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2023.05.11 (Thu)

第400回 演劇ファン必見だった、今年のイタリア映画祭

開会式
▲イタリア映画祭の開会式に登壇した豪華ゲスト陣(5月2日、有楽町朝日ホールにて/筆者撮影。以下同)

毎年、GWに開催されているイタリア映画祭は、今年で23回目となった(5月2~7日)。
ここ数年はコロナ禍の関係もあって、変則的な開催だったが、ようやく本年は、有楽町朝日ホールでのリアル上映となってゲストも多数来日、本来のスタイルにもどった。

あたしは全14本中、7本しか観られなかったが、偶然、ノーベル文学賞受賞の劇作家、ルイジ・ピランデッロ(1867~1936)を題材とした映画が2本あった。舞台出身のゲストも多かった。演劇ファンにとっては興味津々の年だったわけで、簡単にご紹介しておきたい。

『遺灰は語る』(原題:Leonora addio/パオロ・タヴィアーニ監督)は、そのピランデッロの〈遺灰〉をめぐる物語である。
監督は、『父 パードレ・パドローネ』『サン★ロレンツォの夜』『カオス・シチリア物語』などで知られる世界的巨匠コンビ、タヴィアーニ兄弟の弟だ。2018年の兄ヴィットリオの死後、初めての単独監督作となる。冒頭に「兄ヴィットリオに捧げる」との献辞が出た。

冒頭は、ピランデッロのノーベル賞授賞式でのリアル映像。やがてピランデッロの死後、〈遺灰〉をめぐって珍妙な出来事がつづく。ムッソリーニは人気獲得のために派手な葬儀にしようとするが、作家は「遺灰は故郷シチリアへ」と遺言していた。その後も予想外のトラブルに見舞われる。大作家の遺灰は、いつになったら故郷におさまるのか。
……と綴ると、ブラック・コメディを想像するかもしれないが、これが一筋縄ではいかない、一種のアート・フィルムなのであった。

90分の尺だが、ラスト30分は、突如、ピランデッロの遺作短編『釘』のドラマ映像となる。不条理劇で知られる大作家だけあり、このドラマもまことに不条理。結局、映画全体でピランデッロの不条理世界をあらわしたような不思議な作品だった。前半がモノクロで、後半カラーに遷移するシーンは絶妙な美しさである。

上映後、パオロのネット中継インタビューがあるはずだったのだが、体調不良で中止となった。満91歳だけに仕方ないが、少々残念だった。
 
もう1本の『奇妙なこと』(原題:La stranezza/ロベルト・アンドー監督)は、そのピランデッロの、あの代表作がいかにして生まれたかを描く、いわば〈名作誕生秘話〉である。

ピランデッロが、師匠にあたる大作家、ジョヴァンニ・ベルガの誕生日祝いをかねて、ひさびさに故郷シチリアに帰ってくる(ちなみにこのベルガとは、マスカンニのオペラで有名な《カヴァレリア・ルスティカーナ》の原作者である)。
ところが偶然、子供時代に面倒を見てくれていた乳母の死に立ち会うこととなり、2人の墓堀人(いまでいう葬儀会社員)と知り合う。実はこの2人、町の素人劇団の主宰者で、大の芝居好き。葬儀の依頼人がピランデッロだとは夢にも思わず、自分たちの公演に招待する。ピランデッロが、そこで観たものは……。

半年後、ピランデッロは、ローマで新作を初演する。その初日に、墓堀人2人が招待された。演目は『作者を探す6人の登場人物』!
ここまで書けば、演劇好きや、カンのいい方は想像がつくだろう。あの不条理劇の傑作が、どうやって生まれたかが描かれるのだ。

むかしながらのイタリア喜劇のテイストもあり、アンドー監督お得意の、娯楽と文芸が混然となった物語が展開する……のだが、内容はまったくのフィクションだという。
だが、たしかにああいうことがあったから、こういう芝居が生まれたのだといわれると、なるほど、そういうものかと思わないでもない(何をいっているのかわからないと思うが、これを書くとネタバレになるので、お許しを)。
ちなみに、元ネタとなった『作者を探す6人の登場人物』は、知っているに越したことはないが、知らなくても楽しめるように、ちゃんとつくられているので、(もし日本公開されたときは)あまり気にせず観て大丈夫だと思う。

