2023.08.27 (Sun)
第421回 文楽とバレエが同居した、前代未聞の合同公演

▲国立劇場6館研修終了者合同公演
独立行政法人日本芸術文化振興会は、6館の国立劇場を運営し、それぞれが研修事業を実施している。歌舞伎、大衆芸能(太神楽、寄席囃子)、組踊(琉球音楽劇)、能楽、文楽、オペラ、バレエ、演劇……と多岐にわたっている。
あたしが国立劇場の研修制度を強く認識したのは、1986年、スーパー歌舞伎の第1弾、『ヤマトタケル』初演だった。かなり重要な脇役「みやず姫」を、名題下の市川笑也が見事に演じたのだ。三代目猿之助の門下で、それまで澤瀉屋一座では腰元などを演じていただけに、異例の大抜擢だった。
このとき笑也が一般家庭の出身で、国立劇場研修所の修了生(第5期)であることが話題となった。このあと、笑也は同演目の再演で兄橘姫役などに“昇進”、澤瀉屋の人気女形に成長する。同時に門閥を重視しない三代目猿之助の方針も明白になった。市川春猿(現・河合雪之丞)、市川段治郎(現・喜多村緑郎)といった研修所修了生が続々起用された。
そんな国立劇場研修所の修了生による合同公演『舞台芸術のあしたへ』に行ってみた(8月20日、国立劇場大劇場にて/昼夜2回公演のうち、夜の部を鑑賞)。初代国立劇場が10月で閉場されるにあたっての「さよなら特別公演」だという。
チラシを見ると(上写真)、歌舞伎からはじまって演劇、能楽、大衆芸能、組踊、バレエ、文楽、オペラ……など計9演目が上演されるようだ。いままで、こんな催しがあったのか寡聞にして知らなかったが、あたしは初めての見物である。
しかし、これだけのものをやるのだから、3~4時間を要すると思いきや、上演時間は休憩なしで1時間45分となっている。ということは、おそらく1演目10~15分程度。吹奏楽コンクールの規定演奏時間とおなじだ。いったい、こんな短時間で、歌舞伎から文楽、バレエ、オペラまでを、どうやって見せるというのか……。たぶん、演目ごとに幕を上げ下げし、なにもない舞台上でシンプルに、それこそ学校の体育館における合唱コンクールのように展開するものだと思っていた。
ところが、そうではなかった。最初、たしかに緞帳は下りていた。しかし開演して上がったら、最後まで緞帳は下りず、幕も引かれなかった。シンプルながら、ちゃんと舞台美術もある。あたしたちは9つの演目を観たのではなく、105分間の一幕出し物を見せられたのである。
ではどうやって舞台転換をしたのか。ほとんどの演目は、廻り舞台を使っていた。たとえば冒頭は中村又之助(第8期)、市川新十郎(第10期)による歌舞伎舞踊『二人三番叟』だった。正面に、人間国宝・竹本葵太夫(第3期)を中心に、三味線・鳴物。後方に松羽目板。終わると暗転して羽目板が上がり、舞台が廻り始める。
すると後方から廻ってきたのは、沖縄「ひめゆり学園」の女生徒たちである。新国立劇場の演劇ファンにはおなじみ、朗読劇『ひめゆり』だ(脚本:瀬戸口郁、演出:西川信廣)。全部で10数名、半分はつい1週間ほど前に本公演を演じた第17期の現役生たちである。もちろんダイジェストだが、さっきまで歌舞伎舞踊が展開していたおなじ板の上で、真っ赤な照明を浴びながら沖縄戦を題材にした現代劇が展開することに、まったく不自然さを感じなかった。
このようにして、次々と舞台を廻しながら、狂言『盆山』(昼の部は居囃子『高砂』)、太神楽(いわゆる曲芸)、そして国立劇場おきなわの組踊『手水の縁』と間断なくつづく。あたしは組踊を見たのは初めてで、それまで琉球芸能といえば民謡くらいしか知らなかったのだが、歌三味線による地謡がこんなに美しいとは思わなかった。
唯一、セットも道具もない舞台上で、むき身の肉体のみで展開した演目が、バレエ『ロマンス』である。新国立劇場バレエ団の貝川鐵夫が振り付け、ショパンのP協第1番の第2楽章で、5人の女性ダンサー(第15、17期)が踊った。2016年初演の人気演目だそうで、静謐で美しい舞台だった。
