fc2ブログ
2023年11月 / 10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

2023.11.01 (Wed)

第429回 【新刊紹介】”マンガ亡命”から生まれたロシアのグラフィック・ノヴェル『サバキスタン」の魅力

サバキスタン書影
▲『サバキスタン』全3巻

読んでいるときは、それほどの感興はおぼえない。なのに、しばらくすると、なんとなく気になりだす。そこであらためて頁を繰ると「なかなかいいなあ」と気づく。そんなマンガをご紹介したい。
 
8月から3カ月かけて刊行された“マンガ”『サバキスタン』全3巻(ビタリー・テルレツキー作、カティア画/鈴木佑也訳/トゥーヴァージンズ刊)は、まさにそんな、不思議な味わいのある書物だった。

これはロシアのマンガである(正確には“マンガ”ではないのだが、これに関しては後述する)。

サンクトペテルブルクのテルレツキー氏(原作)とカティア嬢(画)による本作は、3年かけて制作され、「コミコン・ロシア2019」で販売すると、たちまち完売。以後、増刷がつづく人気作となった。しかし、折悪しくロシアのウクライナ侵攻が始まる。同時に言論表現の締め付けも強化されるようになった。そこで2022年3月にロシアを出国。マンガ大国・日本へ逃れてきた。いわば“マンガ亡命”である。同年暮れの「東京コミコン」に出展したところ、関係者の目にとまる。最終部分は、日本で制作されたという。

そして、日本の出版社「トゥーヴァージンズ」のコミック・レーベル「路草」から配信で発表され、評判となり、ついに紙で書籍化されたというわけだ。

余談だが、同社はたいへんユニークな出版社で、興味のある方は文末リンクからHPを参照あれ。ジョン・レノンとオノ・ヨーコによる社名と同じ超問題アルバムがあるが、特に“ああいう傾向”はないようなので、ご安心を。

   *****

で、その『サバキスタン』だが、まずタイトルが不思議である。あたしなど、つい“鯖の味噌煮”を想像してしまったのだが、もちろんそうではなく、ロシア語の「犬」(サバーカ)と、「国」(スタン)の合成語で、「犬の国」。「スタン」はペルシャ語が原典だそうで、「パキスタン」「カザフスタン」などと同じ。 

つまりこのマンガは、“犬の国”の物語なのだ。近隣にはカメレオンの国もあるほか、迫害されている少数民族「ヴォルク(狼)族」も登場する。

問題はここからで、このサバキスタン国では独裁者「同志相棒」がすべてを統治しており、すでに50年以上、鎖国状態である。どうやら、かつてのソ連や北朝鮮あたりをモデルにした反独裁マンガのようである。この国で、突然、国家イベントである「同志相棒」の葬儀リハーサルを国外に向けて公開することになった。世界中からジャーナリストや国家元首が招かれる——物語はこんな状況から始まる。

意表を突く出だしであり、凡百の反独裁マンガではないことが、すぐにわかる。オールカラーのポップな絵柄も見事だ。いかにも女性らしい、繊細で愛らしいタッチは何度見ても飽きない。各コマが1枚のイラストとして完成している。キャラクターが「犬」なので、人間ほど喜怒哀楽の表情をしない。性別もすぐにはわかりにくい。そこがまた、本心を明かさずに生活しているサバキスタン国民の空気を醸し出すことに、成功している。

   *****

だが本作のほんとうの面白さは、全3巻の「構成」にある。

第1巻は、上述したように「同志相棒」の葬儀リハーサル公開をめぐって発生した「事件」が描かれる。後半で「最高司令官」の素性が判明し、ある“行為”に走るシーンでは、背筋を何かが走る。第1巻ラストは、サバキスタン国の命運にかかわる衝撃的なシーンで終わる。もう我慢できない。すぐに第2巻を読まずにはいられなくなる。実にうまい構成である。

ところが! 第2巻は、その続きではないのだ。数十年後、民主国家になったサバキスタンが舞台で、次の世代の話になっているのである。登場人物(犬)も、ガラリと変わる。あの第1巻ラストのあとは、どうなったのか、何の説明もない。にもかかわらず、読んでいるうちに、次第に、この数十年の間に何があったのか、そして、いまの民主国家体制は本物なのかが、ジワジワとわかってくる(というよりは、読者が想像をめぐらして判断するのだが)。そして第2巻の最後は……さらに第3巻は……。

先に、本作は「正確には“マンガ”ではない」と書いた理由が、ここにある。本作は、“グラフィック・ノヴェル”なのである。無理に訳すと“小説風マンガ”とでもなるか。我々日本人が読みなれている“マンガ”とちがって、“絵物語”に近い。細かい描写や字幕・セリフなどの文字要素も最低限である。よって慣れていない読者には、あまりに変化がないので、つまらないであろう。だが、小説好きなら、活字で描かれたシーンを脳内でヴィジュアル再生するクセがついているはずだ。コマとコマの間で起きているはずの出来事や、省略されているキャラクターの動きや音を想像しながら読めると思う。

その「コマ間」を読む面白さが、本作では抜群の効果を生んでいる。翻訳も最低限の直訳なので、あたしたちは行間=コマ間を探るような知的な読書を体験することになる(翻訳の鈴木佑也氏は、新潟国際情報大学准教授。ロシア・ソ連の建築・美術史、表象文化論が専門)。

結局、3巻を通読すると、ソ連~ロシア近現代史を再現しているような感覚を覚える。そしてそれが、現在のロシアの状況を奇しくも先取りしていたことに驚く。

動物世界に仮託した反独裁ストーリーといえば、ジョージ・オーウェルの『動物農場』が有名だ(石ノ森章太郎による見事なマンガ化がある。リンク文末)。スターリン時代のウクライナ搾取をモデルにしたリアルな設定だったが、こちらはもっと壮大な視点で描かれている。ある意味、オーウェルよりも文学的かもしれない。

オールカラー3巻なので、書籍だと相応の価格になる(税別1,800円×3巻)。だがそれでも、カラーインクの独特な匂いがあふれてくるとてもいい本で、名作を「紙で所有」する良さを体感できる。ブックデザイン(森啓太)も素晴らしい。

版元は、かなりの部分をネット上で無料公開してくれている。ぜひ多くの方に読んでほしい。そして、“マンガ亡命”から誕生した、この知的な“グラフィック・ノヴェル”の面白さに触れていただきたい。
(一部敬称略)

◇版元「トゥーヴァージンズ」の『サバキスタン』HPは、こちら。かなりの分量を試し読みできます。
◇「トゥーヴァージンズ」オンライン・ショップは、こちら
◇以前に『動物農場』について、書きました。こちら

スポンサーサイト



15:23  |   |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |