることが、うれしくて仕方がないといった様子だった。その感動が、演奏にもそのままあらわれ、実に生き生きした演奏となった。団員のなかにも、フェネルを直接知るメンバーがまだ多くいる。みんな楽しそうだった。
 時折、聴きなれない極端なアゴーギクもあったが(たとえばフチーク曲などで)、嫌味な味わいはなかった。

 聴衆の感動も、曲につれて盛り上がり、最後の2曲、フィルモアの《ローリング・サンダ―》《ヒズ・オナー》が終わった時点で、興奮が沸点に達した。
 原田の目にも涙が浮かんでおり、拍手は、アンコール後もいつまでもつづいた。
 聴衆は、「TKWOに、フェネルの後継者が誕生した瞬間」を体験したのである。
 最後は、コンサート・マスター(田中靖人=サクソフォン)が黙礼し、団員も下がったが、それでも拍手は鳴りやまない。
 ついに、団員と原田が再びステージ最前列にあらわれ、手を振ったり頭を下げたりして、ようやくおさまった。

 次が、シエナ・ウインド・オーケストラ(シエナWO)の第51回定期演奏会(7月4日、東京オペラシティ・コンサートホール)。
 こちらはガラリとかわって、アキラさんこと、宮川彬良(1961~)指揮の「宇宙戦艦ヤマト祭り」。
 オフィシャルな「定期演奏会」でこのような企画が実現したとは、驚きだ。会場は3階席まで完全に満席で、異様な熱気である(コロナ禍以後、わたしが経験したコンサートで、最多の入り)。

 プログラムは、いうまでもなく、1974年から現在まで続編や新作がつづく「宇宙戦艦ヤマト」シリーズの音楽である。冒頭からして、『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978)の名曲、パイプオルガン独奏曲《白色彗星》が、石丸由佳によって、大音量で演奏されたのだから、たまらない。
 実は、2012年からのリメイク新作以降は、父・宮川泰(1936~2006)の楽曲をもとにした、長男・アキラさんによる作編曲スコアが加わり、父子二代にわたる、壮大な音楽サーガとなっているのである。それらが、「吹奏楽」で再現されたのだ。

 映画音楽の世界で二代以上にわたって活躍しているといえば、エンニオ・モリコーネと、息子のアンドレア・モリコーネがいる。日本では、なんといっても服部良一・克久・隆之の、服部家三代か。ほかにも、アルフレッド・ニューマンのように、2人の息子、2人の弟、甥までが全員「映画音楽作曲家」なんて一族もいる。
 だが、「ヤマト」の宮川父子ほど、二代が渾然一体となって、古い楽曲を守り、かつ、あたらしい音楽世界を生み出している例は、寡聞にして聞かない。アキラさんも、曲間のトークで、さかんに、父・泰が、いかに天才的職人ワザで「ヤマト」の音楽を書いてきたかを、敬愛をこめて説明していた。

 そして、アンコールで《真っ赤なスカーフ》サンバ・ヴァージョン、そして主題歌《宇宙戦艦ヤマト》の男性コーラス+スキャット入りが演奏されて、興奮は沸点に達した。
 聴衆は、「《ヤマト》音楽の後継者が、(吹奏楽で)誕生した瞬間」を体験したのである。
 演奏終了後、拍手の嵐に、何度もアキラさんがカーテン・コールに応じたあと、コンサート・マスター(新任の佐藤拓馬=クラリネット)が黙礼し、団員が下がる。
 だが、それでも拍手はおさまらず、無人の舞台に、いつまでも拍手がおくられる。
 そのうち、アキラさんが再登場し、何度も頭を下げ、(天上の)父・泰に感謝を捧げるポーズを決めて、ようやく収束した。

 実は、たまたま、以上2つのコンサートとも、わたしがプログラム解説を執筆したのだが、あまりに内容がちがうので、原稿スタイルを、まったく変えて書いた。
 しかし、終わってみると、どちらも「継承」がおこなわれたわけで、共通点のあるコンサートだったのだ。

 ここで「もしも」と考えてみた。
 もしも、原田慶太楼のような指揮者が登場しなかったら。
 おそらく、TKWO定期の正式プログラムのトリに、《ヒズ・オナー》が演奏されることは、なかっただろう(この曲は、フェネルお得意の「アンコール・ピース」だった)。そして、フェネルが愛した小さな名曲たちを、ふたたびTKWOの演奏で聴く機会も、なかったかもしれない。

 もしも、宮川泰に、アキラさんのようなご子息がいなかったら。
 おそらく、シエナWO定期の正式プログラムが「ヤマト」で埋まるなんてことはなかっただろう。そもそも、宮川泰没後の音楽は別人に託され(現に、一時そうなっていたが)、現在とはまったくちがうテイストになっていただろう。また、「ヤマト」ファンが、シエナWOや吹奏楽のパワーを知ることもなかったかもしれない(吹奏楽ファンと「ヤマト」ファンは、かなり重なっているが)。

 政治経済の世界では「世襲」は、あまりよくないことのようにいわれるが、こういう世襲や継承は、実にうれしいものだ。
 原田慶太楼もアキラさんも、これからも、吹奏楽の世界で活躍してほしい。
 そのたびに、鳴りやまない拍手をおくりますから。
(一部敬称略)

◆TKWOのプログラムは、こちらでご覧になれます。

◆『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』(定価:本体2,800円+税)発売中。
 全国大型書店、ネット書店などのほか、TKWOのウェブサイトや、バンドパワー・ショップなどでも購入できます。
 限定出版につき、部数が限られているので、早めの購入をお薦めします。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「Band Power」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

◆毎週(土)23時・FMカオン、毎週(日)正午・調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティをやってます。
 パソコンやスマホで聴けます。 内容の詳細や聴き方は、上記「BandPower」で。

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 最近、書評サイト「HONZ」でもデビューしています。


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