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2016.01.20 (Wed)

第144回 文楽『国性爺合戦』

kokuseiya.jpg

 
 映画『日本女侠伝 侠客芸者』(1969年、山下耕作監督)に、お座敷遊び「狐拳」[きつねけん]が登場する。
 「狐」「庄屋「狩人」の仕草で勝負を決める、ジャンケンの一種だ。
 藤純子扮する芸者の信次が、伴奏に乗って、ポーズを次々に披露する。
日本女侠伝

 さすがは幼少時から日本舞踊を身に着けてきた大女優だけあって、惚れ惚れする見事な所作を見せてくれる。

 これと似たお座敷じゃんけんに「虎拳」[とらけん]がある。
 こちらは「虎」「母」「和藤内」の仕草で勝負する。
 優劣は、虎(四つん這い)>母(杖を突く老婆)>和藤内(鉄砲を構えるor腰に拳をあてる)>虎……の三すくみだ。
 「♪和藤内がえんやらや、捕えた獣はと~らとら」などと歌いながらのんびり展開する。

 この「虎拳」の原典が、近松門左衛門の超大作浄瑠璃『国性爺合戦』二段目の切「千里が竹虎狩りの段」である。

 母を連れて獅子が城を目指す和藤内は、竹林の中で虎に出会う。
 なかなか退治できずに苦労していると、母の進言で、「太神宮の御祓」(伊勢神宮のお札)を示すと、たちまち大人しくなる。
 この場面を、じゃんけん遊びにしたのである。
 『国性爺合戦』は、それほど人口に膾炙した大ヒット作だった(初演は、竹本座で足かけ3年、17か月のロングランとなった)。

 国立文楽劇場、夜の第2部『国性爺合戦』は、昨年2月の東京公演に初段と二段目前半を加えた形で、全五段の内、三段目までを、ほぼ通しで見せる。

 日中ハーフの豪傑・和藤内(史実の鄭成功=国姓爺がモデル)が、海を渡って、韃靼国に乗っ取られた父の祖国・明国に出向く。
 そして中国の英傑たちと連合軍を結成して韃靼国を追い出し、明国を復活させるまでの物語である。
 (史実では、明国は滅亡し、清国の時代になる)
 その中で、父子、母子、家族など、様々な人間模様が描かれる、壮大なスケールのノンストップ・アクション劇だ。

 特に初段は32年ぶりの上演だそうで、明国に韃靼国が入り込む発端が描かれるが、たいへんスピーディ、かつドラマティックで、目と耳を奪われた。
 『スター・ウォーズ』Ⅰ~Ⅲを初めて観たときと似た気分だった。
 中でも、栴檀皇女が小舟で日本に送り出されるラストは、「エピソードⅢ/シスの復讐」そっくり(誕生後すぐに惑星タトゥイーンに送られるルーク・スカイウォーカー)。
 ジョージ・ルーカスは、近松までをも研究していたのではあるまいか。
 (山田庄一氏の補綴が素晴らしい。ただし三段目までの上演につき、後段の伏線となる、死んだ妃の腹を裂いて胎児を入れ替える場面はカットされている)

 初段は、通例で、若手の技芸員たちによって演じられる。
 だが、これほどの見せ場なら、特に切場、将軍の妻・柳歌君が命をかけて皇帝の妹・栴檀皇女を守るシーンなど、ぜひ一度、中堅~幹部クラスで見せてほしいと思ったほどだ。

 「甘輝館」の語りは千歳大夫。
 日本との連合タッグ申し入れに悩む甘輝将軍を、スケール豊かに語る名演だった。
 日本の恥の精神を切々と説く和藤内の母も、見事だった。

 つづく有名な「紅流し」のシーンは、私は昔から、映画『椿三十郎』(1962年、黒澤明監督)の元ネタだと信じている。
椿三十郎

 敵に捕らわれた三十郎(三船敏郎)が、「小川に流すのが赤い椿だったらここを襲撃、白い椿だったら中止の合図だ」といい加減なことを言う。
 敵勢は、大慌てで白い椿を摘んで小川に流す。
 (実は色は決めていなかった。とにかく何色だろうと、椿の花が流れてきたら襲撃開始)

 だが『国性爺』では、黄河につながる堀に「交渉成功なら白粉を、決裂なら紅を流す」と決まっていた。
 橋の上で待つ和藤内、流れてきたのは「紅」だった。
 この時の名せりふ「南無三! 紅が流れた!」、文字久大と藤蔵で、骨太に聴かせてくれた。
 さらに錦祥女の勘十郎、和藤内母の勘壽ともども、涙を誘うラストを見せてくれる。

 ひさびさに、大スケールで荒唐無稽な冒険譚を楽しんだ。
 このあとの四~五段目も、これまた『スター・ウォーズ』ばりの面白さなので(間延びする部分もあるせいか、近代では上演記録がないようだ。ならば圧縮校訂してでも!)、全五段通しで観てみたいものだ。
 (1月16日所見)

【余談】
 昨年11月に逝去された宇江佐真理さんの『深川恋物語』(集英社文庫)シリーズ中の一編「狐拳」に、いまでは大店の姑嫁となった元芸者の母娘が狐拳に興じ、店中で盛り上がるシーンがある。花柳界のお座敷遊びを、市井人がおおいに面白がって見ている。「虎拳」も同様だったかもしれない。
深川恋物語



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