2021.10.13 (Wed)
第335回 配信と生演奏

▲(左)第19回東京国際音楽コンクール〈指揮〉本選出場者(上が1位のジョゼ・ソアーレス)。
(右)前回(2018年)の入賞者(上が1位の沖澤のどか)。
第19回東京国際音楽コンクール〈指揮〉の本選会を聴いた(10月4日、東京オペラシティ・コンサートホール)。民音の主催で3年に一度開催され、1967年の第1回以来、錚々たる顔ぶれの指揮者を選出してきた。今回の審査委員長・尾高忠明も第2回の入賞者である。
前回(2018年)の1位は、いま話題の、沖澤のどかであった(2019年にはブザンソン国際指揮者コンクールでも優勝)。入賞者デビュー・コンサートで聴いた、彼女が指揮するメンデルスゾーンの交響曲第3番《スコットランド》は、若々しい壮快な演奏で、とてもよかった。わたしはすぐに、知己のオーケストラ関係者に「ぜひ彼女を客演に呼んでほしい」とメールをおくった記憶がある。
【余談】沖澤のどかは、青森県立青森東高校の吹奏楽部で、オーボエ担当だったという。何度か東北支部大会に進出している名門だが、おそらく彼女は、福田洋介のコンクール課題曲《吹奏楽のための「風之舞」》(2004年度)を演奏した世代だと思う。一度、彼女の指揮で聴いてみたいものだ。
今回、1位となったのはブラジルのジョゼ・ソアーレス(23歳)で、複雑な変拍子の、ストラヴィンスキー《ペトルーシュカ》抜粋を暗譜で演奏した(当初申告の3曲から、主催者が1曲を指定。全員共通の課題曲は、ロッシーニの歌劇《泥棒かささぎ》序曲)。こんな道楽者のわたしでさえ、聴き惚れ、見惚れる指揮ぶりで、終演後「あまりにダントツだねえ」と、ロビーで知人と話したものだ。
今後、彼がどの国で、どのように活躍するのかわからないが、おそらくそう遠くない時期に、名が知られるようになるのではないだろうか。
ところで、今回は、「宣言」も解除されたとあって、席数を絞っての有観客開催が可能となった。だが、同時に無料配信もおこなわれた(事前申し込み制)。わたしは、どっちにしようか迷ったのだが、ちょっと気になる点があったので、会場まで出かけて、ナマ演奏を聴かせていただいた(演奏終了後、仕事場にもどって、審査発表や表彰式は配信で視聴した)。
*****
わたしは、毎夏、お盆近くの時期に、東京都高等学校吹奏楽コンクール(いわゆる都大会予選/府中の森芸術劇場)に4日間通って、A組70団体前後の演奏を全部聴いている。
よく「お好きですねえ」と笑われるのだが、東京のA組を聴いておけば、おおむね、その年の吹奏楽界の人気曲や演奏団体の変化などがわかるので、夏休みをかねて、毎年通ってきた(肉体的にはかなりシンドイが)。
昨年度がコロナ禍で中止となり、今年度はどうなるかと思っていたら、「無観客/有料配信」で開催された。
今年度のA組は「3日間で52団体」が出場した。前回(一昨年度)が「4日間で67団体」だったので、ずいぶん減ったことになる。昨年以降、東京都の公立学校には、部活動の自粛や中止要請が何度か出たので、その影響かもしれない。
というわけで、今年度は、8月10~12日に、「配信」で視聴した。1日1,500円、アーカイヴなし。
1日目前半は狭い自室にこもってパソコンで視聴した(音声は、接続外部スピーカー)。
だが、どうも気分が出ないというか、集中できない。結局、その後は、仕事場で、パソコン仕事をしながら受信し、気になった団体や曲目の時だけ、じっくり視聴した(音声はヘッドフォン)。
ところが――ネット回線にしては十分な音質なのだが、やはり、マイクできちんと拾った「ステージ上の音」なので、客席では絶対に聴こえない、小さな「ほころび」まで伝わってくる。当たり前の話だが、シューボックス型やワインヤード型でもない、「府中の森芸術劇場/どりーむホール」(定員2027名)の客席で、大音響に包まれて聴くのとは、あまりにちがう音だ。いつも上位成績の団体が、意外と荒い音だなあと感じたこともあった。
しかし映像は、生中継とは思えないほどていねいで、見事だった。毎年、全国大会のライヴ映像がブルーレイで発売されているが、あのカメラワークとほぼ同レベルだった。いままで、背中しか見たことのなかった指揮者の表情も面白かったし、客席からはよく見えないアンブシュア(管楽器に接した口の形状など)が如実にわかるのも興味深かった。某団体の“イラスト楽譜”もチラチラ見えて面白かった(譜面は完全暗譜し、本番ではイメージ・イラストを見ながら演奏する)。
遠方在住者や、特定の団体や曲だけ聴くひとにとっては、配信はまことにありがたいシステムだと思う。特に、「子供の晴れ姿を見る」「演奏姿をじっくり観る」ことが最大目的のひとには、配信のほうが、表情などもはっきりわかって、いいかもしれない。
