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2019.12.09 (Mon)

第259回 『ブラスの祭典』20年

ブラスの祭典
▲1999年11月リリース、『ブラスの祭典』第1弾
 (佐渡裕指揮、シエナ・ウインド・オーケストラ)



 21世紀を目前にひかえた1999年の夏は、やたらと暑かった。
 なぜ覚えているかというと、この夏、佐渡裕指揮、シエナ・ウインド・オーケストラの初レコーディングがあり、収録会場のすみだトリフォニー・ホールへ、汗を拭き拭き、ヒイコラ言いながら取材に通ったからだ。

 そのCD『ブラスの祭典』は、フランスの名門レーベル「ERATO」からの発売だった。
 日本の吹奏楽団が、フランスのクラシック・レーベルから新譜を出す、しかも指揮が、定期会員の減少などで不振だったラムルー管弦楽団を人気オケによみがえらせた佐渡裕とあって、ちょっとしたニュースになっていた。ERATOも、フランス本国からディレクターを派遣する力の入れようだった。
 このとき、佐渡&シエナは、リハーサル、(CDとほぼ同じ内容の)コンサート、レコーディングに、ぶっ続けで10日間を費やしていた。驚くべき力の入れ方だった。
 そして、収録曲を見て、驚いた。佐渡裕の指揮だというので、てっきりクラシック編曲ばかりかと思いきや、オリジナル名曲を含む、正統派の吹奏楽CDだったのだ。

【1】《キャンディード》序曲(バーンスタイン作曲/グランドマン編曲)
【2】《アルメニアン・ダンス》パート1(リード作曲)
【3】組曲《ガイーヌ》~剣の舞、子守歌、バラの乙女達の踊り、レスギンカ(ハチャトゥリアン作曲/林紀人編曲)
【4】「ウェストサイドストーリー」~シンフォニック・ダンス(バーンスタイン作曲/岩井直溥編曲)
【5】朝鮮民謡の主題による変奏曲(チャンス作曲)
【6】主よ人の望みの喜びよ(バッハ作曲/リード編曲)
【7】星条旗よ永遠なれ(スーザ作曲)
 
 吹奏楽ファンだったら、なかなかうまい選曲だと感じると思う。チャンス《朝鮮民謡》が入っているところなど、ツボを心得ているし、リードの《アルメニアン~》は、以前のコンサートで、作曲者自身が「いままでに聴いた中で最高の名演だった」とコメントした、お墨付きの曲目である。
 また、バーンスタインの《シンフォニック・ダンス》は、いまでこそ市販で吹奏楽譜が出ているが、当時はまだなかったと思う。そこで、岩井直溥が以前より編曲していたスコアがあるというので、バーンスタインの版権管理元から、佐渡の指揮にかぎって特別の許可をもらって収録されたのだった(よって出版はされていない。なお、いうまでもなく、佐渡はバーンスタインの最後の愛弟子である)。
 この曲は長いせいもあって、特に念入りに収録されていた。たしか、70テイク近くまで収録を重ねていた記憶がある。

 とにかく、このCDにかける、佐渡とシエナ団員たちの情熱、熱気はすごいものがあった。それだけに、さらに暑く感じたのだと思う。
 このとき佐渡が何気なく口にした「学校吹奏楽部の文化祭や定期演奏会を、プロが本気でやったらどうなるかを、見せたいんですよ」との言葉が忘れられない。

 その後、『ブラスの祭典』はシリーズ化され、特に第2弾は発売1週間で1万枚を突破するビッグ・セールスとなった(ジョン・ウィリアムズ《オリンピック・ファンファーレ&テーマ》や、ワーグナー《エルザの大聖堂への行列》などを収録)。
 第3弾では往年のコンクール課題曲を数曲収録し、リバイバル・ヒットさせている。

 そんな佐渡&シエナが、この12月、『ブラスの祭典』発売20周年を記念したコンサート・ツアーをおこなう。曲目は、もちろん同シリーズの人気曲中心だが、恒例の「おもちゃ箱」コーナーは、通常は内容を事前に公表しないのだが、今回は「全日本吹奏楽コンクール課題曲の変遷」となっている。
 そのなかの一部の曲目を知って、なんともいえない思いを抱いた。

高度な技術への指標(河辺公一/1927~2014)
ポップス描写曲《メインストリートで》(岩井直溥/1923~2014)
ディスコ・キッド(東海林修/1932~2018)

 以上3人とも、CD発売時は健在だったが、その後、鬼籍に入っている。
 たまたまわたしは、取材などで、3人とも存じ上げていたが、共通しているのは、終戦後、占領軍施設で本場のジャズ・ポップスを身体に沁み込ませていることだった。
 特に岩井直溥氏と河辺公一氏は、占領軍専用劇場「アーニー・パイル」(現・東京宝塚劇場)の専属楽団員だった(岩井=Trp、河辺=Trb)。ここには、当時、日本で最高レベルのプレイヤーが集まっていた。阪口新氏(Sax)、山本正人氏(Trb)、早川博二氏(Trp、のちに課題曲《アイヌの輪舞》や、《老人と子供のポルカ》を作曲)などもいた。
 東海林修氏も米軍キャンプ育ちだ。
 こうしてみると、戦後の日本吹奏楽界のルーツのひとつが占領時代にあり、彼らの仕事と存在に、佐渡&シエナが光をあてていたことがわかる。それらが『ブラスの祭典』シリーズとなって結実した。

 2014年9月、河辺公一さんが急逝したとき(87歳だったが、数日前まで、元気にトロンボーンを演奏していた)、ご家族だけの密葬だというのを、わたしは、無理やり押しかけて、お見送りをさせていただいた。
 河辺さんは、芸大時代の同期生・黛敏郎と親友関係にあった。黛が手掛けた映画音楽を中心とする娯楽音楽のほぼすべてに、河辺氏は参加している。たとえば、小津安二郎の映画『お早よう』(1959)は、小津には珍しいコメディで、子供たちが何度となく、オナラをするシーンがある。あのオナラの音を「演奏」しているのが、河辺さんである。音楽担当の黛とあれこれ話し合い、トロンボーンにユーフォニアムやテューバのマウスピースをつけて吹き、それらしい音にしたと語っていた。
 15年間つづいた、越路吹雪の日生劇場ロング・リサイタルの現場リーダーも河辺さんである。もっと、いろんなことを聞いておけばよかったと、悔やまれてならない。
 余談だが、《高度な技術への指標》なんて不思議なタイトルは、これも芸大時代の盟友、芥川也寸志の命名だそうだ。

 今度の『ブラスの祭典』コンサート・ツアーは、単なる回顧ではなく、こういった先達の功績や仕事を次の世代につなぐ、そんな役目もあるような気がするのは、わたしだけだろうか。
<一部敬称略>

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

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