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2023.11.08 (Wed)

第431回 【映画、演劇】 手塚治虫作品が「強固」な理由~映画『火の鳥 エデンの花』、舞台『アドルフに告ぐ』、BJ展

火の鳥
▲映画『火の鳥 エデンの花』

最近、手塚治虫にまつわる企画がつづいた。どれも意欲的な内容で、60年を超える“手塚教の信者”としては、たいへん楽しかった。だが同時に、手塚作品をアレンジすることの難しさも、あらためて痛感した。

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現在公開中のアニメーション映画『火の鳥 エデンの花』(西見祥示郎監督)は、『火の鳥 望郷編』(「マンガ少年」版)が原作である。アニメーション制作はSTUDIO4℃。

世評では、原作に忠実だとの声もあるようだが、重要な点が改変されており、あたしは『火の鳥 望郷編』を参考にした別作品に感じた(本作は、Disney+での配信版もあり、若干内容がちがうそうだが、そちらは未見)。

では、原作どおりにやればいいのかというと、そこがむずかしい。手塚作品は独特の文法による「紙の漫画」として完成しすぎているので、ほかのメディアに移植しにくいのだ。特に映像化となると、そのままでは無理で、どうしたってアレンジが必須となる。しかしそれは“手塚文法”を捨てることになるので、どうしても別作品になってしまうのだ。

この二律背反が、手塚作品の映像化における大問題となる。いままで多くのクリエイターが挑戦してきたが、なかなかたいへんなようだ。特に『火の鳥』はむずかしい。市川崑の実写映画や、手塚自身が総監督をつとめた『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』(杉山卓監督、1980)など多くあるが、どれも成功作とはいいがたかった。

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では、その“手塚文法”とは、なんだろうか。強いていうと、手塚作品は「落語」なのである。すこし遠回りになるが、古典落語の名作『崇徳院』を例にあげて説明しよう。

大店の若旦那が恋煩いで寝込み、医者から「あと5日の命」と宣告される。実は先日、美しい町娘から文をもらった。〈瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の〉と書いてある。崇徳天皇の御製だ。だが下の句がない。このあとは〈われても末に あはむとぞ思ふ〉(いまは別れても、またお会いしたいです)とつづくのだ。ということは、これは暗号のラヴレターではないか。

だが、その町娘がどこの誰だかわからない。そこで父親が熊さんに相談する。「3日で見つけ出してくれたら借金を帳消しにしてやるぞ」。熊さんは仕方なく町中へ出る。人が集まる湯屋や床屋へ行っては「瀬をはやみ~!」と大声をあげて、手がかりを探すのだが……。

そもそも恋煩いで「5日後に死ぬ」など、ありえない。どこの誰だとも名乗らずに暗号みたいな恋文を送ったって、その後の進展があるわけがない。湯屋や床屋で上の句を読んだら、なぜ町娘が見つかるのか理屈に合わない。ないない尽くしなのに、我々は疑問ももたず、笑いながら聴き入ってしまう。

なぜなら作者は(江戸時代、初代桂文治の作といわれる)、崇徳天皇の和歌を上・下に割いたことで、若い2人も割かれたような錯覚を聴き手に与え、出会えるかどうか=和歌が完成するかどうかのサスペンス・コメディに仕立てたのである。しかも細かい途中経過は省略して、話を強引に進めてしまう。だから、余計なことを考える暇がない。名作落語は、多かれ少なかれ、似た手法でできている。

手塚作品に詳しい方なら『ブラック・ジャック』がこの手法でつくられていることにお気づきだろう。やっかいな事態に巻き込まれる上記の熊さんなど、BJそのものではないか。手塚自身、

《僕の話の作り方は三題噺を手本として考えたもので、まるっきりバラバラのテーマをくっつけて一つの話を作っていくんです》

と述べている(『アドルフに告ぐ』あとがきにかえて)。「三題噺」が寄席高座の定番であったことは、いうまでもない。『火の鳥』は、この仕掛けをさらに拡大した作品だ。手塚治虫は、文芸的な手法や素材を用い、ありえない話を細部省略で強引に進め、絵にして紙に定着させた。だからもう、いじりようがないのだ。

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火の鳥 文庫
▲手塚治虫文庫全集『火の鳥⑥』~「火の鳥 望郷編」所収(講談社)

『火の鳥』シリーズは、永遠の生命を求める人間の姿を、火の鳥を狂言まわしにして、あるときは真摯に、あるときは滑稽に描いている。『火の鳥 望郷編』では、火の鳥自身が回想を語るナレーション役をつとめている。サン=テグジュペリ『星の王子さま』も登場する。かつて『鉄腕アトム/赤いネコの巻』で、国木田独歩『武蔵野』をモチーフにした、あるいは『白骨船長』における鬼子母神伝説、『安達が原』の黒塚伝説と似た使い方だ。これらは、手塚ならではの「文芸」手法である。

宇宙の果ての星で、幼児の息子と2人きりになってしまった母親が、子孫を残すために冷凍睡眠に入る。母親は、息子が成長した時に目覚め、息子と近親相姦をおかして子供を産む。だが何度妊娠しても、男子しか産まれない。二度目の睡眠で孫の世代と交わるが、やはり男子しか産まれない。壮絶だが滑稽な一妻多夫的な(近親相姦)生活。そこで見かねた火の鳥が、ある宇宙生命体と彼ら人間との混血生物を誕生させ……。

ユーモア・タッチながら、なんとも凄まじい展開で、初めて読む方は驚くと思う。『火の鳥 望郷編』は、実はかなりグロテスクな話なのだ。人肉食までが描かれる。そんな「ありえない話」を、一気に読ませてしまう。文芸・省略・強引による“手塚文法”の魔術である。