つづく文楽は、吉田勘彌(第2期)、吉田蓑二郎(第3期)の人形を中心にした『万才』。文楽特有の舞台機構「船底」「手摺」なども即席で設けられていた。さすがに「床」は設置できないので、太夫・三味線は舞台正面、長唄風の山台上で演奏された。
ちなみに文楽の研修所は、今年度、入所者がゼロだったことが話題となった。あたしは、その件で吉田勘彌さんに取材して「デイリー新潮」に寄稿したばかりだったので、他人事とは思えずに見入ってしまった(準備の都合上困難だったろうが、文楽を知らないひとにアピールするいい機会だったので、できれば八百屋お七の「火の見櫓」か「金閣寺」の木登りシーンなどを演ってほしかった)。
オペラは《椿姫》~〈乾杯の歌〉の場。ピアノ伴奏と簡素なセットだが、ちゃんとヴィオレッタ邸の大宴会を、衣裳・小道具付きで見せてくれる。しかも第1幕冒頭部から〈乾杯の歌〉終了までを字幕付きで全部聴かせてくれた。
最後に歌舞伎の景事《元禄花見踊》がにぎやかに演じられ、出演者全員が舞台上に並ぶフィナーレで終了。当日は両花道が付いており、歌舞伎陣は下手花道から、バレエやオペラ陣は上手花道から登場した。来月が『妹背山女庭訓』の通しなので、すでに両花道が設置されていたのだろう。おなじ舞台上に文楽の人形遣いとバレリーナが一緒にならぶ、前代未聞のヴィジュアルが展開したのであった。
これは、中学高校の芸術鑑賞会にぴったりの公演だと思った。一演目がせいぜい十数分。次から次へと瞬きする間もなく、まったくちがうタイプの演目が飛び出してくる。おそらく生徒たちは、終演後「どれが一番よかったか」で盛り上がるだろう。
仕込みや演者の確保で、そう簡単にはできないことは十二分にわかる。だが、これほど広範な舞台芸術があり、それを国が維持している姿を若いひとに見せることはとても重要だと思う。そして、これらの演目すべてに(ほぼ無償、もしくは奨励金まで出る)「研修制度」があり、安定企業への就職ばかりが未来ではないことを知ってもらう、いい機会だとも思うのだが。
(敬称略)

▲8月11日に、タクシーが突っ込んだ跡(国立劇場)
2023.08.27 (Sun)
第420回 再上映のご案内
◆再発見! フドイナザーロフ ゆかいで切ない夢の旅
下高井戸シネマにて、9/9(土)~9/15(金) 1週間日替り上映
この劇場は、昔ながらの受付チケット購入で番号順入場です。事前のネット席予約はありません。
(本ブログのバックナンバー)
第408回 【映画紹介】タジキスタンの内田百閒? よみがえるフドイナザーロフ
近年、もっとも反応のあった回でした。
◆METライブビューイング《魔笛》
東銀座・東劇にて 9/1(金)14:15、9/7(木)18:30、9/23(土)14:50
アンコール上映全体のスケジュール
《魔笛》作品情報(リハーサル映像などあり)
もしオペラがお好きでしたら、ケルビーニ《メデア》もご覧になっておいた方がいいと思います。
(本ブログのバックナンバー)
第418回 【映画紹介】「限界突破」した、METの新演出《魔笛》
2023.08.13 (Sun)
第419回【吹奏楽/新刊紹介】 コンクールで気になった本『部活動顧問の断り方』とは

▲東京都中学校/高等学校吹奏楽コンクール会場「府中の森芸術劇場」。左は主催者・朝日新聞社の号外サービス。
8月10~15日の6日間、「第63回 東京都高等学校 吹奏楽コンクール」が開催されている(府中の森芸術劇場)。
コロナ禍以来の通常開催だったが、ひさびさに以前のように3日間、都大会~全国大会につながるA組の全56校を聴いた。よく「お好きですねえ」といわれるが、56校と聞いて「そんなにたくさん出場するんですか」と驚くひとも多い。
