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2020.01.16 (Thu)

第264回 書評『劇場建築とイス』

劇場建築とイス
▲『劇場建築とイス』(ブックエンド刊、3,000円+税)


 本書は、日本の劇場建築を、「イス」(客席)の視点を取り入れながら振り返るユニークな写真集で、コンサート・ゴーアーには、たまらない一冊である。

 ところが、カバーにも中トビラにも、一切、著者名も監修者名もない珍しい本で、いったい、誰が書いた(まとめた)本なのかと、奥付を見ると「企画・監修/コトブキシーティング・アーカイブ」とある(著者名なしで、取次を通ったのだろうか?)。
 不勉強ながら初耳の会社だったので、「コトブキシーティング」社のHPを見ると、1914(大正3)年創業の老舗で、「ホール・劇場・学校・スタジアム・映画館など、公共施設のイスやカプセルベットの製造・販売」の会社だという。要するに、日本中の劇場のイスを開発・製作納入している「イス会社」なのだ。創業100年の際に、社内の記録写真をアーカイブ化したので、それらを集めたのが、本書らしい。「その多くは、客席イスの納品時に記録として撮影されたもの」とあるので、ここに紹介された約60の劇場・ホールのイスは、すべて、同社の製品なのだろう。

 収録劇場は、竣工順に4つのグループに分けて構成されている。
 冒頭は1961年竣工の、東京文化会館である。設計は前川國男(改修も同事務所)。約2300席だが「この規模であれだけ見やすい劇場をつくることはとても難しく、客席が六角形になっているところに秘密がある」という。
 この解説文は、伊東正示(株式会社シアターワークショップ代表取締役)によるものだが、たいへん面白い。
 たとえば、「イスの幅は広すぎず、どこか身体どうしが隣の人と接触しているくらいのほうが、適している」そうで、「ほぼ同じ時期に建設が進んでいたサントリー・ホールの幅が52センチに対し、銀座セゾン劇場は49センチで、3センチ狭くなっている。しかし、この劇場が狭くて居心地が悪いという声は聞いたことがない。一体感と演劇のもつ重要な要素とイスが大きく関わっているということを、この劇場づくりのなかで初めて学んだ」という。
 なるほど、演劇劇場のイスとは、そういうものなのだ。

 ちなみに東京文化会館大ホールのイスは、赤地だが、所々に黄・青・緑が混じっている。これは花畑をイメージしたそうで、空席を目立たなくする効果もあるという。先日竣工した新国立競技場がこのコンセプトを取り入れて、いつでも満席のように見えるのを売り物にしているが、先例はここにあったのだ(本年のビュッフェ・クランポンのカレンダーに、故・木之下晃撮影の東京文化会館客席の写真が使用されているが、「花畑」のイメージが見事にとらえられている)。

 本書では、そのあと、帝国劇場、大阪市中央公会堂、ロームシアター京都(旧京都会館)、日生劇場……とつづく。
 日生劇場の客席を舞台上から俯瞰した写真は、天井に埋め込まれた美しい2万枚のアコヤ貝が圧巻だ。1963年に村野藤吾の設計、ベルリン・ドイツ・オペラ《フィデリオ》(カール・ベーム指揮)で開場した名門劇場だが、2015~16年に全面改修した。そのコンセプトは「変えないリニューアル」だったそうで、小学生のころ、劇団四季こどもミュージカル《オズの魔法使い》で初めて入った、あのときのイメージがいまでも保たれている理由は、そこにあったのだ。

 そのほか、おなじみサントリー・ホールやオーチャード・ホール、東京芸術劇場、ミューザ川崎、横浜みなとみらいホールなども登場するが、後半になると、地方の劇場・ホールが続々登場する。
 「由利本荘市文化交流館カダーレ」(秋田県由利本荘市)の宇宙船をイメージした客席空間や、「島根県芸術文化センター/グラントワ」(島根県益田市)の美しい客席配置など、一度は座ってみたいと思わせる劇場ばかりだ。なかには座席が可動式の劇場も多く(コトブキシーティングの得意分野らしい)、多面的な使用に耐えうる新しい劇場は、いまや地方に多いこともよくわかる。

 なお、わたしもヴィジュアル本はずいぶんつくってきたが、見開き2頁で1枚の写真をドーンと見せる際、ノド(見開きの中央、綴じの部分)の処理には、何度も悩まされてきた。通常の製本では、ノド部分を完全に見開きにすることは不可能で(無理に開くと、背が割れる)、よって、写真の中央部分が、どうしてもキチンと見えない。ノドの左右に各3㎜程度の白味を入れたり、あるいは、ノドの中央部分をダブらせたりしてみたが、いずれもピッタリこなかった。
 本書も同様で、特に東京文化会館や帝国劇場、日生劇場、愛知県芸術劇場などの見開きの美しい写真は、ノドに邪魔されずに見たかった(PUR製本など、特殊な製本にするしかないのだが)。
 それほど、特定企業のアーカイブ(記録)にしては豪華で美しい写真が連続して登場する本である。

 余談だが、わたしは、文京シビックホールの、あの不思議なイスについて、知りたくてたまらない(本書に掲載されていないので、コトブキシーティングの製品ではないようだ)。あの形状が人間工学的に優れていると聞いたこともあるのだが、それでも、日本管楽合奏コンテストで半日座っていたら、「尻」の尾てい骨のあたりがひどく痛くなった(ふつうは、長く座っていると、「腰」が痛くなるものだが)。
 もし本書に続編があったら、他社製品だとしても、少しでいいから言及解説を期待したい。
<敬称略>

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