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2019.05.02 (Thu)

第239回 「令和」が説くこと

万葉集
▲伊藤博の個人注釈『万葉集釋注』(集英社、1996)。「令和」は、第3巻で解説。現在は、集英社文庫に収録されている。

 新元号「令和」時代がはじまった。
 どのメディアも、「令和」が、「万葉集」から取られたことを報じている。「万葉集」巻五に、「梅花の歌三十二首」なる歌群がある(815~846)。
 天平2(西暦730)年正月13日に、九州大宰府にある大伴旅人の邸宅で、梅を愛でる宴会が催された。そこで詠まれた32首をまとめ、(旅人が書いたと思われる)漢詩の序文が添えられた。そのなかに「初春の月にして、気淑(よ)く風(やわら)ぐ」とある。ここから「令」「和」を抜き出した。「令月」は、「よき月」を意味するという。
 まさに、大むかしの、のんびりした歌会の光景が目に浮かぶ。きれいな月が出ている夜、庭で、満開の梅を眺めながら、やんごとなきひとたちが、歌を詠んでいる……。

 だが、よく考えると――当時の1月13日は、現在の2月上旬だ。九州は暖かいとはいえ、梅が咲いているだろうか。また、現代のような暖房器具も防寒衣服もない、灯りといえばロウソクかタイマツ程度だった時代、寒風吹く真冬の夜に、庭に出て梅や月を眺めて歌を詠むなんて、ほんとうにやったのだろうか。これでは「令和」どころではない。

 1996年より、集英社は、創業70周年記念企画として、『萬葉集釋注』全11巻+別巻2を刊行した。これは、万葉学者の伊藤博(1925~2003)によるもので、泰斗・澤瀉久孝(1890~1968)以来、38年ぶりとなる、個人全注釈本であった。
 伊藤注釈は画期的なもので、「万葉集」は、巻ごと、あるいは歌群ごとに「編集意図」があった、との考え方に基づいている。
 冒頭凡例に、伊藤博は、こう記している。
「これまでの万葉集の注釈書は、一首ごとに注解を加えることが一般であった。だが、万葉集には、前後の歌とともに歌群として味わうことによって、はじめて真価を表わす場合が少なくない。そこで、本書においては、歌群ごとに本文を提示し、これに注解を加えるという方針をとった」

 よって「令和」を含む部分も、32首の「歌群」として考察されている。その内容は、まるでミステリを紐解いていくかのごときである。32首の関連性を解き明かすことで、当日が、どんな会だったのか、出席者の席次までもが図示されるのだ。
 伊藤注釈は、どう説いているか。

【1】正月13日とは、太陽暦で2月8日頃である。現代の、太宰府天満宮の梅の満開は3月上旬。おそらく歌会の日は、よくて五分咲きだった。つまり正月13日(2月8日)に開催された理由は、梅が咲いたからではなく、この日が、みんな都合がよかったからではないか。(この歌会は)「全体にかなりの幻想を思うべきである」(伊藤)。

【2】「『令月』は善き月。ここは『正月』をほめていったもの」(伊藤) つまり「いいお正月だなあ」。中国の『文選』巻十五帰田賦や「蘭亭集序」にもある言葉。

【3】(32首を追うと)「そこには定められた座席があり、後なる人は前なる人の表現を承け取りながら、また時には、対座している人の表現も取りこみながら、あたかも、くさり連歌のように歌を詠み継いでいることが知られる」(伊藤)。

 というわけで、どうも、「梅が満開」「月がきれい」との「幻想」(見立て)を前提に開催された歌会らしいのだ(おそらく室内で開催されたのでは)。
 その際の「くさり連歌」ぶりを掲げる紙幅はないけれど、伊藤解説は、次のように締めくくっている。
「横にいる人、前にいる人の歌詠に気を配ることは、日本の短歌が民謡として起こったそもそものはじめからのしきたりであったらしい。それが順次洗練されて、天平大宰府の集宴では、三二首もの緊密なまとまりとなって花を開いた」
 そして、当日は、
「何とも高雅な、それでいてうちとけて楽しい集いであったことか。現代の読者も、古代万葉の世に、このように心の行きとどいた歌の会があったことに、とくと目を注ぐべきである」
 周囲に気を配る、心の行き届いた会――新時代「令和」は、この歌会のようにあるべきだと、いま、唱えているかのようだ。あらためて述べるが、この伊藤解説は、1996(平成8)年に上梓された本の中の一節である。
<敬称略>

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