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2019.10.14 (Mon)

第253回 「させていただく」

山田稔
▲『山田稔自選集Ⅰ』(編集工房ノア)


 学生時代、山田稔『スカトロジア 糞尿譚』(講談社文庫、1977/原著は未来社刊、1966)を読んで仰天した。オシッコ、ウンコ、垂れ流し、オナラ、トイレ……について、西洋文学でどう扱われているかを集めて考察した、すさまじい文芸エッセイだった(本書で、わたしは、スウィフトの『ガリヴァー旅行記』が世界最高の“スカトロ文学”であることを知った)。
 知性と品のある文章も忘れられない。著者・山田稔(1930~)は、仏文学者である。バルザック、ゾラ、フローベールなどの翻訳者として知られる。岩波文庫の名著『フランス短篇傑作選』は、このひとの訳編である(実に面白いセレクションなので、一読をお薦めする)。
 だがもうひとつ、山田稔は短篇小説作家、そして名エッセイストでもある。『コーマルタン界隈』(河出書房新社、1981/現・編集工房ノア)で芸術選奨文部大臣賞を、『ああ、そうかね』(京都新聞出版センター、1996)で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞している。

 そんな山田の自選集の刊行が始まった(『山田稔自選集1』編集工房ノア)。
 さすがに何重ものフィルターを通過してきたような名エッセイばかりで、わたしが講師をしているエッセイ教室でもさっそくテキストにしたほどだ。

 このなかに〈「させていただく」〉と題するエッセイがある。前半で近年の日本語の乱れをユーモアたっぷりにボヤき、いよいよ後半、
〈もうひとつ最近気になるというか不愉快なのは「……させていただきます」の濫用である〉
 と展開する。「そうそう、キタキタ」と、ワクワクする。
〈音楽家がどこそこのホールで「演奏させていただきました」、文筆家が何々という本を「出させていただきました」、高校野球の勝利チームの監督が「勝たせていただきました」と言う。東京のある鉄道の駅では「扉を閉めさせていただきます」とアナウンスするそうだ〉
 わたしも、この夏、ツイッター上で、この言い回しを、かなり見かけた。
 コンクールや、夏のイベントに参加した吹奏楽部員や顧問のツイートである。「気持ちよく演奏させていただきました」「参加させていただきました」「銀賞をいただきました」(これは「いただく」の意味がちがうが、底辺に漂うものは共通している)等々。
 山田稔は、こう書く。
〈不愉快なのは、丁寧さを通りこしたへり下りの卑しさである。「させていただく」には周囲への配慮や謙遜を装った厚かましさがひそんでいることもある。(略)いやなこと、はた迷惑なことでも辛抱しなければならない気になる〉

 最近、足かけ9日間ほど、入院した。最初期の小さな腎臓ガンが見つかり、腹腔鏡手術を受けたのだ(ガン手術は、約10年前、これも最初期の噴門=胃ガン以来、2度目)。
 この間、当然ながら看護師さんたちのお世話になるのだが、気がつくと、あれだけひとの身体に触れたり、針を刺したりするのに「させていただきます」なんて言い回しは、誰も口にしていなかった。「採血で~す」「点滴とりかえますね~」「剃毛です!」「ちょっと傷口見ますよ」と、用件のみで実にサバサバしたものである。「採血させていただきます」「傷口見させていただきます」なんて、誰も言わない。

 もちろん、多くの入院患者を世話し、長い勤務時間で神経をつかう、それゆえ、丁寧なことばづかいにまで気を配っていられないせいもあろう。また、あくまでこっち(患者)の事情(病気)で入院したのであり、病院から頼んで来てもらったわけではない、だから、病院側が丁寧になるのはかえって変だ、との見方もあろう。
 だがそれでもとにかく、短期間とはいえ、「させていただく」皆無の、ビジネスライクなコトバを聴きながらの入院生活は、ひさびさに新鮮だった(その一方、枕もとで聴くラジオでは、相変らず「解説を担当させていただきました」「リリースさせていただきました」の連発だった)。

 山田は、最後にこう結んでいる。
〈他人の顔色をうかがいながら生活させていただかねばならぬ社会は、窮屈で息苦しい〉
 このエッセイの初出は1999年。
 20年たったいまも、わたしたちは「させていただく」一方である。
<敬称略>

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