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2023.11.22 (Wed)

第434回 【映画/オペラ先取り紹介】 ロイヤル・オペラ《指環》新チクルスは、「節度ある過激演出」!

【ROH(1):ラインの黄金】Das Rheingold_Main Image_R
▲ROH《ラインの黄金》の神々一族(イメージ・ヴィジュアルにつき、ステージ写真ではありません) © 2023 ROH

ワーグナーの超大作《ニーベルングの指環》4部作の全曲映像化は、むかしから多くのひとが挑んできたが、なかなか実現できなかった。“帝王”カラヤンも例に漏れず、自らの指揮/演出で、全曲の「上演」「録音」「映像化」に挑戦したが、映像だけは完遂できなかった。なんとか形になったのが序夜《ラインの黄金》のみで(1973年のザルツブルク復活祭音楽祭の音声に、1978年スタジオ映像を加えた映画)、残り3部は完成されなかった。

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▲初の全曲映像となったシェロー演出《指環》~《ラインの黄金》DVDジャケット

結局、初めての全曲映像が実現したのは、1980年にバイロイト祝祭で収録された、ピエール・ブーレーズ指揮/パトリス・シェロー演出によるものだった。1976年のバイロイト100周年で起用された、史上初のフランス・コンビである。舞台を産業革命とおぼしき近代に設定した、(当時としては)意表を突いた演出だった。そのため、守旧派ワグネリアンの大不評を買い、暴動が発生する騒ぎとなった。それでも翌年以降、上演を強行するうち、次第に賞賛の声が勝るようになる。そしてついに、1980年の舞台を観客なしで映画的に撮影収録した、初の全曲映像が完成したのである。映像監督はブライアン・ラージ。

この映像は、レーザー・ディスク11枚組ボックス・セットで発売された(現在は、DVD8枚組/BD5枚組)。多くのひととおなじく、あたしは、このLDで、初めて《指環》全曲を「観た」。その感動と衝撃は忘れられないが、いまは省く。そして、これを契機に《指環》のテキストレジ(読み替え演出)がさかんになったのである。

(1987年、ベルリン・ドイツ・オペラによる全曲日本初演にも行った。これもゲッツ・フリードリヒによるSF的読み替え演出だったが、印象の強さでは、上記シェロー演出にはかなわなかった)

その後、DVDやBlue-Ray Discといった、コンパクトなメディアが登場し、長時間を要する《指環》は恰好のコンテンツとなった。デジタル効果による舞台演出技術の発達がそれを後押しし、ヨーロッパの小ぶりなオペラハウスも、バイロイトに負けじと、続々と《指環》を全曲上演・映像化するようになった。

さらに2000年代になり、ライヴ映像時代がやってくる。特にNYメトロポリタン歌劇場は《指環》に力を入れ、ジェイムズ・レヴァイン指揮/オットー・シェンク演出、ジェイムズ・レヴァイン、ファビオ・ルイージ指揮/ロベール・ルパージュ演出などを、さかんに「METライブビューイング」で上映した。

かくして、人類史上最大の舞台芸術《ニーベルングの指環》4部作は、映画館や自宅で、気軽に観られるようになったのである。

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だが、そのせいでもあるまいが、とにかく「読み替え」「過激」「SF」「現代」的演出が当たり前となった。

たとえば——ある演出では、ラインの乙女は売春婦になった。ある演出では、黄金の指環は「核」を想起させ、地下のニーベルハイムは何かに汚染されていた。そのほか、中空にはレーザー光線が飛び交い、湾岸戦争や中東紛争のような演出。さらにワルキューレが宇宙ステーションにいる演出……そのあたりまではよかったが、近年の本家バイロイトでは、舞台をアメリカの荒野の安モーテルにしたり、ヴォータンとアルベリヒが双子の兄弟だとの驚天解釈までが登場しているという。あえて詳述しないが、観ているほうが恥ずかしくなるようなバカバカしい演出もあった。《指環》読み替えは、行き着くところまで行ってしまったのだろうか。

それだけに、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)が、2023/24シーズンから、《指環》の新チクルスを開始すると知ったときは、期待と不安が重なった。

