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2020.01.10 (Fri)

第263回 ピーター・ブレイナーの仕事

ビートルズゴーバロック
▲「ビートルズ・ゴー・バロック2」(ピーター・ブレイナー指揮)ナクソス

 ビートルズをクラシック風に演奏する企画は、いままでにいくつかあった。
 わたしが忘れられないのは、ベルギーのピアニスト、フランソワ・グロリュー(1932~)によるもので、1976年に出た『ビートルズ・アルバム』は、いまでもカタログ上は生きているようだ。

 もうひとつ、驚いたのは1993年にNaxosから出て大ヒットした『ビートルズ・ゴー・バロック』で、ピーター・ブレイナー(1957~)なる才人が編曲・指揮したものだった。ビートルズの有名曲を、ヘンデル風、バッハ風、ヴィヴァルディ風に編曲してあるのだが、実によくできていた。なるほど、バッハやヘンデルがいま生きていて、これらの曲を編曲したら、こういうふうになるのかと、微笑ましくて楽しいアルバムだった。

 あれからかなりの年月がたったが、昨秋、突如として、同じピーター・ブレイナーによる第2弾『ビートルズ・ゴー・バロック2』が出た。なぜいまごろ……と不思議な気がしたのだが、聴いてビックリ、これは「2019年最高のクラシック・アルバム」ではないのか。
 その理由は、収録トラック一覧を見ればわかる。
 たとえば前作では、《ビートルズ 合奏協奏曲第1番》(ヘンデル風)とあって、そのなかが、第1楽章《She Loves You》 A tempo giusto、第2楽章《Lady Madonna》Allegro……となっていた。
 つまり、まずビートルズの曲ありきで、それらを、バロック大家のスタイルで編曲・演奏したアルバムというわけだった。

 ところが今回はまったく逆で、まずバロック名曲があり、そのなかに、ビートルズが「埋め込まれ」ているのである。だから、「曲名」は以下のように表記されている。

バッハ/ピアノ協奏曲 ニ短調 BWV 1052
バッハ/ヴァイオリン協奏曲 イ短調 BWV 1041
バッハ/ブランデンブルク協奏曲第2番 ヘ長調 BWV 1047
ヴィヴァルディ/四季 Op. 8
バッハ/ミサ曲 ロ短調 BWV 232
(以下略)

 で、1曲目、BWV1052のピアノ(チェンバロ)協奏曲などは、第1楽章《Come Together》、第2楽章《Blackbird》、第3楽章《Drive My Car》と表記されており、楽章ごと、バッハ原曲に、上記のビートルズ曲が「埋め込まれて」いるのである。
 昨年は、名盤『アビイ・ロード』の発売50周年だった。冒頭が《Come Together》で始まっているのは、それを意識しての配置だと思う。

 なかには、さすがに「バロックにビートルズを埋め込む」ことは困難だったのか、最初から、むき出しでビートルズが流れ出すトラックもある。たとえばブランデンブルク協奏曲第2番の第3楽章だ。最初から、あまりにも堂々と《Ob-La-Di, Ob-La-Da》が始まるのだ。ところが、すぐに原曲の響きに戻って、あの冒頭がフェイントだったことを知らされる。後半、バッハとビートルズが「合体」する様子は、実に感動的だ(ポール・マッカートニーは、この第2番に想を得て、《Penny Lane》に、ピッコロ・トランペットを起用したのである)。
 なお、ラストのたった49秒のトラック(ブランデンブルク協奏曲第3番)は、『アビイ・ロード』のファンだったら、ニヤリとなること必定。

 かように本ディスクは、知的な音楽遊び精神に満ちているのだが、いったい、こんなことを平然とやっているピーター・ブレイナーとは、なにものなのか。
 このひとは、指揮者で作編曲家でピアニストなのだが、やはり「編曲」に抜群の才能を見せてくれる。
 なにぶん膨大なアルバムをリリースしているので、わたしも全部聴いているわけではないのだが、たとえば、ムソルグスキー《展覧会の絵》などは、エンタメとしてはラヴェルもストコフスキーも上回る面白さで、これを聴いてしまうと、ほかの編曲を生ぬるく感じてしまう。ぜひ、このタッチで、吹奏楽版を編曲してくれないだろうか。

 ほかに、近年では、ヤナーチェクの歌劇を、管弦楽組曲にダイジェスト編曲しているシリーズ()があり、これは超おすすめである。ヤナーチェクの歌劇はどれも独特の味わいがあって素晴らしいのだが、なかなかとっつきにくいと感じているひとが多いと思う。まず、このブレイナー版で主要部分をじっくり味わっておくと、DVDなどですぐに本編に入ることができる。また、歌劇原曲を知っているひとなら、オリジナルの盛り上がり部分を、ブレイナーがいかにうまくオーケストレーションしているかがわかって、ここでもニヤリとしてしまうはずだ。
 (このなかのいくつかのトラックを、そのまま吹奏楽にトランスすれば、コンクール自由曲になりますよ)

 こういう、ブレイナーの編曲仕事を邪道だと感じるひとが、いるかもしれない。
 だが、そもそも「ダイジェスト」「変容/編曲」は、わたしたちの周囲にいくらでもある。たとえば、今月、新春浅草歌舞伎で上演されている「祇園一力茶屋」は、長編『仮名手本忠臣蔵』全十一段のなかの、途中の一話(七段目)である。この前後に、関連挿話が山ほどあるのに、一部だけ抜粋上演して、みんなちゃんと楽しんでいる。
 また、同じく今月、国立劇場で上演されている『菊一座令和仇討』に至っては、題名から想像できるように、こんな芝居、もともとなかったのを、音羽屋が、鶴屋南北の別の芝居を持ってきて、自由自在に再構成した「新作」である。
 あるいは、日本の古典文学を、うまくダイジェストして解説や現代語訳などを付している「角川ソフィア文庫」。樋口一葉のような、いまでは「読みにくい」古典に、改行やカギカッコ、漢字のひらきなどを大量に加えて読みやすくしている「集英社文庫」。
 ブレイナーの仕事は、これらと同じ、彼こそは21世紀の山本直純である。
<敬称略>

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