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2019.09.11 (Wed)

第252回 信長貴富編曲〈ヨイトマケの唄〉

若者たち
▲《若者たち ~昭和歌謡に見る4つの群像~》混声版(信長貴富編曲)楽譜
  (ELEVATO)


 以前より興味があった合唱曲を、(一部だが)ようやく実演で聴くことができた。
 信長貴富編曲の、《若者たち~昭和歌謡に見る4つの群像》である。〈戦争を知らない子供たち〉(1971年)、〈拝啓大統領殿〉(1968年)、〈ヨイトマケの唄〉(1965年)、〈若者たち〉(1966年)の4曲を合唱に編曲した組曲だ。原曲は混声合唱なのだが、YouTubeに男声合唱版がアップされており、わたしは、それでしか知らなかった。

 このYouTube映像はなかなか衝撃的で、東京のアマチュア男声合唱団「お江戸コラリアーず」の定期演奏会(男声版の委嘱初演)らしいのだが、信長アレンジの面白さ、男声合唱の迫力などが十二分に伝わってきて、何度観ても飽きない。
 ちなみに、「お江コラ」とは、全日本合唱コンクール(全国大会)で、何度となく金賞を獲得している超強豪団体である。吹奏楽でいうと、東京隆生吹奏楽団とか、ブリヂストン吹奏楽団久留米などに匹敵する実力派だ。

 で、――9月1日(日)、文京シビックホールにおける、恒例の東京都合唱コンクール=中学高校の部(全国大会予選)に行ったら、彼らがゲスト出演していたのである。前年度、全国大会で金賞となったので、規定で、今年度は無審査シード出場となったらしい。
 しかし、無審査とはいえ、なぜ、本来所属する一般の部ではなく、中学高校の部に出演したのだろう。詳しい事情は知らないが、これは、とてもいいことだと思った。会場で審査発表を待つ間、アレを聴いた中高生は、もしかしたら、十代最大の衝撃に襲われたのではないか。そして、合唱とは、普段、部活でやっていることよりも、もっとスゴイ世界であることに気がついたのではないか。

 その「アレ」が、冒頭で記した組曲の中の〈ヨイトマケの唄〉(美輪明宏・作詞作曲/信長貴富編曲)である。
 今年度、「お江コラ」は、シード無審査ながら、〈ヨイトマケの唄〉で、全国大会に挑むようなのだ(課題曲は、谷川俊太郎・詩、三善晃・曲の《まじめな顔つき》)。
 具体的には、YouTube映像をご覧いただきたいが(当該曲は9分25秒あたり~)、当日の演奏は、この映像よりも、ずっと「進化」を遂げていた。明らかに楽譜を超えている。信長編曲には、演奏者をそこまで昇華させるパワーがあるのだ。

 信長編曲の魅力のひとつに、「原曲から離れすぎない」ことがあると思う。
 わたしたちは、美輪明宏のうたう〈ヨイトマケの唄〉は知っている。紅白歌合戦でも、圧巻の歌唱を披露した。あの世界観から、あまり逸脱することなく、それでいて、強烈な信長カラーも感じさせる、そのバランス感覚が魅力だ。
 〈ヨイトマケの唄〉でも、ふんだんにソロが活躍し、転調5回、4分の3.5拍子や、4分の2.5拍子なども登場する(ちなみに、この組曲はピアノ伴奏付きだが、〈ヨイトマケの唄〉のみ、無伴奏)。楽譜冒頭には「重々しく引きずるように」との指定がある。

 実は、この組曲は、往年の名曲フォークがならんでいるので、いわゆる“オヤジ・ノスタルジー”的な感動を惹起させることが目的のように見えるが、全体が訴えかけてくるものは、たいへん重苦しい。〈戦争を知らない子供たち〉ではじまり、〈若者たち〉で終わる構成だが、同時代を生きてきたわたしが聴いても、少々つらい響きなのだ。

 信長は、市販楽譜の中で、次のように述べている。
 「昭和中期の若者と現代の若者は、社会変化の風圧を強く受けているという点に於いて共通点が多いように私は感じている。昭和歌謡に見る4つの群像を通して、現代社会の様相を照らし出したいというのが私のねらいである」
 信長貴富は1971年生れなので、ほとんどの曲は生前に誕生している。彼がなにを手がかりに当時の空気を感じたのか不明だが、「反戦」「貧困」「見えない希望」をうたうこのような曲が集中的に生まれた時期と、現代を呼応させたことは慧眼だったと思う。

 果たして、この曲を聴いた中高生は、どう感じただろう。信長は、NHK学校音楽コンクールの課題曲でも、作曲・編曲者として何度か登場している。近年では、2017年度の小学校の部の課題曲《いまだよ》を作曲した(詩は、『羊と鋼の森』の作家・宮下奈都)。数年前にこれを歌って、いまは中学生となった子が、当日、会場にいたはずだ。「ヨイトマケ」の意味なんて知らないだろう。そんな彼らでも、なにかが脳裏に残ったのではないだろうか。

 「むかしの音楽」が「現代」を照射する。だから何百年も前の音楽が、たとえばバッハの《マタイ受難曲》のような曲が、いまでも演奏され、聴かれる。しかし、それには、優秀な“伝達者”が不可欠だ。あの日、会場にいた中高生たちが、いつか自分たちがその役割を担うかもしれないと、予感してくれていたら、うれしいのだが。
<敬称略>

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