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2022.03.29 (Tue)

第353回 『ドライブ・マイ・カー』~「国際的」なるもの

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▲2018年、『寝ても覚めても』でカンヌ映画祭に参加した、
 東出昌大(左)、唐田えりか(中央)、濱口竜介監督(右)。
(出典:Wikimedia Commons)


 わたしは、一度だけ、南仏のカンヌへ行ったことがある。といっても映画祭ではなく、MIDEM(国際音楽産業見本市)に参加するためだった。世界100カ国以上、4,000社前後が出展する世界最大の音楽ビジネス・フェアである。
 カンヌといえば映画祭で有名だが、この町は「フェア」(展示会、見本市、〇〇祭)で食っているので、1年中、何かしらの巨大イベントが開催されているのだ。

 このとき驚いたのは、最寄りのニース空港に着いたら、空港内の広告スペースが、すべてMIDEM出展社の”アピール広告”で埋まっていることだった。レーベルや音楽出版社による新譜宣伝、イメージ・ポスターなど様々だったが、そのすべてから「MIDEMではぜひわが社のブースを訪れて!」「自社のアーティストを貴国で売って!」との強烈なメッセージが伝わってきた。なかには「連日、先着〇名様に新譜CDをプレゼント!」みたいな広告もあった。
 MIDEMクラシックCD賞の選考発表もあって、それ目当ての宣伝も多かった。まさに「MIDEMは空港からはじまっている」としかいいようがなく、呆気にとられた。

 あとでわかったのだが、イギリスのあるクラシック・レーベルなどは、会場近くのホテルの広い一室を借り切って、ビュッフェ付きの「1社MIDEM」を開催していた。ざわついた会場の狭いブースより、ずっと落ち着いて過ごせる。しかもそこで、自社アーティストによる室内楽のサロン・コンサートまで開催していた(もちろんCDの宣伝だ)。

 これが「カンヌ国際映画祭」になると、その何倍もの迫力であることは、いうまでもない。ある映画ジャーナリストが「海外の映画祭では、賞は、”もらう”のではなく、”奪い取りに行く”ものです」といっていたのを思い出す。

 こういう、”戦略”を組んで、客や賞の獲得に奔走する姿勢は、いかにも肉食民族ならではのもので、日本人には不慣れだと、長年思い込んでいた。
 だが、米アカデミー賞で、日本映画『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)が国際長編映画賞を受賞したのを見て、ついに、そういう時代は終わったような気がした。

 すでに専門誌や新聞(たとえば、朝日新聞3月28日付夕刊)などで報じられているが、濱口竜介監督を発掘したのは、東京フィルメックスを立ち上げたプロデューサー、市山尚三氏だった。
 2015年、市山氏は、ロカルノ国際映画祭のディレクターに、濱口監督の『ハッピーアワー』を薦める。神戸のワークショップで製作された”自主映画”である。すぐに観たディレクター氏は、ロカルノのコンペに出品する。すると主演女優4人(ワークショップ参加の演技未経験者)が最優秀女優賞を獲得。監督の名はヨーロッパで知られるようになる。

 次作『寝ても覚めても』が日仏合作だったのは、上記の前提があったからだ。この映画は濱口監督の商業デビュー作だが、いきなりカンヌ国際映画祭コンペ部門ほか、トロントやニューヨークの映画祭にも出品され、世界配給となった。
 こうして濱口監督は、一種の”戦略”路線を驀進しはじめたのである(ただ、共演した東出昌大と唐田えりかの不倫報道があり、日本ではミソがついてしまった【写真】)。

 ”戦略”は、幸運も呼び寄せた。
 前記、ロカルノ映画祭のディレクター氏がベルリン映画祭のディレクターに”異動”。同映画祭コンペ部門に『偶然と想像』を出品させ、銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞するのだ。

 以後は、もうご存じのとおり、『ドライブ・マイ・カー』が、カンヌ国際映画祭で日本人初の脚本賞を受賞。そのほか、これはあまり大きく報じられていないようだが、アメリカの「3大映画批評家協会賞」(ニューヨーク、ロサンゼルス、全米)のすべてで作品賞を受賞。英語以外の作品としては初の“3大制覇”、そして米アカデミー賞とつづいた。

 わたしは『ドライブ・マイ・カー』を観たとき、あまりに「海外向け」であることに、少々驚いた。なにしろ原作は「ハルキ・ムラカミ」、舞台は「ヒロシマ」の「国際演劇祭」、題材は「チェーホフ」の「多言語演劇」、愛車はスウェーデンの「サーブ900」、ラストのイ・ユナの名セリフは「手話」。
 映画の内容よりも、これほど堂々とした海外向けの映画が日本で製作され、見事に成功している、そのことに感動したほどだ。完全な”戦略”勝ちだと思った。
 だが、そのせいか、(静謐で独特な演出のせいもあって)日本映画なのに、どこか別の国の話を観ているような気がしたのも事実である。
 しかし、これが、これからの時代の「国際的」なるものなのだろう。

 かつて、ニースの空港で感じた、MIDEMのような迫力を、ついに日本も発揮できるようになったのだろうか。
 ちなみにMIDEMは、コロナ禍の影響もあって2022年は中止、その後、終了するらしいのだが。
〈一部敬称略〉

【余談】
 「多言語演劇」とは、異なった国の俳優が出演し、自分のセリフを自分の国の言語で話すスタイルの芝居(普通は字幕が出る)。海外ワークショップではよくあるスタイルで、日本でも、たとえば故・蜷川幸雄が、ギリシャ悲劇『トロイアの女たち』を、3カ国の俳優で、日本語・ヘブライ語・アラビア語で上演したことがある。
 また、この映画のラストの手話に感動しているひとが多いが、あれはチェーホフ『ワーニャ伯父さん』の終幕の有名なセリフであって、この映画のオリジナルではない。

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