だが、全体の出場校数は、こんなものではない。東京の高校の部は、編成(人数)などに応じて4部門あり、今年度は「272校」が出場した(ただし複数部門出場校や、東日本大会選考会への進出校も含む「のべ」数)。東京都高等学校吹奏楽連盟は、この7月で「310校」が加盟しているそうなので、数字上は88%の学校が出場していることになる。
ちなみに中学はもっと多くて、東京都中学校吹奏楽連盟の加盟校は640校(2021年度)となっている。それだけにコンクールは、8月4~9、16・17日の「8日間」を要している。
つまり東京には、中高だけで「950校」の吹奏楽部があるのだ。特に今夏は異常な酷暑だけに「顧問の先生や、連盟の役員(ほとんどが学校吹奏楽部の顧問)も大変だなあ」と、ため息をつきながら熱演を聴いていた。「950校」あるということは、東京だけで(多くが複数顧問だろうから)2,000人前後の顧問の先生が、夏休みを返上してコンクール指導や引率に奔走しているのだ。
舞台上の熱演を聴いていると、どこも熱心な先生が指導している様子が伝わってくる。だが、さすがに950校、2,000人もいると、なかには、そうでもないひともいるだろう。
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もう20年以上前だが、都内のある公立中学校の吹奏楽部顧問の先生から、こんな話を聞いたことがある。その先生は、当時20歳代後半、地方出身で社会科の独身男性だった。
※個人情報的な内容も含まれているので、主旨を変えない範囲で細部を変更してあります。
「ぼくは、音楽はよくわからないんで指揮といっても、演奏開始の合図をおくるだけみたいなもんですよ。吹奏楽部は希望したわけではありません。鉄道や地図が好きだったので、着任したときの校務分掌アンケートの部活欄に、“地理部の顧問希望”と書きました。しかし地理部は長く顧問をやっている先生がいるそうで、吹奏楽部にされたんです。いままで吹奏楽部の顧問だった先生が異動になったところで、ちょうど空いたんですね。音楽の先生もいましたが、声楽が専門で合唱部をもっており合唱コンクールで多忙だそうで、吹奏楽部までは無理だという。でもまあ、きつそうな運動部よりはいいかなと思って、引き受けました。普段の練習は生徒たちにまかせています。時々、見よう見まねでそれらしい指導をしますが……」
そこは、部員数20人前後の小さな吹奏楽部だった。よってコンクールは小編成部門に出場している。結果は、毎年、銅賞。ところが、近隣地区に都大会に進出する学校が誕生したせいもあって、保護者から「もっと本格的に指導してほしい」「せめて銀賞くらいはとれないか」との声が、ジワジワと伝わってくるのだという。
※東京のコンクールでは、すべての出場校に金賞・銀賞・銅賞のいずれかが授与される。
「部活動顧問は時間外業務で、校務ではありません。そのせいか、校長もさすがに“もっと本格的に指導しろ”とまではいってきません。でも子どもたちは部活が好きで来ているので、なんとかしてあげたいんですよね。かといってこれ以上、ぼくの指導でレベルアップできるとは思えないし、プロの指導者を招くことに校長は消極的だし……。毎年、コンクールが終わるお盆時期までは、夏休みもほとんどナシです。新学期の準備は、8月末の10日間に集中してやるしかなく、これもけっこうシンドイ。夏休みの旅行とか、帰省もむずかしい。ぼく、結婚できますかねえ(笑)」
吹奏楽というと、メディアが取り上げる有名曲や、部員が200人以上いるコンクール強豪校、熱血先生を思い浮かべる。あるいは《ワインダーク・シー》や《ブリュッセル・レクイエム》のような、プロでもヒイコラいう曲を平然と見紛うばかりに演奏する中高吹奏楽部が注目される。だが実は、こういう先生もけっこういるのではないか。「部活動顧問は時間外業務」との言葉も、妙に印象に残っていた。
