2021.11.05 (Fri)
第336回 東京佼成ウインドオーケストラの“民営化”

▲一般社団法人化される東京佼成ウインドオーケストラの、新しい賛助会員制度。
日本を代表するプロ吹奏楽団「東京佼成ウインドオーケストラ」(TKWO)が、一般社団法人となって、“民営化”され、来年春から再スタートを切ることが発表された。
TKWOは、1960年に、宗教法人「立正佼成会」の一事業部門として設立され、昨年、創立60年を迎えた老舗楽団である。だが今回、教団側が事業停止を決定したのだった。
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昨年春以降、新型コロナ禍でTKWOの演奏会は中止、事務局は在宅勤務中心となった。立正佼成会も事実上、活動休止となった。
それでも、わたしは、本年4月に刊行された『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』のドキュメント部分を執筆していた関係で、その間、何度か、TKWO事務局を訪問していた。
事務局は、以前は普門館内にあったのだが、解体後は、向かいの立正佼成会大聖堂内に移っていた。
ところが、その大聖堂が「閉鎖」されており、どこから入ればいいのか、最初のうちは、迷って困ってしまった。なにしろ巨大な建物なので、ひとつ間違えると、たいへんな距離を歩かなければならないのだ。
本来、大聖堂はオープンで、1階の売店や2階の大食堂などは近隣のひとびとでも使用でき、わたしも、時折、利用させていただいていた。そうでなくとも、この近所で生まれ育ったわたしには、なじみのある建物である。
その大聖堂が扉を閉ざして静まりかえっているのを見ていると、最初は「まさにコロナ禍ゆえの光景だなあ」なんて思っていたのだが、何回か行っているうちに、別の不安が襲ってきた。
これほどの巨大組織が、こんなにいつまでも活動休止して、大丈夫なのだろうか。母体がこれでは、TKWOにも影響があるのではないか。
すると案の定、昨年秋ころから、どうも「運営」をめぐって、なにか検討がなされているらしいことを感じていた。
いまになってわかったのだが、実は昨年11月に、教団側から、事業停止=助成の打ち切りを告げられ、一時は解散もやむなしとの、かなり緊迫した状態になったようだ。
しかし、事務局や団員が教団側と交渉を重ね、一般社団法人として再スタート、教団は3年間、支援をつづける(練習場の提供など)ことで合意に至った。定期演奏会は、とりあえず来年度は2回、なかのZEROホールに会場を移して開催されるという。
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少々古いが、2008年10月に『オーケストラの経営学』(大木裕子著、東洋経済新報社刊)なる本が刊行されている。
これは、文字通り、オーケストラを「経営」の視点から分析・解説した本だ。著者は、東京藝術大学を卒業後、ヴィオラ奏者として東京シティフィルハーモニック管弦楽団に入団。その後、アート・マネジメントやオーケストラ経営に興味をもち、研究者の道に進んだひとである。刊行時は京都産業大学経営学部准教授だったが、現在は、東洋大学ライフデザイン学部教授をつとめている。
この本は、最初にオーケストラがいかに儲からないかを縷々述べ、第三章が〈なぜ赤字なのに存続するのか〉と題されていた。
日本のオーケストラには3つのタイプがあるという(注:すべて刊行時の記述)。
①スポンサー型:大きな経営母体がある。N響、読響、都響、東響……など。
②地方型:地方自治体がある程度助成。札幌、山形、神奈川……などの地方名が付くオーケストラ。
③自主運営型:大きなスポンサーをもたない。日フィル、新日フィル、東京シティフィル、東フィル……など。
いうまでもなく、TKWOは、いままで、①スポンサー型だった。
海外ではまったく事情が異なり、〈ヨーロッパ諸国では国家主導による財政支援が中心なのに対し、アメリカでは資金調達の大半を民間寄付に依存しており、政府はそのための税制支援策を講じている〉という。
ところが日本では、文化庁予算の〈五八・五%に当たる五九三億円が文化財保護に充てられて〉いる。これに対し、芸術文化振興の助成額はわずか50億円。助成先は122団体で、そのうち音楽関係は61団体だった(注:以上、すべて当該本刊行時の記述)。
国家による財政・税制支援など、望むべくもない。
そこで著者は、日本における上記各タイプの運営状況を解説し、〈一番たいへんなのは自主運営型のオーケストラだ〉と述べる。
