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2021.07.26 (Mon)

第322回 「おとな」不在の開会式

五輪反対デモ
▲開会式当日の午後、渋谷を練り歩く「五輪、やめろ」デモ行進(筆者撮影)

 東京五輪の開会式当日、23日(金)の東京新聞・朝刊に、看過できない記事が載った。
 見出しは〈有力者から来る「〇〇案件」に翻弄/開会式関係者が証言/五輪の闇 想像以上/演出人事説明「全部ウソ」〉と、すごい迫力だ。一種の内部告発である。
 こんな記事を開会式当日に載せられるのは、東京新聞だけだろう。同紙は、ほかの新聞社とちがって、五輪のスポンサーでもパートナーでもないのだ(よって、同紙を読んでいるかいないかで、五輪の内幕に関する認識は、おおきく変わる)。

 その記事によれば――開会式の演目の流れと出演者を固めるたびに〈組織委や都の有力な関係者やJOCサイドから、唐突に有名人などの主演依頼が下りてくる。部内では有力者ごとに「〇〇案件」とささやかれた〉
 告発者は〈有力者が便宜を図った依頼は絶対。その度、無理やり演目のストーリーをいじって当てはめた〉と語る。
 いままで、演出担当は最初の野村萬斎を筆頭に、何人も変わってきた。そのたびに組織委は交代理由を説明してきたが、これも全部ウソだという。実際には、かなり早い時点から、(女性タレントを豚に見立てて引責辞任する)大手代理店出身のSディレクターが入り込んで仕切っていた。その間、本来の演出家たちには(事実上、馘首されたことが)何も知らされず、あまりの不信感に振付師のM氏などは自ら辞任したという。
 この告発者は〈罪悪感にかられ続け〉た挙句〈社会と矛盾することばかりしている。五輪がもう嫌いになった〉と嘆いている。

 これでおわかりだろう、あの開会式が、関連性のない、ぶつ切り演目の寄せ集めになった理由が。
 なぜ、突如、コント集団が登場するのか。
 なぜ、前衛ジャズと歌舞伎が共演するのか(このために、歌舞伎座七月公演第三部は短縮となった)。
 なぜ、元宝塚女優が鳶職人の棟梁を演じるのか。
 なぜ、和装タップダンスが登場するのか(どう見ても、北野武監督の映画『座頭市』の借用としか思えない)。
 なぜ、米インテル社製の「ドローン・ライト・ショー」が使用されるのか(同社サイトの料金表から類推するに、あの数分間に1億円強かかっている)。
 全体に低通するテーマもメッセージもなにも感じられず、やたらとブツ切りの余興が次々と登場した。
 これらすべて、有力者名がつく「〇〇案件」だったのだ。〇〇センセイ方の意向をすべて取り入れた結果、ああなったのだ。
 さらにいえば、IOC会長が、まるで天皇陛下と同格であるかのように、中央に2人で並んでいるのも、不愉快だった。

 わたしは、いまでも、1992年バルセロナ大会の開会式が忘れられない(もちろん前回の東京大会がいちばんなのだが、当時はいまのような余興が皆無の、素朴な式典だったので、あえて外す)。
 バルセロナの開会式は、自国の文化を、キチンと、まじめに伝える式典だった(ときには最新アートの手法も使って)。
 音楽監督は、スペイン出身のオペラ歌手、ホセ・カレーラス。それゆえ、ほとんど「音楽の祭典」となった。しかも、妙に凝らない落ち着いた選曲だったため、自然と付随するパフォーマンスも素晴らしいものとなり、結果として、五輪史上最高レベルの式典になったように思う。

 カレーラスが召集した歌手陣もすごかった。開催国スペインの歌手だけでも、プラチド・ドミンゴ、アルフレード・クラウス、モンセラ・カバリエ、アグネス・バルツァ、ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス、テレサ・ベルガンサ、クリスティーナ・オヨス舞踏団……。これだけの顔ぶれを一堂に集めることは、スカラ座やメトでも容易ではあるまい。
 閉会式では、サラ・ブライトマンがカレーラスとデュエットし、興奮と感動に極まった聴衆がいっせいに立ち上がり、ほとんど雄叫びのような歓声をあげた。

 余興では、地中海文明の興亡が、大人数のダンサーと、巨大でモダンなセットで再現された。デジタル技術がいまほど発達していなかったせいもあるが、巨大セットを人間の手で動かす様子は、感動的だった。
 この音楽と指揮は坂本龍一。パフォーマンスも音楽も筆舌に尽くしがたい素晴らしさで、歴史と芸術をエンタテインメントに昇華させた手腕に、ため息が出た。
 聖火は、パラリンピックのアーチェリー選手の「火矢」による点火だった。冷戦が終結したことを象徴する演出で、涙が出た。

 なお、バルセロナ大会のテーマ音楽は、クィーンのフレディ・マーキュリーとモンセラ・カバリエのデュエットによる名曲《バルセロナ》(1987年リリース)が再使用された。ところが、残念ながら開催前にフレディがエイズで死去したため、開会式での共演は実現しなかった。
 しかし、この事実は、自然とエイズに対する理解を深めることになり、誰も何もいわないのに、大会の真のテーマのように感じられた。すでに1992年に「多様性」の受容が訴えられていたのだ。これが「おとな」の演出だと思う。

 今回、世間では「人間ピクトグラム」が大好評だったという(わたしは、あれのどこが面白いのか、まったくわからなかった)。
 しかし、ああいうことをせずとも、たとえば、狂言『棒縛』で世界中を笑わせ、間髪入れず、中村勘九郎・勘太郎父子による史上最年少『連獅子』が演じられるなどしたら、世界中が驚き、感動しただろう。
 演出統括が、当初のまま、「おとな」の野村萬斎で進んでいたらと思うと、残念でならない。
〈敬称略〉

【参考】
1992年バルセロナ大会の開会式は、Olympic Channelで、いまでも全編を観ることができます(約3時間)。
・冒頭で流れる曲が、フレディ・マーキュリー&モンセラ・カバリエの《バルセロナ》です。
・カレーラスとカバリエは12分頃~、ドミンゴは19分頃~登場。
・《地中海》は35分頃~(53分頃、坂本龍一の指揮姿が映ります)。
・56分頃~選手団入場。
・五輪旗掲揚は2時間25分頃~(アグネス・バルツァ、アルフレード・クラウス歌唱、ミキス・テオドラキス指揮)。
・聖火の点火は2時間39分頃~。

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