fc2ブログ
2024年02月 / 01月≪ 1234567891011121314151617181920212223242526272829≫03月

2024.02.28 (Wed)

第448回 【歌舞伎/文楽/演劇】 国立劇場以外での、国立劇場主催公演

kokuritupannfu.jpg
▲(左から)歌舞伎正月公演、文楽12月公演、文楽2月公演パンフ。表紙には「国立劇場」とあるが、会場は、国立劇場ではない。

昨年10月、国立劇場が閉場した。歌舞伎や文楽は、とりあえず、以下の別会場で公演された。

歌舞伎→新国立劇場・中劇場(今後も、ここを使用するのかは不明)
文楽→シアター1010、日本青年館ホール(今後、新国立劇場・小劇場や文京シビックなど、ほぼ毎回変わる予定)

そのほか、歌舞伎鑑賞教室はサンパール荒川などで、文楽入門公演は有楽町よみうりホールなどで開催されるようだ。まさに、国立劇場は、さまよえる流浪のシアターと化したのである。

2月で、まず3か所での初公演が、ひととおり終わった。「国立劇場以外での、国立劇場主催公演」である。簡単に感想を記しておく。

◆新国立劇場・中劇場で観た「歌舞伎」正月公演
新国立劇場

約1000席(1・2階席)なので、いままでの国立劇場・大劇場(1610席)よりは小ぶりである。江戸時代の芝居小屋を再現したといわれる「平成中村座」が約830席なので、あそこに近いキャパだ。ここは普段、大がかりな一般演劇に使用されているが、オペラやバレエも上演可能だ。かつて、小林紀子バレエ団公演に行ったら、2階最前列に、バレエ・ファンで知られる高円宮憲仁親王がおられたのをおぼえている(漂う気配が、そのあたりだけちがっていた。47歳の若さで薨去されたのは、そのすぐあとだった)。

あたしは、ここでのシェイクスピア・シリーズに通っているほか、最近ではパリ・国立オデオン劇場『ガラスの動物園』、文化庁芸術祭主催『レオポルトシュタット』などを観た。だがステージに奥行きがありすぎて、安席で後方専門のあたしとしては、いつも「遠くで何かやってるなあ」と感じていた。演出家はステージを広々使えるのでやり甲斐があるだろうが、観客は2階後方にもいることを、もう少し考えてほしいと、しばしば思わされた。

まさか、その劇場で「歌舞伎」を観るとは夢にも思わなかった。だが、その“中途半端な広さ”が、実はピッタリなのであった。普段ここは、客席の床がそのままステージにつながっているような状態での公演が多い。しかし歌舞伎ではそうはいかないので、特設舞台がつくられていた。これはかなりの手間と経費を要したのではないか。しかし、歌舞伎ならではのセットを組むので、あのだだっ広いステージが狭くなり、かえって見やすくなったのである。

正月は、恒例の菊五郎劇団。今年は、『石切梶原』『葛の葉』など。例年の復活新作ではなく、古典名作だったが、なかなかよかった(なぜ古典見取りになったのかは、記者会見=後述で、時蔵が「(国立劇場側が復活新作を)やる気がなかったのかなと思いました」と、ズバリ述べていた。おおやけの場でこんなことをいえる役者は、あまりいない)。

国立劇場・大劇場や、歌舞伎座のような横長舞台でもなく、上述のように適度な大きさだ。客席は半円形で舞台に向いており、しかも傾斜があるので、後方でもよく見える。

今回は中村梅枝が大活躍で、三幕とも、ほぼ出ずっぱりの“梅枝奮闘公演”である。6月には時蔵を襲名するそうだ。有名な『葛の葉』の曲書きシーンなど、大劇場とちがって、ほとんど目の前で観ているような迫力で感動した。なにしろ傾斜があるので、真ん中あたりの席だと、舞台と見物の視線が、ほぼおなじ高さである。よほど前方席でないかぎり、下から見上げる感じはない。歌舞伎は所作が大きいせいもあるが、「遠くで何かやってるなあ」と感じることもなかった。

