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2019.11.18 (Mon)

第257回 ラヴェルと日本

ラヴェル
▲井上さつき『ラヴェル』(音楽之友社刊)


 「作曲家◎人と作品シリーズ」(音楽之友社)に、待望の『ラヴェル』が加わった。著者は、フランス近代音楽史の研究家で、愛知県立芸術大学教授の井上さつき。シリーズのほかの本同様、「評」伝色を極力排し、事実と資料の積み重ねだけで、あまりに特異なラヴェルの人生を浮き彫りにした、みごとな伝記である(巻末の作品リストや年譜も微に入り細に入る)。

 邦訳のラヴェル伝といえば、少なくとも近年では、『ラヴェル 生涯と作品』 (ロジャー・ニコルス、渋谷和邦訳/泰流社、1996年刊)や、同名の『ラヴェル 生涯と作品』(アービー・オレンシュタイン、井上さつき訳/音楽之友社、2006年刊)などがあり、特に後者は決定版の貫禄十分だった。
 そのほか、ジャン・エシュノーズ『ラヴェル』(関口涼子訳、みすず書房、2007年刊)などもあり、わたしは大好きなのだが、これは、ラヴェル最後の十年をたどる「小説」である。

 その後、(本書あとがきによれば)上記前者のロジャー・ニコルスによる新版や、後者オレンシュタインがまとめた書簡集などが出たそうで、本書は、それらの最新情報をも取り込んだ内容となっている。そのため、ラヴェル自身が、自作や、かかわりのある人間について、どのような思いを抱いていたかが生き生きと伝わってくる。

 だが本書で、わたしが面白く読んだのは、「日本」とのかかわりである。
 それらは決して最新情報ではないが、たとえばラヴェルは、薩摩治郎八(バロン・サツマ)と交流があった。パリの画廊で、藤田嗣治の絵(キキの裸像のようだ)を一緒に観たとき、ラヴェルは、くぎ付けになり、「こんなに海の感覚を出している絵はないね。それでいて裸体の線だけなんだね」と感嘆の感想を漏らしたのを、薩摩は書き記している。
 また、1926年、長唄三味線の四世杵屋佐吉が、音楽使節としてパリに来た。その際、私的な演奏会で、ラヴェルと「たがいの作品の交換演奏」をおこなったという。具体的に、ラヴェルが、杵屋のどんな曲を聴いたのかは記されていないが、とにかく彼は、日本の「長唄」を、ナマで聴いていたのである。

 そして、あとがきで驚いたのは、かつて著者がパリ郊外のラヴェルの家を訪れた際、「小さな玄関ホールに日本の浮世絵がずらりと掛けられ、書斎の壁に蒸気機関車の大きな錦絵が飾られていた」というのだ。
 これら浮世絵のことは、ストラヴィンスキーに宛てた手紙にも書かれているそうなので、少なくとも観光客向けにあとから掛けられたものではないようだ。
 ラヴェルは、浮世絵の収集家だったのである。

 実は、11月21日(木)に、東京佼成ウインドオーケストラの定期演奏会で、ラヴェルの《クープランの墓》組曲や《ボレロ》が、ユベール・スダーン指揮で取り上げられる(大橋晃一による新編曲初演。21日は東京芸術劇場翌22日は大阪のザ・シンフォニーホールにて)。
 そして、ほかに、故・真島俊夫の《Mont Fuji(富士山)〜北斎の版画に触発されて〜》も演奏されるのだ。オランダの名匠スダーンが、最新の吹奏楽オリジナルを指揮するのも楽しみなのだが、この組み合わせも、うまいものだと感心させられた。

 真島作品は、北斎の『富嶽三十六景』をイメージして作曲された。おそらく、特に「神奈川沖浪裏」を意識して。というのも、ドビュッシーも浮世絵のファンで、「神奈川沖浪裏」をもとに、交響詩《海》を書いたといわれている。出版スコアの装画としても使用された。真島は、このエピソードにたいへん共感を覚えていた。
 そしていま、本書『ラヴェル』によれば、彼もまた、浮世絵ファンだったという。

 もちろん、真島もラヴェルは大好きだった。《ダフニスとクロエ》第二組曲や、《ラ・ヴァルス》なども吹奏楽編曲している。
 2007年、上述のエシュノーズの小説『ラヴェル』が刊行されたときも、知らせたら、すぐに入手し、とても面白く読んだ旨のメールをもらった。
 だから、ラヴェル作品と、真島の《Mont Fuji》がつづけて演奏されるのは、きわめて自然なことなのだ。天上の真島も喜んでいると思う。

 本書の読後、強く思ったことがある。それほど浮世絵が好きだったのなら、ぜひ北斎や広重をモチーフにした曲を、書いてほしかった。
 もしかしたら、具体的にアイディアがあったかもしれない……が、おそらく無理だったろう。彼の後半生は、原因不明の失語症におそわれ、とうとう、文字も楽譜も書けなくなっていたのだから(このあたりのことは、演奏会で配布されるプログラム解説に書いたので、ぜひお読みください)。
 著者・井上さつきは、あとがきで、ラヴェルの浮世絵趣味について、本格的に調査したい旨を述べている。そして、こう結んでいる。
「ラヴェルが生まれたのは明治八年、亡くなったのは昭和十二年。ラヴェルにとって、日本は、それほど遠くない国だったように思われる」
<敬称略>

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