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2023.11.03 (Fri)

第430回 【映画紹介】スポーツ政治映画の傑作『タタミ』~東京国際映画祭より

タタミ 冒頭ヴィジュアル
▲実態はイラン映画『タタミ』。左が最優秀女優賞のザル・アミール。

第36回東京国際映画祭(TIFF2023)が終わった。本年は全部で219本が出品された。コンペティション部門は、114の国と地域から1942本の応募があったそうで、選ばれた15本が上映された。

あたしは、そのコンペ部門7本を含む計12本を観た程度なので、映画祭の全容を語ることはできない。そこで、観賞した範囲内で、忘れられない(今後日本で配給公開されたら絶対に観ていただきたい)作品を紹介する。それは——

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◆『タタミ』 Tatami 【アジアン・プレミア】
監督:ザル・アミール、ガイ・ナッティヴ/2023年/ジョージア・アメリカ
審査委員特別賞、最優秀女優賞(ザル・アミール)受賞。

タタミ ポスター

長年TIFFに通っているが、こういう作品に出会ったのは、少なくともあたしは初めてだった。エンタメとアート、スポーツ、スリルとサスペンス、国際政治・宗教問題などが絶妙のバランスで同居している。興奮し、感動し、少し泣かされ、考えさせられ、心の底から「観てよかった」と感じた。本作を日本で最初に観たことを自慢したくなるような映画だった。

製作国はジョージアとアメリカの合作。だが、イラン人女性とイスラエル人男性の共同監督であり、実態は「イラン映画」である。映画史上、この2国の監督が組んだ作品は初めてとのことだ。

ちなみにジョージアは世界トップレベルの映画産業優遇国で、同国で製作すると40%の税金が還付されるシステムがあるそうだ。

よって本作の舞台はジョージアである。首都トビリシで開催中の世界柔道選手権大会。イラン代表選手とコーチの2人の女性が主人公だ。

このコーチを見事に演じたザル・アミールさんは、イラン出身の女優・映画監督(現在、フランスに亡命中)。当初、俳優としてのみの参加だったが、すぐに共同監督に迎えられた。日本では、本年4月に公開されたサスペンス『聖地には蜘蛛が巣を張る』での名演が忘れがたい(カンヌ映画祭主演女優賞受賞)。今回も最優秀女優賞を獲得した。

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さて、ストーリーは——女子柔道イラン代表のママさん選手、レイラ・ホセイニは、この日のためにすべてをかけて準備してきた。男尊女卑のイスラム社会だが、夫は子どもの面倒を見て、全面協力してくれている。コーチも全力でレイラを育ててきた。案の定、レイラは順調に勝ち進んでいく。イラン初の女子柔道金メダルが見えてきた。

だが……このまま勝ち進むと、イスラエル選手と対戦する可能性が出てきた。コーチのスマホに、イラン柔道協会の会長から電話が入る。「イスラエル選手との対戦は許されない。負傷を理由にレイラを棄権させろ」。

アラブ人がユダヤ人と身体を触れ合わせて闘うなど耐えがたい、しかもイランとイスラエルは核開発などをめぐって深刻な対立関係にある——政治的かつ宗教上の厄介ごとを避ける、イラン政府の干渉だった。

当初、コーチは抵抗するが、「大統領の指示」といわれ、仕方なくレイラを説得する。だがレイラは応じない。焦るコーチ。規定で本人の意思でないかぎり棄権はできないのだ。レイラは次々と対戦相手を打ち破り、勝ち進んでいく。イスラエル選手も勝っている。2人がぶち当たる可能性がどんどん高まる。

その間、イラン政府はレイラを棄権させるべく、恐ろしい手段をつかう。母国にいる老父を拉致・拷問し、そのナマ映像を、ファンを装って近づいた工作員がスマホでレイラに見せるのだ。泣きながら「棄権してくれ」と訴える老父。

一方、母国でTV観戦中の夫は、レイラからのスマホ電話で身の危険を察知。幼児の息子を抱きかかえ、間一髪で特高警察から逃がれ、自宅を脱出する。もはや国境を超えて亡命するしかない。国家に従わないレイラは反逆罪であり、一族郎党、すべて同罪なのだ。それでもこの夫は「絶対に棄権するな。こちらも心配するな。君はイランのヒーローなんだ」とスマホで応援する。ここで涙がにじまないひとは、人間ではない。スマホが、いかに重要なツールであるかも、うまく描かれている。

