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2019.06.06 (Thu)

第241回 ちあきなおみ『微吟』

微吟
▲毎年のように出る、ちあきなおみのベストCD。今年はテイチクから。

 また、出た。
 ちあきなおみのベストCDである。
 昨年も、一昨年も、その前も……とにかく、ちあきなおみのベストCDは、毎年のように出つづけている。
 彼女は、日本コロムビア、ビクターエンタテインメント、テイチクエンタテインメントと、3社のレコード会社を渡り歩いた。そして、どの社でも、多くの名曲・名アルバムを生んだので、組み合わせ次第で、さまざまな編集盤をつくれるのである。

 で、今回は、最後に所属したテイチク発で、『微吟』と題されている。
 テイチク時代、ちあきは、驚くべき幅の広さを見せた。船村徹演歌に挑み(名曲《紅とんぼ》)、石原裕次郎の名曲もカバーした。水原弘の名曲《黄昏のビギン》を発掘し、話題となった。日本コロムビア時代に《酒場川》のB面に収録し、まったくヒットしなかった《矢切の渡し》が再ブレイクし、セルフ・カバーした。一人芝居「LADY DAY」でビリー・ホリディを演じて絶賛されたのも、この時期だ。

 こういった新しい挑戦を実質プロデュースしてきたのが、俳優だった、夫の郷鍈治である。ちあきの実家に婿入りし、彼女の個人事務所を設立して支えつづけた。
 たとえば、紅白歌合戦で、司会の山川静夫が思わず「気持ち悪い曲ですねえ」と言った《夜へ急ぐ人》の場合――ある夜、TV「11PM」で友川かずき(現カズキ)が《生きてるって言ってみろ》を歌っているのを観て、すぐに郷・ちあき夫妻に呼び出され、新曲を依頼。その結果、生まれたのが、あの凄まじい怪作だった。
 上述のひとり芝居でも、逡巡する彼女を郷が後押しし、実現させたという。

 その郷が、1992年9月、55歳の若さで肺がんで亡くなった。以来、ちあきは、一切の仕事をせず、おおやけに姿を見せていない。
 正式な引退宣言がないまま隠遁状態に入った点で、どこか原節子を思わせる。以後、彼女の声は、ベストCDでしか、聴けない。

 いったい、なぜ、これほど頑なに表に出ないのか。わたしごときに、わかることではないが、ただ、今回のベスト集『微吟』を聴いていて、思わず「そうだよねえ……つらかったろうねえ」と、「演歌の花道」の来宮良子みたいな口調でつぶやきたくなってしまった。
 彼女は、「のちの自分」を予見しているような楽曲を、歌いすぎていた。

 むかしの男の急死を知り、田舎町の教会に駆けつける歌手……《喝采》。
 新宿駅裏の小さな呑み屋の、閉店最後の一夜……《紅とんぼ》。
 心の深い闇の奥から「おいでおいで」と声がする……《夜へ急ぐ人》。
 いまは亡き彼の遺影を前に、苦手な焼酎を無理して呑む夜……《冬隣》。

 「別れ」が歌謡曲のモチーフに多いのは当然だが、彼女の場合、それに「死」が加わる楽曲が目立つ。
 若いときからこのような楽曲ばかり歌ってきて、そのとおりの目にあうと、誰が予想できただろう。
 特に、名曲《冬隣》の、サビ〈地球の夜更けは淋しいよ/そこからわたしが見えますか/この世にわたしを置いてった/あなたを怨んで呑んでます〉など、いったいなぜ、こんな詩が書かれていたのか、戦慄さえ覚える(吉田旺:詩/杉本真人:曲)。これは、ちあきなおみでなくたって、最愛のひとを失った身で冷静に歌える曲ではない。

 夫を失ったあとも、これらの楽曲を歌わなければならないと知ったとき、いったい、彼女は、どんな思いを抱いただろう。
 隠遁状態に入った後も、なぜか飽きずに出つづける、ちあきなおみのベストCD。
 もしかしたら、それらには、彼女のこんなメッセージがこめられているのではないか。
「こんな曲、歌えるわけないでしょう。そんなに聴きたいなら、CDでがまんしてよ」

<敬称略>
【参考資料】石田伸也『ちあきなおみに会いたい。』(徳間文庫、2012)


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