唯一の問題は花道がないことで、なんとなく数メートルの仮花道っぽいスペースは用意されているのだが、とうてい大劇場にはおよばない。おそらく宙乗り設備もないだろう。小ぶりな会場なので、ツケ打ちがやたらと大きく響いて耳が痛くなったが、全体は、まさに歌舞伎にピッタリだと思った。むかしの見物は、これくらいの距離感で芝居に接していたのだろう。無理な話だが、次の国立劇場でも、このスペースで歌舞伎を観たいものだと思わされた。
 
◆シアター1010〔センジュ〕で観た「文楽」12月公演
シアター1010

ここは、北千住駅直結の商業施設(マルイ)の10階にある。いままで三宅坂へ通っていた文楽ファンの大半にとって、まったくなじみのない土地ではないかと思われる。

701席(1・2階)なので、いままでの国立劇場・小劇場(590席)よりは大きい。大阪の国立文楽劇場が、出語り床のときで731席なので、あそことほぼおなじキャパである。

北千住といえば、宮部みゆきの直木賞受賞作『理由』を思い出す。舞台のモデルとなったタワーマンションは、駅からしばらく歩いた隅田川沿いにある(国松警察庁長官が狙撃された現場だ)。

あたしは、この劇場は数えるほどしか行ったことがなく、ひさしぶりだった。平幹二朗主演で、全員男優による『アントニーとクレオパトラ』を観た帰りに、駅前で安酒を呑みすぎて悪酔いしたのが忘れられない。ほかに記憶もおぼろげだが、たしか落語会にも行った。

そんな劇場で文楽を観るとは、夢にも思わなかったが、これまた実にピッタリの劇場だと思った。いままで東京の本公演(国立劇場・小劇場)は、客席はほぼフラットだし、椅子は狭いしで、とにかく窮屈だった。字幕が見切れになる席も多かった。しかしここは、上述の新国立劇場・中劇場とおなじく適度な傾斜があり、席も半円形に近いので、たいへん見やすかった。出語り床の盆も、ちゃんと設置されていた。

あたしは、前方の席を買っていたのだが、人形が舞台奥、本手摺の上にいくと、かなり下から見上げるような感じになった。そこで休憩後は、真ん中より後方の空席に移ってみたら、これまた、ちょうどこちらの視線と人形がほぼおなじ高さになり、見やすくなった。あの視線の高さで文楽を観たのははじめてだったので、新鮮だった。

ただこの劇場には2階席がある。もしや、2階から観たら、船底や、人形遣いの足許が見えてしまうのではないか。まあ、それはそれで面白いので、いつか挑戦してみたい。

演目は『源平布引滝』~「竹生島」「実盛物語」。東京の12月は若手・中堅公演で、幹部級は出演しない。それでも織太夫、芳穂太夫が最後をつとめて、大熱演であった。

◆日本青年館ホールで観た「文楽」2月公演
日本青年館

若手・中堅公演はシアター1010で、幹部公演は、この日本青年館ホールという区分けなのだろうか。そもそも、プログラムに「初代国立劇場閉場後の初の文楽本公演は、日本青年館ホールにて開幕します」とあったが、ということは、上述・昨年12月のシアター1010公演は何だったのだろうか。あれは「本公演」ではなかったのか。もし幹部級公演が「本公演」だというなら、若手・中堅公演は何と呼べばよいのだろうか。

ここは1・2階席あり、全1249席と、3会場のなかではもっとも巨大なホールである。宝塚歌劇団東京公演の会場として、有名だ。とうてい文楽には向かないと思いきや、案の定、かなり無理があると思った。

場所は、銀座線「外苑前」駅から徒歩5分ほどで、神宮球場に隣接している。JR「千駄ヶ谷」駅か「信濃町」駅からだと、徒歩15分くらいか。あたしは千駄ヶ谷から、国立競技場を横に見ながらテクテク歩いて行った。

ここは、「青年団」運動の本拠地である。山田洋次監督の映画『同胞(はらから)』(1975)で、岩手の若者たちが、東京のミュージカル劇団を招聘しようと奮闘していたが、彼らがその「青年団」である。

この建物、以前はもうすこしJR駅寄りにあったのだが、2020年東京五輪で、国立競技場が拡大新築されるにあたって、立ち退きにあい、いまの場所に移転した。まったくあの五輪は迷惑な行事である。前の建物のとき、何度か演劇を観にいったが、移転後は、あたしは今回が初めてだった。

