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2019.04.30 (Tue)

第238回 平成の終わりの、干刈あがた

風ぐるま
〈風ぐるま〉コンサート(4月26日、代々木上原のムジカーザにて)


 わたしより上の世代にとって、「干刈あがた」(1943~1992)は、忘れがたい作家である。
 1980年代初頭に、女性たちが突き当りはじめたシングル・マザーや、離婚、自立などの問題を、さりげない形で小説にして「応援」をおくってくれた。男のわたしでも、新鮮に感じた。
 たとえば、芥川賞候補になった代表作『ウホッホ探検隊』(1983年)は、離婚し、小学生の男子2人を抱え、シングル・マザーとして生きる女性の物語だが、全編、長男への「呼びかけ」で書かれている。
 たとえば冒頭は、
「太郎、君は白いスニーカーの紐をキリリと結ぶと、私の方を振り返って言った。『それじゃ行ってくるよ』」
 通常、「太郎は白いスニーカーの紐をキリリと結ぶと」と書かれそうなものだが、本作は母親の一人称で書かれており、しかも息子に「君」と呼びかける。それは、父親がいなくなった家庭で、小学生の息子と対等な関係を築き、これから新たに生きていこうとする、決意表明のようにも読めた。
 いまから40年近くも前に、こういう小説を書いていたのが、干刈あがただった。

 私事ながら、平成最後のコンサートは、この干刈あがたとの再会だった。「時代を超えて音楽の輪を回す」がキャッチフレーズの〈風ぐるま〉のコンサートである(4月26日、代々木上原のムジカーザにて)。
 〈風ぐるま〉は、波多野睦美(歌)、栃尾克樹(バリトン・サクソフォン)、高橋悠治(ピアノ、作編曲)の3人組である。バロックの古典曲から、近現代曲、オリジナル新作、果てはポップスまで、さまざまな曲を、独特のアレンジや奏法で聴かせてくれる、ちょっと不思議なグループである(〈風ぐるま〉公演ではないが、一昨年には、栃尾・高橋で、シューベルト《冬の旅》全曲が演奏された。もちろんB.Sax.なので、歌詞はない、インスト演奏だ。ちなみに波多野・高橋で歌詞のある《冬の旅》もCD化されている)。

 当日のメインのひとつが、《ふりむん経文集》であった。これは、干刈あがたが、作家として本格デビューする以前、本名の「浅井和枝」名で1981年に自費出版した本におさめられた詩編だ。そこから抜粋し、高橋悠治により、声楽+B.Sax.+ピアノ版に作曲された。
 高橋の歌曲は、「朗誦」と「歌」の中間をいくものだ。つまり、詞章を、抑揚をすこし強めにして朗読する。すると、日本語のアクセントやリズムが、次第に、メロディらしきものに変容しかける。しかし、完全なメロディにまではなりきらない、その直前の状態をスコアにとどめたかのようだ。そのため、耳に残るメロディはないのだが、「ことば」は確実に、きれいに伝わる。B.Sax.は、声とピアノの間をたゆたうように揺れ動いて、独特な空気を醸し出す。
 干刈あがたの詩は、はやくも家庭崩壊の不安を漂わせていた。
「男つかまえ裂いてみたら/それはわが身の鬼になる」(般若の経)
「夏のたいくつ髪洗って流そ 女の香り失せるまで」(四季障子巡礼ごえいか)
「思い出は/いつも留守番一人ぼっち(略)/声もかすれてつぶやく子供/「お家(うち)の中が 一番こわい」(因果はめぐる紙芝居)

 干刈あがたは、胃ガンにより、49歳の若さで、平成4(1992)年に逝去した。晩年は入退院を繰り返していたので、平成というよりは、ほぼ昭和の作家だった。存命だったら、いま76歳。作家としては現役でもおかしくない年齢だ。
 〈風ぐるま〉が奏でる干刈あがたの世界は、40年前といまとで、女性をめぐる状況が、あまり変わっていないことを伝えているような気もした。平成の終わりにそれを聴いて、あらためて、平成とは昭和の二次会だった、結局、昭和の残滓を引きずり続けた時代だったんだなあ、としみじみ思った。
 ちなみに、〈風ぐるま〉コンサートの、最後の1曲は、ドアーズの《ジ・エンド》であった。
<敬称略>

ウホッホ探検隊
干刈あがた『ウホッホ探検隊』は、2017年に、河出文庫で復刊されました(上記はWカバー)。

【ご案内】
 3月23日(土)19:00~19:55、文化放送の特別番組「普門館からありがとう~東京佼成ウインドオーケストラとコンクール課題曲」に、解説ゲストとして出演しました。
 現在、アーカイブで聴けます。※4月30日(火)23:59まで
 お時間あれば、お聴きください。
(富樫鉄火)


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