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2019.04.16 (Tue)

第235回 よみがえるサリエリ(上)

サリエリ本
▲復刊された『サリエーリ 生涯と作品 モーツァルトに消された宮廷楽長』(水谷彰良著、復刊ドットコム)

 昨年、ナショナル・シアター・ライブ(英国立劇場の舞台映像)で『アマデウス』(ピーター・シェファー作、マイケル・ロングハースト演出)を観た。わたしは、それまで、この芝居を、日本版の舞台と、映画版(1984年/ミロス・フォアマン監督)でしか、観たことがなかった。どちらも何回も観ているが、ロンドンのオリジナル版舞台は、初めてだった。

 そのロンドン版で驚いたのは、全編、観客が大笑いしながら観ていることだった。日本版では、笑いが出る個所もあるが、おおむね息を詰めて観ている。全体に深刻な物語だとの印象が強い。特に、ラストで、サリエリが「わたしは、これから、あらゆる凡庸な人々の守り神になる」と宣言する場面では、ジワリと涙を流す観客もいる。

 ところがロンドン版では、ここでドッと最大の笑いが起きるのだ。
 その笑い方には「サリエリって、バカじゃないの」と、あきれ返ったような空気すら感じた。
 むかし、ドリフターズのコントで、クライマックスになると上から巨大なタライが落ちて来て、頭に喰らった加藤茶が目を回してひっくり返るパターンがあり、そのたびに我々は「また出た! バカバカしいなあ」と思いながら笑っていたものだが、あれに近いものを感じた。

 要するにオリジナル版『アマデウス』は、ドタバタお笑いコメディなのだ。
 もちろん、初演時は深刻な舞台だったのが、年月を経てお笑いに変化した可能性もある(なにしろ、サリエリ役は、ロンドン初演がポール・スコフィールド、ブロードウェイ初演がイアン・マッケランである)。
 日本版は、サリエリ役が「歌舞伎役者」(二代目松本白鷗=九代目松本幸四郎)なので、そのちがいもあるかもしれない。
 芝居の楽しみ方に対するお国柄のちがいもあるだろう。
 だが仮にそうだとしても、1979年初演から40年を経て、なおひとびとを惹きつける「アントニオ・サリエリ」とは、すごいキャラクターだと思う。

 そのサリエリの、日本で唯一の研究評伝が、15年ぶりに復刊されて話題となっている。『サリエーリ 生涯と作品 モーツァルトに消された宮廷楽長』(水谷彰良著/復刊ドットコム)だ。2004年、音楽之友社刊の、増補改訂版である。
 「復刊ドットコム」は、復刊希望投票に応じて刊行する版元である。なんと、サリエリが登場するゲームがあって、急激に関心が高まり、復刊希望数が1,000票を超えて実現したのだという。果たしてゲームをやっているひとに、このような研究評伝が必要なのかどうか、わたしにはわからないのだが、何が理由であれ、本書の復刊は、とてもいいことだと思う。

 著者はオペラ研究家だが、日本人が、よくぞここまで取材し、資料を渉猟できたものだと、呆然となる詳しさである。特に面白いのは、本文もさることながら、巻末のデータ資料類だ。
 たとえば「ヴィーンの宮廷劇場における上演頻度の高い作曲家とその上演数」は、1位がパイジェッロ「294回」で、2位がサリエリ「185回」である(モーツァルトは「105回」、グルックは「70回」)。
 「ブルク劇場におけるサリエーリとモーツァルトのオペラ上演数」は、サリエリ「168回」、モーツァルト「70回」。
 そのほか、「イタリアにおけるサリエーリ作品の上演データ」や、全作品目録、年譜など、次々と登場するデータ資料を見ていると、とにかくサリエリが、当時、ヨーロッパで最大人気のオペラ作曲家であったことが如実にわかる(もちろん本文でもそれらがドラマティックに、かつ実証的に描かれる。モーツァルト毒殺疑惑にまつわる検証も迫力満点だ)。

 本書復刊に関連して、ナクソス・ミュージック・ライブラリーで連載がはじまった「聴くサリエーリ」を読み、かつ聴くと、サリエリの実力が、さらによくわかるので、お薦めしたい。
 これは、上述復刊書の著者、水谷彰良さんによる解説コラムで、聴きどころポイントを教えてもらいながら読めるようになっている。たとえば、CD「序曲集」収録、《ファルマクーザのチェーザレ》序曲では、
「弦楽器とティンパニのトレモロによる開始部(0:00-)は、時化の海で波と闘う複数の船とその乗員を舞台で見せるための嵐の音楽描写である。疾風怒濤の音楽が後半部で徐々に鎮まる(3:27-)のは、船から海岸に降り立つチェーザレと奴隷たちの姿に対応し、劇の導入と緊密な結び付きを持つ」
 といった具合だ。
 アントニオ・サリエリは、死後200年近くを経て、東洋の果てで、ほんとうに「凡庸なひとびとの守り神」になったかのようである。
 <この項、つづく>

【ご案内】
 3月23日(土)19:00~19:55、文化放送の特別番組「普門館からありがとう~東京佼成ウインドオーケストラとコンクール課題曲」に、解説ゲストとして出演しました。
 現在、アーカイブで聴けます。※4月30日(火)23:59まで
 お時間あれば、お聴きください。
(富樫鉄火)


◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

◆毎週(土)23時・FMカオン、毎週(日)正午・調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティをやってます。
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