ここでも出語り床が設置されていたが、とにかく広すぎる。席は、舞台に向かってかすかに弧を描いているが、横一直線の感覚に近い(傾斜は十分にある)。よって端に座ると、なんだか観にくい。明らかにステージ全体を使うミュージカルのような出し物のための劇場だ。文楽のように、ほぼ横移動のみで展開する見世物には、まったく向いていない。

それより問題は、モギリが2階なので、エッチラオッチラ、階段を登らねばならないことである。そのうえ、ロビーと呼べるようなスペースが、ほぼ「ない」。外回りは狭い「廊下」があるだけで、椅子などもない(だから、おみやげ売店もない)。よって、休憩時間の居場所がない。

コインロッカー料金は驚愕の「300円」! しかも、「戻らない」。国立劇場も「戻らない」が「10円」だった。松竹だって「戻らない」が「100円」である。

1階も狭く、ここにも「ロビー」スペースは、ない。椅子などもない。カフェとコンビニはある。だがカフェは数えるほどしか席がない。しかも行列である。仕方なく、入れ替えの間は、みなさん、寒空のもと、外へ出て、周辺のベンチや花壇の端に座って軽食を食べている。あたしも、そうするしかなかった。なにが悲しくて、狂言見物に来て、こんな思いをしなければならないのだろうか。

2月は3部制である。いままでは、たとえば1部・2部通しで見物の場合、そのままロビーで座っていれば、係員がモギリに来てくれて、すぐに入れた。ここでは、そうはいかない。いちいち階段を下りて、外へ追い出される。しかも先述のように、椅子もなく居場所もないから、年輩の見物は、つらそうにコンビニ前で立ったまま入場開始を待っている。カフェは行列でとうてい入れない。

あたしは、1部・2部とつづけて、『勘平腹切』や『酒屋』などを観たのだが、周辺環境のひどさに腹が立って、なにを観たのか、よく覚えていない(シアター1010では、それほどの不便は感じなかった)。もう、あんな劇場で文楽は、二度と観たくない。

  *****

そんなことを感じながら「国立劇場以外での、国立劇場公演」を観ていたら、先日、中村時蔵や吉田玉男、井上八千代ほか、いままで国立劇場で公演してきた伝統芸能の実演家10人が、日本記者クラブで会見をひらいた。

要するに、昨年10月の国立劇場閉場以来、改築業者の落札が成立せず、新築開場の見通しがまったく立っていないことへの憂慮である。さらにこんなに長いこと、ナショナル・シアターが稼働しないことで、伝統芸能にいかに悪い影響があるかを訴えた。

よく考えると信じられない話だが、国立劇場は、いつ再開場するか、まったく見通しが立っていない状態で閉場したのである。こんな国があるだろうか。しかも、以前にも書いたが、今度は、海外観光客のための巨大ホテル施設となり、そのなかに新劇場を押し込めるという、前代未聞、世界のどこにそんなナショナル・シアターがあるのかと呆れる計画である。これにかんしては、国立劇場(日本舞台芸術振興会)の元評議員で、作家の竹田真砂子氏も、ブログで憂いていた。“身内”からも呆れられるようでは、なにをかいわんやである。

そういえば、国立劇場は閉場したが、そのなかの図書室は再開したそうである。だったら、いっそ小劇場くらいは再開してはどうですか。どうせ、工事など、そう簡単にはじまりそうもありませんから。
スポンサーサイト



19:15  |  文楽  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2024.02.14 (Wed)

第447回 【映画/バレエ 先取り紹介】 ROHシネマ~《くるみ割り人形》は、なぜせつないのか。

くるみメイン
▲ROHシネマより~ドラジェ菓子(金平糖)の精(アナ・ローズ・オサリヴァン)と、
お菓子の国の王子(マルセリーノ・サンベ) © 2023 ROH. Photographed by Andrej Uspenski.