その第1弾、序夜《ラインの黄金》の舞台映像が、来月、日本の「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24」で上映される。先日試写で観る機会があったので、さっそくご紹介しておきたい。

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現地上演はシーズン幕開けの9月11~29日で、今回の映像は9月20日収録。アントニオ・パッパーノ指揮/バリー・コスキー演出である。

(ちなみにROHの《指環》では、2005年プレミアの、パッパーノ指揮/キース・ウォーナー演出による、第一夜《ワルキューレ》が定番で、「シネマシーズン」でも上映された。ニーナ・シュテンメがブリュンヒルデを演じる名舞台だったが、あれとはまったく別の新規プロダクションである)

パッパーノは2002年にROHの音楽監督に就任した。もう在任20年超となる。今シーズンで最後らしいが、長期にわたって安定した舞台を生み出してきただけあって、音楽面はまったく心配はない。”不安のタネ“は、演出のバリー・コスキーである。

このひとは、1967年、オーストラリアのメルボルン生まれ。祖父の代にヨーロッパからオーストラリアに亡命したユダヤ系だ。演劇と音楽を学んでオーストラリアで演出家として活躍した後、ヨーロッパに渡って大成功した。巨大クラシック音楽サイト「Bachtrack」で、「世界で最も忙しい演出家」に選出されたこともある。

2018年に、ベルリン・コーミッシェ・オーパーが来日し、《魔笛》をBunkamuraオーチャードホールで上演した。アニメーションと歌手が舞台上で“共演”するユニークな舞台で話題となったが、あれを演出したひとである。

だが、やはり彼は、過激な演出と解釈で話題となることが多い。あげだすとキリがないので、ひとつだけ。近年では、2017年プレミアのバイロイト祝祭《ニュルンベルクのマイスタージンガー》だろう。舞台は1875年のワーグナー邸。そこに集まるワーグナー、リスト、コージマといった実在の人物が、そのままオペラの登場人物に重なるトンデモ設定だった。しかも第3幕はニュルンベルク裁判……こう書くと、やり過ぎ読み替えに思えるが、演出の根本にユダヤ人問題や戦争犯罪に関する確固たる思想があるせいか、バイロイト名物のブーイングも出ず、いまでは名舞台として映像化もされている。

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そんなバリー・コスキーが、ROHで《指環》4部作を4年連続で演出する。その序夜《ラインの黄金》が、今期「シネマシーズン」の第1弾で上映されるわけだが、ひとことでいうと「節度ある過激演出」とでもいおうか。よって「なるほど、こう来たか」と感心する場面の連続だが、それでいて「これはやりすぎじゃないか」と嫌悪感を催したり、どうにも理解できないような難解場面も(ほぼ)なかった。まあまあ中庸をいく、興味深い舞台である。

(コスキーはゲイを公言しており、それゆえかと思われる演出もあるのだが、この程度の表現は、いまのヨーロッパでは、当たり前である)

実は、彼は、2009年にドイツ・ハノーファー州立歌劇場で、一度《指環》全曲を手がけている。その一部映像がYOUTUBEで観られるのだが、もうとんでもないヴィジュアルで、もしこれの延長線だったらどうしようと、かなり不安を抱えていた。しかし、それほどではなく、よい意味で“後退”していたので安心した。やはり「演劇の国」で上演する以上、それなりの考慮があったのかもしれない。

以下、あまり細かく書くと、ご覧になる方の興を削ぐので、いくつかのポイントだけ綴る。

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最大の特徴は、全4場を通じて、智の女神エルダが常に舞台上にいて、一部始終を「観ている」設定である。つまり物語全体が、エルダの「目撃談」なのである。これによって、最終場面でどのような効果が生まれるか、《指環》ファンの方は、もうおわかりだろう。また、なぜ後日、ヴォータンがエルダとの間に9人ものワルキューレ(戦さ乙女)をもうけることになるのか、説得力も増す(エルダが産んだのはブリュンヒルデ1人との見方もあるが)。

さらにいえば、コスキーは、最終作《神々の黄昏》を見通していることもまちがいない。エルダひとりの扱いで、本作を、つづく3作の壮大な“予告編”にしてしまった。うまい演出だと思う。イギリスの《指環》マニアは、これから4年間、ROHに通わねばならない。