しかし今回の映画は、原作シリーズ中、もっとも物語にかかわる火の鳥が、事実上、出てこない。また、近親相姦も人肉食も一妻多夫的生活もカットされた。『星の王子さま』もない。後半の地球へ至る旅もほんの一部しか描かれない(そもそもあの長編を90分にすることが無茶なのだが)。これによって作品の本質が変わってしまい、原作とは似て非なる物語になった。手塚が描いたのは、禁忌をおかしてまで生に執着する人間(さらには宇宙生物たち)の姿だったのだが。

オリジナルSFとして観れば、相応の作品だと思った。しかし、はっきり手塚原作をうたっている以上、どうしたって原作を頭に思い浮かべながら観てしまう。よって手塚教の信者としては、少々隔靴掻痒の思いであった。

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アドルフに告ぐ
▲劇団スタジオライフ公演『アドルフに告ぐ』

では、無理に改変やカットなどせず、手塚作品をそのままやったら、どうなるか。それが、劇団スタジオライフによる、舞台版『アドルフに告ぐ』(脚本・演出:倉田淳)だった(10月26日~11月1日、東京芸術劇場シアターウエストにて)。

倉田淳は演劇集団「円」研究所の第一期生で、芥川比呂志の弟子。スタジオライフは1985年結成。男優のみの劇団で、女性は脚本・演出家の倉田淳1名のみだ。女性役も男優が演じる。代表作に、萩尾望都原作の『トーマの心臓』があることでわかるように、小説や漫画の舞台化で人気を呼んでいる。『アドルフに告ぐ』は2007年初演で、今回が再々演の人気演目だ(ちなみに同作は、俳優座、KAATでも舞台化されている)。

『アドルフに告ぐ』は、1200頁超の大作である(いちばん分厚い講談社の文庫全集でも全3巻)。アドルフ・ヒトラーの出生の秘密をめぐって、ドイツ人アドルフ・カウフマンと、ユダヤ人アドルフ・カミルの、戦前から戦後におよぶ数十年の交友と確執を描く大河ドラマだ。舞台はドイツと神戸を行き来する。物語は1983年のイスラエルで終わる。ラストでタイトルの意味を明かす構成は、究極の“手塚文法”である。

スタジオライフの舞台版は、ほぼ原作そのままの流れで描く。よって展開はものすごく早い。舞台上にセットはないので、次々と役者が出入りして神戸になりドイツになり、漫画のコマを着実に再現していく。1分以上を要するシーンはなかったのではないか。休憩なしで2時間15分、ジェットコースターのように舞台は進行する。よって先述の映画のように、原作とのちがいを云々することはありえない。キャラクターの外見も漫画原作そのものである(アセチレン・ランプなど、あまりに漫画そっくりで驚く)。

そして冷静になってみると、「演劇を観た」感動もさることながら、「手塚作品の神髄に触れた」ことに感動していることに気づく。当たり前だが、同じ演劇でも、シェイクスピアの激情や、チェーホフの寂寥とはちがう。

つまり、この舞台では無理にアレンジや改変などせず、手塚精神の再現に徹したわけで、その結果、「やっぱり手塚治虫はすごいねえ」と感じることになるのである。

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ブラックジャック展
▲「手塚治虫 ブラック・ジャック展」

そしてもうひとつ、これは展覧会だが、「手塚治虫 ブラック・ジャック展」が開催された(10月6日~11月6日、東京シティビューにて/主催:NHKほか)。

これは連載50周年を記念した企画で、全242話から、約140話の「原画」の一部を展示し、BJの全容を見せる展覧会だった。いわば「ナマ原画で見るBJのすべて」とでもいうか。まさに圧巻の展示だった。

手塚治虫原画の秘密
▲『手塚治虫 原画の秘密』(2006年刊)は、いまでも販売中。

あたしはかつて『手塚治虫 原画の秘密』(手塚プロダクション編、新潮社とんぼの本/2006年刊)を編集した際、このなかのかなりの原画に、直接触れて子細に眺めたことがある。ほとんどは描きなおし、切り貼り、修正だらけで、手で持つと、(貼り込みの多さで)原稿が分厚く感じるほどだった。第1話「医者はどこだ!」のBJ初登場コマ、目の描きなおし(切り貼り)など、たいへんなこだわりようである。

それらが、一般読者の目に触れることができたのは、とてもよかったと思う。デジタルもなく、コピー技術が未熟だった時代、どうやって漫画が描かれていたかを知って、感動したひとが多いはずだ。

ただ、展示レイアウトが凝りすぎで、あたしのような高齢者には、少々見にくかった(よって2回行ったのだが)。漫画の原画は、浮世絵とほぼ同寸で、それほど大きなものではない。もうすこしシンプルに展示してもいいような気がした。まあ、これも一種の「アレンジ」なのだろう。

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映画向きに改変すれば、原作の精神は消失する。そのまま舞台化すれば、演劇本来の味わいは薄くなる。原画を展示すると、どうしても凝った展示レイアウトにしたくなる。

手塚作品は、それほど強固で、動かしようがないのである。
(敬称略)

◇映画『火の鳥 エデンの花』HP(予告編)は、こちら
◇映画『火の鳥エデンの花』クロージング曲《永遠の絆》(作曲:村松崇継、歌唱:リベラ)は、こちら。シネコンでこんなきれいな音楽を聴くとは思わなかった。
◇劇団スタジオライフ『アドルフに告ぐ』HPは、こちら(終了)。
◇「手塚治虫 ブラック・ジャック展」HPは、こちら(終了)。


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