しばしば本ブログで紹介している「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24」で、16日より、おなじみの人気舞台《くるみ割り人形》が公開される(日時、劇場などは文末リンク参照)。

振付け・演出家によってちがいがあるが、このロイヤル・バレエのピーター・ライト版は、かなり広く親しまれているヴァージョンのひとつだと思う。

本作は、たいへん不思議なバレエである。チャイコフスキー3大バレエのほか2作《白鳥の湖》《眠りの森の美女》のような、激情ドラマではない。ストーリーも、あるようなないような、半分がガラ・コンサートのようなバレエである。そもそも全2幕しかない(最初からミニ・オペラとの2本立て興行用に作曲されたので)。しかも主役が前半と後半で入れ替わる。肝心のプリマドンナは第2幕にならないと出てこないうえ、出番も多くない。

なのに、このバレエを観るたびに、誰もが、不思議な郷愁をおぼえ、どこか懐かしい気持ちになる。

大きく分けて2種類の演出がある。少女クララが、第2幕でお菓子の国に行き、ドラジェ菓子の精(日本では「金平糖の精」とされる)に出会い、大人の世界へ誘われる(ような雰囲気の)ヴァージョン。もうひとつは、クララが第2幕でドラジェ菓子の精に変身する(大人に成長する)ヴァージョン。どちらにしても、クララが少女時代に別れを告げ、大人への第一歩を踏み出す設定だ(ROHのピーター・ライト版は前者だが、さらにそこに「初恋」や「青年の成長」もからむので、さらにロマンチックになっている)。

その姿を、クララと同年世代が観れば自分のことのように感じ、大人が観れば「自分にもあんな頃があった」と懐かしく感じる。そこが、このバレエが長く愛される理由のひとつだと思う。

しかし、なぜ《くるみ割り人形》には、そんなテイストがあるのだろうか。実はこの音楽は、チャイコフスキーが大好きだった、亡き妹への「追悼曲」だったのである。

   *****

ホフマンの童話を、デュマ父子がフランス語で翻案改訂した『はしばみ(ヘーゼルナッツ)割り物語』をバレエにしようと考えたのは、マリインスキー劇場だった。スタッフは、大ヒット舞台《眠りの森の美女》とおなじ、プティパ台本・振付、チャイコフスキー作曲という座組みとなった。

ところが、出来上ったプティパの台本は、フランス革命を象徴的に盛り込んだ、壮大な革命物語となっていた。劇場側はすぐに却下。本来の童話調に改訂された(ただし、行進曲やギャロップ、タランテラ、ネズミ軍との戦いの音楽などに原案のニュアンスが残っている)。

プティパの作曲指定は、いつも、微に入り細を穿っている。楽曲の調性、小節数、転調の位置、テンポ、リズムなど、すべてが指定されている。チャイコフスキーは、ちょうどカーネギー・ホール開場記念でアメリカへ行くところだった。指定と台本を受け取り、うんざりしながら、1891年3月に出発。旅の合間に、しぶしぶ筆を進めていた。

ところが4月、妹アレクサンドラの訃報がとどく。チャイコフスキーは、この2歳下の妹を愛し、慕ってきた。幼いころに母を亡くしたチャイコフスキーにとって、この妹は母親がわりでもあった。彼女が嫁いだあとも頻繁に会いに行き、甥や姪たちを可愛がった。そもそも、《白鳥の湖》や《眠りの森の美女》も、原型は、この妹一家の家庭内音楽として構想されていたのである。作曲中の《くるみ割り人形》にも、当然ながら、彼女の面影が刻まれた。

ここまで書けば、おわかりだろう。少女クララは、チャイコフスキーの妹アレクサンドラなのである。ネズミ軍との戦いでクララが窮地を救う、くるみ割り人形は、兄チャイコフスキーである。人間に変身したくるみ割り人形は、お礼にクララをお菓子の国へ案内する。つまり、チャイコフスキー自ら、妹を天国へ導いてあげるのだ。劇中、しばしば聴かれる、あまりに美しい旋律やオーケストレーションは、アレクサンドラの追悼であり、鎮魂曲だ。チャイコフスキーは、妹への感謝とお別れを、ことばではなく、音楽で表現した。だから、誰が観ても(聴いても)せつなくなるのである。

バレエ・ファンなら、モーリス・ベジャール演出の《くるみ割り人形》をご存じだろう。幼いころに母親を亡くした少年が体験する、幻想物語の設定になっていた。ベジャール自身がモデルといわれているが、本作の本来のニュアンスを生かした演出でもあった。
 
