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2019.03.14 (Thu)

第231回 バッハのオペラ《村の出戻り娘》

のぼりつめたら大バッハ
▲砂川しげひさ『のぼりつめたら大バッハ』(1993年8月、東京書籍刊、絶版)

 3月6日に亡くなった漫画家の砂川しげひささん(享年77)とは、1990年代の前半、担当編集者としてお付き合いがあった。だが、実際には、仕事を離れて、ご自宅そばの西荻窪駅前の焼き鳥屋で、音楽の話ばかりしていた。
 ご存知の通り、砂川さんは、たいへんなクラシック・マニアである。一時期、漫画よりも、クラシックに関するエッセイ本のほうが多かったくらいだ。
 砂川さんと語り合う音楽の話は、ほんとうに楽しかった。

 そんな砂川さんから、あるとき、CD-Rが送られてきた(MDだったかもしれない)。バッハのカンタータの抜粋集らしい。
 当時、砂川さんは、バッハのカンタータ全曲(約200曲)聴破に挑戦していたので、おそらく、ご自分で選んでダビングした「ベスト・カンタータ集」なのだろうと思い、聴いてみた。
 すると、どうも変な内容なのだ。

 たしかにバッハのカンタータなのだが、選ばれている曲が、なんとなく「激しい」というか、「にぎやか」な部分ばかりなのだ。わたしは、バッハのカンタータなんて、《主よ人の望みの喜びよ》とか《羊は静かに草を食み》などの有名曲しか知らなかったので、こんなド派手な曲もあるんだなあ……などと思い、あらためて同封されていたメモを見ると……なんと「バッハ作曲の新作オペラ《村の出戻り娘》全4幕」とある。
 要するに、バッハのカンタータ約200曲から、諸所を抜き出し、「オペラのような物語のある流れ」に並べたものなのだ。内容は村娘をめぐるドタバタ・コメディで、《コーヒー・カンタータ》や《農民カンタータ》など、いわゆる世俗カンタータからの抜粋が中心だった。

「バッハの教会カンタータは、たしかに宗教曲だけど、世俗カンタータの方は、かなり人間臭い内容なんだ。全曲聴破をしながら、そういう部分をメモしていて、あるとき、これをつなげたら、オペラになりそうだなと思って」
 まったくちがった曲の中から、それらしき部分を抜き出して「新作オペラ」に仕立ててしまう、そんな砂川さんの才能、マニアックぶり、入れ込み方に、感動してしまった。

 さっそくわたしは編集会議で「これをCD化し、砂川さんの解説イラスト・エッセイを加えたCDブックにして出したい」と提案した。しかし、ほかの全員、ポカンと口をあけたままで「いったい、それの、どこがおもしろいのか」と、歯牙にもかけてもらえなかった。

 かなりあとになって、いつもの焼き鳥屋で会い、企画として実現できなかったことをお詫びすると、
「いや~、あのときボツになってよかった。実現していたら、手が付かなかったよ」
 と、レバ焼きを頬張りながら、いう。どういうことかというと、
「実はあのころ、朝日新聞の夕刊で、4コマ連載をやることが決まっていたんだ」
 とのことだった。当然ながら、夕刊のない休日以外は、毎日毎日、描くことになる。
「こんなグータラ人間だから、新聞連載なんて無理だと思い、すぐに返事できなかったんだけど……でも、いい機会だから、やってみようと思って」
 たしかに、新聞連載とあっては、バッハどころではない。

 朝日新聞連載『Mr.ボオ』は、1996年4月からスタートした(その後、『ワガハイ』と改題)。砂川さん特有の、少々頼りないヨレヨレした線が不思議な味わいを醸し出す、ちょっと前衛的な漫画だった。主人公は、人間から、猫の「ワガハイ」にかわりながらも、連載は2002年3月までつづき、その後もウェブサイトで継続した。
 夕刊とはいえ、全国紙に、毎日、砂川さんの漫画が載るなんて、担当者として、夢のような気分だった。当時、「おめでとうございます。ほんとうによかった」と、お礼を述べたが、砂川さんが、どこか遠くへ行ってしまうような気もした。

 バッハ「作曲」のオペラ《村の出戻り娘》は、「台本」が、エッセイ本『のぼりつめたら大バッハ』(東京書籍刊、絶版)に収録されている(カンタータ全曲制覇の解説もあり)。砂川さんの、楽しい舞台スケッチのイラストも付いている。ご自身の解説によると、似たような試みはすでに行なわれており、1924年に、メトロポリタン歌劇場で、カンタータ第201番《急げ、渦巻く風ども》BWV201が、オペラ《フォイボスとパンの争い》として、トーマス・ビーチャム指揮で上演されているのだという。

 う~ん、砂川さん、惜しかったですね。
 実現していたら、《村の出戻り娘》は、いまごろ、METライヴビューイングで上映されていたかもしれないのに!


◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

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