アンドー監督ほか
▲右から、ロベルト・アンドー監督、トニ・セルヴィッロさん、ジュリア・アンドーさん、そして、毎年、すばらしい通訳と進行でおなじみの本谷麻子さん。

上映後のトーク・ゲストは豪華だった。
監督・脚本のロベルト・アンドーさん、その娘で助演女優のジュリア・アンドーさん、そして主演のトニ・セルヴィッロさんの3人が登壇した。
アンドー監督によれば「イタリアでは〈ピランデッロ的な〉といった言葉がふつうに使われています」とのことだった(おそらく〈理屈に合わない〉といったニュアンスだと思う)。このような不条理劇の作家を題材とする一般映画が、当たり前のように制作公開されているイタリアは、まことに大人の国に思えた。

まさか本人を目の前で見られるとは思わなかった、ピランデッロを演じた世界的名優、トニ・セルヴィッロさん(1959~)は、もともと演劇畑のひとである。1990年代に入ってから映画にも出演するようになり、ヨーロッパで数えきれないほどの「賞」を獲得している。
開会式のあいさつでは「私たちは、小津安二郎や手塚治虫から多大な影響を受けています。その国に、初めて来られて感激しています」と語っていた(そういえば、このひと、「お茶の水博士」に似てないか)。
あたしは行けなかったのだが、短い滞在期間の間に、イタリア文化会館で、朗読劇『ダンテの声』(モンテサーノ作)を上演していた。このひとは、あたしとほぼ同年だが、そのバイタリティには頭が下がる。

ダンテの声
▲トニ・セルヴィッロさんの朗読劇『ダンテの声』
 
舞台出身といえば、もうひとり、『ノスタルジア』(原題:Nostalgia/マリオ・マルトーネ監督)と、『乾いたローマ』(原題:Siccita/パオロ・ヴィルズィ監督)の2本に助演出演した、トンマーゾ・ラーニョさん(1967~)も来日登壇した。
ギリシャ悲劇やシェイクスピアなどの古典舞台に多く出演し、2000年代に入って映画やTVの仕事が増えたひとである。
『ノスタルジア』では、短い出番ながらナポリのチンピラ組織の親分を見事に演じ、イタリア最古の映画賞「シルバーリボン」で助演男優賞を受賞した。

トークによれば、その『ノスタルジア』での独特な演技は、なんと、黒澤明『蜘蛛巣城』(原案はシェイクスピア『マクベス』)における三船敏郎を参考にしたという。
サービス精神旺盛なラーニョさん、実際にその演技を見せてくれたほか(たしかに、三船はそういう演技をしていた!)、この映画における人物の動きがいかに素晴らしいかを、舞台上で再現してくれた。
あたしも『蜘蛛巣城』は何度も観てきたが、なるほど、海外の演劇人は、そういうところを観ているのかと、かえって勉強になった。

ラーニョさん1
▲三船敏郎の演技を再現する、トンマーゾ・ラーニョさん。

ラーニョさん2
▲『蜘蛛巣城』冒頭がいかにすごい演出かを、舞台端まで使って自ら演じながら解説。

それどころか、昨日は鎌倉まで行って、小津安二郎の墓参りをしてきたという。黒澤や小津の国に来られて、うれしくてたまらないといった様子だった。
「小津の墓石には〈無〉(nullo)とだけ彫られていました。なのに、まわりは、お酒のボトルだらけで、全然〈無〉ではありませんでした」
こういうユーモアも、イタリアにはかなわないなあと思うと同時に、イタリア人に黒澤映画のポイントを教えてもらっているようでは、あたしもまだまだだなと、反省の日々となったGWでありました。

◆イタリア映画祭2023は、こちら
◆映画『遺灰は語る』は6月23日より日本公開が決まっています。HP/予告編は、こちら
◆映画『奇妙なこと』予告編は、こちら
◆映画『ノスタルジア』予告編は、こちら
◆映画『乾いたローマ』予告編は、こちら


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