そのうえで、コンサートを開催するたびに赤字が出る構造を明かす。
結局、その赤字分を、文化庁の助成やグッズ販売、寄付、依頼公演などで補填し、それでも足りない分は自転車操業でまかなうのだという。たしかにコンサートを開催すれば、赤字になったとしても何がしかの現金収入はある。それをまわして凌ぐのが自転車操業だが、これは多くの会社や商店でやっていることでもある(TKWOの場合は、赤字分を立正佼成会が助成していた)。
で、ここから先がこの本の面白いところで、では、もしも助成なし、チケット収入だけでコンサートを成立させたら、いくらになるのかを試算しているのである。
それによれば、たとえばN響の場合、コンサート1回につき「1万5000円」のチケットを「1500枚」売らないと成立しないという(注:基本データは2007年度のもの)。
当時のN響のチケットは3500~8000円だが、わたしのような「1600円」の天井桟敷組も多いので(NHKホール3階自由席)、実際はもっと厳しい数字になるだろう。
そして、著者はこう述べている。〈ポピュラーのコンサートでは、武道館や野外で七〇〇〇~八〇〇〇円するチケットを一度に八万枚も売ることができるので、興行に向いている。一方オーケストラは、その性質上、基本的に営利には向かないのだ。オーケストラはどうしても非営利団体にならざるをえない〉。
オーケストラ(管弦楽団)と、ウインドオーケストラ(吹奏楽団)では、人員規模や活動内容もちがうから、一概に上記をあてはめることはできないが、基本構造は似ていると思う。
かくしてTKWOも、突如、「スポンサー型」から「自主運営型」となり、非営利団体=一般社団法人の道へ進むことになった。
一般社団法人は利益(余剰収入)が出た場合、賞与のように社員に配分することはできない。ただし、官庁の監督や認可制度などはないので、ある程度の自由裁量で運営することができる。
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これから3年間、TKWOは、薄氷を踏む毎日になるだろう。
その苦しさは、わたしのような道楽者には知る由もないが、それでも、今回のニュースを聞いて、こんなふうに思った。
TKWOの拠点でもあった“聖地”普門館を、全日本吹奏楽コンクール(都大会なども含めて)のために、特例条件で長年貸し出してくれたのは、立正佼成会である。
TKWOの名演を大量のレコード、カセット、CD、そして楽譜として発売しつづけてくれたのは、佼成出版社である。
アルフレッド・リードやフレデリック・フェネルを初めて招聘し、《アフリカン・シンフォニー》や《宝島》を人気スコアにしたのも、TKWOである。
日本が“吹奏楽大国”となり、学校吹奏楽部がこれほど盛んになったのは、彼らがつくってきた下地があるからだ。
海外のように国家や自治体に期待できない以上、今度は、わたしたちが、TKWOに何かをしてあげるときではないだろうか。
□東京佼成ウインドオーケストラ、一般社団法人化のプレス・リリースは、こちら。
□東京佼成ウインドオーケストラの公式サイトはこちら。
【お知らせ】
ひさびさに、『サンダーバード』にかんする文章を書きました。
来年1月9日のコンサートにまつわるコラムです。
お時間あれば、お読みください。こちらです。
◆『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』(定価:本体2,800円+税)発売中。ドキュメント部分を執筆しました。
全国大型書店、ネット書店などのほか、TKWOのウェブサイトや、バンドパワー・ショップなどでも購入できます。
限定出版につき、部数が限られているので、早めの購入をお薦めします。
◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「Band Power」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。
◆毎週(木)21時・たちかわ、毎週(土)23時・FMカオン、毎週(日)正午・調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティをやってます。
パソコンやスマホで聴けます。 内容の詳細や聴き方は、上記「BandPower」で。
◆ミステリを中心とする面白本書評なら、西野智紀さんのブログを。
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