やがて状況を察知した世界柔道連盟が、レイラを守るために立ち上がる。

会場に紛れ込むイラン大使館の工作員たち。苦しみながら試合に出つづけるレイラ。ますます板挟みに追い込まれるコーチ。レイラに警備をつけて試合を続行させようと奔走する柔道連盟。母国で危険にさらされる家族たち。果たして、どうなるのか。

「タタミ」のうえで熱戦が続く裏側で、驚天動地の事態がひと知れず展開する(2019年、東京での世界選手権で発生した実話がモデル)。コーチの過去が明らかになり、いつの間にか主役がレイラからコーチになっている脚本構成も実にうまい。試合シーンも迫力満点。こうして思い出して書いているだけで、またも心臓がバクバクしてきそうだ。

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たたみジェイミー会見
▲『タタミ』プロデューサー・出演女優のジェイミー・レイ・ニューマン(筆者撮影)。

画面は最近では珍しいモノクロ・スタンダード。プロデューサーで出演女優(柔道連盟のスタッフ役)のジェイミー・レイ・ニューマンさんによると「小さな箱に閉じ込められているような、クロストロフォビア(閉所恐怖症)的なロケーションで、人生にもまったくカラーがないというところを強調したかった。大好きな黒澤明監督のフォーマットにちょっと影響を受けているかも知れませんね」(公式インタビューより)とのことだった。

だが実際は、低予算映画につき、何千人もの観客で埋まったスタジアムを再現することはできない。そこで、狭い画角で陰影の深いモノクロ画面にすれば、客席細部まで見せなくて済む、そんな“作戦”もあったように思う。

演出は落ち着いており、音楽も和太鼓が静かに鳴り響く程度。おなじスポーツ政治映画でも『ロッキー4/炎の友情』のような派手さは皆無だ。しかしそれだけに、レイラとコーチが置かれた状況が深々と観客の内面に沁み込んできて、それゆえ手に汗握らざるをえなくなる。

すでに9月のヴェネツィア国際映画祭でブライアン賞を受賞しており、今回のTIFF2023でも東京グランプリに次ぐ「審査委員特別賞」を受賞した。

まさかこれほどの作品に配給がつかないことはないと思うが、一般公開されたら、ぜひご覧いただきたい(当事国への「忖度」が気になる。イランでは当然、上映禁止だ)。できればミニシアターではなく、TOHOシネマズあたりの大型シネコンで堂々と公開してほしい、そんな映画である。

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雪豹ポスター

ほかに、東京グランプリ/東京都知事賞を受賞したのは『雪豹』(ペマ・ツェテン監督/中国)。5月に急逝したチベットの名匠の遺作である。絶滅危惧種、白い「雪豹」をめぐるドラマ。自然と人間の共生の難しさを、チベットと中国の関係なども盛り込みながら描く異色作だった。

ゴンドラ ポスター

『ゴンドラ』(ファイト・ヘルマー監督/ドイツ・ジョージア)も、ユニークでとても気持ちのよい作品だった。ジョージアのロープウェイで働く2人の女性の同性愛関係を、さわやかに楽しく描くコメディ。無言劇だが、その分、音楽が饒舌で秀逸。往年のドリフターズの大仕掛けコントを見るような面白さだった。

なお、作品名はあげないが、異常なまでの長回しで何も起きない風景をえんえん映すとか、意味不明な詩の朗読がつづくとか、演技をせず役者が立っているだけとか、あたしのような浅学にはとうてい理解できない作品に、いくつかぶち当たった。ああいうのをいわゆる「アート・フィルム」とでもいうのだろう。これほど観客に寄り添ってくれない作品がなぜ選出されたのか不思議だった。審査委員長のヴィム・ヴェンダースが「本当に素晴らしい作品を数多く見ることができましたが、セレクション全体が、同等の水準であるかどうかというのは確信できませんでした」とコメントしたのは、このことではないだろうか。

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最後に——TIFF会場がTOHOシネマズ六本木の全館貸し切りから、丸の内・日比谷・有楽町・銀座での分散開催になって4年目になるが、とにかく移動が不便で仕方がない。今回も、終映後の会見まで出席できず、あたふたと次の会場に向かうひとの姿を多く見た。せめてTOHOシネマズ日比谷とシャンテあたりに統合できないものだろうか。あまりにあちこちで開催されているので、知己と出会う機会も少なく、「国際映画祭」に参加した一体感もない。これを「FESTIVAL」と称していいのだろうか。
(一部敬称略)

◇『タタミ』レイラの試合シーンは、こちら
◇『タタミ』コーチの説得シーンは、こちら
◇『雪豹』予告編は、こちら
◇『ゴンドラ』予告編は、こちら
◇TIFF2023受賞作品と受賞者コメントは、こちら

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