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そうしたところ、たまたまコンクールの帰り道、書店に寄ったら、昨年末にこういう本が出ていたことを知った。

▲西川純『部活動顧問の断り方』(東洋館出版社)
門外漢のあたしは、一読して驚いた。てっきり、上述の先生のように「地理部をもちたいのに、専門ジャンル外の部活をもたされる、それを断るにはどうすればいいか」みたいなことを解説した本だと思いこんでいた。ところが本書は、「部活動は時間外勤務であり、そもそも引き受ける必要はない」との前提で書かれているのだ。
だから校長からいわれたら、まずそのやり取りを(許諾を得て)録音し、そんなことをあなたが要請できる権限などないのだと、これこれの法律の条文を示して拒否せよ。地方公務員の勤務はほとんどが朝8時開始だったら16時半終了となる、授業が16時に終わるとして、平日30分のみの部活だったらやってもいいと返答せよ。もし職員会議で決められたら、そもそも職員会議は意思決定機関でない、学校の意思決定者は校長一人であると説明せよ……。
全編がこの種の解説で、要するに、部活動顧問を拒否するために「校長」といかにして合法的に「対決」すればいいかを、多くの法律条文や実例で示しているのである。もちろん、それだけではなくて、「同僚から嫌われないようにする」にはどうすればいいか、また「今後の部活動はどうあるべきか」などにも紙幅が割かれている。
「部活指導をやりたい先生は兼業とすべき」との項もある。地方公務員はアルバイトを禁止されているのだが、教育公務員特例法には、「教育に関する仕事」で「本務の遂行に支障がないかぎり」は、「給与を受け、または受けないで」他の職に「従事することができる」と書かれているそうだ。この法律をもとに教育委員会に交渉する方法も、ていねいに書かれている。
ほかに著者は、部活動を常勤教諭の三分の一に減らして、三人協働で顧問になってはどうかとも提案している。また、愛知県と岐阜県の一部地域の中学校では、土日の部活指導はないそうだ。月~金曜日の部活は学校が運営するが、土日は保護者が中心となった社会体育クラブが運営しているのだという。だが、著者はそれをさらに進めて、学校の枠組みを捨て、部活はすべて社会体育に移行してはどうかとも述べている。
ここまででおわかりのように、本書は基本的に「公立中学校の運動部顧問」を拒否することを前提に書かれている(私立校教師の場合はもう少し法律で守られているものの、実態は大差ないらしい)。よって、吹奏楽部をここにそのままあてはめることはできない。また、ここに書かれていることをそのまま実行したら、いったいどんな職場になってしまうのか不安もよぎる。だが、あたしは公立中学校に勤務したことなどないので、こればかりは、なんともいえない。
だがおそらく、いま、中高の吹奏楽部顧問の多くは、時間外勤務を承知のうえで、それでも上位入賞を目指してコンクールに参加しているのだと思う。そういう先生方にとっては、こんな本は無用だろう。だが本書の著者は教員養成系の大学教授で、この種の本を大量に上梓している。それだけ悩んでいる先生が多いことの証左だろう……ということは、いまでも、20年前に地理部を希望していた、あの先生とおなじような思いの顧問が950校のなかにいて、先日もコンクール会場にいたのではないか。
そんなことを考えながら、汗を拭き拭き、東府中駅に通った3日間でありました。

▲コンクール会場、東府中の駅前。
◇本年度の東京都吹奏楽コンクール(全国大会予選)が、無料でライブ配信されます(府中の森芸術劇場)。特に高校の部は、空前の名演が繰り広げられるであろうことを保証します。ぜひ、大音量のPCでお聴きになってください。
9月9日(土)9:40職場・一般の部(12団体)/14:15中学校の部(14団体)
9月10日(日)9:40小学校の部(6団体)/11:05大学の部(8団体)/14:15高等学校の部(12団体)