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2019.07.09 (Tue)

第246回 ”音楽映画”『COLD WAR あの歌、2つの心』

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▲映画『COLD WAR あの歌、2つの心』公開中

 2013年、渋谷イメージ・フォーラムでの「ポーランド映画祭」で『イーダ』(パヴェウ・パヴリコフスキ監督、2013年)を観た。あまりに素晴らしかったので、映画祭中、2回観た。翌2014年に日本で一般公開され、また2回観た。2015年には米アカデミー賞で最優秀外国語映画賞を受賞した。
 これはポーランドの戦後史というか精神史のようなものを、ひとりの少女(見習い修道女)を軸に描く映画なのだが、その素材のひとつに、ジャズが使われていた。戦後、ソ連の支配下にあったポーランドでは、ジャズは禁止されていた。そんな“敵性音楽”に出会うことで少女におきる変化を、モノクロの静謐な映像で美しく描いていた。
 ラストで、バッハの《われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ》BWV 639(ピアノ版。たぶんブゾーニ編曲)が流れるのも見事な音楽演出だった。これほどバッハが効果的に流れる映画は、『木靴の樹』(エルマンノ・オルミ監督、1978年)以来ではないかと思われた。

 この監督の新作『COLD WAR あの歌、2つの心』が公開されている。再びポーランド戦後史が題材なのだが、『イーダ』以上に、音楽要素が強くなっており、事実上の“音楽映画”となっていた。

 1949年、ポーランドの伝統的な民俗音楽や舞踏を守るために、国営の合唱舞踏楽団が結成される。この楽団のピアニストの男が主人公である。楽団のオーディションを受けにきた歌手の少女と恋に落ちる。
 男は物静かな性格だが、実はジャズを愛好している。楽団は成功するが、次第にソ連の支配が強まり、スターリン讃歌を歌わされたりする。男は我慢できなくなり、1952年、東ベルリン公演の際、女を誘って亡命を画策する(まだベルリンの壁は、できていない)。だが、女は、約束の場所にあらわれない。男はひとりでパリにわたり、ジャズ・ミュージシャンとして生きていく。
 それから男と女は、数年ごとに、さまざまな場所で出会い、音楽活動をともにするのだが、長続きせず、会ったり別れたりを繰り返す。女の自由奔放な性格のせいだが、もちろん、当時の政治状況も大きく影響している。
 映画は、その間のエピソードを、最低限の説明で、テンポよく描いていく。ラストは、1964年(東京オリンピックの年だ)。出会いから15年の月日が流れている。

 劇中、特に重要な曲は、民謡《2つの心》である。当初は伝統音楽のように歌われる。後半、2人がパリで出会うと、スローなジャズ・ナンバーに変貌して歌われる。同じ曲が、これほどちがう顔を見せることに、音楽の面白さと奥深さを感じる。
 だが、音楽は自由に変化できるが、人間は、そうはいかない。やっかいな政治状況に翻弄され、しがらみをまとって、身動きがとれない。だから、軽快なはずのジャズ演奏のシーンも、どこか重苦しく、不安げだ。
 前作『イーダ』同様、モノクロ、スタンダード画面。人物の顔が画面の下にくる独特な構図も継承されている。今回は、エンド・クレジットのバックに、バッハ《ゴルトベルク変奏曲》冒頭アリア(グレン・グールドによる2度目の録音)が流れる。

 すでに指摘されているように、この映画は、成瀬巳喜男監督の名作『浮雲』(1955年)を思わせる。戦後の混乱期のなか、腐れ縁となった男女が、ついたり離れたりのダラダラ関係をつづける。むかし、この男女(森雅之と高峰秀子)を、戦後の日米関係と解釈する評論を読んだ記憶がある。ちょっと考え過ぎのような気もするが、脚本の水木洋子は「身体の相性がよかったから」と、あまりにリアルすぎる“解説”を述べているらしい。
  『COLD WAR~』の男女の場合、もちろん「身体の相性」もあっただろうが、それよりも「音楽の相性」がよかった。戦後ヨーロッパの冷酷な政治環境が舞台だが、その点だけは、少しばかりホッとするような、おとなの“音楽映画”だった。
<敬称略>

【お知らせ】
6月24日(月)にラジオ福島で放送された特別番組「こころひとつに…普門館からありがとう」が、7月24日まで、同局サイトのアーカイブで聴取可能です。今年度課題曲のほか、5月に白河で開催された演奏会でのスミス《華麗なる舞曲》ライヴも聴けます(指揮:飯森範親)。ほかに、田中靖人さん、わたし(富樫鉄火)のインタビューもあります。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

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