昨年来、いったい、どれだけの舞台や演奏を、パソコン(配信)で視聴しただろう。わざわざ時間を調整して出かける必要がないのだから、こんなにラクなものはなかった。
だが、やはり、小さなスピーカーと画面から流れる音や映像ではなく、あの“大音響シャワー”を浴びながら聴きたいと感じた。
前記の〈指揮〉コンクールを、配信ではなく、出かけて生演奏で聴いたのも、そんな思いがあったからだった。
〈敬称略〉
□東京国際音楽コンクール〈指揮〉の公式サイトは、こちら(本選の模様など、11月3日まで視聴できます=申込制)。
□沖澤のどかの指揮姿は、こちら(前回の本選会の映像)。
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2021.10.05 (Tue)
第334回 《汽車は8時に出る》

▲(左)ミキス・テオドラキス唯一の邦訳著書(1975年、河出書房新社刊)
(中)CD『わが故郷の歌~バルツァ、ギリシャを歌う』(アグネス・バルツァ)
(右)CD『平成和讃 こころの雫』(森進一)
ギリシャの作曲家、ミキス・テオドラキス(1925~2021)が9月2日に亡くなった(享年96)。
日本では新聞訃報欄の隅に小さく出ただけだが、ヨーロッパでは大ニュースで、ギリシャのカテリナ・サケラロプル大統領や文化大臣は「私たちはギリシャの魂の一部を失った」との追悼声明を発表、3日間の服喪(半旗)となった。
彼のすごさは、極東にいるわれわれには、理解しにくい。
ひとことでいってしまえば、ミキスは「闘う作曲家」である。第二次世界大戦時、レジスタンスに参加し、ファシズムと闘った。戦後、ギリシャ内戦や軍事独裁政権時代も、徹底的に対抗した。何度逮捕されても転向せず、パリに逃れて民主化運動を支えながら、音楽活動をつづけた。社会主義政権となってからは、国会議員や文化大臣もつとめた。
自分を枉げず道を貫くひとに、太古より激動に翻弄されてきたヨーロッパのひとびとは、心から敬意を表する。
そんなひとだから、ややこしい音楽を書いたのかというと、そうではない。
有名なのは映画音楽で、『その男ゾルバ』『Z』『戒厳令』『セルピコ』『魚が出てきた日』などの社会派ドラマ、『エレクトラ』『トロイアの女』『イフゲニア』などのギリシャ悲劇映画などに名スコアを提供している。
そのほか、7つの交響曲や、管弦楽曲、歌劇《メデア》《エレクトラ》《アンティゴネー》、バレエやカンタータ、歌曲……現代音楽の作曲家で、これほど、一般人に聴かれる音楽を、幅広いジャンルで書いたひとは、いない。
ニュースでは、映画『その男ゾルバ』の作曲者であることばかりが報じられていた。
だが、ミキスの真骨頂は、「うた」にあると思う。
ギリシャは「詩の国」である(ミキス自身もたくさんの“抵抗詩”を書いて、自らうたっている)。
なかでも、チリのノーベル文学賞作家、パブロ・ネルーダの名作詩集にもとづくオラトリオ《大いなる詩》、1992年バルセロナ五輪開会式のためのカンタータ《カント・オリンピコ》などは、聴くたびに背筋が伸びる。
ギリシャ音楽の特徴でもある「リフレイン」(繰り返し)で反骨や歓喜をうたうとき、ミキスの筆は冴える。現代音楽の“武器”「ミニマル・ミュージック」(パターン音型の反復)は、ギリシャ音楽が原典のような気にさえなる。
それら大合唱を擁する大作もいいが、素朴な「歌曲」も魅力的だ。
なにしろ大量の曲を書いているので、わたしも全部を聴いているわけではないのだが、活動家詩人、マリナ(本名:レナ・ハジダキス/1943~2003)の長編詩3部作による《戒厳令》(獄中で書かれたため、原題は《アベロフ女性監房》)や、ディミトラ・マンダの詩に曲をつけ、アンジェリク・イオナトスが歌った、まるで日本の唱歌のように美しい歌曲集などを、わたしは愛聴してきた(イオナトスも、本年7月7日に67歳で亡くなったばかりだ)。
そして――おそらく日本で、もっとも愛されたミキスの歌曲は、《汽車は8時に出る》だろう。
ミキス自身によれば、
〈独裁樹立のほんの少しまえから、私は若い詩人マノス・エレフテリウと協同作業をはじめていた。その最初の収穫は六つの民衆歌謡だった。私はここブラカティで、それに他の六つの歌をつけ加えて、連作歌集を完成することになった〉(ミキス・テオドラキス『抵抗の日記』西村徹・杉村昌昭訳、河出書房新社/原著1971年、邦訳1975年刊)
それが《十二の民衆歌謡》で、なかの1曲が、この《汽車》である(後年、《汽車は8時に発つ/出る》と題されるようになった)。
《汽車》
汽車は八時に出発だ
目的地はカテリーニ
十一月になったら
おまえはいつも思い出すだろう
――八時出発
守備隊行きの汽車
(略)
時は霧の中に過ぎてゆき、
胸は悲しみの刃に切り裂かれ
おまえはカテリーニで歩哨に立つ。
(前掲書より)
