2020.01.04 (Sat)
第262回 ベートーヴェンと紅白歌合戦

▲ベートーヴェン弦楽四重奏曲【9曲】演奏会(12月31日、東京文化会館小ホールにて)
大晦日に、ベートーヴェン弦楽四重奏曲【9曲】演奏会に行った。今回で14年連続の名物コンサートで、以前から行きたかったのだが、毎年、紅白歌合戦のボヤキ感想を書いている身なので、どちらを選ぶか迷った末、きりがないので、思い切って行ってみた(紅白の顔ぶれと曲目を知った段階で、もうボヤく気もなくなっていたし)。
演奏団体と曲目は、以下の通り。
【古典四重奏団】第7、8、9番(ラズモフスキー1、2、3番)
【ストリング・クヮルテット ARCO】第12、13番、大フーガ
【クァルテット・エクセルシオ】第14、15、16番
東京文化会館の小ホールは、定員649席だが、見た感じ、後方に少し空席がある程度だったので、おそらく600席近くが売れたのではないか。
開演は14時。終演はほぼ22時近く。つまり8時間近くを要するコンサートだったのだが、1曲ごとに10~15分の休憩が入り、最後の休憩まで売店が営業してくれていた。また、《大フーガ》のあと(19時頃)には30分の休憩が入り、上野精養軒のカレー、ハヤシライスの出張販売があった。ロビーにも大量の簡易椅子やテーブルが置かれていた。
そもそもベートーヴェンの中~後期SQは多くが40分前後である。《大フーガ》も、第13番の中に組み入れる(アルバン・ベルクSQのような)こともなく、独立して演奏された。
よって、たしかに滞在は8時間近かったが、それほどつらいものではなかった。隣の大ホールで同時開催されていた、ベートーヴェンの交響曲9曲全曲演奏会よりは、肉体的にラクなのではないか。
しかし、精神的なしんどさ(というか、深淵さ)は、交響曲を上回るような気がする。わたしごときの筆力で、また、この程度の紙幅で表現することは無理だが、いったい、なぜ、このようなものすごい音楽が連続して生まれたのか、呆然となる。
3団体の演奏も手の内に入ったもので、全身全霊を傾けての名演だった(先日、ショスタコーヴィチのSQ全集でレコード・アカデミー賞大賞を受賞した古典四重奏団は、いうまでもなく全曲暗譜演奏である)。
ベートーヴェンの後期SQは、順を追って“自由”な曲想に支配されるようになった。(作曲順に)第12番が4楽章構成、第15番が5楽章、第13番が6楽章と1楽章ずつ増えつづけ、第14番ではついに7楽章となった(しかも切れ目なしの連続演奏)。このままいったら、どうなるのかと思いきや、次の第16番では古典的な4楽章にもどり、作曲の5か月後、ベートーヴェンは56歳の生涯を閉じる。
この最後の第16番は、楽譜に「こうあらねばならないのか?」「こうあるべし」「やっと決心がついた」などの、謎めいた走り書きがあることでも有名なのだが、構成はシンプルな4楽章で、演奏時間も25分ほどのコンパクトな曲である。
当日は、トリをつとめるクァルテット・エクセルシオの演奏で、大曲の第14、15番がつづき、大トリがこの第16番だったのだが、時刻も21時過ぎ、あと3時間で年がかわる、そんなときに、どこかホッとさせられる曲だった。第3楽章など、まるで後期ロマン派のような濃厚な響きがある。前の曲で沸点に達した熱気を冷ましてから帰宅の途につかせてくれるような、そんな気もした(終演後、舞台裏から演奏者たちの歓声が聴こえてきた。その気持ちは、よくわかる)。
帰宅し、残り1時間弱ほど紅白歌合戦を観たら、ラグビー選手が勢ぞろいし、陸上選手のウサイン・ボルトのインタビューがあり、新国立競技場の紹介があり、何人かはNHKホール以外の場所で歌い、目が疲れる合成画面があり、口パクが堂々とまかり通っていた。どう見ても「歌合戦」ではなく、コンセプト皆無のバラエティ番組だと思った。
こんなものに、何時間も付き合わないで、ほんとうによかったと安堵した。案の定、視聴率は史上最低だったという。
ベートーヴェンのSQは、ひたすら巨大化し、複雑化したが、最後は基本にかえった。初演時に「難解だ」と不評だった第13番の最終楽章など、後年、出版時に全面カットして「難解でない」楽章に書き換えたほどだった(当初の不評だった楽章が、《大フーガ》)。
余計なことをせず、音楽をキチンとこしらえて、ひとびとに伝える――たった600人のために開催されたコンサートは、国民番組に対して音楽番組のあり方を示しているようだった。
<敬称略>
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