  *****

日本を代表するバレエ指揮者・研究家の福田一雄さん(1931~)によると、《眠りの森の美女》と《くるみ割り人形》には、打楽器に「ドラ」が指定されているという(『バレエの情景』音楽之友社、1984年)。ところが、どちらも、全曲中、「2回」しか使用され(鳴らされ)ないのだとか。あんな大きな打楽器を用意させて、2回しか鳴らさないのだから、コスパが低いこと、このうえない(もっとも、ドヴォルザーク《新世界より》のように、かすかに1回鳴らすだけのためにシンバルが指定された例もあるが)。

《美女》では、リラの精がオーロラ姫たちを眠りにつかせるところと、目覚めさせるところで鳴る。どちらも重要な場面である。

《くるみ割り》では、ネズミ軍と人形軍との戦いのシーンで鳴る。ここでは、大きな戦闘が2回、ある。それぞれの戦闘開始の合図で、ドラが鳴る。スコアを見ると、たしかに「La bataille」(戦闘)、「La seconde bataille」(第2戦闘)と書いてある。ところが、ここのドラの強弱指定は「mf」(メゾフォルテ)なのだ。それほど大きな音で鳴らすわけではない。バックで太鼓が「ff」(フォルティッシモ)で鳴っているので、そちらのほうが大きく響いて、あまり聴こえない。

福田さんは、『バレエの情景』のなかで、こう書いている。

〈現在、「くるみ割り人形」で、このドラが強くなるアクセントを、ほとんどの振付師が、無視しているように思われるのは残念である。〉

あたしは《くるみ割り人形》を観る(聴く)たびに、このドラの箇所が気になる。たしかに福田さんがいうように、あまり強調されていたことはない。今回のROHシネマでも、よほど耳を澄ましても、わからないだろう。だが、このドラが、クリスマスの晩、チャイコフスキーが、最愛の妹アレクサンドラを天上へ連れていく、ささやかな合図なのだと思うと、「mf」なのも理解できて、またもやせつない気分になるのである。

くるみサブ
▲ROHシネマより~クララ(ソフィー・アルナット)と、くるみ割り人形(レオ・ディクソン) © 2023 ROH. Photographed by Andrej Uspenski.


◆英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24~《くるみ割り人形》は、2月16日~22日の限定上映です。2時間36分(途中休憩1回あり)。劇場や上映時間、出演者詳細などは、公式HPを参照してください。




19:11  |  映画  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2024.02.12 (Mon)

第446回 【美術展】「軽薄」で「不自然」な、「大吉原展」

20240208-00000130-it_nlab-000-1-view.jpg
▲東京藝術大学美術館にて(公式HPより)

3月26日より、東京藝術大学美術館で「大吉原展 江戸アメイヂング」が開催される。主催は、東京藝術大学・東京新聞・TV朝日の3社だ。あたしは、これを楽しみにしていた。

ところが、先日、同展の公式HPを見たら、なにやら「声明」らしき文が載っていた。《「大吉原展」の開催につきまして》(2月8日付)と題されている。主旨部分を抜粋する。

《本展の開催について、さまざまなご意見をいただいていることから、展覧会の主催者よりご説明申し上げます。》

《本展は、今まで「日本文化」として位置づけられてこなかった「吉原」が生み出した文化を、美術作品を通じて再検証し、江戸文化の記憶として改めて紹介する趣旨で開催を決定いたしました。》


《しかしながら一方で、上述しましたように、本展がテーマとする、花魁を中心とした遊廓「吉原」は、前借金の返済にしばられ、自由意志でやめることのできない遊女たちが支えたものであり、これは人権侵害・女性虐待にほかならず、許されない制度です。/本展では、決して繰り返してはならない女性差別の負の歴史をふまえて展示してまいります。》

   *****

《さまざまなご意見をいただいている》とあるので検索してみると、すぐに見つかった。週刊誌「女性自身」の記事だ。YAHOO!ニュースに転載されていた。

ほかのニュース・サイトでも多く報じられているようだったが、「女性自身」記事の主旨部分を抜粋する。

《そもそも吉原は女性たちが性的に搾取されていたと指摘されている場所でもある》

《しかし、「大吉原展」の公式サイト上では、そのような点に触れている様子はない。》

《吉原が江戸文化の発祥地であることは確かであるものの、負の側面に一切触れず美しい面のみをフォーカスしている今回のWEBサイトの表現に対しては、“軽薄”だとして批判する声がSNS上で相次いだ。》