第二次世界大戦中、ギリシャ北部はナチス・ドイツに占領されていた。そのため、北部にはパルチザンが育ち、戦後も共産党の支援を受けた人民解放軍が根強く居座っていた。
ところが、戦後、米英を後ろ盾とする中道右派政権が南部に成立したため、ギリシャは朝鮮やベトナムのような“南北対立”の内戦状態となった(この時代を素材のひとつにした映画が、テオ・アンゲロプロス監督による、1975年の名作『旅芸人の記録』)。
カテリーニは、その中間で左派と右派がにらみ合う、まさに“バルカンの38度線”ともいえる町だ。
この詩の男は兵士で、おそらく南部アテネから8時の汽車で発ち、カテリーニで監視任務に就くのだろう。戦争は終わっても真の平和が訪れない失望感と内戦の虚しさをうたっている。
1986年、ギリシャ出身のオペラ歌手、アグネス・バルツァが、アルバム『わが故郷の歌~バルツァ、ギリシャを歌う』をリリースした。このなかに、《汽車は8時に発つ》が収録され、ひときわ強い印象を残した(日本盤ライナーノーツの三浦淳史訳では、「もうあなたは夜こっそり来ることもないのね。汽車は8時に発つ」と、女性の一人称による別れの歌として訳されている)。
これを聴いて感動した作家の五木寛之が自ら日本語詞をつけ、《汽車は8時に出る》と改題して、ファド歌手の月田秀子(1951~2017)が歌った。詞は、「髪を短く切り」「黒い服を着るわ こころ閉ざして」「二度と還らぬひと 汽車は八時に出る」と、なにやら“死”にまつわるような男女の別れの歌となっていた。どこか、ちあきなおみの《喝采》や《冬隣》を思わせた。
月田は、このギリシャの“抵抗歌謡”を、ファド(ポルトガルの民族歌謡)にかえて見事に歌い上げ、人気レパートリーとなった。
だが月田は、2017年、66歳で病死する。
その間、この五木寛之版を、もう一人の大歌手が歌っていた。
森進一である。
森は、2000年前後に、芸能生活35周年記念のアルバムを何点かリリースしているが、そのうちの1枚が、五木寛之プロデュース(全作詞)の『こころの雫 平成和讃(へいせいのうた)』(ビクター)である。
この1曲目に収録されたのが、《汽車は八時に出る》だ。
これには驚かされた。まさか森進一がミキス・テオドラキスを歌うとは夢にも思わなかった(ほかはすべて日本人による曲)。月田の“ファド版”も素晴らしかったが、森進一による“演歌版”は、まるで最初から彼のためにつくられたかのような迫力だった。なぜこれをシングルとして仕掛けなかったのか、残念にさえ思った。
よく「演歌」を「怨歌」などと称するが、森のうたうミキスは、十分に「怨」を感じさせた。
おそらくこれからも、ミキスは《その男ゾルバ》の作曲者としてもっとも知られ、名を残すだろう。しかし、日本を代表する演歌歌手が歌うような、それほど幅の広い才能を持つひとだったことも、ぜひ忘れないでほしい。
その背後に、ギリシャの複雑な政治背景があったことも。
〈敬称略〉
□映画『その男ゾルバ』~有名なラスト・シーンは、こちら。
□月田秀子のうたう《汽車は8時に出る》は、こちら。
□森進一のうたう《汽車は8時に出る》は、こちら(映像では「発つ」。アルバムでは「出る」)。
□以下はナクソス・ミュージック・ライブラリーから。非会員は冒頭30秒のみ試聴可。
オラトリオ《大いなる詩》
アンジェリク・イオナトスがうたう歌曲集
歌曲《戒厳令》
カンタータ《カント・オリンピコ》
アグネス・バルツァがうたう《汽車は8時に発つ》
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ひさびさに、『サンダーバード』にかんする文章を書きました。
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◆『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』(定価:本体2,800円+税)発売中。ドキュメント部分を執筆しました。
全国大型書店、ネット書店などのほか、TKWOのウェブサイトや、バンドパワー・ショップなどでも購入できます。
限定出版につき、部数が限られているので、早めの購入をお薦めします。
◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「Band Power」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。
◆毎週(木)21時・たちかわ、毎週(土)23時・FMカオン、毎週(日)正午・調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティをやってます。
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