なお、このエルダ役については、あえて述べないが、おそらく観た誰も、かなりの“衝撃”を受けるであろう。全出演者のなかで、ただひとり、2時間半、出ずっぱりである。この役は日によって交代するが、今回の映像で“演じる”のは、82歳のローズ・ノックス=ピーブルス。映画『TAR/ター』で、ケイト・ブランシェットとおなじアパートに住むエレノアの母を演じていた、あの老女だ。もちろん、声はプロ歌手である。

1幕4場のオペラだが、本格的な舞台転換はない。舞台上には、巨大な廃木が横たわっており、すべてはこの内部と周囲で展開する(この廃木がトネリコだとしたら、次作でも登場するかもしれない)。あるときはライン河となり、あるときはニーベルハイムになる。

<サブ⑥>Katharina Konradi (Woglinde) Niamh O’Sullivan (Wellgunde) Marvic Monreal (Flosshilde) Christopher Purves (Alberich) Das Rheingold © 2023 ROH Photo by Monika Rittershaus_R
▲「黄金」を守るラインの乙女と、それを狙うアルベリヒ © 2023 ROH

「黄金」は、金塊ではなく、「泥」状である。ということは、フライアの周囲に「積む」ことはできない。ではどうやってフライアを「黄金で囲む」のか。ここは観てのお楽しみで、なかなかのアイディア演出だと感心した(『007ゴールドフィンガー』がヒントかもしれない)。

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パッパーノ指揮の管弦楽はいうまでもなく素晴らしい(もちろん、ワーグナー・テューバあり)。歌手もとてもよかった。ただ、アルベリヒ(クリストファー・パーヴェス)の外見が、強奪犯の下品な妖怪にしては清潔感があり、しかもヴォータンとそろって大柄スキンヘッドなので、2人とも貫禄十分。主神vs妖怪の面白さが薄かった。

また、半人半神のローゲ(ショーン・パニッカー)は、外見が好青年すぎて、本来の狡猾で下卑たローゲではない。そのためラストの「あんなバカな神々と心中なんて、まっぴらごめんだ」と裏切り宣言する場面の迫力が少々弱い。いかにも“現代っ子”ローゲである。しかし2人とも「声」は立派だ。

小人のニーベルング族は子役たちが演じているが、あの被り物は、被爆国日本では(実演だったら)拒否されるだろう。

というわけで、一部、驚かされる設定もあるが、さほど強引な「読み替え」演出はなく、基本的には神話に原点回帰しているような気がした。歌手は常に動いており、2時間半、息をもつかせずに展開する。終演後のブーイングもなく、客席は大絶賛の興奮状態である。ROHの《指環》新チクルスは、絶好の船出となったように思う。オペラ・ファンにお薦めしたい、見事な舞台映像だ。

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ロイヤルOH
▲コヴェントガーデン側から見た、ロイヤル・オペラ・ハウス。ここで『マイ・フェア・レディ』のイライザが花を売っていた。 【出典:WikimediaCommons】

なお余談だが、場面転換のたびにオーケストラ・ピットが映る。すると、かなりの団員が、正装ではなく、揃いの黄色いトレーナーを着ているので、ちょっと驚く……その胸に、何と書かれているか! 

こればかりは、客席からは(かなり高倍率のオペラグラスでないと)読めない。しかし今回の映像では、その「文字」を、ちゃんと映してくれる。おそらく彼らは、この日にカメラが入ることを知って、あのトレーナーを着たにちがいない。そして映像制作スタッフは、彼らの思いを全世界に伝えたいと思ったにちがいない(世界20か国、1,341館で上映される)。日本円で40,000円前後(最高席)を払った現地観客の多くは、たぶん、そんなことには気づかない。だが映画館で観る私たちは、ちがう。これも「シネマシーズン」ならではの楽しみである。
(敬称略)

◆《ラインの黄金》は、12月15日(金)~21日(木)、TOHOシネマズ日本橋ほかで、1週間限定で上映されます。上映館、時間等はHPでご確認ください。上映時間は解説+インタビューを含めて2時間57分。全1幕につき、幕間や途中休憩はありません。

「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24」のHPは、こちら。イメージ映像、舞台写真などもあります。

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