そして、当の《SNS上で相次いだ》投稿が、以下のように紹介されている。

《人身売買や性的搾取という厳然たる側面に一言も触れずに、アートや芸術を標榜する軽薄さが痛々しい》

《大吉原展のホームページ見たけど、暗い部分綺麗に排除されてて不自然さがすごかった》

《「大吉原展」と銘打つなら負の部分も同程度にきっちり紹介すべきでは?「美の集結」だの「エンタメ」だの、軽すぎる。言葉も思想も軽すぎる。何を示そうとしているのか、全く分からん。あかんよ、ほんまに》

「軽薄」「不自然」「軽すぎる」……「女性自身」編集部は、主催者にこの件を問い合わせた。

その結果、《2月8日20時、担当者から次の回答があった。》として、上記の文が返答され、その30分後に、そのまま公式HPに掲載されたのだという。

つまり、この「声明」文は、主催者が積極的に発信したものではなく、「SNS上の投稿」および、「女性自身」編集部からの問い合わせがあったので掲載に至ったようなのである。

   *****

歌舞伎で『助六』や『籠釣瓶』が上演される際、松竹から「私たちは、吉原で搾取されていた花魁たちの苦悩を忘れずに上演いたします」なんて声明が出たとは、聞いたことがない。

松たか子の初舞台は、1993年11月、歌舞伎座『人情噺文七元結』の「お久」役だった。当時16歳。高麗屋にこんな可愛いお嬢さんがいたのかと驚いた。だが、このとき「吉原に自ら身を売りに行く役を、未成年の娘にやらせるとは、あまりに軽薄だ」との意見があったとは、聞いていない。

樋口一葉『たけくらべ』を読んだ森鷗外は、「此人にまことの詩人といふ称をおくることを惜まざるなり」と絶賛した。だが「鷗外に、吉原に売られる美登里の気持ちがわかるのか。あまりに不自然な評だ」との文句が出たなんて話は、聞いたことがない。

太田記念美術館の展示には、吉原を題材にした作品が多い。昨年11月、葛飾応為(北斎の娘)の肉筆画『吉原格子先之図』が久々に公開され、大盛況となった。入口からひとがあふれていた。あの中に「こんな絵を平然と公開するなど、軽すぎる」と抗議するひとがいたとも、思えない。

   *****

——なのに、なぜ今回の「大吉原展」では、こういうことになったのか。浅学なあたしには、よく理解できないのだが、しかしまあ、なんとも世知辛い世の中になったものだと思う。

いま、むかしの小説、漫画などには、ほぼすべて、巻末に断り書きが載っている。

《本作品中には、今日の観点からみると差別的表現ととられかねない箇所が散見しますが、著者自身に差別的意図はなく、作品自体のもつ文学性ならびに芸術性、また著者がすでに故人であるという事情に鑑み、原文どおりとしました。》(新潮文庫)

手塚治虫作品に至っては、手塚プロダクションと出版社の連名で、巻末1頁まるごとを、かなり長文の断り書きで埋めている。

漱石が『草枕』冒頭で、《智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。》と綴った、まさにあの気分である。

来年のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』は、蔦屋重三郎の生涯を描くのだという。大河史上初めて、「編集/出版人」が主人公になるわけで興味は尽きないのだが、彼の隆盛のきっかけは、吉原大門前でひらいた書肆だった。ここで販売した『吉原細見』が大ベストセラーとなったのである。これは、吉原遊郭のすべての店名と位置、料金ランク、所属遊女のリストを掲載した「ガイドブック」であった。以前からあった出版物だったが、蔦屋が株(出版権)を入手し、それまで地図スタイルだったのを、冊子風に改良して大ヒットした。そのほか『一目千本』『青楼美人合姿鏡』など、彼の初期ベストセラーは、ほとんどが吉原がらみだった。

つまり蔦屋の生涯を描くのであれば、かなりの部分で吉原が舞台となるはずなのである。当然NHKは声明を出すでしょうし、今回SNSに投稿した方々は、さらに厳しい声をあげるのでしょう。「女性自身」の追及にも期待しております。

なにしろ漱石も、『草枕』で、上述につづけて《住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。》と綴っているようなので。


19:25  |  美術  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |